ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第四十九話 第三次ティアマト会戦の始まりです。(その2)
帝国歴486年2月5日――。
第十三艦隊旗艦 艦橋――。
■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム
ここが戦場・・・。OVAや原作を見て読むだけの前世と今と、こんなにも違うなんて・・・・。正直言うと、緊張で吐きそう・・・。今にも心臓壊れるんじゃないかってくらいずっとバックバクしっぱなしなの。シュタインメッツやファーレンハイトは当然のこととして、アルフレートはあんなモヤシみたいな顔して、よく平気で立ってられるのね。凄いわ。それに比べたら私なんて・・・・。
駄目よね、お姉さんぶって偉そうにしていても、結局私って弱いままなんだもの。前世からそうだった。私は上っ面だけはちゃんとしているように見せかけて、内心はいつまでたってもいつまでも成長していないの。こんな私にアルフレートもファーレンハイトもシュタインメッツも、よくついてきたなって思うな。前にアルフレートに言われたこと、今でも思うわ。結論は出ない、というか出したくはないの。二人が行ってしまえば私たちだけになるわ。そうなれば、ラインハルト率いる帝国軍がやってきたときにどうやって生き残ればいいのかわからないんだもの・・・・。
いけないいけない、今は仕事中なんだから気持ちを切り替えなくちゃ。
あの、ヴィトゲンシュティン中将とかいう人、何者なんだろう?こんな人原作には登場しなかったわよね。帝国からの亡命者は沢山同盟にはいるけれど、その一人一人をクローズアップした箇所って実はないに等しいのよね。
20代前半なのにあんなに落ち着いていて、もう何年も前から艦隊司令をやっているように見えてしまうほどだわ。才能はすごくありそうだし、私から見ても美人だし、なんだかシュタインメッツもファーレンハイトもアルフレートもあの人の側にいるのが当たり前のように見えるし・・・・。
士官学校を卒業して最初の配属先がアルフレートと同じ第十三艦隊旗艦だって知ったときにはとてもうれしかったけれど、でもここにきて思っちゃった。私、お荷物かなって・・・・こうしてここで立っているだけの存在なんて、お人形と一緒じゃない。
なんだか嫌になるわ。こんな気持ちになるなんて・・・・。
第三次ティアマト会戦は続いている――。
第十一艦隊を帝国軍は撃破し、ホーランドを戦死させたが、その直後、第十三艦隊がラインハルトに挑んできたのだった。アースグリム級戦艦の波動砲斉射を受け、少なからぬ被害を出していたのだった。ロボス閣下との回想に浸っていたアルフレートは、ヴィトゲンシュティン中将から下問を受けて、はっと顔を上げた。
「この状況下、あなたならどう処置するかしら?」
流れる様な語調に、ちょっと冷たい目。アルフレートは内心たじたじになりながらも、
「被害は甚大です。無理をせず、後退して陣形を再編し、味方と連携を取ってこれ以上敵に付け入る隙を与えないことが肝要と思います。」
アルフレートが言う。
「そちらのフロイラインは?」
クリスティーネが水を向けた。カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムは、
「3000隻からの艦艇を失ったのですから、戦闘継続は難しいのではないでしょうか?」
「では、ファーレンハイト、あなたの意見は?」
ファーレンハイトはちらとアルフレートとカロリーネを見たが、すぐに視線をクリスティーネに戻して言った。
「小官はいささか違います。ここで撤退するわけにはいきません。今我々が敗北すれば同盟領内の同胞が同盟市民から白い目で見られることが理由の一つ。そして、中央が甚大に損害を被ったとはいえ、まだわが軍の戦力は敵艦隊とほぼ互角。勝敗は決したわけではありません。」
「シュタインメッツ、あなたの意見は?」
「小官もファーレンハイトと同様の意見です。付け加えて申し上げれば、今敵は後退運動にかかっています。中央および右翼と合流される前に、これを追尾して一撃を加えることが沈滞した士気の高揚につながるかと愚考いたします。」
クリスティーネはうなずいた。そして皮肉とも同情ともつかぬ奇妙な目を残る二人に向けた。
「というわけで、お二人とも、今回は私はファーレンハイトとシュタインメッツの意見を採用するわ。悪く思わないでね。」
「思うだなんて、そんな!!」
「ファーレンハイトとシュタインメッツは私たちよりもはるかに経験を積んでいるのですから。」
二人はこもごもそう言った。社交辞令ではなく、本当にそう思っているのだ。もっともカロリーネ皇女殿下の方は少し違った色合いの感情もあったのだが。
「では。」
クリスティーネは、背を伸ばした。とたんに彼女の身体から司令官たる凛としたオーラが立ち上り、艦橋の空気が変わったように思えた。
「全艦隊!!最大加速で敵艦隊中央部α1124地点に突入!!」
「ラインハルト様!!」
キルヒアイスの注意を聞くまでもなく、ラインハルトは立ち上がっていた。敵艦隊が突如猛速度で突進してきたのが見えたからだ。
「アースグリム級戦艦で斉射したにもかかわらず、まだ攻めかかってくるとは、少々敵を侮っていたかもしれない。敵には尋常ならざる勢いがある。総軍!!」
ラインハルトは叫んだ。
「全速後退のまま応戦体制!!目標、敵先頭集団!!砲火を集中させ、一艦ずつ確実に仕留めよ!!弾幕射撃だ!!」
ラインハルトは火力の濃密なエリアを作ることでシールド代わりにし、敵を近づけさせず、後退をつづける道を選択した。だが、体勢を立て直して攻めかかった今度の敵は相当な練度と機動力の持ち主で、ラインハルト艦隊は再三にわたって上下左右、あらゆる角度から接近され、その都度手痛い打撃を受けた。何しろ、ラインハルト艦隊の艦列に隙が生じれば、直ちにそこにねじ込むようにして敵小集団を突っ込ませてくるのだ。ラインハルトはこれに対し、戦艦を基点とする無数の小集団を数珠つなぎに連携させ、全方位システムを最大限に活用し、360度あらゆる角度に濃密な対空砲火を築き上げて応戦した。
敵艦隊はラインハルト艦隊の戦列に突っ込むこと10度以上。それでも崩壊しなかったのはラインハルトの緩急を付けた指揮ぶりと、分艦隊司令官たちの奮闘によるところが大きい。ことにワーレン、アイゼナッハの両部隊は本隊と緊密に連携を保ちつつ、的確な砲撃で敵艦隊の一部をけん制し続け、有効な攻撃位置に近づけさせなかった。ロイエンタール、ミッターマイヤーの両部隊もワーレン、アイゼナッハ二部隊の砲撃で足が止まった敵軍に対して痛烈な一撃を与え続けていた。
「敵の中央本隊が前進してきます。」
オペレーターが報告した。
「弾雨を犯しても俺に挑むつもりか。良かろう、受けて立つとしよう。あの旗艦を集中砲撃せよ。」
ラインハルトの号令一下、中央本隊は一点集中砲撃を浴びせ、敵の旗艦の前後に展開する護衛艦隊に痛烈な打撃を与えた。
と、その時だった。突如左側面後方から500隻ほどの敵集団が出現し、高速で突撃してきたのである。ラインハルト艦隊の注意が敵の本隊に注がれた瞬間を見計らったかのように!!
「敵もやる・・・!!」
ラインハルトは初めて唇をかんだ。500隻からの砲撃は尋常ではなかった。まるでチーズをナイフで切るようにラインハルト艦隊を切り崩しにかかったばかりか、その猛烈な射撃が旗艦のそばにまで及んできたのである。旗艦にこそ命中しなかったものの、周囲の艦の爆発衝撃波が旗艦にまで及んだ。
この時ラインハルトたちは知る由もなかったが、この艦隊は、ヴィトゲンシュティン中将の側から離れたファーレンハイト准将が臨時に指揮を執っている小戦隊であった。彼はラインハルト艦隊の注意が中央本隊に向いたその一瞬の隙を見逃さず、高速艦隊編成で突撃してきたのである。その猛攻撃はすさまじいものであった。
「・・・・・っ!!」
艦橋が大きく振動し、ラインハルトたちはバランスを崩して、倒れそうになった。
「閣下!!大丈夫ですか?!」
駆けつけてきた二人の副官とノルデン少将がラインハルトを支えようとした、その刹那だった――。
「ぎゃあっ!!!」
3人とも悲鳴を上げて、艦橋の床に転がった。アリシア・フォン・ファーレンハイトが抜き打ちに二人の手首を強打し、キルヒアイスがノルデン少将の手首をつかんでねじあげたのだった。その手から零れ落ちたのは、鋭く光る短剣であった。刃の先の光沢が少し鈍い。何かが塗ってあるのだろう。キルヒアイスが用心深くそれを取り上げた。
「ご苦労。」
ラインハルトは悠然と振り向いた。たちまち艦橋保安要員たちがどっと司令席に駆け上り、不埒な暗殺者どもを取り押さえて、床にねじ伏せた。
「後で聞こう。まずは目前の敵の掃討だ!!」
ラインハルトは暗殺者たちから向きを変え、敵に胸をさらした。
「展開中のワルキューレ部隊を迎撃に回せ!!機関部を集中攻撃だ!高速には小回りをもって対応するのだ!」
ワルキューレ部隊は、高速艦隊の周りに展開すると、群がる蜂のように片っ端から攻撃し始めた。目的は撃沈ではなく、足止めである。ワルキューレ部隊の攻撃を受けた敵の高速艦隊は、機関部を集中的に攻撃され、足止めを余儀なくされたのである。その間隙をぬってさっと艦列を後退させたラインハルトは、敵の足が止まった一瞬の隙を逃さなかった。
「今だ!!敵の足が鈍ったぞ!!主砲、斉射、3連!!」
ラインハルト艦隊8000隻は主砲斉射すること3連、相手に徹底的にビーム砲を叩き付けた。
クリスティーネの周りでは護衛艦が爆発四散する光景が随所にみられ、ここまで懸命に奮闘してきた彼女にも攻勢に限界が来ていることがわかった。彼女はシュタインメッツに問いかける様な眼差しを彼に向けた。
「敵に対しては2000隻の損害を与えました。一矢報いたことは事実です。ここはいったん撤退すべきでしょう。」
冷静にシュタインメッツは意見を述べた。
「その倍の損害を被ったのは手痛いけれど、シュタインメッツの言う通り、これ以上の戦闘継続は無意味ね。全艦隊、後退!」
鮮やかな撤退だった。ラインハルト艦隊よりも倍の損害を受けているにもかかわらず、艦隊は秩序をもって後退していく。それを見たラインハルトは追撃停止の指令と、艦隊の陣形再編を指示した。ひとまず第十三艦隊との戦いはけりがついた形である。
「付け入る隙があまりないな。同盟の奴らにも歯ごたえのあるやつらがいると見える・・・。」
一瞬ラインハルトの顔が不敵な色に染まる。が、彼はすぐに後ろを向いた。
「さて、卿等を使嗾して私を暗殺しようとした黒幕は誰だ?答えてもらおうか!」
司令官を暗殺しようとしたのである。通常であれば間違いなくその場で射殺されて当然の事態である。にもかかわらず、暗殺を敢行してきた3人の背後にはよほど強力な後ろ盾がなければならない。もしくは精神的に気が狂っているかどちらかだ。
ノルデン少将は先刻までの顔とは形相が一変していた。ラインハルトを憎々しげににらみつけ、口からは泡すら飛ばしながら罵詈雑言を浴びせ続けていた。
「貧乏貴族のこ倅め!!姉に対する皇帝陛下のご寵愛で成り上がった不届き者め!!」
「私の敵の誰もが好きな歌だな。ヘルダー大佐も歌っていたし、クルムバッハ少佐も歌っていた。卿もそう言った合唱団に入った一人だと見える。もっとも、あまり品がないように私には思えるがな。」
皮肉交じりな冷めた目でノルデン少将を見たラインハルトは、
「答えろ!!貴様を使嗾したのは誰だ!?ベーネミュンデ侯爵夫人か!?」
「成り上がり者め!!金髪の孺子め!!」
「仲介役か指令役がいるはずだな!貴様一人で私を暗殺しようなどと大それたことを思いつくはずがない。」
「薄汚い姉のスカートの中でぬくぬくと育った下種め!!」
「大方大貴族の誰かなのだろうが、当然軍上層部にも協力者はいるだろう!」
「貴様のような下種に軍の上級将官の地位を奪われてたまるか!!」
ノルデン少将は自分の言いたいことを言い続けているのみである。
「どうやら下種野郎は貴様のようだな!!言いたいことばかり言ってくれるが、覚悟はできているだろうな!?」
ラインハルトが凄みを見せた。その迫力にノルデン少将は喚くのをやめた。顔色が白くなり、さらに蒼白になってきている。
「皇帝陛下の寵姫の(ラインハルトは、皮肉たっぷりに言った。)弟を暗殺しようとしたのだ!わかっているだろうが、一族は死刑!!皆殺しになるぞ!!」
初めてノルデン少将の顔に恐怖の色がうかんだ。
「いい一族皆殺し・・・。」
「どうだ?白状する気になったか?貴様を殺したところでこちらには何の益もない。背後にいる者を洗いざらい白状すれば卿をとがめることはしない。」
「・・・・・・・。」
なおも沈黙するノルデン少将にラインハルトが一歩進み出た時だ。
「こ、皇帝陛下、万歳ッ!!」
追い詰められた獣そのものの叫び声を三人が上げ、一斉に口を噛み占めた。
「しまった!!毒だ!!口をこじ開けろ!!」
キルヒアイスが叫んだ。一斉に保安要員が三人の口に銃やらナイフやらを突っ込み、無理やり開けようとするが、歯を食いしばった三人の意志は固い。ついで一人、また一人と白目をむき、口から血を流してこと切れてしまった。
「・・・・・・・。」
キルヒアイスは無念そうに視線をそらし、ラインハルトも顔色を変えていたが、一人アリシア・フォン・ファーレンハイトだけは淡々と三人の身体を探っていた。
「これを。」
アリシア・フォン・ファーレンハイトが差し出したのは、差出人不明の封書であったが、ラインハルトを暗殺すべき具体的な指令が書き込まれていた。なお、ラインハルトたちが予見した通り、名前は伏せられていたがラインハルトらを暗殺した後ある者の名前を声高に叫び、勅命であることを宣言しろという指示も添えられていた。
「これは・・・。」
ラインハルトの眼が細まる。
「キルヒアイス、この用紙を見てみろ。」
手渡されたキルヒアイスは試すがめすみていたが、
「透かしがありますね。」
「そうだ。貴族連中は封書を出すときなど、専用の便箋を使用すると聞いたことがある。これがそうだろう。」
「なぜ、こんなものを持っていたのでしょうか?」
と、アリシア。
「暗殺が失敗した場合に俺を恫喝するためだろう。普通は紙片など携帯しないものだ。ましてそれが出所のわかるものならなおさらな。それを敢えて携帯していたのは、そうしろと言われていたからだ。つまりは、奴らはまだあきらめてはいない。暗殺者はまだいる。」
ラインハルトはあたりを見まわした。
「とはいえ、今はまだ会戦の最中だ。気を付けろと言われてもどうしようもない。ここは、様子を見るしかないな。」
ラインハルトは椅子に腰かけた。
「艦隊を後退させる。損傷した艦艇を先に撤退させ、本隊は後衛を務めながら味方本隊の列まで下がる。いいな?」
一同は一斉にうなずき、それぞれの席にとりつき、作業に取り掛かった。
他方、メルカッツ艦隊とイルーナ艦隊はルフェーブル及びホーウッドの艦隊とよく戦った。どちらも隙がなく手堅い戦いをするので、損害は思ったほどでない。ホーランド艦隊を壊滅させた時点で帝国軍の勝利は築き上げられたと見るべきだろうが、ルフェーブル、ホーウッドにしてみれば、一矢報いることで、これ以上の負けを払しょくする必要性を持っていた。
二人はブラッドレー大将から訓示をもらっている。その内容としては単縦明快「負けるな!負けたとしても一矢報いろ!」である。これ以上負ければ、ロボスの辞任が早まり、ブラッドレー大将らが画策している計画が破綻する。また、兵員、艦艇の損傷という点においても甚だ面白くない結果になるからである。
そのため、二個艦隊は帝国軍に食らいついて離さなかったのだ。
「仕方がないわね。」
艦橋上にあって、イルーナはフィオーナとティアナを呼び出した。
「ティアナ、あなたの出番よ。麾下の高速艦隊を率いて敵の後方集団の側面から突撃、一撃離脱をもって敵軍を崩壊に至らしめるきっかけをつくること。」
『いきなりですか?』
「前世におけるあなたの率いた第三空挺師団の役割をよく思い出してみなさい。」
ティアナはちょっと困ったような照れたような風に肩をすくめたが、やがて強くうなずいた。前世に置いてティアナが指揮した第三空挺師団はその機動性と破壊力から、常に先鋒を任されるか、ここぞというときの決戦兵力として投入されてきた精強部隊だった。この現世においても、彼女は短期間で部隊を高速編成にまとめ上げ、第三空挺師団さながらの機動性と破壊力を持つ集団に生まれ変わらせていた。
『わかりました。やってみます。』
「フィオーナ。」
イルーナは今度は教え子を見た。
「麾下の兵力をもって前進し、敢えて敵軍の前面に立ちふさがること。防御戦闘に有能なあなただからこそ任せられる戦いよ。」
『はい。』
自ら進んで砲火を浴びることで、敵の耳目を引き付け、その間にティアナが決定打を与える。このコンビネーションは前世からずっと二人がやってきたことだった。
イルーナはメルカッツ提督にシャトルを使者として派遣し、作戦概要の説明をして許可を得た。ほどなくしてメルカッツ提督から「許可。」の指令が下った。
「全艦隊、前進!」
イルーナが指令を下した。
同盟軍左翼を指揮するルフェーブル中将は今年48歳、ロボス派閥の軍人として知られ、政財界との関係も深い。本来であれば、ロボスの失脚と共に人事部から左遷をされる恐れもあったが、ブラッドレー大将が慰留した。そのため彼は何としてもブラッドレー大将の訓示を守り切ろうと必死だった。
「敵艦隊が前進してきます!も、ものすごい速度です!!」
オペレーターが叫んだ。敵は一気に数光秒の差を詰めてきた。堅実な戦いに飽きたのか、乾坤一擲の勝負を挑むのか、ルフェーブルには判断が付きかねた。彼にできることは突進してくる艦隊を防ぎ留め、敵の勢いを殺すことである。
「主砲、斉射だ!!」
敵艦隊が射程距離に入った瞬間、ルフェーブル中将は叫んだ。集中先制攻撃を行って敵の勢いを削ぐという構想は正しかったが、その結果は芳しくなかった。先頭正面の帝国軍前衛艦隊は4つの小艦隊に分散し、その間を主砲がすり抜けていったからである。ひし形陣形になった帝国軍艦隊は猛反撃を開始した。
「慌てるな!全艦後退し距離をとれ。」
「取れません!敵艦隊の速度は、わが軍を上回っております――。」
付近で閃光がたばしった。
「ぬうっ!?」
ルフェーブル中将は目をつぶった。付近で護衛艦の一隻が爆発したのだ。ひし形に分解した帝国軍艦隊は正面あらゆる角度から猛攻撃を仕掛けてきた。
「こ、後方より敵の別働隊が!!」
「なにっ!?」
ルフェーブル中将が後ろを振り向く。彼の旗艦後方に無数の光点が出現し、見る見るうちに大きくなった。
「全艦突撃!!」
ティアナが指揮する数百隻の艦隊は敵の後方から間隙をぬって突進し全方向に対して射撃を繰り返し、敵を大混乱の渦に叩き込んだ。ルフェーブル中将がいかに叱咤しても、内部から崩壊した艦隊の収拾は容易ではない。
「退却だ!全艦隊後退だ!!」
彼にできるのは退却命令でしかなかった。
「勝った・・・!」
敵陣を突破したティアナが艦隊を整列させ、再度反転攻撃しながら、そう思った。第三艦隊は崩壊しつつある。正面の第七艦隊もメルカッツ提督に抑えられているし、敵の右翼の第十三艦隊もラインハルト艦隊に損害を与えられ後退している。第十一艦隊は旗艦を轟沈されて、烏合の衆と化している。
帝国軍艦隊の全面的な勝利だとティアナは思った。
「・・・・・・?」
だが、次の瞬間彼女ははっと顔をスクリーンに向けた。一髪の差だったが、彼女の眼はそれを見逃さなかったのである。
「司令官!」
ティアナは通信を開いていた。
第十一艦隊は死んではいなかった。敗残の烏合の衆がいつの間にか息を吹き返し、勝ち誇るイルーナ艦隊に下方90度から一直線に襲い掛かってきたのである!!
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは直ちに艦隊を撤収させ、素早く後退させた。まともにその位置にいれば敵の矢に貫かれる。それでも敵の砲撃はイルーナ艦隊に少なからぬ打撃を与えた。
「正面の敵艦隊についてはティアナ、あなたが引き続き攻勢をかけてけん制して。フィオーナ、あなたは新手の進路を我が艦隊からそらすように火線を曳いて。」
冷静にテキパキと指令を下したイルーナはメルカッツ提督に通信を送り、戦況を伝えた。通信妨害がひどかったが、何度も何度も送信してようやく通じたのだ。同時にラインハルトからも通信が入ってきたので、三者はスタンディングオペレーションを開いた。
「司令官閣下、ここが潮時ではないかと愚考いたします。」
イルーナの言葉にメルカッツはうなずく。彼にしてみれば十分な打撃を与えた。損害が出ないうちにさっと後退することこそが主目的なのだから。
「ラインハルト、あなたはどう?」
『ヴァンクラフト中将の意見に賛同します。勝ったとはいえわが軍の被害も無視できない。速やかに撤退すべきだと愚考いたします。』
第十一艦隊には7000隻ほどの損害を与えた。第三艦隊も同様の被害を与え、第十三艦隊には5000隻ほどの損害を与えた。正面の第七艦隊の損害は少数であるが、全体として2万隻を超える損害を与えたと推定できる。もっとも完全破壊した艦は波動砲斉射によるものを除けば、存外少なかったのだが。
他方、ラインハルト艦隊は2000隻の被害をだし、イルーナ艦隊も敵艦隊に反撃され同程度の被害を出している。メルカッツ提督は損害は少ないが、全体として5000隻を超える艦艇を喪失している。
約2個艦隊相当の損害を相手にあたえ、第十一艦隊の敵将を討ち取った。戦果としては充分すぎるだろう。
メルカッツ提督はそう判断し、ラインハルト・イルーナの提案を採択し、軍を引かせる決断を行った。
「やっと引きましたか、中々手ごわい相手でしたね。」
アッテンボロー大佐がフィッシャー准将に話しかける。第十一艦隊の残存艦隊を率いてイルーナ艦隊に一矢報いたのはこの二人だった。
「こうして生きているのが不思議なほどの戦いだった。かといって激戦というものではないな。むしろ我々が敵に翻弄されっぱなしだったというべきか。」
アッテンボローは肩をすくめた。
「貴官の助言には感謝に堪えない。あの状況下で一矢報いることができたのは貴官のおかげだ。」
「いや、俺なんかまだまだです。フィッシャー提督の艦隊運用があったからこそできた技ですよ。」
「謙遜だな。」
「そちらこそ。」
二人は声を上げずに笑った。声を上げて笑うにはあまりにも損害が大きすぎた。
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