ソードアート・オンライン ~黒の剣士と神速の剣士~
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SAO:アインクラッド
第38話 2人の真実
前書き
大変遅くなってしまい申し訳ありませんm(_ _)m
地下迷宮の安全エリアは完全な正方形の形をしていた。
入り口は1つだけで、中央にはつるつるに磨かれた黒い立方体の石机が設置されている。
キリトたちは石机にちょこんと腰掛けたユイを無言のまま見つめていた。
ユリエールとシンカーにはひとまず先に脱出してもらったので、今は5人だけだ。
記憶が戻った、とひとこと言ってからユイは数分間沈黙を続けていた。
その表情はなぜか悲しそうで言葉を掛けるのが躊躇われたが、アスナは意を決して訊ねた。
「ユイちゃん……思い出したの?……今までのこと……」
ユイはなおもしばらく俯き続けていたが、ついにこくりと頷いた。
泣き笑いのような表情のまま、小さく唇を開いた。
「はい……全部説明します……キリトさん、アスナさん、サキさん」
その丁寧な言葉を聞いた途端、キリトたちの顔が悲しみに歪む。
「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は1つの巨大なシステムによって制御されています。システムの名前は《カーディナル》。それがこの世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。2つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する。モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。……しかし、1つだけ人間の手にゆだねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間ではないと解決できない。そのために、数十人規模のスタッフが用意されるはずでした」
「GM……」
キリトがぽつりと呟いた。
「ユイ、つまり君はゲームマスターなのか……?アーガスのスタッフ……?」
ユイは数秒間沈黙したあと、ゆっくりと首を振った。
「カーディナルの開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようとあるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとに訪れて話を聞く………《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》MHCP試作1号コードネーム《Yui》それがわたしです」
アスナは驚愕のあまり息を呑んだ。
「プログラム……?AIだっていうの……?」
掠れた声です問いかけるアスナに、ユイは悲しそうな笑顔のままこくりと頷いた。
「プレイヤーに違和感を与えないように私には感情模倣機能が与えられています。………偽物なんです、全部……この涙も………ごめんなさい、アスナさん……」
ユイの両目からぽろぽろと涙がこぼれ、光の粒子となって蒸発する。
「でも……でも、記憶がなかったのは?……AIにそんなこと起きるの?」
「恐らく、膨大なエラーの蓄積によるものだろう」
アスナの問いに答えたのは意外にもカゲヤだった。
「カーディナル、もしくはGMがユイにプレイヤーに対する干渉と接触を禁止したんだろう。そのせいでプレイヤーのメンタル状態のモニタリングしか出来ず、エラーを蓄積し続け崩壊した……そうだろ?ユイ」
「はい。マスターの言う通りです。私はエラーを蓄積させ、崩壊していきました……そんなある日、いつものようにモニターしていると他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つ2人のプレイヤーに気付きました。その脳波パターンはそれまで採取したことのないものでした。喜び、安らぎ……でもそれだけじゃない……この感情はなんだろう、そう思って私はその2人のモニターを続けました。会話や行動に触れるたび、私の中に不思議な欲求が生まれました。あの2人のそばに行きたい……直接、私と話してほしい……少しでも近くにいたくて私は2人の暮らすプレイヤーホームから1番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。その頃にはもう私はかなり壊れてしまっていたのだと思います……」
「それが、あの22層の森なの?」
ユイはゆっくり頷いた。
「はい。キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お2人に会いたかった……森の中で、お2人の姿を見た時……すごく嬉しかった……おかしいですよね、そんなこと思えるはずないのに……わたし……ただのプログラムなのに……」
涙をいっぱいに溢れさせ、ユイは口をつぐんだ。
「ユイちゃん……あなたは本当のAIなのね。本物の知性を持っているんだね……」
アスナは囁くように言うと、ユイはわずかに首を傾けて答えた。
「私には……解りません……私が、どうなってしまったのか……」
「ユイはもうシステムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ」
今まで沈黙していたキリトが柔らかい口調でユイに話し掛ける。
「ユイの望みはなんだい?」
「わたし……わたしは………」
ユイは細い腕をいっぱいに2人に向けて伸ばした。
「ずっと一緒にいたいです………パパ……ママ……!」
アスナは溢れる涙を拭いもせず、ユイに駆け寄るとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「ずっと一緒だよ、ユイちゃん」
少し遅れて、キリトの腕もユイとアスナを包み込む。
「ああ……ユイは俺たちの子どもだ。家に帰ろう……みんなで暮らそう……いつまでも……」
だが、ユイはアスナの胸の中でそっと首を振った。
「もう……遅いんです……」
「なんだよ、遅いって……」
「私が記憶をとりもどしたのは、この石に接触したせいなんです」
ユイは自分が座っている黒い立方体の石机を指しながら言った。
「!!…まさか……その石は……!!」
思わず立ち上がり叫んだカゲヤにキリトは戸惑いながら訊いた。
「どういうことだ!?カゲヤ」
「あの石は恐らくGMがシステムに緊急アクセスするためのコンソールだ。ユイの記憶が戻ったのはその石に触れたせいだろう。だが、それと同時にカーディナルがユイに注目してしまった」
「ユイは……どうなるんだ……?」
「今、コアシステムがユイのプログラムを走査しているだろう。多分、すぐに異物という結論が出され………ユイは消去される」
「そんな……そんなの……」
「なんとかならないのかよ!この場所から離れれば……」
2人の言葉にもユイは黙って微笑するだけだった。
「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです……」
「いや、まだお別れじゃない……」
カゲヤはユイの言葉を即座に否定する。
「え……?」
戸惑うユイをカゲヤは抱き上げるとアスナに預ける。
「アスナ……ユイを頼む……」
「う、うん……」
「カゲヤ……何をするんだ?」
カゲヤは黒いコンソールの前まで行くと、表示されたままのホロキーボードを素早く叩く。
「このコンソールがあればユイを助けられるかもしれない。キリト、手伝ってくれ」
「カゲヤ……お前、一体………」
「後でちゃんと説明する。今は時間がない。頼む……!」
「………わかった。何をすればいい?」
「GMアカウントでシステムに割り込む。キリトはユイのプログラムを走査しているコアシステムを妨害して、できるだけ時間を稼いでくれ」
「りょーかい」
キリトはカゲヤの隣に並びホロキーボードを叩く。
カゲヤとキリトの眼前に巨大なウインドウが出現するし、高速でスクロールする文字列の輝きが部屋を照らし出す。
呆然とアスナとサキが見守るなか、カゲヤとキリトは更に幾つかのコマンドを立て続けに入力する。
小さなプログレスバー窓が出現し、横線が右端に向かってゆっくり進んでいく。
横線が丁度半分まで進んだところで不意に黒いコンソール全体が青白く光り出す。
それと同時に進んでいた横線が急に遅くなる。
「まずい……!キリト!5秒時間を稼いでくれ!」
「わかった!」
叫ぶと同時に2人の手が高速でホロキーボードを叩く。
ホロキーボードを叩くカゲヤの前には沢山のウインドウが出現し、更に数が多くなっていく。
何重にも重なったウインドウが増えていく中、カゲヤが一際高くホロキーボードを叩いた瞬間、無数のウインドウが一気にカゲヤの目の前に集中し1つのウインドウが出現する。
1番上にはシステムログインと表示されてあり、その下にはIDとパスワードという文字が表示され下に横長の長方形の枠が表示されていた。
そのウインドウが出現すると同時にカゲヤは素早く2つの枠に文字を打ち込む。
打ち込み終えると同時にプログレスバー窓の横線の進みが速くなる。
黒いコンソールは光ったり光らなかったりと点滅しだし、その光は徐々に強まっていく。
そしてプログレスバー窓の横線が右端まで到達した瞬間、黒いコンソールが青白くフラッシュし、直後、破裂音とともにキリトとカゲヤが弾き飛ばされた。
「キ、キリト君!!」
「カゲヤ君!!」
アスナとサキは慌てて床に倒れたカゲヤたちににじり寄る。
「……キリト」
上体を起こしたカゲヤはキリトに握りしめた拳を突き出す。
キリトは戸惑いながら手を差し出す。
カゲヤは手に握っていたものを離し、キリトよ掌中に落とす。
「こ、これは……?」
キリトは大きな涙の形をしたクリスタルを眺めながらカゲヤに訊く。
「ユイのプログラム本体だ。ユイが消される前に取り出した。ユイのプログラムはその水晶の所有者のナーヴギアのローカルメモリに入るように設定してある……そして、最後に……ユイ、こっちに来てくれ」
ユイはアスナの側から離れ、ウインドウを操作しているカゲヤの元に行く。
「よし……ユイ、手を出してくれ」
ユイは言われるままカゲヤに向けて手を差し出す。
カゲヤは操作し終え、最後にウインドウを1回タップするとそっとユイの手の上に手を重ねた。
直後、カゲヤの全身に光の筋が走る。
光の筋はカゲヤの手からユイの手へと移り、徐々にユイの身体へと移っていく。
光の筋がカゲヤからユイに完全に移った直後、ユイの身体が一瞬淡く光り光の筋が消えた。
「マスター、一体何を……?」
「俺のプレイヤーとしての権限をユイに譲渡した。これでユイが消えることもキリトたちと離れ離れになることもない」
「ちょ、ちょっと待って。プレイヤーとしての権限を譲渡したって……なら今、カゲヤ君はどうなっているの?」
「もちろんプレイヤーじゃない。今は管理者権限を手にした……いわばGMアカウントの劣化版……わかりやすく言えばサブGMだ」
「ゲーム……マスター……」
キリトとアスナは驚愕する。
「な、なら!このゲームを終わらせることが「それは無理だ」……どうして……?」
「さっきも言った通りこれはGMアカウントの劣化版……出来ることは限られているんだ……」
カゲヤは申し訳なさそうに言う。
「そうか……でも、なんでカゲヤがサブGMに……」
「それについては一から話そう。長いから所々省くぞ」
カゲヤは黒いコンソールに腰掛けるとキリトたちを見やり、語り始めた。
「まずサブGMについてだが、それは俺がこのゲーム、ソードアート・オンラインの製作者の1人だからだ」
「製作者……つまり、アーガスのスタッフなのか?」
「少し違うな……俺は先生、茅場晶彦に雇われたんだ……先生は天才学者だ。だが、天才学者でも出来ないことはある。なんだかわかるか?」
カゲヤの問いにキリトたちは悩むが答えが出てこず黙る。
「パパ、この世界の特徴はなんですか?」
「この世界の特徴……そうか!ソードスキルだ!」
「そう。いくら先生でも剣技……剣道や武道といったものは専門外だったんだ。だから、その道の専門家に頼むしかなかった」
「つまり、カゲヤが雇われたのはソードスキルを完成させるためなのか?」
「ああ。俺の家は道場を開いていてな……それで、依頼が来ていたから受けたんだ」
「だが、それだけでサブGMになれるのか?」
「もちろんそれだけじゃない。プログラム関係の仕事も手伝っていてな……MHCP……つまり、ユイたちを作ったのは俺なんだ」
カゲヤの口から出た驚愕の事実にキリトたちは息を呑み、ただ呆然とするしかなかった。
「マスターは……これからどうするんですか?」
ユイは不安そうにカゲヤを見つめながら問う。
「そうだな……俺は本来いるべき場所に戻るとするか」
「本来いるべき場所って……もしかして……」
「すまない、サキ。お別れだ」
「そんな……!」
「すまない……キリトたちも悪いな、騙すようなことをしてしまって……」
カゲヤは申し訳なさそうに言いながらウインドウを操作する。
「そんな……嫌だよ!カゲヤ君!!」
カゲヤはサキニ申し訳なさそうに微笑みかけるとキリトの方を向き言った。
「キリト……100層で待ってるぞ」
カゲヤは最後にそう言うと青白い光に包まれて消えた。
「カゲヤくーん!!!」
キリトとアスナとユイは声を出せずカゲヤのいた場所を見つめることしかできなかった。
サキはその場に泣き崩れ、正方形の部屋にサキの泣き声だけが響きわたった。
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