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立ち上がる猛牛

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第四話 苦闘の中でその四

「これはまた派手な」
「前から派手なユニフォームやったけど」
「また目立つな」
「随分なユニフォームにしたわ」
「気分一新か」
「それで試合に挑むんやな」
 こう解釈した、この派手なユニフォームは今も尚語り草になっている秀逸なデザインであるがこの時にはじまっている。
 そのユニフォームになって近鉄は後期を戦いはじめた、その中で。
 鈴木は後期も絶好調だった、勝率も防御率もかなりのもので明らかに彼が快進撃の原動力だった。その鈴木に引っ張られる形で。
 九月二十三日の試合となった、この時近鉄は首位にあった。二位阪急とは〇・五ゲーム差と首の皮一枚であるが首位にあり。
 この日の試合に勝てば近鉄の後期優勝が決定する、対する相手は二位である阪急因縁あるとしか言えない相手であった。
 だが西本はこう言い切っていた。
「今のスズはそうそう打てんわ」
「阪急打線でも」
「どのチームの打線でも」
「阪急のピッチャーもええが」
 相手の投手陣の話もするのだった。
「今のスズには束になっても勝てへんわ」
「そやからですね」
「試合、安心して観ていられる」
「今度の試合は」
「三年前は負けたけど」
 プレーオフの話をあえてしてみせた。
「今度はわからんで」
 こう言ってその後期最後の試合に赴くのだった、だが。
 鈴木はその最終戦を前にして緊張のあまり眠れなかった、対する阪急は山田が投げる予定だったが山田は明日打たれてもプレーオフがあると思い切り風呂に入って爆弾を抱えている膝を温めてから寝た。そして。
 その最終戦に挑む、試合がはじまる前にコーチの一人が西本に険しい顔で言った。
「監督、スズの身体がガチガチです」
「昨日緊張して寝られんかったか」
「そう言うてます」
「そうか」
 そう聞いてもだ、西本は静かに頷くだけだった。最早ここでどうこうしても何もならないとわかっているからだ。
 だから西本は鈴木の登板も変えなかった、彼以外に今の阪急に勝てるピッチャーが近鉄にいないこともわかっていたからこそ。
 相手のピッチャーは間違いなく山田が出て来る、こうした正念場はやはりどちらもエースを出して来る。ましてや阪急は三割打者が四人いる強力打線だ、人材も揃っている。しかもその人材達の中核は殆どがだった。
 山田にはじまり福本、加藤、大橋、高井、中沢、今井、足立と誰もが西本が手塩にかけて育てた選手達だ。このシーズンでは出番は減っていたが大熊と長池も然りだ。
 そこに蓑田浩二や助っ人のマルカーノ、ウィリアムス達がいて何よりもあの山口高志もいる。隙のないチームだった。そしてその隙のないチームを作ったのが西本本人なのだ。
 彼自身が作った阪急ナインは賑やかに三塁側のベンチに入った、こうした試合はどうしても緊張するものなので阪急の監督の上田利治があえてそうさせたのだ。
 上田もまた名将だ、学生時代は阪神タイガースにおいて背番号十一を背負いまさに命を燃やして投げた不世出の大投手村山実とバッテリーを組んでいた。熱くなり燃え上がる村山を冷静な頭脳でリードしてきてプロ野球でもその頭脳を買われて入りコーチ生活が長かった。
 監督になるとその頭脳と温和な性格それに人を見抜く目を以て阪急を三連覇させた、西本が作り上げた阪急を見事に率いていた。
 その上田の智略が功を奏した、阪急の力はいい具合に抜けていた。だが。
 近鉄は違っていた、大勝負を前に緊張して硬くなっていた。鈴木もそうだったがナイン全体がだ。ここで西本は気付いた。
「スズともう一人、打線を引っ張ってこうした雰囲気を破れる人間が必要や」
 だがそうした人物はいない、今思っても。西本は手持ちの戦力で戦うしかなかった。
 一回裏近鉄はその硬くなった中で山田の立ち上がりを攻めて一点を先制した。そこからさらに攻めて有田、この日はキャッチャーの座を梨田に譲り勝負強いバッティングを買われ指名打者に入っていた。その彼が勝負強さを発揮して三遊間に強打を放った。
 誰もが抜けた、と思った。しかしアナウンサーがそのプレイを見た瞬間に叫んだ。
「ショート大橋横っ飛び!」
 その絶叫と共にだった、阪急のショートである大橋譲が横に飛び有田の打球を取った、そのうえで。
 ファーストに向けて矢の様な送球を放った、間に合うかどうか微妙なタイミングだったが。 
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