SAO-銀ノ月-
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第百十四話
「メディキュボイド……?」
「うん」
そろそろここにも慣れてきたと言える、新生浮遊城内に作られたリズベット武具店出張所にて。聞き慣れないその言葉をオウム返しに聞き直すと、ユウキは愛想笑いを伴って頷き返した。ルクスやグウェンとの事件が解決してから、話があると呼び出されてみれば、ユウキは訥々とそう語ってきた。
リズベット武具店出張所には他の人物の姿はなく、ユウキは椅子に座って縮こまりながら話している。それを俺は壁に腰掛けながら、何とか頭を回転させながらも、何も言わずに聞いていた。話している最中にユウキがどもってしまうことが何度かあったものの、急かすことはなく静かに次の言葉を待っていると、いつしかユウキから言葉が溢れてくる。
「それがボクの……ボクたちの、正体、って言えばいいのかな」
医療用アミュスフィア《メディキュボイド》。VR空間やアミュスフィアなどの医療的な貢献は、自分自身でもリハビリなどでお世話になったことから、もはや説明されるまでもなく――例えば目が見えない、耳が聞こえない者がいたとしても、VR空間ならば脳に感覚を送り込むことでそれを可能とする。そうした試みは世界中で実験されているそうだし、セブンなどのようなVR研究家も今やザラにいる。
そのVR空間の医療的な機能を、そちらの方向にとことん突き詰めたのが、そのメディキュボイドというものらしく。だがその名がユウキの口から発せられた、ということは――
「ボクたちスリーピング・ナイツは、メディキュボイドのお世話になってる人の集まりなんだ」
テスターって言えばいいのかな――と、無理やりに笑顔を作りながら、ユウキは自分自身を指差して。そう言われれば、スリーピング・ナイツのメンバーの妙に世間知らずだったところや、かなりVR空間慣れしているところなどの説明がつく。
「だから、もう少しで引退するってボクたちが言ってたのは、もう少ししたら治療に専念しなくちゃいけなくなるから、なんだ」
しかしそれは、今まで共に笑いあっていたスリーピング・ナイツのメンバーたちはそれぞれ、今も想像だに出来ない病魔に襲われている、ということだった。近くの引退もそれが原因だと語るユウキに、ついつい目を伏せてしまうが、そんな安っぽい同情はユウキたちに失礼だ――と、気になっていたことを聞いた。
「……なんで、それを話してくれたんだ?」
「みんながSAO生還者だって聞いちゃったり、レインとセブンの関係とか聞いちゃったり……さ。ボクたちだけヒミツ! なんて不公平じゃない?」
茶化したような言い方ではあったものの、その言葉からは確かに、ユウキの――スリーピング・ナイツの、親愛の感情が感じられた。ここは現実の顔も分からない仮想世界だけれども、一緒に笑って遊んできた経験や事実は空想ではないのだと。
「スリーピング・ナイツのみんなと相談して、手分けして話そうって決めたんだ。ボクたちの自己満足かもしれないけど」
「……そうかもしれないな。だけど、おかげでもっと頑張ろうって気になった」
「ショウキ、言い方がイジワル」
そういう事情があるとすれば、フロアボスをスリーピング・ナイツだけで倒すのに協力して欲しい、という申し出も今以上にやる気が出るものだ。ただし言い方が良くなかったのか、ユウキは不満そうにこちらを眺めていた。すると、ふと気づいたように慌てて付け足した。
「あ! でもレインやセブンには、フロアボス攻略戦が終わるまでヒミツだからね! これ以上、変な事情を持ち込みたくないんだから」
「そうだな……ああ、もちろん」
どちらが先にフロアボスを攻略し終わるか、ということで勝負中のシャムロックには秘密だと念を押す。これからルクスとPK集団の件で何が起きたのか、シャムロックを含む領に説明をしに行くことになっているが、まだユウキたちのことを話す時期ではないだろう。……セブンにまで、『友達』について悩ませる苦悩は味あわせる必要もない。
「じゃ、そろそろ……どうした?」
そろそろ、その各領とシャムロックに事情を説明しに行く時間となった、とユウキを見てみると。当のユウキは少しボーッとしていて、何かを考え込んでいる様子で、俺の問いにようやく意識を取り戻した。
「え? いや……ううん。何か……拍子抜けしちゃってさ。病気のこと話すまで心臓バクバクで、凄い怖かったのに……ショウキってば、何でもないみたいに」
「そんなことない。こっちも、いきなり言われて混乱しっぱなしだ」
ユウキの言葉に、否定の意味を込めて首を振りながら。この話をし始めた時には、悲しそうではあるが笑みを浮かべていたユウキだったが、内心は言うことを怖がっていたと聞いて――安っぽい同情心を必死で内心に留めている今の自分としては、少しユウキに親近感が湧いて小さく苦笑する。
「でも俺たちの誰だって、何を言われたって距離を置く奴はいない……そんなんじゃ、SAO生還者やってられないからな」
冗談めかしたその言葉に、堪えきれなくなったようにユウキは笑って。今まで悲観的でシリアスな話をしていたのが嘘のように、空気は和やかなものとなっていた。窓から外を眺めていると、気がつけばユウキが隣に立っていた。
「ありがとう、ショウキ。おかげでさ、勇気が出た!」
あ、もちろんダジャレとかじゃないよ――と言ってから気づいたらしかったが、その満面の笑顔に釣られて笑みを深めて。スリーピング・ナイツのメンバーと手分けして、とは言っても、特に仲がよいアスナなどにはユウキ本人から言うだろうし、まだまだ辛いシチュエーションは残っているだろう。
「ああ、頑張れよ」
それでも。無責任にそんなことが言える程度には、ユウキなら大丈夫だろうという感情が浮かんでくる笑顔だった。
「あ、そういえば。ショウキとのさ、デュエルの決着もつけないとね」
「え?」
そうユウキに言われて、しばしの時間をかけて彼女の言わんとしていることを思いだした。確かあの年末のキャリバークエストにおいて、お互いにOSSを完成させたユウキと、一撃決着モードでデュエルすることとなったのだ。結果はユウキのOSSを止めようと、一撃決着モードというのを忘れた俺が、ユウキの剣を片腕を犠牲に止めたところで決着した――もちろん俺の敗北な上に、こちらのOSSを出し損ねたという結果に、ユウキはいたくご立腹であった。
「あー……今度な」
「忘れてたでしょ!」
それからセブンに出会ったりキャリバー入手クエストに行ったり、年が明けたりといった中で、すっかり忘れてしまっていた。不満そうな表情を隠さないユウキに、今はフロアボスの攻略に忙しいから――と、最もなことを言って煙に巻くことにする。
「今度だからね? 約束だよ?」
「ああ、約束は守るって。それより……そろそろ時間だからな。早く行かないと」
「あっ、そっか……」
これからルクスとPK集団の件の説明会だ。ユウキはルクスとシャムロックに、俺はクラインとサラマンダーの領だ。リズベット武具店出張所をNPCと任せて、俺はユウキと揃って店外へと締め出されるように外に出た。とはいえ目的地が別なので、ここで別れることとなるのだが、その前にユウキは真剣な面もちで話しかけてきていた。
「……セブンとレインの問題。ずっとどうやって解決すればいいか、考えてた。だけど、答なんて出なくてさ」
「…………」
それは俺も同様のことだった。レインとセブン、あの姉妹のことは、第三者が手を出していい問題ではないと。
「でも、ひとまず正面からぶつかってみる! ……考えれば、当たり前のことだったんだ」
……そんなユウキらしい結論を聞いて、俺たちはそれぞれ別れていった。そこで別れたが故に、それからユウキが呟いていたことを、俺は知る由もなかった。
「……全部は、言えなくて……ゴメンね……」
――そして現在。崖っぷちの峡谷において、赤髪の二刀使いと俺は対峙していた。両手にそれぞれ二刀を持って、日本刀《銀ノ月》の柄を持って待ち構えるこちらに対して、ジリジリと距離を詰めてくる。
「……レイン」
ふと呟いた言葉に、彼女はピクリと反応して動きを止める。シャムロックの――いや、セブンの目的の最大の障害となりうる俺たちの武器を、フロアボス攻略戦の前もって破壊しておこうとするその行為。戦術としては間違っていないかもしれないが、レインはそんなことは出来ない。
様々な剣を集めたいから、という理由でレプラコーンになったと以前に聞いた。そして彼女にとっても大切な剣は、持ち主にとっては物以上に相棒だ。その相棒を破壊する行為とは、少しだけでも共に遊んだ友人を裏切る行為と、他でもない彼女が一番分かっている。レインは残念ながら、それらを何とも思わないような人間ではない。
「……っ!」
それでもセブンの――妹のためだと言い聞かせるように、遂にこちらに踏み込んでくる。その二刀を活かした別方向からの同時の一撃だったが、迷いからかその攻撃はかなり遅く。あっさりとその一撃を見切ると、得意とする抜刀術で二刀を防ぎながら、腹部に蹴りを入れてレインの身体を遠くへ吹き飛ばした。
「わ……!?」
吹き飛んだレインが着地して体勢を整えた瞬間、高速移動術《縮地》にてその後ろに既に回り込み、日本刀《銀ノ月》の白銀の刀身をレインの首筋にそっと置く。……彼女が本調子であれば、恐らくこうも簡単にはいかなかっただろうが、それほどまでにレインの動きは迷いで単調だった。
「迷ってるなら……こんなことも、セブンに嘘をつき続けることも……」
「――ううん。あのセブンに相応しいようなお姉ちゃんになるまで、止められない……!」
トップアイドルにして有名なVR研究家であり、天才的な頭脳を持つセブンの姉に相応しい人物になるまで、自分は妹に正体を明かせない。そのあの日にも聞いた決意を再び聞いた俺は、やむなくレインの首筋に日本刀《銀ノ月》を突き刺そうとした瞬間――俺は見た。
レインの身体を斬り裂かんとする俺を狙う、幾つもの剣の姿を。
「――――ッ!」
レインへの一撃より回避を優先し、急遽飛び退くことで何とかその刃の洗礼から逃れた――逆を言えば、一瞬でも遅ければ、突如として中空に出現した刃に全身を突き刺されていた。
「まさか……」
出現した剣がひとりでに敵へ発射される技など、聞いたこともなく――考えられることはただ一つ。あのキャリバー入手クエストの最中、ユウキだけが見たというレインのOSS――
「ありがとショウキくん。今の蹴りで目が覚めた」
ゆっくりとレインが起き上がる。それと同時にレインの周囲に、様々な剣や槍や斧――数え切れない武具が展開されていき、それらは全て、こちらを斬り裂かんと狙いを定めていた。しかしその展開には見慣れたエフェクトも混じっており、ただのOSSという訳ではなくレプラコーンの専用魔法との合わせ技。
「私は何を犠牲にしても、セブンの為になることをしてあげたい」
しかしてそんな細かな分析は、レインの決意を込めた眼光の前には意味をなさなくなる。今度こそ全力だろうレインに、日本刀《銀ノ月》を柄にしまいこんだ。レインは少し違和感を感じたようだったが、先の抜刀術を思い出してこちらの意図を悟ったのか、レイン自身も二刀を構え直す――いや、レインは今まで持っていた二刀を投げ捨てると、その二刀は中空に浮かび上がり、やはり俺を貫かんと狙いを付けるようになり。代わりというように、新たな二刀がレインの手の中に現れていた。
「ソードブレイカー、だよ。ショウキくん」
アレはどんな剣だったか思索する前に、レインは自らその名前を告げた。髪の毛を直す櫛のような刃を持ったその短剣は、その名の通り――剣を破壊することに特化した性質を持つ剣だ。その性質をゲーム的に拡大解釈されたソレは、実際の現物よりも恐ろしい威力が込められている。
「その刀……壊してあげる!」
レインの決定的な一言とともに、様々な武具が俺に殺到する。あくまでそれらはソードブレイカーという本命への繋ぎに過ぎないが、それらに殺到されればこちらのHPは一瞬で0になるだろう。それらが迫る中――俺は薄く笑った。
「……ナイスな展開じゃないか」
迷ってるなら、なんて偉そうにレインに言ったが、何てことはない。そんなレインとセブンの関係に迷っていたのは、他ならぬ自分自身だったと――決意を込めたレインの眼光によって気づく。
「レイン!」
ならばユウキの言った通りに、ひとまず正面からぶつかってみるのみだ。いつになく大声で叫んだ後に、俺はその場から高速移動術《縮地》により、再びその場から消えてみせる。
とはいえ並み居る剣の壁にレインへの接近は出来ずに、レインがいる峡谷の側面に移動する。レインのOSSに発射される剣に、流石に誘導するような機能はないらしく、その隙に柄にアタッチメントを装着していく。
「そこ!」
二回目ともなれば目が慣れてしまったか、レインは即座に俺の居場所を見つけてみせる。そしてレインの視界に俺が入り込んだ瞬間、再びレインの周辺に剣が生成されていく。先程放った剣たちもすぐさま回収されていて、あの弾幕ならぬ剣幕が絶えることはないだろう。
「お前ら姉妹の問題に、俺は踏み込めない! 踏み込む資格もない!」
とはいえ、それら無尽蔵に湧いてくる剣と言えども、正面から馬鹿正直に突っ込んでくるのみに過ぎない。一つ当たればそのままボロ雑巾なのは確かだが、途中で方向を変えてくることはなく、その物量に惑わされなければ避けるだけなら簡単だ。
「いや……踏み込む気もない」
翼を展開して空中に飛翔しながら、俺はレインに向かって叫び続けた。考え込みすぎて行動出来ないのが短所、などと言われてしまったことはあるが、今回も知らず知らずのうちにそうなってしまっていたらしい。
「だったら……黙ってやられてよ!」
嵐のように吹き荒れる剣戟の中、こちらと同様に翼を展開していたレインが、そのソードブレイカー二刀を構えて飛翔してきていた。そのまま柄にしまわれたままの日本刀《銀ノ月》を誘うように、俺の肩口にソードブレイカーの刃が迫る――が、その攻撃を日本刀《銀ノ月》で受け止める訳にはいかず、二刀の側面から蹴りつけて軌道をズラす。
「それは出来ない」
そのまま日本刀《銀ノ月》を抜刀術の要領で抜こうとするものの、俺の目の前にはレインの剣が現れていた。このレインの周辺は言わば台風の中心部近く――レインという台風の目を除いては、いついかなる時も嵐が、剣が吹き荒れている。
その目の前に現れては即座に接近してきた剣を、全力で首を傾げることで回避しながら、迂闊に接近する方が危険だと後退する。翼をはためかせて後退した瞬間、それを追うように弾丸のような剣が迫り来たが、それらは日本刀《銀ノ月》による抜刀術で中ほどから斬り裂かれた。
「剣、抜いたね。ショウキくん!」
耳に届く彼女の声。そして迫っていた剣は囮と撒き餌、ついでにレインの姿を隠すための隠れ蓑だったと気づく。気がつかぬうちに接近していたレインが、日本刀《銀ノ月》にソードブレイカー二刀を叩きつけるより早く、日本刀《銀ノ月》を空に放り投げた。
「えっ!? ――うわっ!」
レインがそちらに気を取られた瞬間、可能な限り早口で唱えた呪文によって発せられた、風の魔法によって俺とレインは揃って吹き飛んだ。大地に着地しながら、吹き飛んだ地点に落下してきた日本刀《銀ノ月》を拾って鞘に収める。レインは空中で態勢を整えたらしく、こちらがレインを見上げるような形となった。
「ねぇ。私たちの問題に立ち入る資格も気もないなら、どうするの?」
そして距離が置かれたことから戦いが小休止したのか、ため息を吐きながらレインはそう問いかけてきた。この戦いはただのデュエルとは違い、レインの勝利条件は俺の持つ日本刀《銀ノ月》を破壊することで、俺の勝利条件は――
「友達を助ける」
――レインをこれ以上、妹に顔見せが出来ないような姉にする前に止めることだ。レインは自分で気づいていない。妹を裏で手助けをするほど、自分は立派な妹に顔向けが出来なくなる、ということを。
「友達って……ユウキちゃん?」
「もちろん。レインも含めて」
こちらの返答に眉をひそめながら着地する彼女とは、まだまだ短い付き合いであるが、それくらいの人柄は感じられる。裏で自分なりに汚いことをすればするほど、レインはレイン自身を許せなくなってしまう、生真面目で優しい性格ということを。
「こんなことを俺以外にすれば、後戻り出来なくなる。だから友達として止める」
これ以上レインが自分を許せなくなるような、そんな出来事を起こさせないために、ここでレインを止める必要がある。レインが日本刀《銀ノ月》を折りにくるのならば、俺が折りにいくのはレインの心だ。こんなことをしてもまるで意味はないと、レインの心を摘んで折るための戦い。
「……私はそれを望んでる!」
そんなことは彼女も分かっているのだろうが、自分で自分を止めることは出来ずに。こちらが日本刀《銀ノ月》を構えて翼を展開していると、気合いの込められた叫びとともに、レインのOSSが再び発動される。レプラコーン専用の魔法のエフェクトが発せられ、中空にソードスキルを伴った刀剣が発生し、こちらを目掛けて発射される――
「ッ!?」
――ことはなかった。レインのOSSは刀剣を展開させた後、レイン自らがどこに発射するかを瞬時に決定しているようだが、そこが隙となった。
……日本刀《銀ノ月》に装着されている、属性を付与するアタッチメント――土属性を付与するソレは、刀身が土属性となるだけではなく、《砂塵》を周囲に展開する副次効果を持つ。
つまり、レインがOSSを展開させたその一瞬、砂をレインの目に入らせて行動を中断させたのだ。視界が暗闇に包まれたレインは、一瞬だけ完全なる隙を晒し――その一瞬はこちらにとっては充分な隙だった。
「せやっ!」
こちらの狙いが分かったのか、周囲の刀剣たちが一斉に発射されていくものの、レインの視界が封じられているために狙いはない。それならば避けるのも容易く、裂帛の気合いとともに俺はレインの元に踏み込むと、勢いを込めた抜刀術により、レインのソードブレイカー二刀を根本から断ち斬った。
「このっ……!」
「遅い!」
砂に襲われた目を薄く開けたレインは、再びOSSを発動しようとしたものの、こちらの行動の方が幾分か早い。膝の辺りにローキックを喰らわせると、体重の軽いレインは足払いを喰らったように宙に浮かぶ。反射的に展開された翼を日本刀《銀ノ月》で斬り落とすと、残った片腕でレインの首根っこを掴んだ。
「頭、冷やして来い」
それだけ耳元で呟くと、ジタバタと抵抗するレインを無理やり投げつけた。投げ込んだ先にあるのは、底に川が見える切り立った崖であり、レインはそこに吸い込まれるように落ちていく。もちろん翼を斬り裂かれたレインには、底の川までノンストップだが……そこまで落下することはないだろう。
「お前、悪役とか似合わないだろ」
「……じゃあ、どうすればいいの?」
ふとしたその呟きに、レインが落下していった崖から返答がきた。天空に昇っていく刀剣と、それに掴まって飛翔の真似事をしているレインからだ。そのままレインは「よっと」というかけ声で崖に復帰すると、俺の横に立ち尽くした。
「何もしなくていいんじゃないか?」
「え?」
しばし崖からの自由落下という恐怖を体験したからか、翼と虎の子のソードブレイカーを斬り裂かれたからか、レインにももう戦う気はない様子で。俺の言葉に、驚いたような表情で耳を傾けていた。
「だってそうだろ。セブンはユウキと正々堂々戦う約束をしてるんだから、お前がこんなことしちゃ台無しだろ」
「あっ……」
今更そんなことに気づいたようなレインが、今まで戦闘をしていたことが嘘のような声を晒している間に、俺は日本刀《銀ノ月》を鞘の中にしまい込んだ。そして土属性を付与する《砂塵》のアタッチメントを柄から外し、そのアタッチメントと回復薬をレインに向かって放り投げた。
「これ……」
少し逡巡したようなレインだったが、こちらが頷いてみせると遠慮なく回復薬を使い。さらに逆転の一打となったそのアタッチメントは、一つ一つデフォルメされたレインの似顔絵が描かれているもので、それを見てレインは何かを思い出したように得心する。それも当然だ――あれらは、属性を付与するソードスキルを使えない俺のために、レインが協力して作ってくれたものなのだから。つまり生みの親の一人であるレインは、あのアタッチメントの効果は全て知っているはずで、それを忘れるほど周りが見えていなかったということだ。
「あの……ごめんなさい。ショウキくん」
それを自覚できたのか、謝罪の言葉とともに、レインは伏し目がちにアタッチメントを返してきた。それをコートに新造されたアタッチメントのケースに仕舞うと、今度は日本刀《銀ノ月》を構えてみせた。まるで歪みのないその刀身を、レインにも見せつけるようにした。
「この通り、まるで問題ない。……むしろこっちこそ、レインの剣を幾つか……」
「こっちから襲ったのにこっちの剣を心配しなくても!」
よくよく戦闘を思い返してみれば、コレクター仲間の剣を斬ってしまったことを思いだす。それをひとまず謝罪しておくと、戦闘をするような気配が完全に失せていき、代わりにどこかどんよりした雰囲気がログインする。
「じゃあ、減った分は我がリズベット武具店をご利用ください……ってことか?」
「……ふふ。ショウキくんったら商売上手」
ようやくレインの表情に小さな笑みが戻るとともに、レインの背に斬り裂かれていた翼が復活する。するとすぐさま飛び上がり、レインはどこか遠くに飛ぼうとする。
「でも今日は、合わせる顔がないからまた今度! レインちゃん、今度は負けな――ううん、ありがとね」
そう言い残して、レインはどこかに飛翔し去っていく。それを見送って、大きく身体を伸ばし――リズベット武具店に帰ろうと、俺もまた翼を展開しようとした時、出鼻を挫くようにメールが着信する。
送り主は――ユウキで。スリーピング・ナイツがフロアボスに挑める作戦が、アスナによって考案されたらしく。そろそろボクたちの力を見せる時だ、などと文面から嬉しそうな感情がありありと伝わってきて、小さく笑ってしまう。
ならその作戦とやらをさっさと聞こうと、今度こそ翼を展開すると、転移門まで全速力で飛行していく。
……そして――
「……まあ、合わせる顔がないから先に帰る、って言われても、そりゃ目的地が同じならどこかでかち合うよな」
「……うっさい」
――同じく転移門まで飛翔していた、合わせる顔がないレインと数分ぶりの再会を果たしていた。
後書き
最新刊読みました。良かったと思います。もうすぐアリシ編かと思うと、イマジネーションが高まりますねぇ……昇降係可愛いよ昇降係
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