【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第62話 再会
ダルムントの近くにある、ドワーフの港。
魔国建国当初から存在し、長い歴史を持つ。
東から来るドワーフ国の船が定期的に到着し、珍しい細工品などを持って魔族相手に商売をしてきた。
ここは魔国領内であるため、港の建設を承認したのは初代魔王ということになるが、建設やその後の整備はすべてドワーフ側の費用でやっているらしい。
よって商館だけでなく、港全体がドワーフの所有物である。
人間の国も、それぞれの国がドワーフと交易している。
なのでドワーフの施設に手を出すことはないのだろう。特に人間の軍が壊していたり、占領されていたりということもなく、港も建物も、きれいな状態に見えた。
さすがに、建物の外をブラブラ歩いている人は見かけなかったが。
伸びている桟橋は二本だけのコンパクトな港だが、機能的で洗練されているという印象を受ける。
海沿いの地面は石畳で整地されており、石造りの頑丈そうな倉庫などの建物がいくつも並ぶ。市場を開けそうな広場もあった。
そして一区画内陸側にある三階建ての大きな建物が、商館――。
入口へ来ると、ぼくの肩ぐらいほどだろうか。
身長が低く、ずんぐりとした体形のヒゲ男が来て、迎えてくれた。
「これはリンドビオル卿……お久しぶりです」
ドワーフ……見るのは初めてだ。
あらためて感じる。ここはファンタジーの世界なのだ、と。
「いやー、しかし凄いことになってしまいましたなァ」
「ふふふ。お主に会うのはこれが最後になるかもしれないぞ?」
「そんな寂しいこと言わないでくださいや」
ここでは武装したままの入館はお断り、ということで、ぼくら二人は装備を預けて中に進み、二階に上がった。
少し早く来てしまったので、二階の会議室には誰もいない。
一般家庭のリビング程度の広さの会議室。
さすがに調度品は良いものを使っているような感じだ。部屋の真ん中には完全な円形のテーブルに、木製の椅子が取り囲んでいる。
壁には何枚も並べて飾られているドワーフの人物画。おそらく歴代館主だろう。
ぼくらは座って待つことにした。
***
人間側の代表者が到着したと聞き、席を立って迎えようとしたのだが……。
その可能性は、全く考えていなかった。
ぼくの横にいるルーカスも予想外だったようで、見た瞬間に「ほう」と驚きの声をあげた。
「マコトっ!?」
「うえっ?」
会議室の扉を先頭で入ってきたのは、ほんのりブラウンの髪の女性。
なぜか勇者カミラ御一行様だった。
「よかった! 無事で……」
彼女はぼくの前に瞬間移動し、そして手を握ってそんなことを言うわけであるが。
ぼくのほうは「なんで勇者が?」である。
入室してきた勇者御一行は五人。
ノイマールでルーカスと戦った勇者パーティと変わらない面子だと考えるのが自然だろう。
もちろん、そのうち一人はいつも彼女にくっ付いて回っていたマッチョ男だ。
すでに懐かしい。
ぼくと目が合うと、彼は黙って頭を下げてきた。
……相変わらず真面目だなあ。
「そちらも無事で何より、だけど。なんできみが?」
「私が使者に選ばれたんだ。まさか魔国のほうの使者にマコトがいたなんて」
あれ?
ぼくが使者の一人ということは聞いていなかったのか。
一人だけ人間側からご指名だったのに。
「勇者のパーティか……ふむ、そうか。そう来たか」
そうつぶやく隣のルーカス。
「あの、勇者様。ここは公の場ですので。まずは代表者に挨拶を」
勇者にそう声がかかると、彼女はハッとした顔をしてぼくから手を離し、ぼくの隣にいるルーカスに視線をスライドさせた。
「……! あの時の!」
「今気づくんだ。最初からぼくの横にいたからね?」
若干呆れたが、すぐにそんな場合ではないことに気づいた。
勇者とルーカスの二人の様子を交互に見る。
勇者のほうはともかく、ルーカスは父親を勇者に殺されている経緯がある。
この組み合わせ。ぼくの感覚では〝ありえない〟。
危ないのでは?
「私はルーカス・クノール・リンドビオルだ。久しぶりだな。よろしく頼む」
ぼくの心配をよそに、一見すると普通に、彼は挨拶をした。
よかった、大丈夫そうだ。少なくとも表向きは。
このような場で公私混同するタイプではないと思ってはいるが、今ここで大トラブルになることはなさそうでホッとした。
もっとも、彼のことなので本当に気にしていないのかもしれないが。
彼女はルーカスにも挨拶をすると、ぼくのほうにまた顔を戻した。
「そちらは……二人なの?」
「うん。この会談が罠で、行くと殺されるのかな? と疑っててね。最初はぼく一人だけで来ようと思ってたくらいだよ」
「罠じゃないよ」
「わかってる。罠だったらきみたちが来るわけないもんね」
ここに勇者がいて、そしてこの様子である以上、ぼくがこの場でバッサリ刻まれることはないと思う。
罠である可能性はおそらく、ない――そう思った。
やはり、今回人間側が交渉に応じたのは、人間の国のほうで何か停戦が必要な事情が出来たということだろう。
安心した。これで話し合いに集中できそうだ。
ここに来る前の打ち合わせで、講和が成立するなら、よほどおかしな条件でない限り全部呑んで構わないと言われている。
少しの間の平和でもいい。
魔族の人たちに一息つかせてあげたい。休ませてあげたい。
何とか、なるかもしれない。
お互い席に着いた。
人間側に上座をすすめたので、ぼくとルーカスは入口側。
奥側に勇者をセンターとして五人の人間が並んで座っている。
「あ、そうだ。ねえ、マコト」
「ん? やっぱり兜で顔を隠さないと落ち着かないって?」
「そんなこと言ってない!」
「ごめん冗談」
隣でルーカスがフッと笑う。
「……キミは相変わらず意地悪だ」
「ごめんごめん、んで何言いかけたの?」
「手紙、ちゃんと届いたよ」
「お、そうなんだ。よかった」
「ほう。お前、手紙を出していたのか」
「うん。イステールを脱出するとき彼女にちゃんと挨拶できなくてさ」
「ふふふ、それはよい話だな」
彼も罠である可能性はないと見ているのか、表情に少し余裕があるように見える。
「あの手紙の中身読んで、決めたよ。私、この戦いが終わったら――」
「勇者様……先ほども申しましたが、ここは公の場ですので。個人的な話は終わったあとにでも」
話は遮られた。
彼女はまたハッとなったような顔をして「申し訳ない」と言い、パーティメンバーの一人に資料や書類を出すよう指示を出した。
こちらも用意していたものを広げていく。
話し合いが始まった。
***
人間側の条件提示は、さほど厳しいものではなかった。
ここまで人間が占領したエリアは現状維持――つまり人間領のままにすること。
それさえ認めれば、賠償金も請求しないし、新たな領土も要求しないということらしい。
魔国は大陸南西端だけの矮小国家となるが、それで落ち着くのであれば魔族としては御の字だろう。
「では合意が出来たということで――」
勇者が話をまとめようとしたそのとき、扉の外側からバタバタという音が聞こえた。
その音は徐々に大きくなり、すぐ近くで止まった。
そして今度はバンと大きな音を立てて扉が開く。
「お師匠さま!」
現れたのは、ぼくの十六番目の弟子。フィン少年だった。
肩が上下に動き、息を切らしている。
「あれ? フィンくんじゃないか。なんでここに――」
「大変です! 人間の軍が!」
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