トラベル・ポケモン世界
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3話目 出会い
グレイがツギシティに到着してから2週間が経っていた。
ツギシティは、サイショタウンやコキョウシティ方面へ通じる道の他にも、様々な方面の町に通じる道が集まっている場所であり、旅人が多い町であった。
グレイは最初、今後の旅のための軍資金を貯める目的でツギシティを訪れたのだが、今ではツギシティでの生活が気に入っていた。
理由としては、旅人が多いツギシティは旅人を労働力としてあてにしている人が多いため、仕事探しに困らないことがあった。さらに、格安の宿泊場も多く存在する。
他にも、旅人が多いため色んなポケモントレーナーとバトルできることも、この町の魅力であった。
グレイは決して戦闘狂という訳ではない。しかしグレイは、バトルはポケモンと通じ合える場でありポケモンとの絆が確かめられる場である、と感じており、1日に1回はバトルをするようにしていた。
次第にグレイは、ずっとこの町で暮らすのもいいかもしれない、と思い始めていた。元々はグレイが旅に出たのは家出のためであり、何か旅自体に目的や目標がある訳ではない。ずっとツギシティに留まっていても不都合なことは無かった。
グレイは日雇いのバイトを終えて宿に帰るために歩いていると、突然怪しいおっちゃんに声をかけられた。
「よお、兄ちゃん! あんただけに良い話があるんだ。少し話を聞いていかねえかい?」
「けっこうです」
グレイはきっぱりと断って歩き続けるが、怪しいおっちゃんは一方的に話しかけてくる。
「今なら秘密のポケモン、コイキングがたったの5000円だ。どうだ?買わないかい?」
グレイは驚いた。コイキング売りである。こんな古典的なやり口、今どき誰も使わない手口である。古すぎて逆に斬新である。
コイキングとは、さかなポケモンで、赤い魚のような見た目をしている水タイプのポケモンである。水のある場所ならどこでも生息しているポケモンである。さらに、コイキングは世界で最も弱いポケモンの内の1つであると言われている。おっちゃんが主張するような、秘密のポケモンと言える要素は全くない。
グレイはおっちゃんを無視して歩いていたが、おっちゃんはグレイが黙っているのを見てグレイが買うかどうか迷っていると勘違いしたのか、しつこく商売をしてくる。
グレイは商売を続けるおっちゃんを諦めさせるために口を開いた。
「オレ、ポケモントレーナーなんで。コイキングがどういうポケモンか知っているので無駄ですよ」
これでおっちゃんも黙るとグレイは思ったが、おっちゃんは黙ることなく説得にかかってきた。
「あんたトレーナーか! だったら話は早いぜ。トレーナーなら、コイキングが進化したら何になるか知ってるだろ?」
弱いポケモンとして広く知られているコイキングだが、成長して進化すると全く様子が異なる。
コイキングの進化後のポケモンはギャラドスである。きょうあくポケモンであり、長い胴体をもつ青い龍のようなポケモンである。龍のような外見でありながら体の一部にヒレがあるなど、所々に魚の特徴があるのが印象的なポケモンである。とても凶暴なポケモンであり、ギャラドスが暴れたことによって町が滅びたという伝承が各地に残っている。
(確かに、コイキングは進化させれば強いポケモンになる。ただし、コイキングを進化するまで成長させる技量をトレーナーがもっていればの話だが)
おっちゃんは一方的に話を続けてくるが、グレイは聞き流して歩くことにした。おっちゃんは完全に不審者であるが、コイキングを買わないからといって脅しや暴力の手段を使う人物ではなさそうなので、聞き流しに徹していれば無害と判断したのである。
グレイは宿で休憩した後、トレーナーが集まりそうな広場にでかけた。
グレイが、誰かバトルをしてくれそうなトレーナーがいないか適当に探していると、グレイに声をかけてくる男がいた。
「そこの少年、バトルしてくれるトレーナーをお探しですか?」
「そうなんですよ。あなた、もしトレーナーなら相手してくれませんか」
「ええ、いいですよ。私も相手してくれるトレーナーを探してましたから」
「オレはグレイっていいます」
「私はギラドです。どうぞよろしく」
ギラドと名乗ったその男は、グレイから見て年齢は40歳ぐらいに見えた。見た目的にも年齢的にも、旅をしているようには見えない。
(地元の人か?)
グレイは、目の前にいるギラドという男がどんな人物なのか想像できなかった。バトル相手を探していたと言うが、ポケモンと絆を深めるといった柄には見えない。かといって、バトルを極めることを目的としているようにも見えない。
(まあバトルすれば分かることだ)
バトルはポケモンと人の絆を深めるだけでなく、対戦相手との相互理解をもできる儀式なのだから。
ギラドと名乗った男は、ギャラドスを繰り出した。
グレイは、なんかタイムリーだな、と思った。
先ほどの怪しいおっちゃんが売りつけようとしてきたコイキングの進化後のポケモンである。噂の通り、長い胴体をもつ青い龍のようなポケモンである。大きくてとても迫力がある。
(強敵だな)
そう思いながら、グレイは自分がもつギャラドスの知識を確認していた。ギャラドスは水タイプかつ飛行タイプのポケモンで、特性いかく、をもつポケモンだったはずだ。
(まあビビヨンしかポケモン持ってないオレには、選択肢なんてないけどな)
そう思いながらグレイはビビヨンを出す。
相手のギャラドスを見たビビヨンは、少し怯えた様子を見せる。これは相手のギャラドスの特性いかくによるものである。
特性いかくは、その場に出るだけで相手を威嚇し、相手の攻撃力を下げる能力である。
(まあビビヨンは攻撃力が下がっても関係ないけどな)
ビビヨンは力が弱く、攻撃力が低いポケモンである。そのためビビヨンは攻撃方法を、直接的な力学的な攻撃に頼らず、超能力的な特殊攻撃に頼っている。ビビヨンが使う攻撃技“むしのていこう”も、特殊攻撃と言われる超能力的な攻撃である。それゆえに、ビビヨンは攻撃力が下がってもバトルにはあまり影響しない。
(まずは様子見だな)
ビビヨンは防御面でも、とても撃たれ弱いポケモンである。2週間ほど前にエレナのキモリと戦った時も、相手の“でんこうせっか”&“はたく”のコンボを2回受けただけで、かなり体力の限界が近くなっていた事も思い出す。もっとも、撃たれ弱いビビヨンが体力の限界が近くなることはよくある事であり、慣れているので相手に動揺を見せることはないが。
(ギャラドスみたいな力強いポケモンの攻撃が直撃したら、ビビヨンが1発で倒れることもあり得るからな…)
グレイは慎重に相手の出方を伺った。
バトルは終了した。
結論から言えば、ビビヨンはギャラドスの攻撃を1発も受けることなく勝利した。
過程を言うなら、ビビヨンは“しびれごな”と“いとをはく”で相手の動きを鈍らせ、“むしのていこう”で一方的に攻撃し続けて勝利した。ギャラドスは動きが鈍っても十分に戦える底力があるように思えたが、相手トレーナーはギャラドスの扱いがあまり上手くなかった。
相手トレーナーのギラドがグレイに声をかけてきた。
「君、トレーナーとして高い実力をもっていますね」
「それはどうも」
「そんな実力の高い君だけに、良い話があるんですが……」
(良い話ねえ……)
グレイはコイキング売りの怪しいおっちゃんを思い出した。
(まあ、あのおっちゃんよりは信用できるだろう)
先ほどのおっちゃんへの対応とは違い、グレイは相手の話を聞くことにした。
「良い話? なんですか?」
「君に、とても簡単なお仕事を紹介しようと思いましてね……」
「簡単な仕事?」
「そう、簡単な仕事です。ギャラドスを使ってポケモンバトルをするだけの、とても簡単なお仕事ですよ……」
グレイはギラドに連れられてツギシティの町外れに来ていた。ギラドが「とても簡単なお仕事」と言っていたが、グレイは全く信じていなかった。世の中、そんな良い話など存在しないものである。それでもこの男について行くのは、ギャラドスを使ってバトルする仕事がどんなものであるか、興味をもったからである。
少年時代に(今も少年だが)不良少年を経験したグレイは、力の強さには少し自信があった。加えてグレイのビビヨンは無傷の状態である。目の前を歩く怪しい男ギラドが何かをしてきても逃げ切れる自信はあった。
ギラドが足を止めて口を開く。
「ここですよ」
グレイの目の前にはトラックが停車しており、トラックの荷台には巨大な水槽があった。水槽の中には多数のコイキングが泳いでいる。
トラックの影から1人の男が姿を現した。
なにぃ!? とグレイは思わず声を出しそうになった。
「よう! さっきの兄ちゃんじゃねえか。どうした? やっぱり秘密のポケモン、コイキングが欲しくなったのかい?」
姿を現した男は、先ほどのコイキング売りのおっちゃんである。
(なぜこいつがここに!?)
とグレイが思っていると、ギラドが口を開く。
「コインさん、『さっきの』とはどういう意味ですか? このトレーナーのことを知っているんですか?」
コイキング売りのおっちゃんの名前はコインというらしい。コインは答える。
「ああ、よく知ってるぜ。コイキングを買おうとしないケチな兄ちゃんだってな」
言われっぱなしは癪なのでグレイも言い返す。
「ギャラドス売ってくれるなら、値段によっては買うけど」
「うちはギャラドスは取り扱ってないぜ。そうだ兄ちゃん、育てればギャラドスに進化するという秘密のポケモン、コイキングなら売ってやるぜ?」
「コイキングはいらん」
グレイとコインがそんなやりとりをしていると、ギラドが口をはさむ。
「まあまあグレイくん。そろそろ仕事の内容を説明してもいいですか?」
「ギラドさん。まさか仕事って、コイキング売りじゃねえだろうな?」
「確かにコイキング売りに関係することではありますが、君にやって欲しいのは別のことですよ。君にコイキング売りをさせる訳ではないですよ」
「で、オレにやって欲しいことって何です?」
「君にやってもらいたいのはステルスマーケティング、いわゆるステマです」
「ステマ?」
ギラドの説明によると、ギラドとコインは、ギャラドスを使って町中のトレーナーにバトルで勝ちまくることで、町中のトレーナーにギャラドスを強いポケモンと評価させてギャラドスの需要を上げさせ、そこに進化前のコイキングを売りこむという作戦で商売をしているらしい。
しかし、この作戦には現在1つ問題があった。それは、ギャラドスを使って町中のトレーナーに勝つという段階がクリアできないという事である。ギラドとコインの2人は、トレーナーとしての実力が皆無である。そのためギャラドスの力を引き出すことができないのだ。
そこで、トレーナーとしての実力が高そうなグレイに、2人の代わりにギャラドスを使って町中のトレーナーに勝って、ギャラドスの強さを示して欲しいという訳であった。
グレイは説明を聞いて、話自体はそんなに悪くないと思い始めていた。だが、気になることもある。グレイは素直に今思っていることを口にした。
「話自体は悪くないと思うけど……正直に言うと、コイキング売りなんて詐欺みたいな事に加担したくはないんですよね」
グレイのその言葉にはコインが答える。
「兄ちゃん、分かってねえな。俺たちの商売に詐欺の要素は無いぜ。うちで扱っているコイキングは全て、政府が公式にポケモンを捕獲する道具として認定しているモンスターボールを使って合法的に捕獲したポケモンだ。それに、買うか買わないかは客の自由だし、買わないからといって暴力を使うようなこともしない」
さらに、ギラドも答える。
「グレイさんがやる事は、知り合いのおじさんに貸してもらったギャラドスでバトルするだけですよ。コイキング売り? なんの事だか分からないですねえ……」
2人のそれぞれの答えは、意外にもグレイを納得させるものであった。
そもそもグレイは、ここで扱っているコイキングは違法な機械で捕獲されたものだと思っていた。最初にここに着いた時に、コイキングがモンスターボールではなく水槽に入れてあったので、無意識にそう思っていた。後で、捕獲したというモンスターボールを見せてもらったが、全て合法的なものであった。
さらに、グレイ自身がやることは、ギャラドスを使ってバトルする事だけである。仮にこの2人がグレイに何かしらの違法性を隠していて警察に捕まったとしても、グレイは知らなかったと言い張れば良いという事になる。
追い打ちをかけるように、コインが口を開く。
「もし俺たちの商売に協力してくれるなら、毎日食事と寝床が無料で利用できるぜ」
とどめの一撃であった。グレイは怪しいおじさん達とコンビを組むことにした。
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