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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-41




「なんで私がおまえたちとこんなことをしているんだ」
「えー? べつにいいんじゃないの? 私としては日頃のストレスを発散できるから楽しいよ。あ、でも人は殺しちゃだめって物足りなくならない?」
「そこまでは求めてないわ。ただあのうるさい羽虫どもの行動基盤がなくなればすこしは静かになるかなって思っているだけなんだもの」
「だったらなおさらやっちゃった方がいいじゃん」
「……それもそうね。でも蓮には壊すだけって言っちゃったし……」


 爆音と瓦礫が崩れ、あたりに轟音が響き渡る。そんな中、かき消されながらもわずかに聞こえてくるのは楽しげな話し声。内容は相当物騒で話している彼女たちもISを身にまとっていることを除けば、日常の一コマとして捉えられてもおかしくない。
 場所がIS委員会の本部前でその本部の建物が黒煙と燃えさかる炎を立ち上がらせて、瓦礫の山と化していなければ。建物の中にいた人の安否は不明である。待ちきれないとばかりに麗菜が奇襲をかけるかのように爆撃してしまった。麗菜曰く、殺しちゃだめって言われたけど直接的には手を下していないんだからいいよねとのことである。


 彼女たちは知るよしもないのだが、このビルの崩壊に巻き込まれたのは百数名あまり。重軽傷者五十数名。重体者三十数名。死亡者二十数名。死亡者の中には、IS委員会の幹部も三人含まれていた。この相当な被害を与えておいて本人たちは遊びが終わったような気持ちになっている。


「あーあ、結構ばらばらになっちゃったねー。でも私がやったわけじゃないからいいよね」
「本当はやめてほしかったのだけどね……仕方がないわ。関係のない人まで巻き込んでしまったけど、運がなかったってことで納得してくれないかしら」
「納得するも何も、もう死んでるだろ、あれ」
「あははー。だよねー」


 ケラケラと快活に無邪気に笑うのは御袰衣麗菜。冷静にスコールに突っ込むのが織斑マドカ。やってしまったものはしょうがないとやれやれ顔でいるのがスコール・ミューゼル。三人ともISまで持ち出して一つの建物を壊すのはかなり過剰ともいえた。が、そんなことは彼女たちにとってはどうでもいいこと。一仕事終えたとばかりに満足そうにその場を後にした。
 わずか十五分で作り出した惨劇だった。


 ◯


 --コンコン。


 扉をノックする音で目が覚めたのは、IS学園の生徒会長。いつも、飄々としてつかみ所のない性格であるが、生徒からは人気があって慕われる存在であった彼女であったが、今ばかりはその面影を微塵も残していなかった。
 目元にははっきりとクマができ、髪はぼさぼさ。少なくとも人の前に立つ人がするような姿ではなかった。


 またノックされた。未だに冴えない頭を無理矢理動かして、自分が置かれている状況を把握しようとする。しかし、それよりも先に扉が開かれる。それによって真っ暗だった部屋に光が差し込み、目を眩ませる。
 眩しくて瞬きを何回かしている間に部屋に入ってきた誰かは閉め切っていたカーテンをすべて開いた。


「もう朝ですよ、お嬢様。遅くまで仕事をするのもいいですが、体には気をつけてください」
「う、虚ちゃん……。今何時?」
「もう朝の八時です。さあ、朝ご飯を食べますよ」


 IS学園の生徒会長である更識楯無は、今起こっていることの情報収集で手が一杯だった。連日更新される情報に一つ一つ目を通し、何をすべきか即座に判断し、部下に指示を出す。
 幸い日本国内では何も起こっていないが、これからまだまだ脅威は襲い来ると睨んでいる。以前、油断できない状況だった。


「朝ご飯なんて食べてる暇ないわ」
「……お嬢様?」
「……か、顔が怖いわよ?」
「……お嬢様?」
「分かったわよ、もう。食べればいいんでしょ」


 楯無は、思いを寄せていた相手が亡国機業の人間であったことにショックを受けて立ち直れていなかったが、時間が過ぎてようやく元の状態まで戻りつつある。まだ、受け入れ切れていないところもあるが、的であると認識はしている。直接会ったときに銃を向けることができるとはまだ思わないが。


 朝ご飯を急いで掻き込み、人前に出られる最低限の身だしなみを整えてまた仕事に戻る。今は日本のために身を粉にして僅かな情報さえ逃さないように神経を尖らせるだけである。


 ◯


 束は蓮の元へ戻ってきていた。いつもつけているウサミミカチューシャは外して、落ち込んだまま蓮の隣に座った。


 静かな時間が過ぎる。
 蓮は自分から聞くことはしない。相手の方から言い出してくれるのを待って、それまでは支えるように隣にいるのだ。最もそれをするのは束限定であったりするのだが。


 束はまだ踏ん切りがつかないのか、視線を床と蓮とを行ったり来たりしながら、蓮の方を向いて口を開こうとしてもすぐに視線を床に向けることを何度も繰り返している。
 いじらしくじれったいが、蓮は待つ。そして、とうとう彼女から切り出した。


「……私もひとりぼっちになっちゃった。どうしてだろうね、あんなに煩わしく思ってたのに、邪魔だと思ってたのに、本当になくしてみるとこんなにも悲しいんだろうね」
「……どうしてだろうな、俺はよく分からない。安い同情もしないけど、こうして隣にいることはできるよ」
「…………うん」


 それっきり何も話そうともせずに蓮の胸元に顔を埋めた。時々肩を振るわせて、殺しきれない嗚咽が漏れる。
 そっと肩を寄せて何も言わず、ただそっとする。いつもの彼女に戻ってくれるように、いつもの笑顔を見せてくれるように。


 十数分後。
 すっかり元通りになった束が、蓮に寄りかかりながら肩に頭をそっと乗せる。しかし、握った手はまだかすかに震えている。まだ安定していないのだろう。蓮はそんな束の不安をかき消すように握っている手に力を入れる。
 いきなりのことで驚いたのか頭を上げていつも細められている目が丸く開かれていた。それから愛おしそうに空いていた手を重ねて口を開いた。


「ありがと、れんくん。君がいなかったら私はきっと立ち直れなかったよ」
「そんなことない、束が自分で整理をつけて解決しただけだ」
「……ふふっ、そういうことにしといてあげる。……それにさっきので分かったことがあるんだ」
「……?」
「束さんね、れんくんがいないと生きていけない。れんくんがいない世界なんて信じられない。興味もないし、存在している意味もない。だから、れんくんが死んだら私も死ぬ。私が先に死ぬときもれんくんの隣がいい。だって、私の世界はれんくんが中心に回ってるの。……ううん、れんくんだけで回ってる。だから……お願いだから、私を捨てないで」


 そういう束は涙を浮かべていた。先ほどまで泣いて目元が赤くなっているのに、さらに一筋雫がこぼれ落ちる。瞳は不安に揺れて、自信なさげに唇を震わせる。
 狂ってる。だけど、それが愛おしく思える。そう思える自分も狂っている。だったらいいじゃないか。狂っている人同士、つながって、支え合って、世界を作り上げて、依存し合って。


 よかったと安堵した。自分だけがこんなに狂った感情を持っているわけじゃなくて、束も自分と同じような思いを抱いていることを知ることができて。
 やってしまったと落胆した。本当なら自分から思いを打ち明けるべきだったんだ。こんなに狂った思いを彼女の方から言わせるなんて。


「俺だってそうさ。束がいないといやなんだ。光を与えてくれた束が好きだ。力をくれた束が好きだ。知識を教えてくれた束が好きだ。生きる意味をくれた束が好きだ。束がいない世界なんて考えられない。だから、これから生きるときはいつでも一緒で死ぬときは同じ場所で……ずっと束を感じて生きていたいんだ」
「……! 嬉しい、嬉しいよれんくん。私もれんくんが好き。居場所を与えてくれたれんくんが好き。守ってくれたれんくんが好き。私のために努力してくれたれんくんが好き。生きる活力を与えてくれたれんくんが好き。……うん、うん……! ずっと、ずっと一緒だよ? どんなときも」


 二人は痛いほどに抱きしめ合う。お互いの心臓の鼓動が聞こえる。バクバクと今にも張り裂けそうなほどに繰り返される鼓動。それがお互いに相手を感じることができているような気がして、もっともっと体を抱きしめ合う。


 それから少しだけ体を離して唇を重ね合わせる。今まで心に秘めていた思いをぶつけるように、より深く自分に相手を刻むように。
 口づけはよりディープなものになっていく。
 お互いのすべてをぶつけ合う。いかに狂っている感情でも狂っている愛情でもぶつけ合って受け止め合って。まるで、ずっとかけていたものを埋め合わせるように。


 少し苦しそうに離れる。名残惜しそうに束の視線は蓮に向いていた。二人の息は荒々しく、頬は赤くなっている。
 少し恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上に喜びが勝っていた。これ以上はどうなるか分からなかったためなんとかストップをかけた。


「もう、いいか?」
「……まだ、足りないよ」
「あははっ、俺もさ。だけど、まず終わらせてからにしよう」
「うん、そうだね」


「「我儘で始めた無意味な争いを」」


 ◯


 IS委員会本部が崩壊したことはあっという間に世界中に駆け巡った。そしてそれと時を同じくしてアフリカの独裁国家における反政府軍が一斉に蜂起した。
 ISこそ保有していないが、これらを放置しておくと各国に少なからず影響を与え始める。特に今の時代は女尊男卑。世界を統治してきた歴史から捻れてしまっている今、虐げられている男性が立ち上がるのはあり得ない話ではない。必然的にこの反政府軍を鎮圧させるために国連は軍を派遣する必要がある。


「……なかなかいやらしいことしてくれるじゃない」


 楯無は瞬時にして亡国機業の意図を読み切った。
 戦力を分散させて何かを進めやすくするためだろうと読んで、すぐに部下に指示を出し始める。


「すぐに国の守りを強化するように要請して! 私たちも戦いに備えるわよ。もしかしたら、戦力が集まる前にIS学園を潰しに来るかも知れない。織斑先生にも報告して戦いに備えるように言って!」


 彼女にはある種の予感があった。亡国機業は学園を攻めてくるだろうと。証拠があってのことではないが、絶対にも近い自信があった。


「もう決着をつけようっていうの……? 織斑くんたち、大丈夫かしら……そして、ラウラ・ボーデヴィッヒを戦いの場に出してもいいの?」


 楯無が窓の向こうに視線を向けると、グラウンドでラウラがラファールで空を駆けていた。
 ドイツから送還されてその理由もこちら側としては理解しがたいものであって。その上、戦いに関する記憶だけなくしているという不可解な状態にある彼女。
 それでも一夏たちと試しに対戦させてもあっさり勝ちを拾ってしまう。よく分からない。
 可能性としては今までの経験が残っているのがあり得る。


 それに彼女の精神状態が不安である。ラウラはドイツから捨てられる形で学園に戻ってきている。心の中で大きなものを失って穴が開いている状況である。そして、その穴を埋めるように一夏の近くにいることが増えた。
 彼女は亡国機業のメンバーだとされていたが、それに関する記憶も全く残っていない。よって、御袰衣蓮に関しても何も知らない。


「……はぁっ」


 思わずため息をついた楯無。彼女の悩みの種は尽きない。





 
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