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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第十八話 沖ノ島攻略作戦(プロローグ)

明けて午前6時。うっすらと水平線上に陽光がにじみ出てくるころ、横須賀鎮守府埠頭海上には出撃各艦隊が整列して待機していた。と言っても全艦隊ではなく、既に先発隊である重巡戦隊は出撃していた。
「なぜ、全艦隊が集合するのですか?」
紀伊はそっと霧島に聞いてみた。
「今回の作戦が作戦ですから、上層部も何か訓辞をするのではないでしょうか?」
その言葉通りだった。海軍軍令部第一局長自らが埠頭に立ち、短い言葉で死力を尽くしての沖ノ島奪還を期待する旨の訓示を述べた。

続いて参謀部特務参謀室一等海佐の梨羽 葵が前に立った。
「・・・・・・?」
紀伊は何か異様な感じを受けて身じろぎした。それはたとえて言うなら空気が一瞬のうちに凍てつく冷気のように引き締まったかのような感じだった。
「私の訓示は局長とは少し異なります。」
さほど声を張り上げていないのに、その声は艦隊の隅々まで届いた。その瞬間紀伊は驚いた。全艦隊が何か電気に撃たれたかのように身を引き締めるのがはっきりと見えたからだ。
「各艦隊は最善を尽くし、かつ最善を尽くしての全員の帰還を望みます。健闘を祈ります。」
全員が敬礼した。紀伊はそっと第一局長を見た。各参謀や軍令部局員に囲まれた中でもはっきり見えた。その顔は苦虫を食い潰したようだったが、同時に別の表情もあった。感嘆さと、そして畏敬の念が。

訓示後、各艦隊は順次発進した。まずは金剛を旗艦とする第一艦隊が抜錨し、その後榛名たち第二艦隊が出立した。30分後の事である。
「先ほどの梨羽さんの訓示、どう思いましたか?」
紀伊はずっと気になっていたことを榛名に聞いてみた。
「内容は平たんでしたけれど、でも、その言葉には何か力がありました。知らず知らずのうちに身が引き締まりましたし、なんというか、こう、人間ではない存在と対峙しているかのように思えて・・・・。でも、こんなこと初めてです。」
「私もです。」
霧島もうなずいた。
「横須賀に在籍していた時、梨羽さんとは何回かお話しする機会がありましたけれど、先ほどの感じは今まで受けたことがないものでした。話しているときは穏やかで、それでいて快活でとても優しい印象でしたけれど。」
「私に対してもとても優しくしてくださいました。私が誕生して一番最初に接してくださったのがあの人なのです。少なくとも私の記憶の中では。」
紀伊の言葉に榛名も霧島も目を見張った。
「実は・・・。」
「私たちもなんです。」
「えっ?」
「私たちが艦娘として誕生したのがいつだったのかは覚えていませんが、少なくとも一番最初に接したのは、あの人でした。」
「でも、あの時は・・・・。」
南西諸島奪還作戦出撃前に瑞鶴や翔鶴、そして榛名と会話した時のことを紀伊は思い出していた。
「ごめんなさい。ちょっと曖昧なところもあって確信が持てなかったんです。」
榛名が謝った。
「いいえ、私の表現の仕方が悪かったんです。でも・・・・。」
紀伊はここである疑問に行き当った。
「でも・・・・それはありえないことではないのですか?少なくともお二人は私より数年前には、もう艦娘として就役していたはずです。(このことは呉鎮守府第七艦隊に着任し、しばらくたった後に榛名から聞いたのだ。)そんなにも長くあの人が同じところにとどまるというのは、ありえることでしょうか?」
紀伊が葵を見た時、彼女は20代後半のように見えた。だが、榛名や霧島の言葉通りとするならば、20代そこそこでもう横須賀鎮守府の今の任務に就いていたことになる。そんなことがありえるのだろうか。
「姉様。」
いつの間にか讃岐が並走していた。
「そろそろ艦載機の発艦予定地点です。どうなさいますか?」
紀伊は上空を見た。無数の艦載機が上空を編隊を組んで飛行している。各艦隊には十分な数の援護戦闘機及び攻撃隊が護衛についている。この第二艦隊についても数十機の直援機が上空に配備されて警戒態勢をとっている。
また、第一艦隊の抜錨と前後して沖ノ島攻撃隊が二波向かっている。つまり先鋒の第一艦隊が沖ノ島に到着した時には既に司令中枢艦隊には少なからぬ打撃が与えられていることとなる予定であった。
「榛名さん、どうしますか?今この地点から発艦しても、航続距離や戦闘時間は作戦終了まで十分な余裕はあります。」
「発艦をお願いします。充分な用心はするに越したことはありませんから。」
「はい。讃岐。」
「はい、姉様!わかってますって!いっくわよ~~~!!」
紀伊と讃岐はそれぞれ飛行甲板を構えると、開口部から次々と機を大空に飛ばし続けた。
 飛ばし続けながら紀伊は思っていた。
(これだけの航空兵力があれば、今回は私たちの役目は艦隊決戦というよりも残敵掃討の色合いが強いかもしれない。でも・・・・。)
紀伊は南西諸島で感じた時のあの胸騒ぎについては今は覚えていない。代わりに感じるのは何か歯がゆいような思いだった。
(航空戦闘によってすべてが決せられるのなら、確かに人的被害は少なくなる。でも、そうなれば私たちの存在意義は?私たちの役割は戦うこと・・・・。それを取り上げられたとき、私たちはどうなるの?)
この時紀伊は自らの存在意義を、そして、それの帰結する終着点を考え始めていた。目前の戦いの前途への安堵と遠い将来に降りかかるであろう危機。相反する矛盾をはらんだ思いを抱えたまま、紀伊は沖ノ島を目指して走り続けていた。

 そしてその1時間後、ついに沖ノ島海域で最初の砲声が起こった。十分な航空兵力に掩護された矢矧率いる第一水雷戦隊が敵の哨戒艦隊と接触したのである。
「撃て!!」
矢矧が叫んだ。たちまち、敵味方の周辺に激しい砲声がとどろき、水柱が林立した。

 ヤマトがその全戦力を投入して発動したノース・ステイトとの連絡回復作戦。その初動作戦の最初の砲火が放たれたその時が、遠く険しく困難な道への最初の一歩となった。
 
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