【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第四章 魔族の秘密
第53話 二千年の計
「知っていることは大体これくらいだ。
今話したことは、歴史から抹消――記録を残さない――という人間との約束を守っていたので、魔国にも正式な歴史書としては残っていない。
だが、私のご先祖様は、直系の子孫だけにはきちんと伝えていくよう指示を出していた。それで私だけは知っているというわけだ」
珍しくルーカスは途中で脱線させることなく話し切った。
いつものようにネタを挟んで茶化したりすることもなかった。
ぼくは少し腑に落ちない部分があったので、聞いてみた。
「人間の侵攻が始まったとき、その情報を出して人間に文句言ったりはしなかったの?」
条件付きで魔国建国を認めていた、ということ――
それはつまり、魔族の側が条件を守っていれば人間からも侵しません、という意味にも取ることができる。
三十年前、人間の侵攻が始まった際、その情報を出して抗議をするという選択肢はなかったのだろうか。
「当時は私の父が存命のときだが……まあ、それは無理だっただろうな」
ルーカスはそう言ってまた簡単に説明を始めた。
二千年という時間は長すぎる。
人間側で事実を知る者は各国の国王とその取り巻きくらいなものであっただろうし、いずれも知っていながら侵攻を決断しているので確信犯である。
そして魔国ではまともに知っている者は一人。
それも正式な史料もないとなっては、指摘したところでただの戯言であり、証拠として何の力も持たない――そういうことらしい。
確かにそれでは抗議したところで無意味だろう。
「魔国内にもその情報を流さなかったんだ?」
「それについては、私の父はずいぶん悩んだようだ。だが最終的にはご先祖様からの『魔国内には絶対に広めてはならぬ』という言いつけを守ったようだな。
私も個人的に広めるべきではないと考えている。建国時の話を広めてしまうと、『魔族は人間の進化形』という事実も広まってしまうことになるからな」
「それ、まずいの?」
「非常にまずい」
「なんでよ」
「〝進化形〟というとまるで優れているかのような意味を持ってしまうからだ」
「……なるほど。そんなことを知ったらますます驕って衰退が早まるというわけだね」
「そういうことだ」
まだ何年も見続けたわけではないのだが、魔族は人間に比べると、マイペースな人が多すぎる気はしている。
コメディの世界に来たのではないか――そう思ったこともある。
人間から隔離され、魔法に頼る生活が続いたことで、そのような気質が形成されてしまったのだろう。
なんとなく、遠くのほうを見てしまった。
工事がおこなわれている城壁の先。
そこには荒涼としたステップが広がっている。
人間ならば、この不毛な地も、もっと有効に利用できるのだろうか。
ハード的に劣っていようが、創意工夫をすることでカバーはできる。
むしろ劣っていたからこそ、その劣等感をエネルギーに変え、必死に努力し、発展することができた。
人間が仕掛けた『二千年の計』。
その最終段階である戦争により、いま魔族は滅亡の危機を迎えているが……それも自然の摂理なのかもしれない。
魔族は人間の進化形。
しかし、その進化は決してよい結果を導かなかったのだ。
「ありがと。よくわかったよ。でもこっちから聞いといてアレなんだけどさ。
そういう事情があって秘密にしていたんだったら、今ぼくに全部話したのって結構まずいんじゃないの?」
「……そうだな……まずいな」
ルーカスはそうつぶやきながらこちらに一歩足を踏み出した。
「決して他者に伝えることがあってはならん――そう父から言われている」
声のトーンが急に下がった。そしてそのままゆっくりとぼくのほうに近づいてくる。
「え」
ここは塔の屋上。
いま他には誰もいない。
ぼくは一歩下がってしまった。
心臓が急に速く動き出してくるのを感じた。
その鼓動は全身に響くようだった。
呼吸が苦しくなる。
体はさらに後ろに下がりたがっていた。
足を後ろに動かしたが、平衡感覚が失われており、よろめいた。
あらためて彼を見る。
迫ってくる彼の表情は、これまでに見たことがないような凍てついたものだった。
「ぼくを……消すの?」
ぼくがかすれ声を出すと、彼は急にいつもの微笑を浮かべた表情に戻った。
「いや、思わせぶりな態度を取ってみただけだ」
……。
「あのねぇ……」
「ふふふ、すまんな。お前は仕事以外に関してはやけに淡白であっさりしているのでな。たまにはいつもと違う顔が見たかった」
「怒っていい?」
「ふふ、怒る顔も見てみたい気がするが。一応主人としてダメだと言っておこう」
「消されるのかと本気で思ったし」
「これまで同胞に力を与えてくれて、そして人間に捕まっても命がけで帰ってきてくれた奴隷に手を出すことなどありえん。
だいたい、お前に話せない内容であれば最初から話してなどいないぞ?」
そう言ってルーカスは笑うのだが。
寿命が縮まるのでドッキリは心底やめてほしいと思った。
「まあ……今となってはご先祖様の言葉を守る意味も薄れているかもしれないな。すでにそのような段階ではなくなった」
「ぼくはすごくヤバい国に来ちゃったんだね。参ったな」
「そういう割には顔があまり嫌そうじゃないな」
「実際嫌じゃないからね」
ぼくが望んでいたものは、この国にあった。
それを手にすることができて、毎日が充実していた。
まもなくそれが奪われるのかもしれないと思うと、残念な気持ちもある。
でも、それでもぼくはこちらの世界に来てよかったと思っている。
このまま弟子たちと、治療院を続けられる最後の日までしっかりと働こう。
……あ。そうだ、弟子たちと言えば。
ルーカスにお願いしようと思っていたことがあったんだった。
「ん? その顔は、何か思うところがあるのか?」
「うん。近いうちにまた戦になるんでしょ? リンブルクのときのようなこともあるんで、ぼくも最低限戦えないとまずいかなと思って。
ヨロイはもうもらっているので、何かぼくでも使えそうな武器をもらうことはできないかな」
「ほう……そうだな。ではヨロイのように機能デザイン共に完璧な武器を準備しておこう」
「あー、デザインのほうは中二臭いのじゃなくて普通でお願いします」
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