トラベル・ポケモン世界
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2話目 金欠
グレイはポケモンセンターの休憩用の長椅子に座り、自分の財布の中身を見ていた。金銭感覚が人によって異なることは事実であろう。しかし、現在のグレイの財布の中身は、誰が見ても財政難であった。
サイショタウンに着いたら、まずはアルバイトをして当面の軍資金を確保しようと考えていた。しかし、自分の育った町コキョウシティの隣町サイショタウンは、グレイが思っていたよりも町の規模が小さい田舎であり、仕事を見つけることは困難であった。
(サイショタウンのさらに隣町ツギシティに行くしかない)
グレイは今自分がおかれている状況を整理する。
状況1:全財産はビビヨンの食費に換算すると丸一日分のみである。ただし、これはグレイの食費を0とした場合にのみ成立する。
状況2:隣のツギシティまでは丸一日かかる。
以上のことより、ビビヨンを空腹で不幸にさせないための条件は、グレイが丸一日間食事を我慢しながらツギシティに向かい、到着後は速やかに仕事を見つけることである。
(今すぐ出発だ!)
考えるまでもなかった。
グレイは立ち上がり、ツギシティを目指すことにしたが、
(ん?)
ふと、目の前にいる少女に目がいく。見た目からして自分と同じ15歳ぐらいだろうか。トラベル地方にはポケモンを連れて旅をする者は多いが、義務教育が終わった直後から旅をする者は珍しい。ハイスクールを卒業できる18歳よりも後になってから旅立つ人がほとんどである。15歳で旅を始める者など、一流のポケモントレーナーを目指して早くからその道を歩む者か、進路が無くて旅立った者や家出した者など、の両極の2パターンだけである。
少女のことが気になったのには他にも理由があった。
(あいつ、どこかで見たことがある気が…)
すると少女がグレイの視線に気がつき、グレイの方へ向かってくる。
(やっぱり知り合いか? 誰だか思い出せないが)
あれこれ考えるグレイに少女が話しかけてくる。
「アナタ、もしかしてコキョウシティ出身だったりしない?」
「そうだが」
「やっぱり。アナタのこと、ジュニアハイスクールで何回か見かけたことがあるもの」
言われてグレイも思い出す。
(ああ、同じ学校の生徒だったのか)
同じ学級になったことは無いが、同学年ではあったとグレイは思い出す。
「アタシの名前はエレナ」
「オレはグレイだ」
「ねえグレイ? アナタ、トレーナーなの?」
「ああトレーナーだ。エレナは?」
「アタシもトレーナーよ。ねえグレイ、バトルしましょう」
「オレも同じこと言おうと思っていた」
ポケモンセンターの近くなら、バトルしてポケモンが力尽きてもすぐに回復できる。エレナとバトルしても、そんなに時間のロスにはならないだろう。ツギシティにはバトルの後で行けばいい、とグレイは考えた。
(それに上手くいけば、急いでツギシティに行く必要が無くなる可能性もある)
グレイには、とある邪な考えが浮かんでいた。
グレイとエレナは、どちらも所持ポケモンが1体であったので、1対1のバトルをすることになった。
グレイはビビヨンを繰り出した。
対してエレナはキモリを繰り出した。
キモリ、森トカゲポケモン。二足歩行するヤモリのような緑色のポケモンである。草タイプである。
(相手はキモリか…)
キモリは森に生息するポケモンであり、コキョウシティやサイショタウンのような開けた場所では見かけないポケモンである。
「もしかしてエレナ お前、ラボ・チルドレンか?」
「そうよ。……あんまり好きじゃないけどね、その呼び方」
ラボ・チルドレンとは、ポケモン研究所から最初のポケモンをもらったトレーナーを指す俗称である。このトラベル地方の研究所でもらえるポケモンは、キモリ、アチャモ、ミズゴロウの3種類のポケモンであり、エレナは3種類の内からキモリを選んだのだろう。研究所からもらえるポケモンは、どれも扱いやすく、育てれば強くなるポケモンであると言われている。
(研究所のポケモンってことはそれなりに強いんだろうが、様子を見るにエレナはキモリと出会って日が浅そうだ。多分、そんなに息はあってないだろう)
とグレイが考えていると、
「キモリ、接近戦!」
エレナがキモリに指示する。次の瞬間、キモリの速攻の攻撃技“でんこうせっか”がビビヨンに直撃し、続けてキモリの攻撃技“はたく”も直撃する。
思わずグレイはつぶやく。
「マジかい……」
多分エレナとキモリは息があってないだろう、と侮っていたらこの有様である。『接近戦!』と短く指示しただけで“でんこうせっか”で攻撃して “はたく”で追撃するというコンボを決めてくるなど、グレイは全く考えていなかった。そして思った。
(息ピッタリかよっ!)
グレイはエレナに対する警戒度を一気に上げた。グレイもビビヨンに指示を出す。
「ビビヨン!“むしのていこう”」
「キモリ、相手の周りを回って!」
相手のキモリは草タイプ、そしてビビヨンの“むしのていこう”は虫タイプの特殊攻撃技である。草タイプのポケモンに虫タイプの技は効果抜群なのである。タイプの相性で有利なことをいいことに、グレイは攻撃技でゴリ押しすることにした。
対してエレナは、キモリをビビヨンの周りを回らせて攻撃を回避することで、近距離を保っている。
「今!」
エレナが一言指示すると、キモリは再び“でんこうせっか”&“はたく”のコンボを決めてきた。見事にビビヨンの動きの隙をつかれた。
「マジかい……」
グレイ二度目のつぶやき。ビビヨンがグレイに、『ダメじゃねーか…』と言いたげに批難めいた視線を送ってくる。
ゴリ押しは止めよう、とグレイは思った。ゴリ押しで勝てる相手ではないし、何よりもエレナとキモリのピッタリと息の合った戦いを見せつけられて、こちらも絆の強さを相手に見せつけなければと思ったのだ。
「ビビヨン、お前も相手の周りを回れ! とにかく移動だ」
とりあえず1点に留まっているのは危険だと判断し、グレイは移動を指示する。
エレナは自分のキモリだけでなく、相手のビビヨンもよく観察して戦っている。1点に留まって戦えば、先ほどのようにビビヨンの動きの隙をつかれて例のコンボを決められるだろう。そうなってしまえば終わりである。
「キモリ! もう少し距離つめて」
「ビビヨン“むしのていこう”」
「右に避けて! キモリその距離を保って」
「ビビヨン“いとをはく”」
「キモリ! 下がって!」
(お? 下がった…?)
エレナのキモリは、ビビヨンの“むしのていこう”に臆することなく距離を詰めてきたのに、“いとをはく”を指示した瞬間、せっかく詰めた距離を放棄して後ろに下がった。
(これは……“いとをはく”を予想以上に警戒してるな。作戦変更だ。)
グレイは、“いとをはく”を使って相手の機動力を奪うつもりであったが、“いとをはく”に対する相手の警戒が相当高いとみて、今度は“いとをはく”を牽制に使うことにした。
「ビビヨン! “いとをはく”」
「キモリ その場に伏せて」
「ビビヨン“むしのていこう”」
「くっキモリ、右に避けて距離を詰めて!」
「ビビヨン! “いとをはく”」
「下がってキモリ」
(キモリに距離を詰められそうになっても、ビビヨンに“いとをはく”を使わせれば相手は必ず動きを止める……この状況はおいしい!)
グレイはそう思った。
互いに動いているので、キモリはなかなか距離を詰められない。さらにビビヨンが“いとをはく”を使うたびにキモリは距離をとっているので、ビビヨンが一方的に遠距離から“むしのていこう”で攻撃できるという構図になっている。
********
エレナは焦っていた。ビビヨンから一方的に攻撃され、少しずつだがビビヨンの攻撃がキモリに命中し、キモリにダメージが溜っていく。
「キモリ “メガドレイン”」
エレナは状況を動かすべく、キモリに草タイプの特殊攻撃技“メガドレイン”を使わせた。この技は単なる攻撃技ではなく、相手に与えたダメージに応じて自分の体力を回復する効果もある。
エレナがキモリに“メガドレイン”を使わせたため、ビビヨンの“むしのていこう”とキモリの“メガドレイン”による遠距離攻撃の撃ち合いに発展する……と思いきや、ビビヨンはさらにキモリとの距離を離した。キモリの攻撃がビビヨンに全く当たらなくなるが、ビビヨンの攻撃もキモリには当たらない。
エレナはこれを疑問に思う。
(どうして、遠距離攻撃の撃ち合いをしないの? 有利なのはビビヨンの方なのに…)
ビビヨンが使う“むしのていこう”は虫タイプの技であり、草タイプのキモリには効果抜群である。キモリが使う“メガドレイン”は草タイプの技であり、虫タイプかつ飛行タイプのビビヨンには効果はいまひとつである。ゆえに、技を撃ち合えば、有利なのはビビヨン側である。
エレナはキモリに“メガドレイン”を指示したが、自分としてはあまり良い指示ではないと思っていた。しかし他に策がないので、一方的に遠距離から攻撃されるよりはマシと思って指示したのである。
(もしかして……バトルの最初で決めた攻撃が、実はかなり効いているのかしら?)
ならば、試しに短期決戦をしかけてみようと考え、エレナはキモリに指示する。
「キモリ、距離を詰めて。相手の“むしのていこう”は最悪当たってもいいから、相手の“いとをはく”だけは気を付けて!」
指示通り、キモリは距離を詰める。
それに対してグレイもビビヨンに指示を出す。
「ビビヨン! “むしのていこう”と“いとをはく”を使って、いい感じに戦え」
グレイの出した指示を聞いて、エレナは思う。
(この大事な場面で、なんて適当な指示……それとも、ビビヨンにダメージが溜っているというのはアタシの思い込み? でも、それだと遠距離攻撃の撃ち合いから逃げた理由が分からないわ……)
「キモリ “メガドレイン”」
「ビビヨン 滅茶苦茶に動いて避けろ!」
キモリが再び遠距離攻撃の撃ち合いを仕掛けると、やはりビビヨンはその戦いにのってこない。
「キモリ 再び距離つめて」
「ビビヨン! “むしのていこう”か“いとをはく”を使って頑張れ」
再びキモリに距離を詰めるよう指示すると、再びグレイが適当な指示を出す。
しかし実際、グレイの適当な指示はエレナを困らせていた。2パターンの技のどちらをどのタイミングで使うか完全にビビヨンのさじ加減であり、ポケモンであるビビヨンは2つの技を考えて使い分けている訳ではない。そのためエレナは事前に読むことができない。
(トレーナーが指示しなさいよ!)
思わずエレナは心の中で叫んだ。
エレナのキモリは、ビビヨンの攻撃技“むしのていこう”を何回かくらったが、ビビヨンとの距離を詰めることに成功した。
グレイが新たな指示を出す
「ビビヨン! “しびれごな”」
「キモリ 今!! 突っ込んで!」
“しびれごな”は相手を麻痺させる技であるが、この技は草タイプのポケモンには効かない。つまり、草タイプであるキモリには効かない。
ビビヨンの前方に痺れの粉が撒かれるが、構わずキモリが突っ込む。そしてキモリは“でんこうせっか”と“はたく”のコンボを決めにいった。
「ビビヨン “まもる”」
“まもる”は、少しの間ダメージを受けない無敵状態になれる技である。無敵状態が解けた後はしばらくの間“まもる”は使えなくなる。
ビビヨンの技“まもる”によって、キモリの攻撃は防がれた。
「キモリ! とにかく距離をとって!」
「ビビヨン、逃がすな! “むしのていこう”」
無敵状態のビビヨンは防御のことを考えなくてよい。逃げるキモリを追いかけて、“むしのていこう”を次々に命中させた。
ビビヨンの無敵状態が解けたとき、キモリは力尽きていた。
こうして、エレナとキモリは敗北した。
********
バトルの後、グレイとエレナはポケモンセンターの休憩所で会話していた。
「エレナは一流のトレーナーを目指して旅をしてんのか?」
「そうよ。アナタもそうなんでしょ? これからはライバルね」
「いや……オレは一流のトレーナーを目指してる訳じゃない」
「そうなの? 義務教育が終わってすぐにポケモン連れて旅に出るなんて、一流のトレーナーを目指す人くらいじゃないの?」
「オレは、家出なんだよ」
「へえ……家出ねぇ……」
この時グレイは、次にエレナが会話の話題をどこにもっていくか注意深く聞いていた。今グレイは、この会話を使ってある目的を達成することを目論んでいた。目的を達成できるかどうかは、次にエレナが話題をどこにもっていくかで大きく左右される。
エレナが再び口を開く。
「家出ってことは……お金とかどうしてるの?」
グレイは内心ガッツポーズする。この流れこそ、求めていた流れである。
グレイは慎重に言葉を選び、答える。
「金は、このサイショタウンでアルバイトして稼ごうと思ってたんだけど……この町、思ってたより小さくて、働く場所がなくて困ってんだ」
一気に勝負を決めるぞ! そう思いながらグレイは続けて口を開く。
「エレナさん、あなたにお願いしたいことがあるのですが……」
「え、何? 急に敬語使ったりして……」
「エレナさん、ぼくにお金を貸してくれませんか?」
「え? お金?」
グレイは今自分がおかれている状況を説明した。
グレイの全財産が入った財布を見たエレナは、迷う素振りなくグレイにお金を貸してくれた。あてもなく家出した挙句、男が女から金を貸してもらうとは色々とダメな気もするが、グレイは緊急時にはプライドを躊躇なく捨てられる男であった。こうして聖母エレナの慈悲により、グレイは自身の食事と睡眠を確保しながらツギシティに向かうことができるようになった。
実のところ、グレイはポケモンセンターでエレナと出会った時から、エレナとポケモンバトルして親密になり、金を貸してもらうことができないかと考えていた。
(計画は完璧に成功した! オレは数日間の食事と睡眠を得た! オレの完全勝利だ!)
グレイがそんな邪なことを考えていると、エレナが口を開く
「ねえグレイ、もしかしてアタシとバトルする前から、アタシからお金を借りることを考えていたの?」
グレイの完全敗北である。
グレイは正直に、バトルする前から金を借りる事を考えていたと話した。それに対してエレナは「それなら最初から言ってくれればよかったのに」と返してきた。聖母エレナは懐の深いお方であった。
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