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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第149話 告白。あるいは告解

 
前書き
 第149話を更新します。

 次回更新は、
 9月7日。 『蒼き夢の果てに』第150話。
 タイトルは、『その火を……飛び越えるのか?』です。

 

 
 ふと視線を上げると、其処には月と星明かりに照らされた、深く、果てしない世界を見渡す事が出来た。
 日が落ちてから既に数時間。しかし、現状すべての穢れを祓われ澄み切った大気を(ゆう)するこの高坂の地。更に強い光輝を放つ蒼き月(異世界の地球)と、数多の星々に照らし出された今宵の氷空は、黒ではなく、濃い藍と表現すべき色を湛えている。
 冬の夜としては奇跡的と言っても良いぐらいに風のない夜。もうもうと立ち込める白い湯気。その世界の中心で、約二メートルの距離を持って対峙する二人。
 共に何も身に纏う事もなく――

「あなたに謝らなければならないのは――」

 美しい少女……と言うべきか。何時もの銀が存在していないその容貌は、普段よりもやや幼く感じる物の、それでも少し鋭角で冷たい印象の美貌。妙に作り物めいた容貌を俺に向けていた。
 その小さなくちびるから発せられた銀の鈴の如き澄み渡った声。何時も通りの囁くようなレベルの小さな声は、しかし、何故か俺の耳にまで明瞭に届き、そのまま心の奥底へと浸み込んで行く。

 彼女に対する想いと、ままならない現状に視線を少し外して終った俺。
 対して、真摯に俺を見つめ続ける有希。その瞳は僅かに潤みながらも、視線を逸らそうとはしない。

「確かにわたしは、取っては成らない相手の手を取って終った」

 何時の間にか女風呂の方から聞こえて来ていた声や、水音。そして、強く感じて居た人の気配すら消え、この広い露天風呂に存在するのは俺と有希。ふたりだけしか存在しない世界のように感じられるようになっていた。
 その、ただ静かなだけの空間に、普段通り、少しだけ表情に乏しい……女性としてはやや低いトーンの彼女の声が響き続けていた。

「あなたを召喚する目的はただひとつ。それは、警告されたあなたの死を回避する。それさえ叶えられたのなら、あなたを直ぐに元の世界へと送り届ける」

 最初はその心算だった。
 小さく閉じた二人だけの世界。其処に微かに反響する彼女の声だけが現実。その他……一糸纏わぬ彼女も、そして、同じようにただ立ち尽くすだけの俺もすべて夢の中の出来事の様。

 でも……と、そう小さく呟いた後、

「あの時……。わたしの腕の中にあなたが倒れ込んで来た瞬間――
 もう二度と離したくない。そう考えて終った。感じて終った」

 もしも、今の有希の声を俺以外の他者が聞いたとしても、其処に感情の起伏を発見する事は難しいかも知れない。それぐらいただ淡々と、まるで明日の仕事の予定を告げて来る秘書の如き雰囲気と声、……としか感じられないと思う。
 ……おそらく、これが謝罪の言葉だとは感じないでしょう。今現在、彼女の発して居る気配を感じられない普通の人間では。

 しかし――
 小さく肩を竦めて見せる俺。

「いや、その程度の事で別に謝る必要はない」

 俺の気分から言うと、彼女は少し生真面目すぎる……と感じている。そう言う事。
 俺の答えを予測して居たのか、この言葉に驚く訳でもなければ、彼女の告解を遮った事に対して不満を発する訳でもなく、ただ、静かに俺を見つめる有希。

 但し、有希が後悔している。……俺をこの世界に無理に留め置いた事を後悔しているように、俺も(ほぞ)を噛むような思いに苛まれつつあったのも確かなのですが。
 何故ならば、

「アラハバキを封じた際にオマエさんが発した誓いの言葉を正確に履行するのなら、今回の有希の行為は何も間違ってはいないと思うぞ」

 先ず、奴ら……這い寄る混沌や名づけざられし者が本当に俺を殺す心算があったか、それともそうではなかったのかについては判断を保留するにしても、奴らが俺の死を予告したのなら、俺を護ると宣言した彼女が、俺を護る為に危険な(ハルケギニア)世界から召喚するのは別に問題がある訳ではない。
 更に、その世界(ハルケギニア)に帰る事=更なる危険が待ち受けている可能性が高いのなら、俺が帰る事を阻止しようとする事も別に不自然な行為ではないでしょう。

 大体、有希に召喚された時の俺の状態。右腕と両足は存在せず、身体中は大小様々な傷からの出血で真っ赤。普通の人間ならば確実に失血死しているであろう、……と言う状態。こんな状態の人間を、怪我が治ったからと言ってあっさり死地に送り返せるような人間の方がどうかしている。
 おそらく俺が彼女の立場なら、それでも帰るなどと言う相手には、どうしても帰りたいのなら俺を倒してから行け、……ぐらいの事は言うと思う。それぐらい無茶で無謀。自分の実力が理解出来ていない命知らずの馬鹿だ、と考えるから。

「そう言う訳で、有希が俺に対する再召喚を阻んで居た事は最初から分かっていて、それでも尚、その事に対して今まで何も言わなかったと言う事は、俺自身がそれを容認していたと言う事」

 故に、有希が謝る必要など皆無。
 ……そう言ってやる俺。但し、その言葉の中に微かな嘘が混じる。
 それは「最初から分かっていた」……と言う部分。実は、有希が俺の再召喚を阻んで居た事が最初から分かっていた訳ではない。

 ただこの部分に関して言うのなら、ハルケギニアの長門有希が自らの事を「湖の乙女」だと名乗った事について深く考えていれば、この辺りの事情に付いては直ぐに分かったはず。単に俺のオツムの出来が悪かっただけ。
 そう、本来ならば……彼女の立ち位置から言うと、銀腕のヌアザの神妃ネヴァンと名乗る方が近いはず。更にその方が神話的に言うと、牛種に取って都合の良い結末を迎え易いはずなのに、彼女が名乗ったのはアーサー王の物語に登場する湖の乙女ヴィヴィアン。
 その理由が、この二〇〇二年十一月末から始まる一連の流れの発端。長門有希が俺をハルケギニアから召喚する事を決意するトコロから始まる事件の所為である……と思う。
 ……湖の乙女ヴィヴィアンと魔法使いマーリンに関する伝承に(なぞら)えて。
 もっとも、アーサー王の伝承の中の湖の乙女が、何故、マーリンを高い塔に幽閉したのか、その理由について詳しくは残されていないのですが……。

「まぁ、普通に考えたのなら俺を召喚したトコロで、俺をこの世界の学校に通わせなければならない理由はない」

 俺が普通の人間ならば、流石にこの年頃の少年が学校も行かずにぶらぶらとして居たのなら、それはそれで目立って仕方がなかったとは思いますが、俺は残念ながら普通の人間ではない。他者の目に映らなくする術など幾らでもあるし、有希にしたトコロで、俺と同じように飛霊を作って、その飛霊の方を学校に通わせ、二人だけの時間を過ごす方法だって幾らでもあったはず。
 ……むしろその方が、ハルヒや朝倉さん、朝比奈さん。それに弓月さんなどの、歴史が元に戻る前の世界で(異世界同位体の俺)と接触をした人間に直接接触しない事により、彼女らが妙な方向に弾けて歴史に悪影響を与える可能性が低くなるはず。

 しかし、何故か俺は北高校に通うように命じられた。
 水晶宮の方の意図は、その事により発生する事件を俺と有希の手により解決させる事。所謂、試練と言うヤツだと思う。当然、どうしようもなくなった場合に限り、何処かから俺たちの事を見守っていた奴らが現われて事件を解決する手はずは整えられていたと思う。
 ……俺が亮の立場に居た時は、そうやって奴らの成長を促していましたから。
 しかし、ならば有希は何故、そんな危険な状況に陥る事が分かって居ながら、俺が北高校へと通う事を容認していた?

 水晶宮の意図はどうあれ、俺が北高校に通う事を有希が拒絶すれば、水晶宮の方は彼女の意志を尊重したはず。少なくとも、俺を召喚するかどうかの判断を有希に任せた以上、その後の俺の処遇もすべて彼女に一任していたと思うから。

 ならば何故、彼女は俺が北高校へと通う事を容認していた?
 俺と共に学校に通いたかった?
 確かにその可能性はあるが、それはかなり低い確率だと思う。
 何故ならば、それはリスクが大き過ぎるから。
 もしその目的しか存在しないのならば、其処はわざわざ危険な北高校などではなく、もっと別の高校だったとしても問題はないはず。例えば、元々俺が暮らして居た世界で通っていた高校などでも可だと思う。
 ……ハルヒは未だしも、弓月さんが俺に接近し始めたぐらいで不機嫌になるような彼女が、同じ時間を俺と過ごしたいから、と言うだけの理由で、色々と因縁のある女生徒たちが多く通う北高校をその場所に選ぶ訳がない。
 相馬さつき以外、全員が俺によって生命を救われている、……と言う事実があって、その事を歴史改変の際に一度忘れていたとしても、もしかすると思い出すかも知れない、と言うリスクが常に付き纏う学校に好き好んで通わせる訳はない。

 冷静に考えるのなら、この程度のレベルには簡単に到達する事が出来るでしょう。
 ならば何故、そのような危険な事を冷静で、更に聡明な彼女が為そうとしたのか。
 それは……。

「俺の召喚を防ぐ術式には、ハルヒの王国能力の作用がどうしても必要だった。そう言う事なんやろう?」

 俺の直球の問い掛けに対し、表面上は普段通りの淡々とした表情で小さく首肯く有希。しかし、心の内側の方は微かに動揺らしき感情の揺れを発して居た事は間違いない。
 そう、この世界に召喚された俺が通うのなら、それはハルヒが居る北高校しかなかった。そう言う事。

 おそらく、俺が居る事によって世界が多少なりとも楽しいと感じる事が出来たのなら、彼奴は無意識の内にその状態が続く事を願うはず。
 そして、その願いは彼女の王国能力に少なからず影響を与える。
 確かに、俺に直接影響を与えるような力はない……と思う。彼奴は自分のテリトリー内では絶対的な王として君臨出来るはずだが、俺はカテゴリーから言うと龍神。
 つまり神。……かなり、能力は限定的だが。
 王と言うのは大抵の場合が神から人界を支配する事が許された人間の事だから、王の命令に神が従う理由がないので、王国能力に俺が直接支配される事はない。

 しかし、それは彼女の法に俺が直接支配されない、と言うだけの事で、間接的には支配される可能性はあると思う。
 現状維持をハルヒが望む事に因って、俺をハルケギニアから再召喚する術の阻害を行う。
 これが多分、俺に対するハルケギニアからのアプローチがなかった事の原因のひとつだと考えられる、と言う事。

 種を明かして仕舞えば非常に単純な理屈。確かにハルヒの能力を間接的にでもあろうと、使用するのは多少の危険が伴う可能性はあるとは思う。しかし、先に考えたようにハルヒ自身、それにシュブ=ニグラス自体が歴史改変前の生活に戻りたいと考える可能性は非常に低いと思うので、有希の企みが悪い方向に転がる可能性は低いと思う。

 ふたりだけの閉じられた世界に、こちらも淡々とした俺の声だけが響き続けた。
 推理小説などでお馴染みの、犯人を前にした推理の種明かし。シチュエーションとしてはそう言う状況なのでしょうが、双方の姿が別の緊張感を産み出している現状。
 そう感じた瞬間、そより、……ともしない風。濛々たる白い湯気に包まれた世界が夜の静寂(しじま)に支配された。
 俺の説明に納得した……のか、どうかは定かではない。しかし、彼女の瞳は真摯なままで、何かを待つかのように静かに俺を見つめ続ける。

 ……成るほど。そう言えば、未だ彼女の願いに対する明確な答えを返してなかったか。
 ならば――

「もう気付いているだろうけど……」

 その真摯な瞳。そして、何処までも透明な気配の彼女に対して、そう前置きをする俺。ただ、其処に微かな違和感。
 果たして頭の良い彼女が、これから行う俺の答えを想定していない……などと言う事があるのだろうか、……と言う疑問。

「有希をハルケギニアに連れて行く事は出来ない」

 相変わらず迂遠(うえん)な、とか、遠回しに、とか言う言葉とは無縁の答え方。
 確かに持ち物――。例えば服や装飾品などが問題なく召喚された後も身に付けていられる以上、ハルケギニア側からの召喚円が開く際に、彼女の手を握った状態で、その召喚円に踏み込めば原理上は有希を連れた状態で向こうの世界へと行く事が出来るでしょう。
 ただ――
 ただ、この世界の絶対の決まり。ひとつの世界に存在出来る同じ魂はひとつだけ。この決まりがある以上、長門有希の未来の存在である可能性の高い、湖の乙女が居るハルケギニア世界に彼女を連れて行く事は出来ない。
 確かに、これは俺の推測でしかない。それに、既に歴史の流れが大きく書き換えられて居て、ここに居る長門有希と、ハルケギニア世界の湖の乙女との間に魂の同一性は失われ、似た魂の形を持つ他人と化している可能性はある。
 しかし……。
 しかし、その可能性があるからと言って、安易に試して良いような事柄でもない。
 安易に試して良い相手ではない。

 それは、無理矢理に同じ魂がひとつの世界に留め置こうとすると何が起きるか分からないから。

 単に同時に存在出来ない事により、召喚失敗となるのなら問題ない。これなら誰も傷付かないから。誰にも迷惑を掛ける事がないから。
 しかし、俺が知っている限りで前例がない以上、ありとあらゆる可能性を想定して置く必要がある。有希と湖の乙女が融合して、双方の記憶を持った新たな人格が誕生する可能性がある。また、魂は同じ。しかし、ふたつの異なる肉体が重なり合う事が出来ず、其処に致命的なズレが生じて世界誕生の際に発生した規模の爆発が発生する可能性もある。
 もしかすると、ふたつ世界の異なる……。しかし、同じ魂を持つ存在が融合する事により、本来は異なっているはずの世界自体に親和性が生まれ、更にふたつの世界が接近。その挙句に次々と同じような融合が進み、結果、ハルケギニアとこの地球世界とが完全に融合したまったく別の……。しかし、かなり歪な世界が誕生して仕舞う可能性すら存在していると思う。

 這い寄る混沌などに取っては、そのような世界が混乱して行く様は正に願ったり叶ったりの状況なのでしょうが、その状況の元を俺が作り出すのは流石に……。

 俺の答えを聞いた有希が小さく首肯く。自らの希望を一蹴されたにしては妙に落ち着いた雰囲気。
 そう、まるで俺の答えを聞く前から、どう言う答えが返って来るのかが分かって居たかのような……。

「わたしには人間と同じように成長して行く機能は存在していない」

 この世界に呼び出された瞬間から今まで、まったく同じ姿形を維持し続けている。
 何か強い覚悟のような気配を発しながら、意味不明の内容を話し始める有希。
 ただ、成るほどね。確かに本音を言わせて貰うのならば、彼女の成長した姿を見てみたいとも思うのだが、それが出来ない……と言うのなら、それはそれで仕方がない。

「まぁ、共に成長して行く事が出来ないのは、有希の方から考えると少し残念な事なのかも知れないけど、俺の方から見ると一概に悪い点ばかりと言う訳でもないぞ」

 例えば出会った頃の姿をずっと維持し続けると言うのは、むしろ良い点だと思うから。
 成長=同じ時間を過ごして行く、……と考えるから悪い面ばかりが強調されるだけ。出会った頃の新鮮な気持ちを忘れないと言う面から見たのなら、見た目が変わらないのはむしろ利点となるはず。

 有希が何を考えて、今、この場所でこのような事を言い出したのか、その理由は定かではない。……が、それでも、確かに彼女の未来の姿を想像する事が今までにも何度かあったのは確かな事なので、その時の感情が彼女に流れて行き、その結果、彼女を少なからず傷付けていた可能性はある。
 もっとも、見た目年齢が成長をすると言う点で言うのなら、龍種や仙人だって人工生命体の有希と大して違いがある訳ではない。人化した龍の寿命がどの程度なのかはっきりとした資料がある訳ではないが、仙人の寿命はおおよその見当は付く。
 少なくとも一万年や二万年と言う単位でない事は間違いない。
 有名な言葉で「人間五十年。下天の内と比ぶれば……」と言う物があるが、これは天界の内で、現世(人間界)に割と近い世界である下天でも、一日が人間の世界では五十年と言う単位となる。その長大な時間に比べると人間の一生などとても儚くて短い……と言う意味の言葉。

 ……東洋の伝説で語られる天界や仙界。分かり易く言えば、この地球世界の割と近くに存在している異世界で俺が暮らしていた頃の平均寿命は四千歳。但し、その世界の一昼夜を苦界(地球世界)の時間で計算すると、確か四百年を一日としたはずなので、その天界の一般的な人間の平均寿命を苦界の時間で表すのなら三百万歳以上、と言う事になる。
 そもそも仙人に取って寿命など有って無きが如しもの。見た目=現在の年齢である事など稀であり、更に言うと、善行を積み重ねれば積み重ねるほど。悪行を積み重ねれば積み重ねるほど、その寿命は果てしなく延びて行く。

「……でも」

 あなたがそう言ってくれるのは分かっていた。何故か深い湖を連想させる、透明な瞳で俺を見つめながら、呟くようにそう言う有希。
 ただ……でも?

 イマイチ、彼女の意図が理解出来ずに、訝しげな雰囲気を発して仕舞う俺。確かに、彼女の事を何から何まで理解出来ている訳ではないが、それでも、普段の彼女は合理的で、的確な判断を有し、行動に関しても躊躇のような物を感じさせない……のだが……。
 今の彼女は何かを決意しては、しかし、直ぐに躊躇をする。そんな気配の繰り返し。

「……でも、わたしには何故か、人間と同じ生殖能力が初めから付与されていた」

 俺の発して居る気配を察しているはずの彼女。しかし、それでもそれまでと同じ淡々とした口調を変える事なく、言葉を続けた。
 その……普通に考えるのならかなり意外な内容。しかし、彼女の背景を知っていたのなら、別に驚く必要のない至極真っ当な内容を。

「以前は、何故、わたしにこのような能力が付与されているのか――」
「いや、それ以上言う必要はない」

 尚も言葉を続けようとする彼女を制する俺。もっとも、それは俺からすると当然の行為。何故なら、これ以上、彼女の告白を聞いたとしても意味がない……ドコロか、気分が悪くなる一方だから。

 確かに、彼女に人間と同じ生殖能力が有っても不思議ではない。但し、その理由に関して言うのなら……。
 例えば、人工的に造り出された生命体に心が宿るのか。その実験の果てに必要だからその機能を持たせた可能性は否定出来ない。
 何故ならば、彼女たちの正式な呼称は対有機生命体接触用人型端末(たいゆうきせいめいたいコンタクトようヒューマノイド・インターフェイス)。そのコンタクトにより人間と同じような心を獲得、その果てに恋や恋愛感情から、更に深い接触に至り……。
 その結果、人ではない存在から、人が産まれる可能性を追求した。
 人の心を得、その後、母性を得る可能性を実験するのなら、人間と同じ生殖機能が彼女にはなければならない。
 この仮説を裏付ける情報は、情報統合思念体の造り出した人型端末には、何故か女性型しか確認されていない、と言う事が挙げられる。

 その可能性が有るにはある。人ではない存在に魂が宿るのか。その魂は人を愛す事が出来るのか。
 そして、その愛の結晶……子供を愛し育てる事が出来るのか。
 かなり高尚な探究だとは思う。……表向きは。

 しかし……。
 しかし、情報統合思念体と言う連中の行動が、その可能性……神に成り代わり、自らの手で新たな可能性を創り上げる、と言うプロジェクトの一環である可能性を限りなく低くしている、と思う。

 敢えて言う。そんな当たり前の事を知らない『情報を集める事に因り進化し続け、その結果、進化の閉塞状況にまで追い込まれた高位情報生命体』など存在しないと。
 何故ならば、この地球世界には付喪神(つくもがみ)と言う存在がいる。無機物。例えば作られてから長い時間人間と共に過ごした人形や、使い続けられた物品に魂が宿った存在。
 コイツら(=付喪神)が如実に物語っている。意志を持たない。あまつさえ、本来は自分の意志で動く事さえ出来ない連中でも長い時間を掛けたなら、其処に人間と同じレベルの魂は宿る。心を得る事が出来る……と言う事を。
 そして、ソイツらと人間との間に恋愛感情が発生しないのか、……と問われると、否と答える。ついでに、子を為した例も当然ある。
 そもそも妖物や妖怪。其処から更に修行を積んだ仙人の中には、無機物から発生した存在が幾らでも居る。

 果たして宇宙発生と同時に誕生。その後、ありとあらゆる場所から情報を収集し続け、その結果、新たな情報を得られなくなり進化の閉塞状況に陥ったような情報生命体が、俺が知っている程度の情報を知らない、……などと言う事が起きるのか?
 いや、もしかするとこの地球と言う星が辿って来た歴史自体が異常で、其処に暮らすすべての生命は宇宙の常識から言うとかなり歪な存在。これまで情報統合思念体と呼称して居る連中が接触して来た、情報を収集して来た存在たちとはかけ離れた生命体たちだと言うのか?
 奴らの自称を信じるのなら、百三十八億年ほど時間が経過しているハズなのだが。
 更に言うと、現実にそう言う存在……神や魔物の類が存在していないとしても、フィクションの世界にすら登場した事がないような世界の情報しか、この宇宙には存在しなかったのか?
 このような硬直した思考では、多元宇宙の存在すら否定していると思うのだが。

 そんな事は断じてありえない。俺は完璧でもなければ、唯一絶対の存在でもない。例え、進化の極みに達したと言うのが自称に過ぎなくても、少なくとも俺が知っている程度のこの世界の常識を、そいつ等が知らないと言う事は考えられないと思う。
 例え思念体が得た情報がフィクションの中にのみ存在している……と言う情報だけだとしても、そう言う存在が現実に居る可能性は常に考慮していると思う。特に、この情報統合思念体自体がその情報の世界にのみ生きる存在なのだから。

 まぁ、自分で律しちゃう進化の極みに達した存在だと日本語で自称していた連中なので、コイツらは程度から言うとレギオン。……聖書関係。マルコの福音書に登場する悪霊の集合体と同レベルの存在だと思われるが。
 俺でも()()()()と言う日本語の意味の違いぐらい知っているのに……。
 それに、コイツらが為した事と言えば、そのまま放置すればかなり危険な事となる可能性のあった事件を、自分たちが観察をする事の方を優先させる為にそのまま放置。そして、ギリギリのタイミングで介入し、名づけざられし者たちの目の前で解決して見せる事によって、彼の関心を買おうとした。
 目的はおそらく、吊り橋効果と有希(=情報思念体)が彼からの信頼を得る事。
 こんな連中が、自らが言うほどの高尚な存在だとはとても思えない。まして、相手(名づけざられし者)に人間らしい真面な思考能力があるのなら、有希や思念体が時間移動の為の何らかの技術を有している事や、未来に起きる事件を予め知っていた、と言う事を知られたら、それまで得て居た信頼を一瞬の内に失う可能性が高い事にすら気付きもしない。
 情報収集を続けてきた結果、進化の極みに達した情報生命体として、これはあまりにもお粗末過ぎるでしょう。

 おそらく、彼女に生殖能力が付与されている本当の理由……情報統合思念体の意図した理由。そして、更にソイツらを産み出した存在の意図した理由は……。

 そう考えを回らせ掛けた瞬間。
 小さく首を横に振る有希。これは当然、拒絶。何に対しての拒絶なのか判断に迷う所なのですが……。ただ、もしかするとこれが、彼女が発して居た決意の正体なのかも知れない。

「わたしに人間の生殖能力が付与されている理由。……それは、わたしを含めて、すべてのインターフェイスの役割が邪神の贄だから」

 激高するでもなく、小さく囁くようにそう言った後に、しかし、思いなおしたかのように首を横に振る有希。そして、

「違う。朝比奈みくるも含めたSOS団すべての女生徒がそう言う役割を持っていたと推測出来る」

 ……と言い直した。
 ……成るほど。また幸せの妖精さんが自らの周りから消える事になるのだが。そう考えながらも、心の底から湧き上がって来る感情は押さえる事が出来ずに、大きくため息を吐いて仕舞う俺。
 矢張り、その思考の袋小路に入り込んでいるのか。

「有希。オマエが相手をして居る連中を舐めて居てはいけないぞ」


 
 

 
後書き
 敢えて言って置きますが、思念体関係の考察はこの物語内の思念体に関する考察ですよ。原作に関しては分かりません。
 そもそも、何故わざわざ肉体を持った存在を送り込む必要があるのか謎過ぎるし。
 観察がしたいのならドローンでも飛ばして置けば十分(ドラえもんの秘密道具の中にすら同種の物が存在する)だし、接触したいのならインターネットなどを介して思念体が直接コンタクトを取れば良いだけ。
 原作世界でSNSは未だ発達していないみたいだけど、パソコンや携帯電話がある以上、インターネットがないとは考えられない。
 まして、ネットで繋がっている相手が確実に現実の肉体を持っているか、どうかなんて、今のオイラでも確認のしようがない。
 ……眉村卓の『まぼろしのペンフレンド』と言うSF小説を読めば、この手のネタは昔から存在していた事が分かると思いますよ。

 ちょっと違うかも、だけど『あしながおじさん』だってこのパターンに近いか。
 ……もしかして、日本語と言う文字情報をインターネットに流す事さえ出来ないような連中なのか、この自称進化の極みに達した情報生命体は。

 それでは次回タイトルは『その火を……飛び越えるのか?』です。
 ……そう言う事で、ネタバレ回は続きます。

 追記。人でない存在が愛を知り、母性を得る事が出来るのか。
 この命題に対して挑んだ作品もあったと思う。人類が誕生してから物語を創り始めて何年になるのか分からないけど。多分、クロマニヨン人の時代には、既に物語はあったと思う。これは個人的見解に過ぎないけどね(祭祀はあった。呪術も行っていた。ネアンデルタール人を追いやったのは言語機能が彼らよりも優れていたから。ここまでの状況証拠があるのなら、何らかの創作が行われていないとは思えない)。
 詳しくはないけど、手塚治虫の火の鳥の中にあった……ような気がする(多分2772だと思うけど)。後、ファイブスターもラキシスが最終的にアマテラスの子供を産む……んじゃないかな。
 うろ覚え、かなりあやふやな知識だけどね。
 
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