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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第一章
  第六話『廃工場の魔獣』

 杏子のねぐらにキュゥべえがやって来た。
キュゥべえ「なあ杏子。僕は名波梨華を見滝原に呼ぼうと考えているんだけど、君はどう思う?」
杏子 「えっ、梨華をか?…私は構わないけどよ、それってどっちかって言うとマミの方に御伺いを立てた方がいいんじゃねえのか。」
キュゥべえ「うん、僕もそう思ってね。実はマミにはもう承諾を貰っているんだ。」
杏子 「フッ、そういう根回しだけは早えンだよな、お前って。で、梨華を呼んでどうすんだよ?」
キュゥべえ「廃工場の魔獣を、狩ろうと思っているのさ。」

  ♢

 町外れの廃れた工業団地の一角に、ほむら、マミ、杏子、真理、それと翠が集まっていた。
ほむら「翠、どうしてあなたがここにいるの?マミ、あなたが連れて来たのかしら?」
キュゥべえ「ほむら、翠を呼んだのは僕だよ。」
ほむら「キュゥべえ、なぜ彼女をここに呼んだの?」
キュゥべえ「いやぁ、僕としても翠がどうするのか早く決めて欲しくてさ。駄目なら駄目で諦めるつもりなんだけどね。」
 今のマミには翠を諫めるほむらを止める気は起こらないだろう。そして今ほむらが翠に魔法少女にならないように諭せば、翠はきっと素直にそれに従っていただろう。しかし今のほむらにはそこまでする程の義理を翠に対して持てなかった。ほむらは好きにすればいいといった感じで翠に一瞥をくれるだけだった。そこに梨華がやって来た。
梨華 「杏子さん!」
 梨華は現れるなり杏子に抱き付いて来た。しかしすぐにマミを見つけると、表情を硬くして身構えた。
杏子 「梨華ぁ、まあそんなに構えんなって。今は味方だよ、私が保証するぜ。」
梨華 「分かってはいますけど…」
杏子 「あー、そっちの三人は初見だよな。こいつは名波梨華。まっ、私より信用出来っから安心しろや。」
真理 「そうは言うがね、これから命懸けの戦いを一緒にするって仲間が、何やら曰くを持っているのは何とも不安を掻き立てるものなのだよ。その辺りをオープンクリアーにしては頂けないものかね。」
ほむら「そうね、私も知っておきたいわ。どうなの、マミ?」
マミ 「私は構いませんけど…」
 マミがそう言って杏子と梨華の方を見た。梨華は相変わらずマミを意識して身構えていた。杏子がやれやれといった風に、
杏子 「私だって構いやしないさ。昔の事だぜ。」
 と言うと、それを聞いた梨華はやっと体の力を緩めて話し始めた。
梨華 「では私から掻い摘んでお話しさせて頂きます。私、昔孤児院にいたんです。捨て子だったんです。民間の孤児院だったんですけど、悪い人達から狙われて乗っ取られそうになったんです。でもその時、杏子さんが現れて助けて…くれたんです。」
ほむら「まさか魔法少女の力を使って?」
梨華 「…はい。御存じだとは思いますが、それは魔法少女にとっての最大級の禁忌でした。程なくしてキュゥべえから杏子さんへ審問召喚命令が来ました。でも杏子さんは孤児院を守る為にそれにすぐ応じなかったんです。そしたら翻意有りと判断されて討伐隊が派遣されて来ました。でも杏子さんは強くって、最初に来た二人組を撃退しちゃったんです。あ、殺してませんよ。やっつけて追い返しただけですからね。しかし何回かそうやっていたらある日、巴さんが派遣されて来たんです。巴さんは…とっても強くって…杏子さんをいきなりリボンで拘束してしまったんです。そして身動き出来ない杏子さんに銃を突き付けて、処断しようとしたんです。」
 翠はマミの意外な一面に驚いてマミの方を見やった。マミは遠い目をして佇んでいた。そこで杏子が口を挿んだ。
杏子 「私が悪ぃんだよ、私が。素直に降参して言うこと聞いてりゃよかったんだけどよ、つまらねぇ意地張っちまってな。」
梨華 「私、それを隠れて見てたんです。そしたらいつの間にかキュゥべえがいて、私に言ったんです。もし君が願うのならこの状況を覆せるよって。」
杏子 「まったくつまんねえ願いさせちまったぜ。どうせなら大金持ちにでもなっときゃいろんな問題が解結出来たってのによ。」
 杏子は首の後ろに両手を組んで、つまらなそうに反対を向いた。真理は興味深げに聞き入っていた。
真理 「なるほど、そう言う事かね。いや実に示唆に富んだ話だったよ。」
マミ 「それで、キュゥべえ。わざわざ名波さんを呼びつけたのは、昔話をする為じゃないでしょ。早く本題に入りましょう。」
キュゥべえ「うん。では、みんないいかな。実はこの寂れた工業団地のある建屋の奥に、廃工場の魔獣と呼んでいるちょっと変わった、そしてとても強力な魔獣がいるんだ。」
ほむら「変わった魔獣?」
キュゥべえ「うん。そいつは他の奴と違ってその場所から動かずにずっとそこで結界を張って潜んでいるんだ。見た目も他の奴と違ってる。まあもっとも、魔獣の形状なんて本来定まっている訳じゃないんだけどね。しかもそいつの結界は普通のそれとは違っていて、境目がはっきりしないんだ。そしてそいつはいつも単独でいる。どうだい、変わった奴だろう。」
真理 「なるほど、それで君は私のような有能な魔法少女のリクルートに勤しんでいたという訳かね。」
キュウべえ「まあ、そういうことだね…」
 キュゥべえは真理に同意して見せた。〝消耗品の魔法少女の補充なんて通常業務だよ〟なんて言える訳もない。
キュゥべえ「真理、廃工場の魔獣戦でキーマンとなるのは君だと僕は考えているんだ。宜しく頼むよ。」
 その言葉は真理の琴線を鳴らした。彼女は前髪を掻き上げながら言った。
真理 「フッ、まあ仕方がないな。特別な者には特別な義務があるものだからね。」

  ♢

 一行は廃工場の魔獣が潜むという建物の前にやって来た。その建物は奇妙な形をしていた。窓などが見受けられない円筒形のその建屋は、一見すると石油貯蔵タンクに似ていた。そしてその建物全体からは僅かばかりとはいえ、禍々しい瘴気が発せられていた。
キュゥべえ「マミと杏子以外は初めてだね。梨華は話ぐらい聞いた事あるのかな?」
梨華 「いいえ…」
ほむら「マミ、杏子、どれ位なの?」
マミ 「うーん、そうねぇ…一体だから気を付けていれば、それ程やられる心配は無いのだけれど…かなり動きが速いわね、他のと比べるとまるで別物ってくらいに。後なんて言うか…歯が立たないっていうか…固いのよね。」
杏子 「そうそう。シールドを避けて直撃させても、ビクともしねえんだよ。」
 その話を聞いて真理はほくそ笑んだ。ほむらは少し考えてから翠に言った。
ほむら「翠、あなたやっぱり一緒に来るべきじゃないわ。あなた自身への危険もそうだけど、足手纏いになって私達の負担になるのは避けて欲しいの。どお?」
 ほむらは翠を呼んだキュゥべえにではなく、あえて翠本人に説いた。
翠  「…はい、そうします。」
 ほむらにそう言われては、翠は降りるしかなかった。
翠  「…あの…ここで皆さんをお待ちしていても宜しいでしょうか?」
 これで翠の問題は済んだと言わんばかりにほむらはキュゥべえに問うた。
ほむら「ところでキュゥべえ、この辺りにはもう?」
キュゥべえ「当然だとも。いつものように人払いの結界を張っているから、ここは安全だよ。」
ほむら「翠、聞いたでしょ。好きになさい。」
 マミと杏子がその建物の通用口と思われる錆び付いた鉄の扉を開けると、そこから瘴気が溢れ出て来た。全員に緊張が走る。
マミ 「中は外壁に沿って大きな螺旋階段になっているの。暗いから気を付けてね。」
 そう言うと、マミは先陣を切って中に入って行った。すぐに杏子が続き、それを梨華が追った。
翠  「皆さん、どうか御無事で。」
 翠の言葉に気を取られたほむらの前に、割り込むように真理が通用口の中に消えて行った。最後にほむらは扉に手を掛けて、それを閉めながら翠に一瞥をくれて入っていった。
 そのがらんどうの建物の中は照明等は見当たらないが、何故か底の方から淡い光が湧いて来ていた。そのおかげか僅かに周囲が見え、階段を下りる事が出来た。天井は見えないが、空も見えないのでおそらく屋根は付いていると思われた。小さな野球場程はある円周と微妙な角度で降る階段が、本当に底の方に近付いているのか不安にさせた。しかし暫く歩いていると少しずつ変化が訪れた。
マミ 「この中に魔獣に襲われて結界の中に取り込まれた人っているかしら?この段々と結界の中に入って行く感じって、魔獣に襲われた時に近い感じらしいんだけど。ほむらはどう?」
ほむら「いえ、私は魔獣に襲われた事は無いわ…」
 確かにほむらが魔獣に襲われた事は無い。もっとも遠い昔に魔女に襲われた事が一度だけあったが。しかしそんな大昔の経験を思い起こすまでもなく、ほむらはこの感覚に似たものを知っていた。前の世界の魔女の結界の中に入って行く感触にこれは酷似していた。
 幽かに見える周囲の物が徐々に変化していった。打ちっぱなしのコンクリートのようだった壁は古い日本家屋の漆喰で塗られた土塀のように、鉄で出来た階段は手摺りを失い角の丸い石段のように変わって行った。やがて下の方から射していた光は無くなり、代わりに全体的に薄暗い感じになった。ただし反対側の壁が見える程ではなく、視界は20mあるかどうかといったところで、相変わらず周囲の大半は闇であった。
 沈黙に耐えかねたのか、なんとなく杏子がマミに話し掛ける。
杏子 「そういやぁ、前ん時も五人だったよな。」
マミ 「そうだったわね。あの三人は今どうしているのかしら…」
杏子 「それなりの奴らだったからな、まあ元気にしてんじゃねえの。…そうそう、恵にはあの後一回会ったぜ。」
マミ 「ああ、岬恵(みさき めぐみ)さんね。確か彼女、あちこち転属して回るのが趣味だなんて言ってたわね。何だか懐かしいわ…」
 どんな物事にも終わりはやって来る。やがて無限に続くのではないかと不安を与えていたその階段は終着に達し、一行は底と思われる平らな砂地に辿り着いた。
杏子 「前と変わってねえみてえだな。」
マミ 「そうね…」
杏子 「ああそうそう、言い忘れてたけどよ。ここは空間が歪んでんだか、ただ単にそういう造りなんだか分かんねえけど、上の建屋の大きさよりずっと広くなってっから気い付けてくれよな。」
梨華 「そういえば、その魔獣って大きいんですか?」
杏子 「前と同じなら、それ程でかい方の奴じゃねえんだけどな。」
真理 「大きさは変わるものなのかね?」
杏子 「分かんねえよ、私だってこれで二回目なんだから。でもとにかく変わった奴だぜ、宙に浮いてて形も変なんだ。」
真理 「もう少し事前情報はないのかね。あと有効な作戦とか?」
マミ 「ごめんなさい御悟さん、私達もそんなによく知っている訳ではないの。たぶん今口で説明するより、実物を一見した方が分かると思うわ。あと作戦なんだけど、キュゥべえが言うにはあなたなら倒せるらしいの。だから私達四人で何とか動きを止めて、トドメを御悟さんに刺して貰うっていうぐらいなんだけど、どうかしら。」
 真理にとっては最高の作戦だ。
真理 「私から異存は無いがね…ほむら辺りはどうなんだい?」
ほむら「私も構わないわ。」
 各自が目配せをして確認すると、一行は意を決し廃工場の魔獣へと暗闇の中に進んで行った。すぐに後ろの壁も見えなくなり、一行は闇に囲まれながら進行していった。
 程なくして、全員がピタッと足を止めた。
杏子 「いるな…」
マミ 「そうね…みんな来るわよ、集中して。」
 誰が指示するとなく、一行は軽く散った。そして暗闇の中からそれは現れた。
 その姿を見たほむらは戦慄した。体中から血の気が引き、一瞬身動きが取れなくなった。もし廃工場の魔獣が最初にほむらを攻撃していたら、彼女はその一撃をよける事が出来ずに粉砕されていた事だろう。しかし幸運にも魔獣は比較的前に位置していたマミと杏子を狙ったので、ほむらはまだ生きていられた。ほむらは持てる気力の総てを費やして何とか体を動かすと、弓を撃ちながらその魔獣の周りを回りだした。口から言葉が漏れる。
ほむら「なんで?どうして?なぜお前がここにいる!」
 そして矢継ぎ早に矢を射りながら、半ば半狂乱になって叫んだ。
ほむら「ワルプルギスの夜!」
 その廃工場の魔獣は確かにワルプルギスの夜に似ていた。宙に浮いた歯車のような円盤の上に、ドレスコートを着たような女性的な姿は、明らかに他の魔獣と一線を画していた。もうほむらには作戦も何も無くなっていた。発狂したように無秩序に放たれる矢は、大いに味方を翻弄した。
マミ 「ほむら!ちょっと、どうしちゃったの!」
 マミもほむらを止めたいが、暗闇と素早い魔獣に阻まれ、どうする事も出来なかった。ほむらのとばっちりは特に近接武器を使う杏子と真理が受けた。
杏子 「おい馬鹿野郎!そんな撃ち方されたらこっちが危ねえじゃねえかよ!」
 この状況を受けて真理は後方の暗闇に退避してしまった。マミもほむらを追うのに気を取られ魔獣に手が回り切らない。投槍が武器の梨華は狙いを定められずにいた。一人前線に残された格好の杏子は、魔獣とほむらの弓矢との二重苦に苛まれていた。
杏子 「畜生、これじゃあ前の時よりひでーじゃねえかよ…」
 そう悪態を吐く杏子ではあったが、実は命の危険はあまり感じてはいなかった。前の時もそうだったのだが、この廃工場の魔獣からは迫力というか殺気というか、そういったものが受け取れなかった。何だか、放っておいてくれと言って脅して来ているような、本気を感じさせない戦い方をしているような気がするのだ。
 しかし傍から見ている梨華にはそんな杏子の余裕など知る由も無かった。恩人で大好きな杏子が大ピンチに陥っているのだ。
梨華 「杏子さん!」
 梨華は叫ぶと、不用意に魔獣の近くにいる杏子の許へ寄って来た。
杏子 「わっ、馬鹿!今こっち来んじゃねえ!」
 魔獣がその手で水平に薙ぎ払って来た。杏子は跳び上がって躱すつもりだったが、魔獣の手の軌道上に梨華が現れたので咄嗟に梨華を突き飛ばしに行った。しかし少し間に合わなかった。
杏子 「梨華、約束覚えてんな。」
 そう言って、杏子はクッションになるように梨華を抱きかかえ、魔獣の手に撥ね飛ばされた。二人は一丸となって暗闇の中に消えて行った。そして梨華の泣き叫ぶ声が暗闇から鳴り響いた。
マミ 「撤退よ!撤退するわよ、みんな!」
 マミは叫んだ。ほむらもここへ来て正気に戻った。真理は、泣きながら杏子の亡骸に縋り付く梨華から、それを取り上げて梨華を誘導した。四人は階段の所まで退却したが、廃工場の魔獣は追っては来なかった。
真理 「力仕事は得意じゃないんでね。」
 そう言いながら、真理は担いでいた杏子の遺体をゆっくりと降ろした。梨華はすぐにそれに擦り寄ると、またシクシクと泣き始めた。
梨華 「私の所為で…私の所為で…杏子さんが…」
真理 「さて、それはどうかな?」
 真理はほむらの方を見た。ほむらは俯き加減に目を逸らした。
マミ 「とにかく今は退きましょう。何も言わず誰も責めず、まずはこの場所から離れましょう。」
 梨華は肩を脱臼し、足も引いていた。そこで真理が梨華を支え、マミとほむらが杏子の遺体を運ぶ事にした。
 長い帰り道だった。上りで大荷物があり、何より心が重かった。
 どうにか出口までやって来ると、重たい鉄の扉を何とか開けて一行は外に出て来た。全員疲れてぐったりしていた。
翠  「み、皆さんどうされたんですか!」
 翠の問いに誰も答えてはくれず、翠はどうしていいのか分からずオロオロするしか出来なかった。
 やがて梨華が口を開いた。
梨華 「キュゥべえ、杏子さんをご家族の許へお願い出来ますか?」
キュゥべえ「勿論だよ。杏子の遺体は僕が責任を持って処置をして、御家族のお墓に安置しておくよ。」

  ♢

 再び静けさを取り戻した廃工場の奥底に、一人の少年がいた。彼は廃工場の魔獣の前まで来ると言った。
少年 「やあ。久し振りだね、姉さん。」
 
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