【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第三章 領土回復運動
第26話 意見書 ―治癒魔法が重大な疾病を引き起こす―
ぼくは、一番弟子のカルラ、その後に入った四人の弟子たち、そしてさらに追加で取った十人の弟子たちとともに、治療院で着々と施術実績を重ねていった。
追加で取った十人の内訳は、カルラと同じくらいの歳の男の子五人と、女の子五人。
今度は魔王の養子養女ではなく、ルーカスのツテでどこからか連れてきた子供たちだ。
彼は立案した強化兵量産計画がめでたく承認されると、すぐに嬉々として「この子たちを頼む」と連れてきたのだ。
診療終了後の練習時間などは、もはやこども教室状態である。
自分は大丈夫だが、子供が嫌いな人だったら発狂しているだろう。
兵士の施術は順調に進んでいる。
王都にいる師団すべてがうちの治療院に通うようになった。
患者数激増という問題に対しては、応急処置的に兵士用短縮メニューを用意することで対応している。
***
さて、今日の診療も終了の時間になった。
終了時間になっても、待合室で待っている人が全員終わるまでやるようにしている。
ぼくもあと一人施術することになるだろう。
お、来たか。
「フン。順調なようだな」
「出たあっ!」
「……だから出ちゃ悪いのかよ。お前本当に殺すぞ」
なぜか来たのは魔王だった。
「いや、魔王様には毎朝施術してますし。ここには絶対に来ないと思ってましたので」
「患者として来たんじゃない。外出の帰りに寄っただけだ。少し感想があってな」
「感想?」
ベッドに腰掛けるよう、魔王にすすめた。
ぼくのほうは低いスツールをすぐ前に置き、そこに座る。
「お前、意見書をリンドビオル卿経由で出しただろう」
「兵士病の件ですね」
「そうだ。読んだが、内容がやばいな」
ああ、その話だったか。
魔王の言うとおり、ぼくは一つの意見書を魔王城に出していた。
タイトルは「治癒魔法が兵士病の原因である疑いについて」だ。
兵士病。それは魔国の兵士が主にかかるとされる病気だ。
魔族の寿命は人間のそれよりもやや長いはずなのだが、兵士はその病気のおかげで大幅に短くなってしまっている――それが当初聞いていた話である。
治療院が順調なおかげで、色々な症状の患者を診ることができているが、その中で兵士病を患っているという人を診る機会もたくさんあった。
症状は以前に聞いていたとおりさまざまだったが、皮膚のシミや腫瘍、咳や呼吸困難、黄疸、腹水などが多かった。
ぼくはそれで確信した。
兵士病とはガンの全身転移だ。
そして、民間人よりも兵士において圧倒的に多い〝リスク因子〟は……と考えていくと、やはり〝治癒魔法の乱用〟しかない。
兵士は戦や訓練でケガが多いが、その際、些細なケガであっても治癒魔法でサクッと治しているらしい。
治癒魔法は、細胞分裂を大幅に加速させることで、破壊された体の組織を修復していると考えられる。
そうなると当然、細胞の複製エラーも多くなり、ガン細胞が多く作り出されることになる。
どんな健康な人間でも毎日ガン細胞は発生しているが、免疫システムがそれを破壊し、悪性腫瘍を形成してしまうまでは至らない。
しかし、人為的な細胞分裂の加速を長年積み重ねた場合はどうだろうか?
どこかのタイミングで、免疫システムで抑えきれないほどのガン細胞が発生してしまってもおかしくはない。
そして形成された悪性腫瘍がリンパ節まで侵してゆき、全身に転移――。
自然な推理のように思える。
意見書ではそのようなことを書いたうえで、「大きなケガでなければ、基本的に自然治癒に任せるべきである」という旨の提言をしている。
「……内容はたぶん間違いないと思ってますが」
「そうか。軍司令長官も一応納得したみたいでな。戦のとき以外では治癒魔法をなるべく使わないよう周知すると言ってたぞ」
「ありがとうございます。魔族の将来のためにもそのほうがいいと思います」
「フン。将来、か……」
魔王は一つため息をつくと、ベッドの上からじっとこちらを見下ろした。
もう見慣れた赤黒い瞳、それをぼくはすぐ前で見上げる。
魔王が手を伸ばしてきた。
そしてぼくの頭を手のひらでペシッと叩いた。
「……なんでだ」
「え?」
「なんでお前はもっと早く魔国に来なかったんだ」
「……そんなこと言われてもなあ」
苦情は新宿駅前の転送屋にお願いしますという感じだ。
もっとも、転送先の時代まで指定できたのかどうか謎だが。
「フン、お前が遅かったおかげで魔族は迷惑だ」
そう言うと、魔王はベッドにうつ伏せになった。
「あれ? 患者として来たわけではないって――」
「だまれ。やらせてやるんだから喜べ」
なぜか施術をするハメになった。
しかし……「もっと早く」か。
兵士への施術の効果は出てきており、以前とは別人のように士気旺盛になっていると聞いている。
先の戦での被害は大きく、再編成で一個師団を解散させるほどの人数減となったが、それを考慮しても軍全体としての戦闘能力は以前より向上していると思う。
そしてぼくの推論が正しければ、兵士病の発生は今後減っていくはずだ。
発病で除隊となるケースは減少し、経験を積んだ兵士の割合も増えていくことになるだろう。
だがそれらのことも、もう流れを変えるには至らないのだろうか。
大きな喘ぎ声をあげる魔王を施術しながら、そんなことを考えた。
「はい、終わりましたよ」
「ハァハァ……」
帰り際、魔王に施術代を要求したらキレられた。
ルーカスからは、人間側がまた侵攻の準備をしているという話を聞いている。
標的は、前回の戦で軍の落ちのび先としても使われた城塞都市リンブルクである。
ここが落ちてしまうと、魔国は国土の北側半分を失うも同然となる。
次の戦まで、まもなくだろう。
ぼくもふたたび魔力回復要員として同行することになる予定だ。
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