舞台裏
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第五章
「一体何なんだ」
「金だよ。この劇場使っただろ」
「それはその通りだ」
「ならだ。劇場使った金払ってもらおうか」
かなり露骨にだ。ママはシャリアピンに言ってきた。
「その金な。俺にな」
「わかった」
「えっ、わかったって」
ママを案内したテノール歌手はシャリアピンの今の言葉を聞いて唖然とした顔になった。それでは話が違うとだ。思わずこう言ったのである。
「それって話が」
だがシャリアピンはその歌手に悪戯っぽく笑ってだ。それからだ。
左目を軽く瞑ってウィンクしてみせた。そうしてだ。
ママに対してあらためてだ。こう言ったのだった。
「だがその前にだ。酒を飲みたい」
「んっ、酒をか」
「そうだ。一緒に飲むか?」
こうママに言ったのである。
「酒をな。どうだ?」
「ああ、いいぜ」
酒と聞いてだ。ママも悪い顔はしなかった。そうしてだ。
シャリアピンの言葉を受けてそのうえで彼を自分の行きつけの酒場に案内した。テノール歌手をはじめとした劇場の関係者にシャリアピンのマネージャーも同行した。
歌手や劇場の関係者は不安な顔でだ。こう囁き合った。
「何で酒を飲むんだ?」
「シャリアピンさん何かするって言ってたけれど」
「じゃあ何でママと一緒に飲むんだ?」
「よりによってカモラのドンと」
「何でなんだろうな」
彼等はシャリアピンの意図がわかりかねていた。しかしだ。
シャリアピンとママは一つのテーブルに向かい合って座りだ。そうしてだ。
大きな木の杯に紅いワインを並々と注いでいた。それからだ。
ママは不敵な笑みでだ。シャリアピンにこう言った。
「俺は酒好きでな」
「そんなに好きか」
「ああ、幾らでも飲めるんだよ」
既に杯を手にしての言葉だった。
「あんたその俺とさしで飲むってことは」
「飲み比べをしたい」
実際にそうだとだ。シャリアピンも答える。108
「だからだ。どうかと思ってな」
「わかったぜ。じゃあ飲み比べの後でな」
「その劇場の金か」
「払ってもらうぜ」
ママはこうシャリアピンに返した。
「それでいいな」
「いいだろう。ではな」
「飲むぜ」
こうしてだ。二人は飲み比べをはじめた。そしてだ。
シャリアピンのマネージャーは何故かカメラを出してきていた。そのうえで構えていた。だが彼はにこりとした笑みでそこに立っているだけだった。そしてだ。
シャリアピンが飲むのを見ていた。彼は酒を次々と飲み干していく。それはママも同じだ。
だが、だ。次第にだった。ママの顔が赤くなってきた。
そのうえで酒を飲む勢いが衰えていっていた。しかしシャリアピンの勢いは落ちない。
彼は酒を水を飲む様に飲み干していく。そうしてだ。
遂にだ。ママはだ。持っていた杯を落としてだ。
それから床に転げ落ちた。それを見下ろしてだ。
シャリアピンは立ち上がり酔い潰れたママの襟首を掴んでだ。自分のマネージャーにこう言った。
「下水道はあったか」
「この街のですね」
「それか泥の溜まり場か何か」
「確か肥溜がありました」
それがあったというのだ。
「街の外れに」
「ではそこに連れて行こう。用意はいいかな」
「はい、これですね」
マネージャーは笑顔で手にしているカメラを見せてきた。
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