ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第四十九話 第三次ティアマト会戦の始まりです。
帝国歴486年2月3日――。
第三次ティアマト会戦に先立ち、総司令官であるメルカッツ提督はラインハルト、イルーナ、そしてそれぞれの幕僚、分艦隊司令官らを旗艦に招いて会議を行った。彼はまず自らの思うところを端的に述べ、それに伴う戦術を簡潔かつ分かりやすく述べたのちに、出席者の意見を仰ぐ。単純なやり方だが、それだけに無駄というものがなく、だらだらと時間をつぶすことはなかった。
「敵の総数は48000隻であるが、敵のうち1個艦隊が4光秒ほど突出し、1個艦隊が3光秒離れた地点に布陣している。残りの2個艦隊は後方に布陣してわが方の動向を見定めておる。」
メルカッツ提督は静かに出席者を見まわした。
「そこで、まずはこの突出した艦隊を全戦力をもって叩き、速やかに60光秒後退して敵の出方をうかがうこととする。」
かつてのラインハルトであれば、第十一艦隊を撃破した後に、包囲体制を構築させ、他の艦隊を撃破する策を提案しているだろうが、今回の彼はメルカッツ提督の意見に全面的に賛同していた。第十三艦隊という不確定要素については、本隊と3光秒離れた地点に「遊弋」しているのだが、それよりも前面に別の艦隊が出てきたとあっては、まずそれを叩くのがセオリーだろうとも思っていた。
「今回の戦いでは、全面的に勝つ必要はなく、速やかにある程度の勝利をつかんだら、さっさと後退をする。」
というのが、ラインハルトたちの基本方針であった。ここで敵を殲滅しても、意味がない。同盟軍にはラインハルトが元帥になるまでは有力な敵であってほしい。ラインハルトが大将になるほどの功績をあげられれば、いいのだから。また、そもそも論として自軍よりも数において優っている敵軍に対し、全面的な勝利が手づかみで取れるほど甘くはないという事はラインハルトもイルーナもよく承知しているところであった。
それにもう一つ、今回のティアマト会戦では、敵に後ろから狙い撃ちされる危険性が浮上している。あまり勝利に拘泥するあまり、背後をおろそかにすることはできない。
ラインハルトたちとしては、今回は大兵力を持つ敵を前面に、そしていつ襲ってくるかもわからない暗殺者を後方に、という厳しい戦いに直面することになりそうだった。
その対暗殺者についてであるが、イルーナとアレーナは相談した結果、アリシア・フォン・ファーレンハイト少佐をラインハルトとキルヒアイスの直接の護衛役として旗艦に同乗させることにした。アレーナにあっさり敗れたとはいえ、前世におけるアリシアもまた優れた騎士である。並の暗殺者など片手で倒せる力量は持っている。できれば分艦隊司令官の一人くらいは、対ラインハルト暗殺艦の存在を監視させる役割を担わせたかったのだが、適任がいなかった。ラインハルトの腹心ばかりが分艦隊司令官にいるとはいえ、油断は禁物である。
帝国歴486年2月4日、ついに両軍はティアマト星域に布陣を完了し、最初の砲火を交えた。
「ファイエル!」
「ファイヤー!」
両軍の指揮官が一斉に砲撃開始の指令をそれぞれの言語で下した。
「突撃だ!!帝国軍の中央部隊を突破し、わが軍の突破口を作るぞ!!第十一艦隊こそが同盟軍の最精鋭であることを敵に教えてやれ!!」
第十一艦隊旗艦艦上でホーランド提督が吼えた。この直前ホーランドは他の提督たちから何度も自重するように指令を受けていたが、悉くそれらを無視、あるいは拒否し、自らの独断で戦場に躍り出てきたのだ。
第十一艦隊の特徴は、ホーランド提督の下で猛訓練を積み重ねてきた高速艦隊編成である。足の弱い艦は切り捨てられ、高速艦でセットされた艦隊は、猛進してメルカッツ提督の本隊に襲い掛かった。
「後退だ。」
メルカッツ提督が淡々と指示をする。ホーランド艦隊の勢いはものすごいものであったが、この歴戦の提督は自分の陣地に犬が迷い込んだほどの動揺も感じていない。
「だが、後退しつつも敵の前衛に向けて砲火を集中させ続けよ。ワルキューレ部隊発艦。敵の前衛が通り過ぎた後の、敵の中陣をピンポイントで狙撃するのだ。撃沈を狙う必要はない。機関部を集中攻撃し、艦隊の足を止めることに専念せよ。」
落ち着いた指揮ぶりだった。OVAで見せた帝国軍の醜態ぶりは全くなく、メルカッツ提督の指揮の下、帝国軍は後退しつつホーランド艦隊に対して打撃をあたえ続け、有効な攻撃位置に近寄せなかった。
地団太踏んだホーランドだったが、突撃の意志はくじけなかった。
「小癪な!!だが、これでどうだ!!」
ホーランド艦隊の左揃えからミサイル高速艦隊が躍り出たが、これはおそすぎた。いつの間にか帝国軍右翼部隊が前進しホーランド艦隊の側面を絶妙な位置に捕えていたのである。
「全艦隊、主砲、斉射!!」
右に控えていたイルーナがすかさず指令を下した。発射しようとしたミサイル艦隊に次々と主砲が命中し、大爆発を起こした。むき出しの火薬庫に火が回ったようなものである。
「ぬぅぅ!!」
ホーランドは唸ったが、次々と爆発するミサイル艦隊は手の付けられようがないほど甚大な被害を被っていた。彼は焦っていた。諸提督の警告を再三無視して前線に躍り出たのに、敵を撃破するどころか、自軍に甚大な損害が出始めている。人間、負けが付くと、頭に血が上って冷静な判断が付かなくなることが多い。パチンコや競馬で負けが続いている状況下、なんとかそれを挽回しようと焦りまくる心境に似ているのかもしれない。特にホーランドのような猛進型の闘将であればなおさらのことである。
「こうなれば、ミサイル艦隊を切り捨て、我々だけで突入する!」
部隊を切り捨て、健全な艦隊だけで突入する。それがホーランドの下した結論だったが、いささか遅すぎた。ホーランド艦隊の足が止まっている一瞬の間に、ラインハルト艦隊が接近してきたからである。
「敵です!!右翼方向から急速に接近中!!」
「なに!?」
顔を上げたホーランドが、旗艦ごと閃光の中に消え失せるまで数秒を要しなかった。
第十一艦隊があっさりと瓦解したという情報は瞬く間に同盟軍全体に広がった。ホーウッドとルフェーブルはホーランドの突出ぶりに舌打ちを禁じ得ない思いだったが、敗残の軍を収容すべく前進してきた。
メルカッツ、イルーナ、そしてラインハルトは一斉に艦隊を後退させた。敵は第十一艦隊を収容するために前進している。攻勢をかけるにしてもそれは本格的なものではないだろう。ならば、これに対応せず、思い切って引いた方が余計な被害を出さなくて済む。
と、その時だった。突如側面から同盟軍艦隊が突撃してきたのである!!第十三艦隊だった。第十三艦隊はラインハルト艦隊の側面に襲い掛かり、猛然と攻撃を仕掛けてきたのである。3艦隊が敵の正面艦隊に注意を向けた一瞬の隙だった。
「フン!!」
ラインハルトは旗艦の艦上にあって鼻を鳴らしていた。彼にしてみれば予想外の事であったが、これしきの事で動揺するラインハルトではない。すぐに艦隊の防御ラインをシフトして第十三艦隊に正面から相対させた。司令席から立ち上がったラインハルトは直ちに麾下の分艦隊司令官を呼んだ。敬礼する二人の准将がスクリーン上に姿を現す。
「ロイエンタール、ミッターマイヤー!!」
『はっ!!』
「両翼を任せる。中央本隊を私が率いる。卿等は突進する敵軍両翼に向けて全力集中応射、これを防ぎ留めよ。」
『はっ!!』
二人の准将は敬礼し、スクリーンから消えた。
「しかし、実にいいタイミングでいいポイントをつくな。同盟にも得難い奴はいる。」
ラインハルトは感心したような面持ちで呟く。と、その時ノルデン少将が血相を変えた顔で近寄ってきた。
「閣下!そのようなことをして本隊が敵に直撃されれば、わが艦隊は壊滅しますぞ!まずは全力を挙げて敵の中央を叩くか、いっそ後退して敵の勢いをそぐべきでしょう。」
ノルデン少将が異議を唱える。OVAでは32歳にして少将であったが、その無能ぶりを露呈してラインハルトをイラつかせていた少将が、ここでもラインハルトをイラつかせている。この二人の相性は転生者という異要素が加わっても変わることはないのね、とアリシアはおかしな思いで見守っていた。
「落ち着け参謀長。後方をよく見てみろ。一見すると敵は密集しているようだが、敵軍後方にはまだ距離を保っている2隊が控えている。中央に対処すれば、後方の2隊がこちらの左右から包囲あるいは突撃し、わが軍を瓦解せしめるだろう。ワーレン、アイゼナッハを後置しているのはそれに備えてのことだ。また、後退というが敵との距離は近すぎる上敵の勢いはわが方の後退速度を上回る勢いだ。後退程度で勢いを削ぐことなど現状では不可能だ。」
「閣下がおっしゃる通り、敵には勢いがあります!なればこそ申し上げるのです!現状ではわが軍の中央本隊よりも戦力が多く、わが方の全戦力を集中しなくては、敵の攻勢を防ぎとめることはできないのではないでしょうか?」
ラインハルトが一瞬ものすごい勢いで参謀長をにらみつけた。
「参謀長!!」
「は!?」
「わが軍中央本隊は6500!敵の中央本隊は7000!数の上ではほぼ互角だ!!たった500隻しか差がないにもかかわらず、卿はわが軍が同盟と称する反徒共に対し、劣勢であるとそういうのか!?帝国軍人としてあるまじき発言ではないのか!?」
「そ、それは――。」
ノルデン少将が蒼白な顔になる。
「それとも何か?仮にも帝国軍人である卿が、自分の命欲しさに、旗艦を前線から遠ざけたいと、そういうつもりではあるまいな?」
じろりとラインハルトが参謀長に意地の悪い目を向ける。普段は極力衝突を避けるラインハルトだったが、自分の指揮権、地位に口を過度に挟むような者に対しては原作同様容赦しなかった。
「め、滅相もありません!小官はただ、敵の攻勢が尋常ならざることをお伝えしたかっただけであります!」
「よろしい!参謀長の言葉は、よく理解した。油断はせず最後まで気を抜かずに戦闘指揮に集中せよと、そういうことなのだな?わかった。肝に銘じよう。下がっていい。」
「・・・はっ。」
しおしおとノルデン少将が下がる。ラインハルトは鼻から息を吐き出すと、司令席にもたれた。だが、傍らに控えるキルヒアイスは、ノルデン少将が一瞬何とも言えない目つきをラインハルトに向けたのを見逃さなかったし、後方にいたアリシア・フォン・ファーレンハイトもこれに気がついていた。
「・・・・ラインハルト様。」
キルヒアイスがそっと耳打ちする。部下の発言に耳を傾ける風を装いながらラインハルトはうなずいた。
「わかっている。どうやら送り狼はあのノルデンのようだな、他にもいるかもしれない。キルヒアイス、気を付けてくれ。俺は戦闘指揮に集中せねばならん。」
「お任せください。」
「だが、どうも敵の様相がおかしい。先ほどの第十一艦隊とは明らかに動きが違う。指揮官だけの問題ではないな。あの艦隊そのものが猛訓練を受けた精鋭という感触を持つ。」
ラインハルトは顎に手を当てて考え込む。
「同感です。我が艦隊だけでは防ぎとめることは難しいかもしれません。ノルデン少将の意見を一部取り入れ、メルカッツ提督とヴァンクラフト中将の艦隊に合流すべきではないでしょうか?」
「その方がよさそうだな、俺も自分の才能は自分自身よくわかっているつもりだが、過信をしてここで戦死するほど奢ってはいないつもりだ。」
キルヒアイスは笑って、
「それでこそ、ラインハルト様です。」
「こいつめ。」
ラインハルトは赤毛の相棒の頭をコツンと指の背で軽くたたいたが、
「だが、後退はロイエンタール、ミッターマイヤーの迎撃が功を奏してからだ。それまでこちらとしても本隊をある程度叩いておきたい。」
「・・・では。」
キルヒアイスが自軍の戦列表の中からある部隊に目を向ける。ラインハルトの顔が引き締まった。
「あぁ。・・・アースグリム級戦艦、波動砲斉射用意!!!」
ラインハルトが叫んだ。アースグリム級戦艦は原作でファーレンハイトが搭乗していた旗艦であり、その最大の特徴は要塞主砲並みの大火力を持つ艦首波動砲である。たった一度回廊の戦いで放った主砲が数百隻の艦隊をたたき沈めたのは有名であった。
ラインハルトはそのアースグリム級戦艦を28隻引き連れてきていた。
「10隻で充分だ!!アースグリム級戦艦は前衛後方にて波動砲斉射用意!!目標中央本隊中心点!!前方の艦隊は全力を挙げてこれを護衛!!波動砲斉射のタイミング直前で前方艦隊は上下に散開!!巻き込まれるな!!」
ラインハルトが矢継ぎ早に指示を飛ばす。アースグリム級戦艦10隻は一斉にエネルギーを充填し始めた。敵がこの変化に気が付いたのか、攻勢を倍加させた。前衛の艦隊は全力を挙げてこれを阻止すべく動き、ラインハルトもわずか5分間の間に声をからし続け、徹底的に敵の侵攻を阻んだ。
「アースグリム級戦艦、波動砲斉射準備完了!」
「よし!!上下散開せよ、急速にだ!!」
艦隊が全速力で散開し、アースグリム級戦艦の軸線上は敵艦隊のみになった。
「波動砲斉射!!」
ラインハルトが叫んだ。10隻の戦艦から放たれた奔流が敵艦隊の中央部を直撃し、穴をあけた。これに動揺したのか、左右の両翼の動きが一瞬止まる。そのすきを見逃すロイエンタール、ミッターマイヤーではない。砲撃雷撃を相手に叩き付け、手痛い損害を与え、さっと艦隊を後退させてきた。
「全艦隊後退せよ!!」
ラインハルトが叫んだ。
直後、アースグリム級戦艦から放たれた波動砲第二射撃が同盟軍中央本隊に甚大な被害をもたらした。このたった2回の砲撃により、約1500隻の艦艇が一瞬で蒸発し、数千隻の艦艇が大小の被害を受けたのである。
「ほう、やるようですな、敵も。」
第十三艦隊旗艦艦上にあって、指揮を執っている人物に話しかけていたのは、ファーレンハイトだった。そばにシュタインメッツもいる。前回のヴァンフリート星域会戦で功績を立てて准将に昇進した二人は帝国軍准将の軍服を着ている。潜入工作用や、亡命軍人が放出することもあってか、こういう軍服は割と同盟でも入手が容易なのだ。
「敵は旗艦の旗印から見て、ラインハルト・フォン・ミューゼルという中将でしょう。皇帝陛下の彼の姉に対する寵愛で成り上がったという話で有名ですが、眼前の艦隊指揮ぶりはそれを悉く否定する材料でありますな。」
と、シュタインメッツも感心したようにうなずいている。
「感心している場合ではないわ、で、私たちとしてはどうすればいいかしら?」
質問というよりは、聞き手を試すような言動だった。涼やかな声の主は、この艦隊の指揮官である。同盟軍中将の肩章を付けたプラチナ・アッシュの髪をサイド・テールにした女性が中央に立っている。やや斜に構えた皮肉そうな目の色もグレイであり、透き通るような美しい肌とほっそりした手足が伸びやかに動く。口元は引き締まった、だが、適度に柔らかい上質な印象を与えるすっきりしたラインを持っており、美しい鼻梁は歪むことを知らないまっすぐさを持っている。
ファーレンハイト、そしてシュタインメッツの間に挟まれて艦隊を指揮している彼女の正体は、今年24歳、クリスティーネ・フォン・エルク・ヴィトゲンシュティン中将という。
彼女は帝国からの亡命者である。ヴィトゲンシュティン家は公爵家であるが、ただの公爵家ではない。皇帝陛下の血縁者として外戚の一員なのである。「エルク」というミドルネームはヴィトゲンシュティン家にのみ許された名誉称号であり、亡命者になってもなお、ヴィトゲンシュティン家はこの称号を公然と使用していた。ヴィトゲンシュティン家のクリスティーネと言えば、自由惑星同盟の一部の亡命貴族内部では知らぬ者がいないほどの存在だった。ところが、彼女は亡命者としてではなく、軍人として同盟領内で台頭する道を選んだ。その才能は若干22歳にして少将になるほど優れていたが、これには同盟政府、政財界の大物、そして軍の上層部などの強力なバックアップがあったからに他ならない。
皇族に等しい彼女を押し立てて、帝国に対してその正当性を主張する、などという論法は、主流派からは異端とされながらも自由惑星同盟が帝国からの亡命者を受け入れるようになって以来100年以上もずっと主張され続けてきた考えなのである。
台頭すれば利用される。彼女はそれを十分に承知していたが、あえて駒として活躍できる道を選んだのだった。
その傍らには意外な人物がいた。アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン、そしてカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムである。彼らだけでなく、この艦隊の人員の悉くが帝国からの亡命者で構成されている軍隊なのだった。兵員120万、艦隊総数11000隻。同盟軍の支援を受けているとはいえ、いわばローゼンリッターの艦隊Versionなのだった。アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンが大尉、今年卒業したカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムが少尉として搭乗しているのだった。
どうしてこうなったのか。話は数か月前、すなわちアルレスハイム星系会戦大敗直後にさかのぼる。
* * * * *
アルフレートはアルレスハイム星系会戦大敗後、ハイネセンに帰着したその後もロボス司令長官の副官補佐役として雑務を精一杯こなしていたが、日ごとに司令長官の顔色が良くなくなっているのに気が付いていた。周囲の非難に対し、ロボスは突っぱねて続投継続を表明していたが、それが確信を持った強気からではないことは誰よりも本人が一番よく承知していた事実だったのかもしれない。自信のないまま自らのプライドだけで突っ走り、潔い進退の時期を見逃して悲惨な末路をたどった例は古来地球が誕生してから大小数えきれないほどあることである。
「お茶をお持ちしました。」
がらんとしたオフィスにいるのはアルフレートのほかには司令長官だけである。そっとロボスの好物のハチミツ入りのレモネードを置くと、ロボスは書類に目を通しながら「うむ。」という唸り声を上げただけだった。その声にも今一つ力がない。アルフレートはあれからロボスの往年の実績を調べたり、彼の指揮ぶりを録画していたコンパクトディスクのデータを見たりして、ロボスに対する考え方をやや改めていた。老年は先述したように「帝国の女スパイに性病を移された。」だの「痴呆症が始まった。」だの散々に言われ続けた彼だったが、若いときの艦隊指揮ぶりとその戦略・戦術眼はある意味シトレと同格なのではないかと、アルフレートは思ったのである。
どの小説や歴史もそうであるが、ある人物について著述したものはその人物を100%描写しきっているか?答えはもちろん否である。小説はある期間だけのその人の人となりを著し、歴史書は歴史にかかわる部分だけを著す。その人の普段の家庭生活、人となり、癖等を24時間、いや生まれてからずっと密着して記録し、記した本などはこの世には存在しない。それができるのは生まれてくる子とずっと接する親や家族だけだろう。
だから、ロボスがたとえ小説やOVAで「無能・無策・無為」と表現され続けていたとしても、ロボスの能力が完全にゼロであるということの証明にはならないのである。ただし、すべての行為が結果に結びつくという収束論的に言えば、あるいはそうなるということもあるかもしれない。
アルフレートはロボスの傍らにいて、彼の言動を耳に、目にする機会を多く手に入れてからこのような心境に至った。だが、彼は気が付いていただろうか。それはロボスの身に言えることではなく、ラインハルト、ヤン、銀河英雄伝説に登場する人物はおろか、数限りない周囲の人、そして自分自身にも当てはまるという事を。
アルフレートは一礼し、そっと部屋を出ようとした時、後ろから呼び止められた。
「若造。」
ロボスはアルフレートをいつもこのように呼ぶ。
「少し話がある。時間はあるか?」
「はい。ございます。」
「よし、こっちに来てくれ。そこの折りたたみ椅子を持ってな。儂の前に座るがいい。」
部屋の隅にぽつんと立てかけられている折りたたみいすを持って、アルフレートはロボスのデスクの前に来た。
「座れ。遠慮はするな。」
では、失礼いたします、とアルフレートはロボスの前に座った。
■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン
「若造、いくつになった?」
ロボス閣下がだしぬけに聞いてきた。いくつだったか・・・前世から数えるともうおっさんなんだがな。でもこの世界じゃまだ――。
「18歳です。今年19歳になります。」
「そうか・・・・。」
ロボス閣下は視線を落とし、書類をいじくっていた。何かを言おうとして言えない態度全開である。自分もよく経験していたしぐさだけによくわかる。俺は声をかけたりせず、静かに見守っていた。
「貴様には迷惑をかけたな。」
ぽつんと閣下は言った。は!?なに?!今なんて言ったんだ!?耳が信じられなかった。ロボス閣下が、一介の中尉にそんな言葉を!?
「儂は貴様を見どころがあると思ったから、副官補佐役にした。将来儂の下で働いてほしいと思ってな。ところがだ、どうやら儂の命数が早く終わりすぎてしまうらしい。」
「閣下!?」
思わず椅子の上で体を動かしたので、ギッと椅子がきしんだ。
「若造、この期に及んで取りつくろおうとするな。儂とて自分がどういう評価をされてきているか、この先どう言う運命が待っているか、知らぬわけではないのだぞ。」
「・・・・・・。」
「儂はもう終わりだ。」
ロボス閣下が淡々という。いっそ女々しく言うか、居丈高に叫んでいれば、俺としては突き放したのだが、閣下の態度はすべてをありのままに受け入れようとしているもんだから、どうにもそういうことができない。
「だが、沈みかかるボロ船に貴様まで一緒にいることはあるまい。儂は部下共の進退を事務の傍ら、ずっと考えてきた。既に貴様以外の者には申し伝えてある。」
あのクソ野郎のビュンシェに対して申し渡しができなかったのは心残りだがな、とロボス閣下は笑った。
だからなのか、がらんとしたオフィスには俺と閣下以外には誰もいない。普段ならば副官の二、三人いるはずなのに。急に寒々として俺は身を震わせた。何をやっているんだ?今は夏なんだぞ。
宇宙艦隊司令長官と二人きりになれる。本来であればとても名誉なことなのだが、今のこの状況は俺にとって肌寒さ、そして寂しさを倍加させるものにしかならなかった。
「若造、お前の行く先は既に決定してある。人事局とも相談し、既に了承の返事が届いている。色々世話になった。」
そんなことをいきなり言われても、どうすれば・・・・。俺は、俺は・・・・。俺はどうすることもできずに、痴呆のようにロボス閣下の顔を見ているだけだった。
「平素なら人事局の人間から異動を申し渡すのだが、今日は特別だ。宇宙艦隊司令長官直々に異動を申し伝えるのだ。またとない機会だぞ。感謝しろ。」
もっとも、貴様は後で人事局に行き、そこで正式な辞令を交付されることになるがな、とロボス閣下は付け加えた。
「起立ッ!!!」
ロボス閣下が大声を出したので、俺は10万ボルトを浴びたかのように、ばね仕掛けの人形のごとく立ち上がった。いや、跳ね上がったと言った方が正しい。
「アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン中尉。貴様を第十三艦隊旗艦幕僚補佐役に任命する。」
自分の耳が信じられなかった。だ、第十三艦隊!?よく内部で噂になっているが、指揮官の素性は一切不明の、あの特務艦隊とか極秘艦隊とか、一切の素性が明らかになっていない艦隊!?
「驚いたようだな。」
ロボス閣下がニヤリとする。その顔は往時の名司令官の戦闘のさなかに見せるあの不敵な面魂の顔そっくりだった。多少は老けているが。
「し、しかし、第十三艦隊は一切の素性が知らされていない艦隊ではないですか、そんなところに――。」
「これはお前にしか務まらんのだ!!!」
ロボス閣下の大声が俺の反駁を遮った。説明も何もあった物ではない。前世の俺ならば同じようなことをされれば食い下がってある程度の情報を引き出していただろう。が、俺はそこで言葉をつぐんだ。司令長官閣下に威圧されたこともあったが、それだけじゃない。ロボス閣下の眼だ。部下を思いやる純粋な気持ちにあふれた眼、子供を思いやる親父のような眼だった。
そんな眼をした人が俺を死地に送るわけがない。劣悪な環境に送るわけがない。
「わかりました。閣下、ありがとうございます。」
俺は最敬礼を施した。
「不肖の身でありながら、閣下の名に恥じないよう努めてまいります。」
「余計なことはせんでいい。」
ロボス閣下が無造作に言った。
「儂の名前などどうでもいい。これはお前自身の為なのだ。本当はもっとお前を有能な奴の下に入れたかった。例えば、シトレや、あるいはブラッドレー大将閣下の下でな。」
意外だった。シトレ閣下はロボス閣下のライバルであり、お互いに嫌いあっていたのではなかったか。
「若造、まだまだ修行が足りんな。考えていることが顔に出ているぞ。」
ロボス閣下がまたニヤリと笑う。俺は顔が赤くなった。
「そうだ。儂はシトレを嫌っている。もっとも向こうはどうかわからんがな。だが、勘違いをするな。『嫌う。』ということと『能力を認め、賞賛する。』ことは全く違う事なのだからな。」
その一言で充分だった。まだ閣下と交流することになってから日は浅い。だが、閣下が何を考え、何を思っているのか、それらの一端を今垣間見た気がしたんだ。
「閣下・・・・。」
突然俺はうろたえた。俺の手をロボス閣下が、分厚い両手で握ってくれていたんだ。力強かったが、何かがおかしい。
突然、その中にある「何か」に俺は気が付いた。外側はしっかりしていても、ロボス閣下の身体を何かがむしばんでいることに、俺は気が付いてしまった。多年の戦場疲れが閣下の体を蝕んでいたのだろう。
突然目頭が熱くなった。どうしようもなくて、やるせなくて、胸がいっぱいになり、喉の奥が痛く熱くなった。情けないぞ、もっとしっかりしろ、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン。原作やOVAで散々「無能・無策・無為」呼ばわりされ「帝国の女スパイに性病を映された。」だの「痴呆症にかかった。」だの、言われ続けた・・・い、言われ続けた人間・・・だと・・・・いうのに・・なのに・・・・。
国家に奉仕して、自分の身体をすり減らして、その結果がこれなのかよッ!?!?
俺は泣いていた。どうしようもなくて、ボロボロになって泣いていた。運命にあらがえる力のない自分の無力、無為に情けなくて。閣下を慰めることもできず、泣いていることしかできない自分の幼稚さに腹を立てていて。
「世話になったな、若造。」
ロボス閣下がぎゅうっと俺の肩を抱きしめてくれた。
後で知ったのだが、俺は大尉に昇進していた。ロボス閣下が俺のために直々に人事局に掛け合ってくれていたらしい。俺はあの人がくれた最後の贈り物を胸に抱き、新天地である第十三艦隊に異動することになった。・・・・カロリーネ皇女殿下と共に。
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