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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第三章
  第二十一話『これはもう使い物にはならない』

 学校での昼食時、学食の四人席で幸恵は何気に翠の隣に座った。翠と詩織に緊張が走った。
幸恵 「いやー翠、あれ結構出たわ。」
翠  「う、うん…」
 〝ガタッ〟
 すると突然、詩織は自分のトレーを持って立ち上がった。
幸恵 「ん?どうしたの詩織。」
詩織 「別に…」
 そして詩織はそこから立ち去って離れた席に着くと、独りそこで食事をし始めた。
翠  「マズイよ幸恵。いつも詩織の隣に座ってるのに、急に私の横に来たらさあ。」
幸恵 「う~ん、そうか…いやー最近自分の生活の事で手一杯だったから、詩織にまで気が回らなかったよ。」
翠  「それでなくても魔法少女になってからの幸恵ってば、詩織に対してお座成りな感じになってるのにさあ。」
幸恵 「えーっ、そうかな…そうかもなあ…」
翠  「なんかフォローしといた方がいいんじゃないの?」
幸恵 「そうだよね…そういやあ、もうすぐ詩織の誕生日なんだよね…」
 幸恵は詩織の背中を見詰めた。
 それから詩織は幸恵と翠の事を避けるようになった。二人はなんとか詩織に取り繕おうと接触を試みたが、結局駄目だった。
 走って帰る詩織の後姿を見て、幸恵は寂しそうに呟いた。
幸恵 「詩織…」
 幸恵はぼろアパートに帰って来ると、寝っ転がって詩織の事を考えた。そして暫く考えると、突然飛び起きて翠に電話した。
幸恵 「ああ、翠。私、幸恵。」
翠  「えーと、何?今日は狩りはしないつもりなんだけど…」
幸恵 「うんうん、狩りの事じゃないの。キュゥべえってどうやったら会えるの?」
翠  「えっ、キュゥべえの呼び出し方?う~ん、私も知らないんだけど…何か会いたいと思うといたりもするけど…でもいて欲しい時にいなかったりするし…ああそうだ!公園、いつも集まる公園で呼ぶと、割とよく来る気がするよ。」
幸恵 「そう、ありがと。」
翠  「ああ、ところで…」
 〝プツ!〟
 幸恵は知りたい事が分かると、電話を切って家を飛び出した。
 幸恵はいつも集まっている公園にやって来ると、キュゥべえを呼んでみた。
幸恵 「キュゥべえ、ちょっと出て来てよー。」
 すると少し間を置いて、キュゥべえが茂みの中から現れた。
キュゥべえ「何だい?幸恵。」
幸恵 「ちょっとお願いがあるんだけどさ…」
キュゥべえ「あー、なるほどね。まあ最近君は心を入れ替えたようにカースキューブを提出するようになって来たしね。その代りのように翠の提出量が減ったのが気にはなるけど…。住居の事なら月替わりの時にでも変更しておくよ、前の所でいいかな?」
幸恵 「うん、それもそうなんだけど…給料の前借って出来ないかなあ。」
キュゥべえ「…君も中々凄い人なんだねぇ。悪いけど前にも言ったように、魔法少女になってすぐの支給分で前払いをしているようなものなんでね。将来の貢献値を担保にした融資はしかねるんだよね。」
幸恵 「そこを何とか…」
キュゥべえ「フフフ、それなら今の住まいのままカースキューブを提出し続けて貰わないとね。君に出来るのかい?」
 幸恵は俯いて考え、そして言った。
幸恵 「するよ…やってみせるよ…」

  ♢

 詩織は孤独を強く感じてた。翠に対して嫉妬の念もあった。突然のように幸恵と翠の距離が縮まり、自分が弾き出された疎外感に苛まれていた。
詩織 「何よ、幸恵ったら急に…」
 詩織が憤慨しながら歩いていると、いつの間にか魔獣空間の中へと誘なわれていた。
詩織 「あれ?ここは…」
 詩織がキョロキョロと周りを見ていると、魔獣が近付いて来た。詩織は逃げ出さないタイプのようで、魔獣の振り下ろすその拳を唖然としたまま見ているだけだった。
 〝メギド〟
 そんな叫び声を、詩織は聞いた気がした。
 〝ドゴン!〟
 次の瞬間、目の前の魔獣が吹き飛びその破片が詩織に降り掛かった。思わず身を屈めてそれから身を守る詩織。
翠  「幸恵、右!」
幸恵 「わーってるわよ!」
 詩織が聞き覚えのある声に目を向けると、そこには翠と幸恵が魔獣達と戦っている光景があった。
 詩織がふと気が付くと、泣きそうな顔の幸恵が抱き付いて来た。
幸恵 「ごめんね、詩織。私の所為で魔獣に襲われちゃったんだね…」
 訳の分からない詩織は、近くに立っている翠の方をボーっと眺めていた。
幸恵 「じゃあさ、私詩織を家まで連れてくからさ。」
翠  「うん、一人で行ける?」
幸恵 「それくらい出来るよぉ。でもその間手伝えないけどいい?」
翠  「…フッ幸恵、私を誰だと思っているの?」
幸恵 「へへへ、普通なら嫌味だけど今は最高に頼もしいや。じゃあいこ、詩織。」
 そして幸恵は詩織を連れ帰って行った。

  ♢

 次の日、詩織は普通に登校して来た。彼女は昨夜の魔獣に襲われた事を全く覚えてはいなかった。ただ昨日までのように、露骨に幸恵や翠を避ける事も無くなっていた。
幸恵 「詩織、おはよう。」
詩織 「お、お早う…」
 しかし、やはり依然として詩織の二人に対する対応はぎこちなく、不満や不信が色濃く残っていた。
 夜になって魔獣狩りの為にいつもの公園に集まる魔法少女の三人。
幸恵 「それじゃあ翠、今日もお願いね。」
翠  「うん、分かった。」
 翠はまた幸恵が魔獣をターミネートし易いように魔獣の手足を射抜いて行った。幸恵も次々とハンマーで魔獣にトドメを刺して行く。
 その日は少し魔獣の数が多めで、いくらトドメを刺すだけとはいっても幸恵にしてはオーバーワーク気味だった。
 ふらつく幸恵に詠が忠告する。
詠  「幸恵、あんまり無理をすると消えちゃうわよ。」
幸恵 「そいつは余計なお世話ってもんですよ。ちゃんとそこいらはこっちも考えてるんでね。」
 詠は翠の方を見て言った。
詠  「そう、それならいいんだけど。」
 狩りが終わり詠が先に帰ると、翠が幸恵に聞いた。
翠  「幸恵、こう言っては何だけど、私から見てもかなり無理してるように思えるんだよね。どうしてそこまで頑張っているの?」
幸恵 「実はさ…」
翠  「実は?」
幸恵 「実はさ、私キュゥべえからお金借りようと思ってさ…」
翠  「え?何でまた…」
幸恵 「言ってなかったんだけどさ、私今結構みすぼらしい生活してんだよね。そこから這い上がりたいってのもあるんだけどさ、それ以上に詩織の誕生日プレゼントを買うお金が欲しくってさ。」
翠  「…言ってくれれば私が貸したのに。それに詩織のお誕生日プレゼントなら私も半分出すよ。」
幸恵 「ダメなの、翠。詩織へのプレゼントは私が全部やらなきゃダメなの。」
翠  「何で?それってやっぱり私は…」
幸恵 「そうじゃないの、翠。実はさ、私と詩織は、ああ陽子もだったけど、同じ小学校だったんだ。と言っても私はパパの仕事の関係でこっちに小3の時に越して来たんだけどね。だから転校して来たんだよ。翠は転校した経験ってある?」
 翠はしそうにはなったが、した事は無かった。それが嫌で魔法少女になったくらいだった。首を振る翠。
幸恵 「転校して来た子にとってさ、最初に声を掛けてくれた子ってすごく特別なんだ。だって下手するとさ、そのままクラス替えになるまで友達出来なかったりするんだよ。詩織はさ、転校して来た私に初めに声を掛けて来てくれた子なんだ。それで詩織には借りがあるっていうかさ、私にとって特別な子なんだよね。だから詩織へのプレゼントは私が自力でしないとダメなの、分かってくれる?」
翠  「うん…分かった。」
幸恵 「まあそうは言っても、結局カースキューブ稼ぎを翠に手伝って貰っちゃってるんだけどね。まあその辺りは借りって事でさ、今後とも宜しくって訳なんだけどね。」
翠  「ええ、そういう事なら是非手伝わせて頂くわ。」
幸恵 「はははー、じゃあ宜しく。」
 幸恵は照れを隠すように去って行った。

  ♢

 その日は詩織の誕生日だった。一人で帰ろうとする詩織の前に、立ち塞がるように幸恵と翠が現れた。
詩織 「何?」
幸恵 「詩織ぃ、これ。お誕生日おめでとう。」
詩織 「…」
 差し出された折り箱を、取り敢えず詩織は受け取った。
幸恵 「開けてみてよ。」
 詩織は取り敢えず包みをはがして、中を確かめた。中には高価そうなオルゴールが入っていた。
詩織 「あっこれって…」
幸恵 「うん、前にうちに遊びに来た時にさ、詩織が気に入ってたみたいだったからそれにしてみたんだ。」
詩織 「でも、これって結構高いんじゃないの?」
 ここで翠が機転を利かす。
翠  「実はさあ、詩織。今まで幸恵はそのサプライズプレゼントをする為にお金を稼いでいたんだよね。うちの学校バイトとか禁止だし、当然詩織に相談する訳にもいかないから幸恵は私に助力を求めたんだよね。そんな訳で最近まるで私と幸恵が急接近したみたいになってたんだぁ、ごめんね。」
 詩織は破顔して泣きそうに言った。
詩織 「何よ、幸恵ったらもう…」
 幸恵は内心思った。
 〝翠、グッジョブ!〟
幸恵 「まあそういう訳なんだぁ。詩織ぃ、機嫌直してくれた?」
詩織 「直すも直さないも無いよ…幸恵、有り難うね、本当に…」
 涙ぐんで喜ぶ詩織に、翠と幸恵は互いに顔を合わせて頷いた。

  ♢

 幸恵の母親は娘がいなくなったと深刻なノイローゼに陥っていた。見滝原署にやって来た彼女は捜索願を出そうとしていた。
幸恵母「娘が、うちの娘がいなくなったんです。お願いします、娘を探してください。」
警官 「またあなたですか、いい加減にしてくださいよ。それで、娘さんのお名前は分かったんですか?」
幸恵母「娘の名前は…名前は…分からない…でも確かにいたんです、そしていなくなってしまったんです。お願いします、娘を探してください…」
警官 「そう言われましてもねえ…」
後藤 「どうしたんだ?」
警官 「あっ警部補。実は困っておりましてね。こちらのご婦人が、娘がいなくなったから探してくれと言うのですが…」
後藤 「それでは所定の手続きを取って…」
警官 「それがですね。こちらの戸籍を調べたところ、このご婦人には娘などおりませんで、その上その娘の名前が分からないと言われる始末でして。非常に私も困っている次第でありまして…」
後藤 「その方にご家族は?」
警官 「ええ、ご主人がおりますが、その方も困っているようでして…」
後藤 「分かった。ではこちらで一旦預かろう。あと、そのご主人さんを呼んでおいてくれ。」
警官 「はっ!」
後藤 「さあ、奥さん。こちらへ。」
 後藤は取調室に幸恵の母親を通した。

  ♢

 その夜、魔獣狩りに三人が集まると、詠が翠に指摘して来た。
詠  「ちょっと翠、幸恵大丈夫なの?」
 確かに幸恵は明らかに疲れているようだった。翠にしても再三幸恵に休むように言っているだけに、詠の指摘に答え難かった。
翠  「私もそうは言ってるんですけど…」
幸恵 「詠さんさあ、なんでそこ翠に聞くかなあ?私が大丈夫って判断してんだから、それでいいじゃん。」
 詠も大方そんな事だろうと思ったからこそ翠に聞いたのだが、まあ翠の言う事を聞かない幸恵が自分の言う事なんて聞く訳がないとすぐに達観した。
詠  「まっそうよね。私もつまらない事言ったわね、ごめんなさい。」
翠  「幸恵、やっぱり止めといた方がいいんじゃないのかなぁ…」
幸恵 「あとちょっとなのよ。詩織のプレゼント分が入ったから若干増えちゃったけど、それでもあと少しであのぼろアパートから出れんのよ。翠手伝ってくれるって言ったでしょ!最後までちゃんとやってよ。」
翠  「う、うん…」
 三人は魔獣空間へと狩りに繰り出した。

  ♢

 取調室では後藤警部補と白石巡査が幸恵の母親の話を聞いていた。
後藤 「それで、その娘さんはお幾つぐらいなのですか?」
幸恵母「今年中学生になったんです。私覚えています、確かに入学式に行きました。」
後藤 「なるほど…」
白石 「お茶、お入れしました。どうぞ。」
幸恵母「はあ、どうも…」
 白石が後藤に耳打ちする。
白石 「通っていたという学校も塾も該当者はいませんでした。」
後藤 「そうか…ところでその通っていた学校ってどこかね?」
白石 「見滝原中ですが…」
後藤 「ん?」
 後藤は何が違和感を持った。しかしそれがなぜなのかまでは分からなかった。
後藤 「奥さん、何とかその娘さんのお名前だけでも思い出せませんかねえ。」
幸恵母「名前…娘の名前は…」

  ♢

 その日の魔獣達の数は随分と多かった。
翠  「幸恵、何だか敵の数が多いよ。今日は早めに切り上げた方がよくない?」
幸恵 「何言ってんのよ。こういう日の方が稼げていいのよ。カースキューブに余裕があれば、私も休めるってもんなのよ。」
 そう言って幸恵は敵に向かって行った。

  ♢

 取調室のドアがノックされた。
白石 「どうぞ。」
幸恵父「どうも、失礼します。」
 とても恐縮そうに幸恵の父が入って来た。
幸恵母「ああ、あなた…」
幸恵父「お前また…どうもすいません。急に妻がいもしない娘がいたと言い出しまして、私もほとほと困っておりまして…」
後藤 「いえ。それよりもご主人、あなたの家には娘さんがいたかもしれない形跡はありませんか?」
幸恵父「いいえ、そんなものは何も…」
後藤 「では、何か変わった点はありませんか?」
幸恵父「と、言いますと?」
後藤 「例えばですが…なぜか不自然に使われていない空き部屋があるとか。」
幸恵父「えっ…そう言われれば、確かに空き部屋はありますが…しかしその部屋は本当に何も無い空き部屋で、とても女の子がいた部屋だとは…」
後藤 「その部屋には本当に何にも無いんですか?」
幸恵父「ええ、本当に。家具も荷物も何もありゃしませんよ。」
後藤 「それって変ですよねえ。」
幸恵父「え?」
後藤 「普通、家の中に生活する上で使っていない空き部屋があったら、そこは物置部屋として何かと物が置かれる筈ですよねえ。なのにその部屋は、まるで内装工事でもする前かのように何も無いんでしょ。それとも何か工事をする予定でもおありで?」
幸恵父「いえ…でもそう言われてみると、確かにあの部屋のがらんどうっぷりは変だなあ。何であの部屋には何にも無いんだろう…」
 幸恵の父親は腕を組んで考え始めた。後藤は幸恵の母親に諭すように言う。
後藤 「奥さん、娘さんの名前。もう一度思い出す努力をして頂けませんか。」
幸恵母「娘の名前は…名前は確か…」

  ♢

 翠が幸恵の魔獣狩りを手伝っていると、詠が翠に向かって声を上げた。
詠  「翠!あれ見て!」
 翠が詠の指差す方を見やると、かなり大きな魔獣がいつの間にか結界の出口付近に迫っていた。
翠  「幸恵!」
幸恵 「何?」
翠  「あれ!」
幸恵 「うわ!何あれ、でか!」
 詠が堪らず翠の許へとやって来る。
詠  「どうするの、三人でやる?」
 翠はへたばった幸恵を見ながら答えた。
翠  「いいえ、私が一人でやります。だから詠さんは幸恵を看てあげていて。」
詠  「分かったわ。でも一人で大丈夫?」
 すると翠は不敵な笑みを浮かべた。
翠  「問題ありません、あれぐらい一人で殺れますから…」
詠  「あれぐらい、なの…そう、なら任せたわよ。」
 翠は単身、大型魔獣へと向かって行った。雑魚を蹴散らしながら大型魔獣の前に立つと、翠は弓を大きく引いた。
翠  「メギド!」
 翠の放ったメギドの矢は、魔獣の胸の真ん中を貫きそこに大穴を開けた。大穴の周辺はガラス化し、大ダメージを与えたかに見えた。しかしその大型魔獣はまるで何事も無かったかのように、腕を振って翠に攻撃を仕掛けて来た。
翠  「ならば…」
 素早くその攻撃を躱した翠は、すぐに次の手に出る。近くの高い塔に上ると、翠は驚異的なジャンプ力を以て空高く舞い上がった。そして、その大型魔獣の頭上に至ると再び弓を引いた。
翠  「メギド!」
 翠のメギドが魔獣の体を頭から垂直に貫くと、さしもの大型魔獣も一気にガラス化し砕け散った。
 そんな翠の戦いをよそに、幸恵はカースキューブ欲しさに魔獣に向かって行っていた。
詠  「幸恵、止めて。とても私ではフォローしきれないわ!」
幸恵 「これくらい私だって、私だって…」
 幸恵の闘争には翠に対する意地もあった。しかし動きの鈍った幸恵は魔獣の攻撃を受けてしまう。
幸恵 「グヘッ!」
 魔獣にはたかれた幸恵は遠くに飛ばされ、地面に強く叩き付けられた。疲労とダメージで体が動かない幸恵に、近くにいた魔獣の拳が振り下ろされる。迫る拳にどうする事も出来ない幸恵は、恐怖に震えながら言葉を漏らした。
幸恵 「マ…マ…」

  ♢

幸恵母「幸恵ーっ!」
 突然幸恵の母親は立ち上がって叫んだ。取調室の中は驚きで溢れた。
後藤 「おっ奥さん、それが娘さんのお名前で?」
 しかし、一縷の涙と共に幸恵の母親は叫んだ後、今までの苦悶の表情を一転させ、妙に清々しい顔をして後藤に言った。
幸恵母「すみません刑事さん、私には娘なんていませんでした。どうもご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
 そして幸恵の両親は帰って行った。
 二人を見送りながら後藤は呟いた。
後藤 「妙…だな。何とも奇妙だ…」

  ♢

翠  「幸恵ーっ!」
 血相を変えた翠が、まだ残っている魔獣達を撃ちながら、凄まじい勢いで飛んで来た。翠は幸恵を殴った魔獣をメギドの一撃で退けると、幸恵のいる筈の場所に立った。
翠  「あああ…」
 慌てて詠もやって来る。
詠  「翠、幸恵は…」
 そこにはぐちゃぐちゃになった幸恵と思しき肉片があるのみだった。
詠  「うっ!ごめんなさい、私…」
 その光景を見て吐き気を催した詠はその場から離れた。翠はその場で膝を突くと、手を組んで合わせ目を閉じて言った。
翠  「幸恵、守ってあげられなくってごめんね…」
 そんな肉片の前に跪く翠の許に、キュゥべえがやって来た。
キュゥべえ「おや、ひょっとしてそれは幸恵なのかな?」
翠  「ええ、そうよ…キュゥべえ、幸恵の事お願いできるかしら?」
キュゥべえ「勿論だよ、それも僕の仕事だからね。さあ、いろいろ疲れただろう。後は僕に任せて君達はもう帰るといい。」
 実際、今の翠に出来る事など無かった。
翠  「それじゃあキュゥべえ、幸恵をお願いします。詠さん、帰りましょ。」
 翠と詠がいなくなると、キュゥべえは幸恵の死体を見て呟いた。
キュゥべえ「やれやれ、これはもう使い物にはならないな。」
 
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