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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百四十四話 十月十五日

帝国暦 487年10月15日   オーディン 新無憂宮 ライナー・フォン・ゲルラッハ



十月十五日、ついにこの日が来た。これからフリードリヒ四世陛下より改革の実施が宣言される。黒真珠の間は混乱と怒号で溢れかえるだろう。帝国開闢以来の椿事になるに違いない。今日、この日から貴族階級は帝国の支配者ではなくなる……。

黒真珠の間は大勢の人間で溢れている。彼らの殆どは今日何が行なわれるか知らない。ただ重大発表があるから集まれと言われて此処にいるだけだ。不安そうに顔を見合わせながら何が有るのかと小声で話し合っている。その所為で黒真珠の間は何時に無くざわついている。

宮中の警備は憲兵隊が中心となって行なっている。逆上した貴族達が此処で暴発した場合すぐさま取り押さえるためだ。

一体どれだけの貴族が改革に賛成するだろう。賛成した人間だけが次の世代に生き残り、反対すればヴァレンシュタイン元帥による討伐の対象となる。生き残るのはごく僅かだろう。

皇帝の玉座に近い位置には帝国の実力者と言われる大貴族、高級文官、武官がたたずんでいる。さすがにここではざわめきは無い。しかし皆不安そうな表情は隠せずにいる。

古風なラッパの音が黒真珠の間に響く。その音とともにざわめきは止まり参列者は皆姿勢を正した。

「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国フリードリヒ四世陛下の御入来」

式部官の声と帝国国歌の荘重な音楽が耳朶を打つ。そして参列者は頭を深々と下げた。ゆっくりと頭を上げると皇帝フリードリヒ四世が豪奢な椅子に座っていた。

陛下は黒真珠の間を見渡すと口を開いた。
「皆、ご苦労じゃな。今日集まってもらったのは他でもない。この帝国がこの後も栄えていくため、予はある決断をした。それを皆に伝えるためじゃ」

陛下の言葉にざわめきが起こる。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も顔を見合わせ不安そうな表情を隠そうとしない。そんな彼らを面白そうに眺めながら陛下は言葉を続けた。

「予は帝国の政を変える。税制と政治の改革を行なうと決めた」
陛下の言葉にざわめきは大きくなった。その有様にリヒテンラーデ侯が鋭く叱責を浴びせた。
「静まれ! 陛下の御前であるぞ!」

リヒテンラーデ侯の叱責に黒真珠の間のざわめきが収まった。リヒテンラーデ侯が陛下に向かって一礼し、陛下はそれに対し僅かに頷いた。静かになった広間に陛下の声が流れる。

「先ず税制の改革ではあるが、貴賤を問わず税を課す事とする。理由は……」
「お待ちください!」
「無礼であろう、ホージンガー男爵。陛下の御発言を遮るとは何事か!」
「うっ」

リヒテンラーデ侯が陛下の発言を遮ろうとしたホージンガー男爵を叱責した。ホージンガー男爵は悔しげな表情でリヒテンラーデ侯を睨んだが、それ以上の抗弁はしなかった。

「陛下、お続けください」
「うむ、理由は自由惑星同盟を名乗る反乱軍を制圧するためである」
反乱軍の制圧、その言葉にまた黒真珠の間がざわめく。

「恐れながら、発言をお許しいただけましょうか?」
「何かな、ブラウンシュバイク公」
「反乱軍を制圧するために課税するとは、戦費が足りぬという事でしょうか?」

ブラウンシュバイク公の言葉に陛下はヴァレンシュタイン元帥を見た。元帥は陛下に一礼しブラウンシュバイク公の質問に答える。

「先日のシャンタウ星域の会戦で反乱軍は大敗しました。軍ではこの機に大規模な軍事行動を起し反乱軍に城下の誓いをさせるべきだと考えています」

大規模、城下の誓い、刺激的な言葉にざわめきが広がる。
「大規模とはどの程度の兵力を動員するのだ、ヴァレンシュタイン元帥」
「実戦兵力だけで二十万隻を超える兵力になるでしょう」

二十万隻、彼方此方でその言葉が囁かれる。
「しかし、それでイゼルローン要塞を落とせるのか? 回廊内は狭く大軍を動かすのには向かぬと聞くが?」

ブラウンシュバイク公の言葉に何人かの貴族たちが頷く。ヴァレンシュタイン元帥は穏やかに微笑みながら公の質問に答えた。
「貴族の方にも軍事に詳しい方がいるのは嬉しい事です。確かにイゼルローン回廊は大軍を動かすのに向いてはいません」
「ならば、無謀な戦争などすべきではあるまい」

ブラウンシュバイク公の考えは分かる。無謀な戦争をすべきではない。戦争が無い以上戦費の心配は無い。つまり貴族に課税する必要は無い、そんなところだろう。理に適った意見だが今回は意味が無い。もう直ぐ皆驚くだろう。

「イゼルローン回廊にこだわる必要は無いでしょう」
ヴァレンシュタイン元帥の言葉に皆不思議そうな顔を見合わせる。
「何を言っているのだ卿は! イゼルローン回廊を使わずどうやって攻め込むというのだ、我等を馬鹿にしているのか?」

突っかかるような口調で元帥に問いかけたのはヒルデスハイム伯だった。そんな伯に対し、ヴァレンシュタイン元帥は微笑を浮かべながら答えた。
「馬鹿になどしておりません。フェザーン回廊経由で攻め込みます」

ヴァレンシュタイン元帥の言葉に一瞬、黒真珠の間が沈黙に包まれた。リヒテンラーデ侯、そしてエーレンベルク、シュタインホフ両元帥は微かに笑みを浮かべている。そして陛下は黒真珠の間を面白そうに見ていた。

「馬鹿な、フェザーン回廊を使うなど、卿は何を言っているのだ」
「フェザーンに攻め込むなど、中立を犯す気か、何を考えている」
「そうだ、その通りだ」

ヴァレンシュタイン元帥の言葉にヒルデスハイム伯、ホージンガー男爵が非難する。どちらかと言えば嘲笑に近いだろう。一方でブラウンシュバイク公は顔を強張らせていた。ヴァレンシュタイン元帥は穏やかに微笑みながら反論した。

「イゼルローン要塞が何故陥落したと思います? 三百万の兵が死んだのは何故だと? フェザーンが反乱軍の情報を故意に隠さなければ、あの悲劇は避けられたと小官は考えています」
「……」

「何より、フェザーンは先日の反乱軍の侵攻時にも帝国に対し敵対的な行動を取っています」
「敵対的とは一体……」
ホージンガー男爵の言葉にヴァレンシュタイン元帥は露骨に呆れたような表情を見せた。

「困りますね、男爵。もう忘れたのですか? カストロプ公の反乱、ブルクハウゼン侯爵達の行動の後ろにはフェザーンがいた事は明白です。フェザーンの中立などまやかしでしかありません」
「……」

「最近フェザーンのボルテック弁務官と親しくしている有力貴族がいると聞いていますが、フェザーンに取り込まれて帝国を裏切るような事が無い様にして貰いたいものです」

ヴァレンシュタイン元帥の言葉に黒真珠の間が沈黙した。軍人たちの多くは頷き、貴族達は決まり悪げに顔を見合わせている。ボルテックは最近貴族達の屋敷を積極的に訪問している。元帥の依頼によるものだが貴族達にはそんな事は分かるまい。相変わらず辛辣な事だ。

「話を戻しましょう。軍は実戦兵力だけで二十万隻を動員します。そして約一年間の作戦行動で反乱軍を制圧する予定です」
元帥の言葉に黒真珠の間の彼方此方で私語が発生する。どう判断して良いか分からないのだろう。

「一年間の作戦行動か、では我々に対する課税というのも一時的なものという事ですか、陛下?」

質問したのはリッテンハイム侯だった。一時的なものなら妥協する、そういう事だろうか、十年間の雌伏を選択した以上この程度は覚悟の上か? 陛下が私を見た。どうやら私の番らしい。

「いえ、一時的なものではありません。反乱軍を制圧すれば軍の作戦行動範囲はこれまでに無く広がります。今のままでは財政が持ちません、恒久的にということです」
私がリッテンハイム侯の質問に答えると黒真珠の間にざわめきが広まった。

「馬鹿な、何を考えている」
「我等を侮辱するつもりか、税を払えなど」
「我等の権利を踏みにじるつもりか、そのような事、許さん」
非難に満ちた視線が私に向けられる。怯む事は出来ない、平然と受け止めた。私を助けてくれたのはリヒテンラーデ侯だった。

「静まれ! 陛下の御前であるぞ!」
「しかし、リヒテンラーデ侯」
「黙れと言っているのが分からんのか! ヒルデスハイム伯」
「……」

ヒルデスハイム伯を黙らせたリヒテンラーデ侯が陛下に視線を向ける。陛下は軽く頷くと話を始めた。
「次に政治改革についてだが、農奴の廃止と平民の権利の拡大を行なう事とする」

「馬鹿な、そのような事許されませんぞ!」
「課税に農奴の廃止等、一体何をお考えなのか」
「ルドルフ大帝以来の国是を否定するつもりか」

「宇宙を統一するためです」
貴族達の反発する声を押さえたのはヴァレンシュタイン元帥だった。

「銀河帝国成立時、一部の反乱者が帝国を脱し自由惑星同盟を建国しました。理由は帝国が市民の権利を踏みにじったためです」
「無礼な、ルドルフ大帝への非難は許さんぞ」

ブラウンシュバイク公がヴァレンシュタイン元帥を咎めた。貴族達の間で頷く人間がいる。しかしヴァレンシュタイン元帥は気にとめることもせず話し続けた。

「その結果が百五十年に及ぶ戦争です。帝国は最盛時三千億人の人間がいました。しかし、今では十分の一にも満たぬ人間しかいません。戦争が人口減少の原因の全てではありませんが一因である事は事実です」
「……」

三千億の人間、それが十分の一にも満たない……。その事実に誰もが口を噤んだ。静まった黒真珠の間にヴァレンシュタイン元帥の言葉が流れる。

「帝国が変わらぬ限り、自由惑星同盟を制圧しても彼らは服従しないでしょう。そして今度こそ彼らは本当に反乱者になる。場合によっては第二の自由惑星同盟を建国するかもしれません。これ以上の戦争を防ぐために帝国は変わらなければならないのです」

「そのような事は認めん。反乱を起すなら鎮圧すれば良いのだ。平民などのために何故我等が犠牲にならなければならぬ。ふざけるな!」
噛み付くような勢いで反対したのはカルナップ男爵だった。目は血走り、全身が震えている。多くの貴族達がその意見に同意する言葉を上げる。

「何か誤解が有るようですね、カルナップ男爵」
「何が誤解だ! ヴァレンシュタイン」
敵意を剥き出しにするカルナップ男爵に対しヴァレンシュタイン元帥は冷笑、或いは嘲笑だろうか、笑みを浮かべながら答えた。

「陛下は改革の是非を相談しているわけではありません。改革を行なうと仰っています。これは決定事項なのです」
「!」
決定事項、その言葉が黒真珠の間に響く。

「カルナップ男爵、御不満ならば自領へ戻られては如何です」
「領地へ戻れだと?」
「そうです。兵を整え、反乱の準備でもすればよいでしょう。宇宙艦隊はいつでも出撃の準備は整っていますが、反乱を起す程度の時間は差し上げますよ」

ヴァレンシュタイン元帥は冷たいと言って良い視線でカルナップ男爵を見据えた。蒼白になり口籠もる男爵から視線を外すと黒真珠の間を見渡し言葉を発した。

「カルナップ男爵だけではありません。この黒真珠の間に列席の方々に申し上げる。陛下の御意志に従えぬというのであれば反逆者ということになります。領地に戻られ反乱の準備をされたほうが良いでしょう」

元帥の言葉に貴族達が互いに顔を見合わせる。不満は有っても反乱を起すほどの覚悟は無いということだろうか。そんな貴族達を見ながらヴァレンシュタイン元帥が嘲笑交じりに言い放った。

「正直に言えば、貴方方を説得することより叩き潰した方が後々楽なのですよ。遠慮せずに反逆してください。喜んで叩き潰して差し上げます」

挑発するかのような元帥の言葉に黒真珠の間が凍りついた。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯をはじめ多くの貴族達が怒りに震えながらも沈黙を保っている。

貴族達の多くはこの挑発に耐えられまい。必ず暴発する、いや、これで暴発しなければさらに元帥は貴族を挑発し暴発させるに違いない。今日、この日が多くの貴族達にとって終焉の始まりになるだろう。



銀河帝国皇帝フリードリヒ四世は新たなる決意を持って帝国臣民に告げる。

帝国は今、未曾有の改革を為さんとし、予自ら臣民に先んじ、大神オーディンに誓い大いに帝国の国是を定め帝国臣民の繁栄の道を求めんとす。帝国臣民は予と共に心を一つにし帝国千年の繁栄のために努力すべし。



一、 広く会議を興し、万機宜しく公議輿論に決すべし。
二、 上下心を一にして、さかんに国家の経綸を行うべし。
三、 庶民志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す。
四、 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
五、 智識を広く求め、大いに帝国を振起すべし。


予、フリードリヒ四世は此処に五つの誓文を掲げ帝国の新たな指標と為し臣民とともに歩まん、臣民とともに歩まん……。


 
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