【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第二章 魔族YOEEEEE
第16話 ルーカスの調査
今日も、朝、ルーカス邸の四畳半の部屋で起きて。
布団のすぐ横のちゃぶ台のところで、魔王とカルラがお茶していて。
魔王に足を揉まされて。
そこまでは、普段と同じだった。
だが、この日は魔王を追い出した後に、すぐルーカスが入ってきた。
「ふふふ。マコトよ、次のステップだ」
そう言われた。
開業から一か月半ほど経った日のことである。
ルーカスはニヤニヤしている。いかにも怪しい。
「ん? 次のステップ?」
「うむ。まず、お前の治療院の経営は順調……そういうことでいいな」
「うん。おかげさまでね」
「ふふふ、それはよいことだ」
――治癒魔法では治せない痛みを、怪しい術で治す店。
そのような噂が、ジワジワと広がっている。
毎日患者が入っていない時間帯はなく、朝から晩までモミモミしっぱなしである。
ルーカスと魔王が頑張ってくれているのか、ぼくが人間だということで起きた問題も、特には発生していない。
とりあえず経営的にコケる可能性は今のところ、ない。
出資してくれたルーカスにも顔向けできるというものである。
弟子の教育についても順調だ。
すでに新しい弟子も男二人女二人の計四人、追加で入っている。
いずれも魔王の養子養女である。
まだ勉強中のため、診療時間内は受付や施術の見学をしてもらっているが、近いうちに施術にも参加してもらうことになるだろう。
そして一番弟子カルラには、もう施術に一部参加してもらっている。
彼女の素質は素晴らしい。
技術面ではスポンジのような吸収力であり、ぐんぐんと力をつけている。
魔法ギルドから取り寄せた魔族解剖図も毎日読んでおり、知識面での進歩も著しい。
ちなみに。
魔族の解剖図については、ぼくも初めて見た。
わかったことが二点あった。
まず一点は、体の中身も人間とほぼ一緒であるということである。
筋肉や骨格に大した違いがないとは、施術を通じて既にわかっていた。
なので内臓もそこまで差はあるまいと思っていたが、それが確定しただけでも大変な安心感がある。
もう一点は、図上ですでに足の小指の関節が一つないということだ。
日本でも関節不足の人はいたが、さすがに図上で省略されていたことはない。
つまり、魔族は基本的に誰もが関節不足ということになる。
それが何を意味するのかは、まだわからないが。
「さて。お前がこの一か月半ほどで施術した患者についてだが……」
ルーカスが本題に入り始める。
「最初の一か月は職人や商人が多く、ここ半月程はそれに加え、魔法学校と魔法ギルドの者も多く来ていたと思う」
……?
たしかにその通りだったが。
「なんで知ってるの? 施術記録をいちいち全部見てたわけじゃないでしょ?」
「ふふ、甘いなマコトよ。私はやみくもに宣伝していたわけではない。層を選択して宣伝をしていたのだよ」
「そうだったんだ……」
初日の患者の行列を見て「うわぁ」と思ったが、あれでも抑えてくれていたらしい。
「そして私は宣伝のほかに、通院者に対し聞き取り調査もおこなっていた」
「聞き取り調査?」
「そうだ。私が以前お前の施術を受けたときに言ったと思うが、痛みが取れたということ以外にも、気力の充実など不思議な効果があるような感じがしていた。
それを裏付ける証拠が欲しいと思ってな」
「……」
「ふふふ。今のところなかなか面白い結果が出ているぞ」
「それは、ぼくも聞いていいの?」
「ああ、まだ一か月半だが、証拠としては十分固まりつつあるだろう。お前にも伝えよう」
ルーカスは、これまでに聞き取り等で調査した結果を教えてくれた。
職人や商人からの証言。
うちの治療院に通っている誰もが、気力体力の充実を感じているということだった。
また、職人や商人のギルドでは、一か月ごとに生産性をはかる指数を算出しているそうなのだが、どうもそれが跳ねあがっているらしい。
先月は前年比百五十パーセントであり、とても偶然とは思えないとのことだ。
魔法学校の生徒と魔法ギルドのメンバーからの証言。
やはり通院者からは、気力体力の充実を感じるという感想を得られている。
そして、ほぼ全員から「普段より魔力の回復が早くなっている気がする」というコメントがあるという。
ほぼ全員、ということなので、恐らく間違いはないだろうとのことだ。
「そんな効果が……」
「ふっふっふ。驚いたか?」
「そりゃもう」
うーん……。
あん摩マッサージ指圧は基本的に東洋医学だ。
東洋医学は、目に見えるもの以外をすべて否定することはない。
しかしながら。ぼく自身の施術はこの世界に来て何か変わったわけではない。
手から何か出るようになった、などいうことはない……はず。
そうなると。おそらくだが、魔族の人たちは、マッサージに対して受け取る効果が人間とは少し違うのではないか。
そんな気がする。
思い当たることはある。
施術を受けたときの絶叫ぶりは、前から少しおかしいとは思っていた。
マッサージというものは、受けるとたしかに気持ちがいいものである。
だが、誰もが絶叫ともなると不自然すぎる。
気力体力が充実、そして魔力の回復が早い。
その感想自体は、どちらも主観的なものでエビデンスとしては弱い。
だがルーカスは、アンケート調査によって数を積み重ねることによって確信を得たようだ。
「それで。次のステップ、というのは?」
「うむ。今日からは兵舎のほうにも行って宣伝してみようと思う」
「兵舎……」
「そうだ。私のカンが正しければ、軍としての機能向上も望めるのではないかと思っている」
……ぼくには言わなかったけど、副作用の有無とかも気にしていたのかな。
最初は一部のギルドにだけ宣伝をおこない、聞き取りで効果を確認。
その結果、どうやら安全だということもわかり、次は魔法ギルドにも宣伝。
それも問題なく、さらに魔力回復の追加効果まで確認できた。副作用もない。
ならば次はいよいよ兵士に試してみよう、ということなのだ。
……。
ぼくの中ではおバカ芸人疑惑すらあったルーカスであるが。このあたりはやはり参謀らしい考え方だ。
さすが、自称天才であることを自称するだけはある。
もちろんこちらとしては、彼の進め方に異議はない。
ぼくはひたすら目の前の患者に対し、一生懸命に施術する。
そして弟子に技術を伝えていく。
それだけだ。
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