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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-40





 亡国機業が動き出してから一週間。初手の中国陥落の衝撃が大きすぎて、それから起こっていることが些細なことにしか感じられなくなっている各国。それにそれらを起こしているのが亡国機業の下部組織であり、亡国機業自体は全く動きを見せていない。


 IS委員会も、国連も小さなことでは動くことはできず、ならば中国の奪還を目指すが、新たに立てられた政府は今までの中国を打ち壊し、共産的な政治体制から現在の主流でもある民主体制へと徐々に移行しつつあり、国内からの評価はうなぎ登りに上がっている。さらにただ現状から抜けるだけでなく、世界市場へ手を広げて更なる発展を目指している。
 また、他国に何ら被害を与えているわけでもないし、亡国機業の動きを助長しているわけでもない。よって手を出すわけにはいかなかった。
 ーーーー何がしたいのか全く分からない。
 それが各国共通で頭を悩ませていることだった。


 だが、水面下では亡国機業はすでに動き始めている。内部工作という形ではあるが、次の一手もかなり大きなものとなる。これが成功するかどうかは、工作班のレンティアとチェルシーにかかっている。彼女たちがミスをするとは思えないが、念のために補助案も用意してあるが、これが発動することはないことを願いたい。
 以上が世界各国と亡国機業の今の状態だった。


「……さて、これからどうしようかな」


 先ほど手元に届いた報告書を読み終わり、机に放り投げていすに腰深く座り、背もたれにもたれながら誰もいない部屋で一人つぶやく蓮。二手三手先のことを考えるとそろそろ別の計画を発動させないといけないのだが、まだ何も考えていなかった。
 そんなところに来たのはスコールだった。


「ちょっといい?」
「どうした?」
「なんか最近、IS委員会の羽虫どもがうるさくてね、いっそのこともう委員会を潰してやりたいのよね。いいかしら?」
「……」


 彼女の提案を聞いて考え込む蓮。確かに様々なところからスパイが潜り込もうとしてそれらをすべて迎撃している……が、いずれ潜り込まれるのは確かだ。全くどこか居場所がばれたのだろうか。だが、実力行使に移るのも悪くない。今まで裏工作ばかりでストレスを募らせている者もいる。これを近いうちに発散させないと何をしでかすか分からない。それに……いや、これは今は関係ない。


「人はどうするんだ?」
「私と麗菜、後はマドカあたりを考えているわ。それに十人ぐらいの人かな」
「その程度で大丈夫なのか? IS委員会の本部を襲撃するとなれば、向こうの警備は厳しいと思うが」
「大丈夫よ、何も大騒ぎしようって訳じゃないもの。行って、建物をぶち壊してやるだけだよ」
「……分かった。戻ってこいよ」
「心配してくれるの? うれしいわね」
「そんなんじゃないさ。おまえらには代わりはいないからな」


 それから何も言わずに彼女は出て行った。すぐに動くとのことであるため、集めに行ったのだろう。心配はしていないが、暴走しないか不安ではある。向こうはまだこちらの顔を知れてないから、自分から顔ばれさせるようなことはしなくてもいいのだが、別にかまわないと判断した。


 思わぬ形で次の動きが決まった今、彼を悩ませているのは束の所在だった。彼女は一昨日にどこかにふらっと出て行ったきり戻ってこないのだ。あまりにも長いと探しに行かないといけないのだが、今回はすぐに戻ってくると彼は考えている。
 おそらく妹との関係に決着をつけに行ったのだろう。どうあれ、戻ってきたら優しく迎えてあげるだけだ。


 ◯


 場所は変わってIS学園のアリーナ。ここでただ一人ぼろぼろになりながらISを身にまとい、縦横無尽に空をかけていた。その機体が織りなす赤い軌跡は、薄暗くなったあたりにぼんやりと浮かび上がり、神秘的な印象を持たせる。


「はあっ……はあっ……」


 すっかり息が上がって、肩が上下に揺れているのは篠ノ之箒。彼女は新学期が始まってからこうして毎日夜遅くまでISの訓練に明け暮れるようになった。時々一夏とセシリア、シャルロットとも訓練を行うが、こうして体に鞭を打ってまでISに向かうのは彼女だけだった。
 いくらセシリアやシャルロットたちが休むように行っても聞く耳を持たず、疲労が蓄積しているのにもかまわずに機体に乗り続ける。


 それでも、自分が強くなっているかは分からない。そもそも何を持って自分が強くなったと実感すればいいのか分からない。周りに居る代表候補生を倒せば自分は強くなった? 学園の教師を倒せば強くなったことを証明できるのか? 全く分からない。
 彼女が目指している先には姉である束が居る。箒自身それに気づいてはいないが、無意識のうちに姉の位置まで上っていこうとしている。そしてそれは、世界最強、織斑千冬の領域に足を踏み入れることであって、それにすら箒は気づいていない。前提が違っているのだ。


 ――――。


 体が動かなくなり始めてそろそろ今日は切り上げようとISを解除して膝に手をついて息を整えているとISの個人通信(プライベート・チャンネル)に誰かから通信がつながった。
 目の前に展開されたディスプレイにはモニターが映し出され、その向こうにいる人が映し出される。相手を把握したところで箒は息を呑んだ。


「やあ、元気にしてたかな?」
「……今更何のようですか? 私からは話すことなんてありませんから」
「へえ、君はそう言うんだけど。束さんには用があるんだよねー」


 自分の実の姉である篠ノ之束だった。
 何を今更、箒にとって姉である束は憎しみの対象でしかない。家族をばらばらに引き裂いた最低な女。そういう印象でしかない。
 なのに。


「なかなか強くなれない。強くなれたような気がしなくて行き詰まってんじゃないかなあって思ってねえー」


 どうしてこの姉は、自分の悩みをピンポイントで指摘してくるんだろう。だから、どこかでいやがっている自分が居ることを知りながら、最終的に姉の提案を全面的に受け入れてしまう。この専用機紅椿だってそう。突然かかってきた連絡に専用機がほしくないって聞かれて、ちょうどそのタイミングでほしいと思っているのだ。
 以心伝心? そんなわけがない。むしろあいつがどこから私を監視しているとした方がむしろ自然である。


「……そうですよ、その通りです」
「やぁっぱりぃ~? さすが束さんだねっ、妹のことなら何でも分かっちゃうんだからっ」


 なんかいつもよりもテンションが高い気がする。気のせいかも知れないが、語尾に星がついているように感じる。でもある意味通常運転だった。


「でも、私はもう篠ノ之家の人間じゃないから」
「……えっ? どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。私を産んだ両親が私と縁を切った。ただそれだけの話さ」
「じゃ、じゃあ、もううちとは……」
「そう、赤の他人。ついでに言っちゃえば、箒ちゃんのことも嫌いだったよ」
「…………」


 もう何が何だか分からなくなった。姉である束は両親から勘当されて、でも元々両親のことが嫌いだったからそれほどダメージを受けているようにも見えない。その上自分のことが嫌いだったと。驚きすぎて言葉が出なかった。
 箒は口をわなわなと震わせ、漏れるのは声にならない息。一度に受け入れられるキャパシティを超えてこんがらがっている箒には束が素の喋りになっていることに気づかなかった。


「まあ、この話は置いておいて、今は君が強くなりたいかって言う話だよね」
「…………」
「まだ戻ってきてないの? のろまだなあ。別にいいけどね、こっちで勝手に進めるだけだし」
「……え、あ、え?」
「元姉として最後のアドバイス的な感じかな。いや、プレゼントでいいや。はい、これあげる」


 そんな軽い言い方とは裏腹に送られてきたのは相当容量の大きいファイルソフト。タイトルはなくて、いったいなんだか分からないまま、渋々箒は束の話を聞かなくてはなかったのだ。まだ先ほどの衝撃から抜け出せてないため、必然ともいえる。
 ここでいえるのは話の主導権を束に渡してしまったことが、彼女の大きな過ちだった。それが後にどのような影響を与えるかは、誰にも分からない。


「……これは?」
「私としてはこんなものすぐに捨てちゃいたいんだけどね、そうは言ってられないから……何ヶ月か前に起こったラウラ・ボーデヴィッヒの事件のことは覚えているかな?」
「ラウラの? ……いや、分からない。確かあのときは侵入者が来て、私はすぐに避難させられたはずです」
「ふーん、じゃあほとんど知らないのね。それはあいつらにでも聞けば分かると思うから、私からはそれが何であるかだけの説明だけするね。そのファイルソフトはねVTS……ヴァルキリートレースシステム(Valkyrie-Trace-system)。その力がどう働くかは私にも分からない。一つだけいえるのは使ったら最後、だよ」
「……どうしてこんなものを」
「えー? だって、敵が勝手に自爆してくれたらそれだけでありがたいと思わない?」


 そういう束の表情はとても綺麗だった。綺麗だったからこそ、箒はぞっとするしかなかった。
 もう自分の姉は、昔のように優しいところもあったような姉ではなくなっていると。


 ◯


 クラリッサ・ハルフォーフは悩んでいた。このままでいいのかと。


 自分たちが所属していたシュヴァルツア・ハーゼは、ラウラ・ボーデヴィッヒを隊長としてその副隊長以下隊員たちは彼女を支えるために居たはずなのだ。なのにいつの間にか隊長が入れ替わっていた。
 何かドイツ軍内で問題があったことには気づいていたが、まさかラウラ隊長のことだとは思わなかった。彼女は兄と慕っていた見袰衣蓮のことを決して裏切ることはしないし、国にも愛国心を持っていたが、いざとなれば愛国心を捨ててでも蓮について行くと決めていたのに、聞いた話では記憶をほとんど失っているようであった。


 何のために頑張ってきたのだろうか。私たちシュヴァルツア・ハーゼはラウラ隊長を支えるために存在していたはずなのに。そしてクラリッサの悩みは部下の隊員たちも気づいている。それぞれ意思を持っているだろうが、みんな私の選択を待っている。


 しかし、ドイツ国内には今更戻れない。もう国を捨てた売国奴としてドイツ国内で知られているはず、戻ったときには見つかり次第撃ち殺されるだけ。こうなるとやはりラウラが保護されているIS学園しかない。いずれにせよクラリッサの考えは八割方決まっていた。


 このとき一夏たちにとって幸運だったのは亡国機業も一枚岩ではなかったこと。不運だったのは一枚岩ではないことをすでに認識した上で亡国機業が作戦行動を取っていたことにあった。
 事態が動くのはそう遅くはないと学園側も亡国機業側も読んでいた。








 
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