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=入試編= シンロセレクト
前書き
9/3 名前ミス修正。
(あ、こりゃもう駄目だわ……)
ゆっくりこちらに傾てくる0Pロボットを見て、葉隠透は自分でも驚くほどのんきに無事な生還を諦めた。あのロボットに踏み潰されたらイタイじゃ済まないと思っていたところに助けが来てホッとしたのも束の間、今度はロボットが倒されてこっちに突っ込んでくるという危機の連続はいっそ笑えて来る。
あのロボットを転倒させるなど予想外もいいところだ。葉隠の鼻先三寸を駆け抜けて危うく踏まれるかと思ったサイの人は凄いと思うけど、せめて転倒させる方向ぐらい考えて欲しかった。
何より無念なのが、たった今葉隠を助け起こしている少年をモロに巻き込んでしまったことだ。助けを求めたばっかりに少年が動き、少年を見てサイの人が突っ込んできた。というかそれ以前にさっきまで残骸の下敷きになってたのも敵ロボにやられそうだった子を庇って巻き添えを食らったからだ。よく考えたくても原因はわりかし葉隠にある。
「今すぐ私を捨てて逃げて………って、もう間に合わないかぁ」
「うん、だから逃げるのは諦めて別の方法にしよっか。大丈夫大丈夫、イケルイケル」
「や、イケないっぽくない!?もしかして『個性』でここを抜け出す……んじゃないよね。ここに来るとき走ってたし、移動に有利な『個性』ならもう使ってるもん」
「まぁね」
「ダメじゃん!!」
常識的に考えて、機動力のある『個性』を持っていたのなら助けに来るときにとっくに使用していたはずである。或いは『個性』の反動の関係でけが人を確保してから使用する可能性もあったが、それも今のあっけらかんとした返事によって可能性が途絶えた。
じゃあどうする気だと疑問に思う葉隠を抱えて数歩歩き、そこで座り込んで葉隠をそっと寝かせた。
そして、葉隠を庇うように彼女の頭を抱えて覆いかぶさった。
「よし!」
「何が!?」
全然行動の意図が分からないけど、これはアレだろうか。死ぬ前の思春期男子が行う儀式なのだろうか。スケベしようやぁ……なんだろうか。ここは庇ってくれてるものと信じたいなぁ、などと願望を抱いている頃には、既に巨大ロボットが衝突する寸前まで迫っていた。
(ああ、今まで極限まで透明になろうとしてきた私の人生の努力や暖かい記憶が走馬灯のように駆けてゆくっ……ってガチの走馬灯やんか!?いやぁぁ~~!!ちょっとタンマタンマ――!)
そして、衝撃。
無防備な葉隠の体は数百トンはあろうかという鋼鉄の傀儡に押し潰されて見るも無残な汚ねぇ押し花に――。
「たんまぁぁぁぁ………ぁれ?」
ならなかった。
衝撃も来たし、視界も真っ暗になっているのだが……体に感じるのは痛みではなく上に覆いかぶさっている少年の体の感触だけである。むしろいっそ「男の子に抱きしめられるのって初めてかも」などという先刻と正反対なちょっぴり恥ずかし気なことを考える余裕まである。
「ふう、間一髪!ロボの図体がデカくて命拾いしたぜ」
「………えーっと、どういう状況なの今?熱い抱擁を受けてるのと暗さのせいで状況が飲み込めないんだけど」
「うん。ちょっと逃げ切れそうになかったからロボットの装甲のデコボコを見極めて助かりそうな隙間に入ったんだよ。ちょっと窮屈かもだけど……んしょっと!」
それって「ね?簡単でしょ?」的なノリで出来ることなのだろうか。少なくともあの巨体を見てすぐに諦めた葉隠にはたどり着けないっぽいことは確実だろう。
もし彼が30㎝でも離れた場所で葉隠を庇っていたら……それ以前に逃げるのを諦めず無謀にも葉隠を抱えて走り出していたら……そんな最悪の未来が待っていたかもしれないというのに、彼は平然と、寸分狂わず「正解」にたどり着いた。
判断力があるとか、観察力があるとか、そういう次元で出来る行動では断じてない。
本当に未来に状況が「そう」なると絶対的に確信していなければ不可能だ。
葉隠の体を抱えたまま少年は屈んだ体勢で前に体を引きずり、やがて外の光が葉隠の眼に視覚情報を送り込んでくれた。どうやら自分たちは本当に巨大ロボットの装甲の隙間にいるらしい。段々と隙間は大きくなり、外へ外へと導く出口のようだった。
がっちり抱きしめられた体勢のまま何を言えばいいのか分からないまま引きずられていると、再び足を抱えてお姫様抱っこの体勢に変わる。直後、試験官のプレゼント・マイクの馬鹿でかく拡声された声が広大な空間に響き渡った。
『終ッ!了~~~~~ッ!!』
かくして、葉隠透は自分でも自覚がないまま運命を塗り替えられ、試験を無事生き延びた。
呆然と自分の上を見上げると、そこには水色の髪を靡かせた少年の満足気な笑顔が待っていた。今もあまり実感が沸かないのだが、彼が駆けつけてくれなかったら自分はあの重量に押し潰されて新でいたのかもしれない。
少年の顔がこちらを見る。太陽の逆光のせいか、その表情はとても眩しくて――。
「キミを助けられてよかった」
オールマイトみたいなそれとは違うけれど、思わず憧れてしまいそうなほどに格好良かった。
「あ、やばっ………個性使いすぎの反動で、眠気が………すぴー」
「え、ちょっと待っ……私抱えたまま寝るの!?しかもこれ寝てるのに手が離れなくてお姫様抱っこ解除されてないし!?なにこれ!?なんなんこの羞恥プレイ!?」
………やっぱり格好良くないのかもしれないと葉隠はすぐに正気に戻った。
なお、この後立ったまま爆睡した水落石の口から垂れた涎が葉隠にかかって悲鳴があがったり、リカバリーガールが飽きれ顔で立ち爆睡中の水落石を蹴飛ばして保健室行きロボに乗せたり、やっと解放された葉隠の下にやってきた頼野が「うおおおおおおお巻き込んですまぬぅぅぅぅぅぅぅッ!!」と地面を叩き割る威力で土下座連弾を開始して地震計が震度4を記録したりといろんな波乱があったのだが………結果だけ言おう。
「肉眼で確認しづらい要救助者に真っ先に気付く観察力と巨大な危機を前に躊躇いなく救助に駆け出す度量……加えて眼前に危機が迫った状況で極めて冷静に生存の為の最善手を打った判断力。彼には素質があると俺は考える」
「時間ギリギリで救助に成功した上に女の子をお姫様抱っこで仁王立ち!これぞヒーローだよなぁ!!俺は気に入ったぜアイツ!!」
合理的に考えてアイツ欲しいと考えたイレイザーヘッドとノリでテンションMAXなプレゼントマイク、他数名からレスキューポイントを37点贈呈された水落石は、実技成績8位となる58ポイントを獲得して見事に合格を果たしのだが………個性多用の反動によるパネぇ眠気と案の定痛めてしまった腕の筋の治療のために全力でダラダラしていた彼は合格通知の存在を暫く忘れてしまっていたのだった。
= =
剣道の道場というのは主に(小手などの道具が)結構臭うというのが昔の常識だったらしいが、現代日本ではそうでもない。
というのも……単純な話、俺の通っている道場を含めて全国で剣道の過疎化が進んでいるからだ。これは『個性』の登場以前からその傾向があったことだが、異能社会となってヒーローが現れてからは特に加速度的に過疎化が進んでいる。
武道とは基本的に己の肉体と精神を鍛え、強くなることを主としている。空手もボクシングもそうだが、これらの武道は球技や陸上などのスポーツと違い、直接的な戦闘技術を以ってして相手を打倒することが求められてくる。
しかし『個性』やヒーローの概念が浸透してくるとこれらの武道はかなり規模が縮小した。位置から肉体を鍛えて技術を覚えるより『個性』を振るった方が手っ取り早く自分が強者になった実感を手に入れられる。そんな幼稚な思想のせいで後継となるべき若者たちが離れていったのだ。
もちろん、無くなった訳ではない。空手、柔道、合気道などは『無個性』の人間が自衛能力を手に入れるための手段として恒常的に存続しているし、むしろ大人になってから『個性』以外の能力を伸ばすために純粋な武道の道へ来る者もいる。ヒーロー志願で武道に励んでいる生徒も決して少なくはない。
そんな状況でもスポーツ界でモロに衰退しているのが剣道だった。
理由は単純で、ヒーローは基本的に剣術を使えるような長物を持っていない場合が多いからだ。派手で強力な『個性』を武器にするヒーローは一種の客商売であり、武装を固めるのは一般市民を威圧してしまうことから忌避される。無論ゼロというわけではないが、一般的に好まれないものなのだから当然剣道の道を志す者は少なくなってしまう。
警察志願の人間でさえ、敵引き取り係になってからは個人の武術が軽視されて剣道の存在意義が薄れている。
まぁ、長々と喋ったが結局何が言いたいのかというと……だ。
「高校進学に伴って引っ越すことにしました。小学校のころから今まで………お世話になりました」
「そうか……進学おめでとう。私の教え子が名門校を通ったと言われると、勉学を教えたわけでもないのに鼻が高くなるな」
冗談めかしてふふふと笑うダンディ師範、「剣終代」に、俺は今までの感謝と誠意、そしてほんの少しの謝意を込めて頭を下げた。師範の手には、俺が払う最後の月謝袋が握られている。
ここは俺の実家の近所にあった唯一の剣道場、「真志真道場」。元々警察官志願だった俺が近所で習い事をしようとして見つけた唯一の武道の道場だ。もしここで基礎体力や動体視力を身に着けていなかったら試験合格は確実に無理だった。
「これでこの道場の門下生は一人もいなくなってしまう。明日から寂しくなるね」
「………俺、公式戦出れなかったですからね。トロフィーの一つくらい取ってれば後輩も出来たんですかね?」
「さあ、どうでしょう。元々不人気でほとんど門下生が居なかったんだ。君が戦いで優勝したところで時間の問題だったんじゃないかと思うよ」
俺は、『個性』のせいで剣道の公式大会に出られなかった。つまり、この潰れかけの道場を再建するようなサクセスストーリーの主役にはなり切れなかったのだ。
俺の個性は表向き『超感覚』という集中力を高める『個性』だということになっている。そして現代の武道では『個性』を使うことが原則禁止されている。とりわけ俺のような発動タイミングが分かりづらい『個性』は勝負の公平性を大きく左右するため、公式試合の参加規程で弾かれてしまっている。炎を出す個性や別の器官を持つ『個性』ならともかく、発動の兆候を掴みづらい『個性』は使用を見逃したり判定に何度も持ち込まれる可能性があるためどうしても公平性を確保できない、というのが剣道協会だか何だかの主張だ。
師範はいつも俺に厳しくも暖かく剣道指導をしてくれた。恩師と言ってもいいし、何とか恩返しできないかと大会の実績以外にも周辺に慣れない勧誘もした。だがまぁ……駄目な時は駄目だった。あの日の夜に師範が奢ってくれた安価ブランドフルーツの「アキラメロン」は、とても甘いのになぜか塩味がした気がした。
……あまり長居は出来ない。引っ越しの準備もある。そろそろ帰ろうか――と、師範がまっすぐな瞳でこちらの名前を呼んだ。
「………水落石くん」
「はい、師範」
「君はこれから非常に厳しい競争社会に飛び込みます。聞いた話では雄英高校ヒーロー科は生徒に見込みがないと判断された場合教師権限でその者を退学処分に追いやることもでき、去年は一クラス丸ごと退学にさせられたということです」
「それは……色々と常軌を逸してますね。入試でさえあのキツさなのにそれ以上を求められるってことですか」
「そうです。雄英に限らず、半端な覚悟でヒーローを目指してはドロップアウトする生徒が後を絶たない。にも関わらず世はヒーロー飽和社会……それが意味するのは、学生時代から始まる終わらない競争です」
真剣な表情の師範を見ていると、原作オールマイトの発言を思い出す。常にトップを目指すものとそうでない者の差は社会に出てから大きく響く、だったか。なぁなぁで妥協しているようではこれからの厳しく危ないヒーロー道は歩めないだろう。
本当に――生半可な道ではない。原作で死刑囚ムーンフィッシュの元に寸断された手が転がっていた時の肝が冷える感覚をリアルに味わうことになるだろう。あれはかっちゃんさえ顔色を変える程の衝撃だった。
「貴方は、そんな厳しい道を最後まで渡り切る覚悟がありますか?」
「……………」
「入試の合格通知が出てからそれほど日は経っていませんね。貴方のことだ、滑り止めで別の学校でも合格しているのでしょう。返事次第ではまだ別の道を選べます。それでも、あなたはヒーローになるのですか?途中で投げ出して人生の時間を無駄にしないとここで誓えますか?」
この人は俺を慮ってこんな厳しいことを言っているのだろう。
本当、もしかしなくても俺の担任より俺の将来を考えてるんだろうな。担任はヒーロー目指すって言い始めたときは「向いてない」って断固反対したくせに、昨日合格したって伝えたら手のひらを返しやがった。プロヒーローへの道を楽観視しているからだ。
しかし、俺だって楽な道じゃないことはとっくに……それこそ他の受験者以上に知ってるんだ。
「――やりたいことがあるんです。そのために通らなきゃならない道なんです」
デク君の死は絶対に回避する。
俺の見た未来を、俺の手で完全に捻じ曲げる。
「壁は多く、大きく、そして厚いですよ?壊せますか?」
「知恵と勇気と、あと剣道でぶっ壊します」
「――決意は固いようだ。もし剣の道に迷ったら私の下を尋ねなさい」
それだけ言って、先生は道場の奥へと歩いて行った。
もう別れは済ませている。俺もまた道場の玄関へ、振り返らずに進んだ。
きっとここへ戻ってくる日は、今日からずっと後になるだろう。
「――ところで水落石くん。君たしか受験勉強の関係で月謝三か月分くらい滞納してなかったっけ。この袋の中身じゃ清算に全然足りないんだけど」
「……………………………師範、事情話したら『じゃあ道場は休むといいよ』って笑顔で言いましたよね?その間来れなかったけど、その分の月謝は抜いてくれるって話じゃなかったですか?」
「やだなぁ、休む休まないは君の自由だけど入会している以上は毎月お金払うに決まってるじゃないですかぁ。……………今月ちょっと厳しいんです。貴方の月謝を頼みの綱にしてたんです。これダメだと先生一日を水道水に砂糖と塩を混ぜたやつで乗り切らなきゃならないくらいキツイんです。私、貴方の恩師でしょ?ね?」
……………。
「はぁ………一応聞きますけど………なんでそんなに懐が厳しいんですか?前は確かルンバ買いたかったからとかほざいたし、その前は何?冬の冷気で給湯器が壊れたから暖房代をケチるためにお酒を買い込んだ結果給給油機の修理代より高くついたんでしたよね?今回こそはちょっとはマシな理由なんでしょうね?」
「あのねぇ、怒らないで聞いてくれる?」
「うん」
「友達との賭け麻雀で思いっきりスられた」
「さもしい貴方に聞いた俺が馬鹿でした。帰らせていただきます」
「あーっ!待って!見捨てないで!だってしょうがないじゃないですか貴方が来ないから収入も仕事もなくて麻雀くらいしかやることなかったんですよ~!!」
「ええい纏わりつくな子供に金をたかるな情けない声で懇願するな鬱陶しい!ぜってーやらねぇからなっ!」
……俺の恩師はたしかにいい人だけど、どこかで決定的にダメ人間だと思う。
ちなみにこの後師範は30分粘ったが、俺が手荷物から投擲したカロリーをメイトする食べ物をオトリに投げると「クマー!」って叫びながら食いついたのでその隙に逃げさせてもらった。
あんなのが恩師な俺って………この原作主人公との差は何だ、と柄にもなく自問した水落石であった。
後書き
剣師範は駄目人間で剣道以外は滅茶苦茶自堕落で情けない人です。
奥さんと娘もいますが、愛想を尽かされ家庭内別居中。イメージ的にはゼノサーガってゲームに出てくるジンさんって人を二回りほど駄目にした感じ………って言っても大半の人には伝わらないか。
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