魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第12話『奇妙な平等者』
「先ずは自己紹介から始めようかね。俺はクーラル、クーラル・アレン。宜しく頼むよ、お嬢さん方」
一つ息を吐いて椅子に腰を掛けた男が、その赤髪を搔き上げて名乗る。が、畏まった様子のメイリア達を見て苦笑すると、水の注がれたカップを口に付けて傾ける。こくこくと小さく喉を鳴らして水を飲み込むと、クーラルと名乗るその男は改めて「お二人のお名前は?」と声を掛けた。
「……メイリア・スー。この子はスィーラ」
「そう固くなりなさんな、気を遣っちまう」
両手を掲げつつ、苦笑いをしつつクーラルが緊張を和らげる様に笑い掛ける。が、それすらも先程の行動を見たメイリアには、何かしら裏の意図がある様に感じられてならない。『スィーラ関連で街から依頼を受けて、この男に狙われているのではないか』それとも、『見抜いた私の異能で、何か企んでいるのではないか』。賢しいメイリアにとって、あの光景を目にしてしまってからはその朗らかな笑顔が全て偽りのモノに見えてならない。
隣に座るこの白銀の少女を、友達として絶対に守り切ると決意した以上、あらゆる可能性に対して対応する様に心掛けねばならない。横でおどおどとしつつも、しかし敵意や警戒は欠片も持ち合わせていない無警戒な少女の代わりに、この目でしっかりと見極めねばならない。
心にしっかりと警戒を浮かべて、目の前の男を見据える。
「……むぅ、俺的にはそこまで緊張される理由が分からないんだけどなぁ。なに、ただの通りすがりの色男のナンパに過ぎないんだからよ、もうちょい気楽にやらねぇかい?」
「……ただの、って割には随分と特殊みたいですけど」
「家がちょっとした金持ちってだけさ。なぁに、悪い事に使ったわけじゃないんだ。人助けの一環なんだし、そこらへんは見逃しておくれよ」
「別にお金を一杯使ってる事に文句があるだとか、そんなケチくさい事を言うつもりはありませんよ」
「……なぁ、その不慣れな敬語も止めねぇか?俺的にはもっとお近付きになった立場から、対等に楽しくお話がしたい所だね」
ポリポリと居心地が悪そうにクーラルが頭を掻き、メイリアに意見を述べる。その顔には『不快感』と言うほどのソレは浮かんではいないのだが、しかしそれでも多少の違和感を感じたように、クーラルは微妙そうな表情を浮かべる。
「それから」と、クーラルが未だ多少オロオロしているスィーラの方へと視線を向けて、ピクリと反応した彼女にもまた声を掛けた。その反応はメイリアからすれば、未だジークやメイリア以外の人との交流に慣れていない少女の不安と取れるが、その事情を知らないクーラルにはそれが微笑ましい一幕に見えたらしい。表情に笑みを取り戻して、クーラルはテーブルに肘で着いた手に顎を乗せる。
「スィーラって言ったかな?『笑顔』ってのはまたいい名前だ。――で、そんな笑顔が可愛らしい君はさっきから喋ってないけど、喉の包帯から察するに喉に怪我でも負ったのかい?何ならウチに回復系統のそこそこ高位な魔術師が居るけど」
──いきなり返答に困る所を……
メイリアが内心で舌打ちをすると同時に、メイリアもまた自分の喉に手を当ててオロオロとしている。チラチラと横目でこちらを見ている様子から察するに、どう返答したものか迷っているらしい。返答以前に、喋れない彼女には自身の事を伝える事は出来ないのだが。
「……ぁ、ぇ……ぉ……」
「……喋れないんで……っと、ゴホン。……マトモに喋れないのよ、その子。昔に魔獣に襲われた時に喉を潰しちゃって、近所に治癒術師も居なかったからそのままにしてたら取り返しが付かないところまで来ちゃって……」
無論、口にした内容の半分以上……というよりは殆どがデマである。唯一合っていると言えば、『マトモに喋れない』という点のみ。平然と嘘を吐いてみせるメイリアに、スィーラが幼い内心ながらも苦笑する。
「……へぇ、そうかい。それは悪い事を聞いた」
クーラルが苦い顔をして胸の前で手を合わせ、スィーラに向けて頭を下げる。が、直ぐに上体を起こすと「それはそれとして、声は掠れてても綺麗じゃないか」とその右腕を上げてサムズアップ。少し照れたように顔を赤くしたスィーラもつられて腕を持ち上げ、戸惑いながらもそのジェスチャーを真似てみる。その様子にニカッと笑ったクーラルは、「空気を変えよう」と近くに居たウェイトレスを呼ぶ。
「何か飲むかい?」
「さっき誘われる前に結構飲んできたし、いいわ。スィーラは?」
話を振られたスィーラが、ふるふると首を横に振る。彼女もメイリアと共に多少飲んでいた為、多少飲まなくても大丈夫だろう。
クーラルは「オーケー」と一言答えると、ウェイトレスに手短に注文を頼む。注文を受けたウェイトレスが早足に厨房へと向かい、それを軽く頬杖をついて見送ったクーラルが軽く伸びをして、二人の少女へと視線を戻した。
「さて、それじゃあ世間話でもしようか」
「いきなり漠然としてるわね」
「うん?じゃあ下ネタかエロトーク?」
「少なくとも女性相手に振る話題に出す二択じゃない以前にっ、実質変わんないでしょうがその二択っ!」
「そりゃそうだ」
ふざけて見せるクーラルに調子を乱され、心に備えた警戒も馬鹿らしくなってくる。が、最低限の警戒はいかなる時も忘れない。が、一応これからの事も考えて情報収集もしておいた方がいいだろう。ジークと再度合流してからの事も考えると、なるべく多くの情報が必要になってくる筈だ。
話を促すメイリアの様子に笑みを浮かべて一つ頷いたクーラルは、再度口を開いて彼の言う『世間話』をし始める。
「『星喰い』――って言葉に聞き覚えはあるかい?」
「『星喰い』?」
「ここ最近、この辺り……ってのはちょいと違うが、ここから馬車で少し行った所の『アルス』って街付近に出没するようになった化け物の事さ。ちょくちょく襲撃を掛けてきて、そこに駐屯してるそこそこの数の『対魔傭兵』が結束してやっと撃退してるって話だ。性別不明、年齢不明。分かるのはヒョロい人型の癖して、冗談みたいな長さの大剣を持った化け物だって事と……本人が『アル・エガ』と名乗った。それだけさ」
「……被害は出てるの?」
「ああ、勿論。既にアルス付近に存在する多数の村がソイツ単体の襲撃によって皆殺しにされた」
ソレは、クーラルが諸事情でアルスに滞在していた際、目撃者である街の住人に聞いた話だという。
──初めに『星喰い』を名乗るその化け物が現れたのは……いや、確認されたのは、アルスの正門前にその化け物が堂々と佇んでいたからだった。
当然、門番達はその異質さに目を剥いた。すぐさま応援を呼び、その巨大な大剣を担ぐ男とも女とも分からない存在に対して警戒の意思を向ける。各々が剣を抜き放ち、現場に駆けつけた『対魔傭兵』達も、その『遺産』を以って……仮に『彼』としておこうか。遺産の力を以って、『彼』を滅ぼそうとした。
そんな時、『彼』はその肩に担ぐ巨大な大剣を大地に降ろして、大地の揺れと共に巨大な亀裂を作り出した。そのドス黒いバイザーの下に見える口をニィィっと歪ませる。
そうして、『彼』は言うのだ。
"――なァ 星の内臓ってさァ どんな味がするんだろうなァ?--"
何を、と。
街に勤める兵士達は言った。街を守護する『対魔傭兵』が言った。
それは滑稽な子供の戯れ言のようで、何らかの小説に影響されてしまったかのような、酷く馬鹿げた問いかけ。
けれど、そんな疑問を払拭する程度には、その"殺気"と形容出来るのであろうソレは本物だった。
ガチガチと、鋼の噛み合う音が鳴る。
ガチガチと、鎖が引き合う音がする。
ガチガチと、刃が抉る音がする。
鈍色の輝きを放ち、陽光を吸い込んでしまうほどの言い知れぬマナを宿したその大剣は――否、大剣と形容するのさえおこがましいような、人の背の50倍はありそうな"ソレ"は。
ただ一方的に。
ただ暴力的に。
ただ惨劇的に。
ただ悲劇的に。
ただ絶望的に。
潰し。
引裂き。
抉り。
壊し。
捻り。
アルスの正門ごと、その街の一角をごっそりと『消滅』させた。
──跡地である大地には、未だその傷跡が残っている。
母なる大地を抉り取り、星の表面を喰らったその存在は、まさしく『星喰い』。かつての神話戦争で、人族の英雄達に壊滅的な傷跡を残した魔王『アル・エガ』――その再来までとは行かずとも、十分に絶望的な現状を齎したその存在は、まさしく災厄。
半ば崩壊しかけた戦線を、流石というべきか『対魔傭兵』はすぐに立て直して対抗したらしい。その『遺産』を以ってアルエガを一時的に追い返した。
それでも、致命傷は与えられなかった。
その後アル・エガの被害はみるみる増加していき、遂には幾つかの村が壊滅するという致命的な被害を受けた。そして当の『星喰い』の目的は未だ解明されておらず、それ故に出現頻度も時間も標的も何もかもが不明。肝心の戦闘力すら、交戦したとはいえ未知数。全く馬鹿げた敵だと頭が痛くなる。
「――以上が、俺が聞いてきた『星喰い』の話だよ。怖いったらありゃしないねぇ」
「……悪いけど、『星喰い』なんて単語一回も聞いたことないし、提供できる情報は何一つないわよ」
「ありゃ、バレた?」
「当たり前にバレるわよ」
悪びれもしない軽口にジト目で答えるメイリアの視線を飄々とした態度で受け流し、クーラルは話の途中に出されたコーヒーを口に含む。それを飲み込むと彼は肩を竦め、開き直ったようにペラペラと己の目的を明かしていった。
「ま、ナンパってのは半分冗談の半分本気って所だ。冗談の方は今言った通りの『星喰い』の情報収集ってのもある。服装を見るにどうやら旅の人っぽかったもんでね、何か知らないかとナンパには入ったわけさ」
「服だけで旅してる人が分かるものなの?普通の服だと思うけど」
「少なくともこの周辺の街にそんな服は売ってないし、これまでこの街にお嬢さん方が訪れた記録は無い。そりゃあ旅の人だろうよ」
なんでも無いかのように言ってのけるクーラルに、メイリアの警戒心がさらに高まっていく。その言葉はつまり、この目の前の男が『これまで街に訪れた人物の記録を自由に閲覧できる立場にある』ということに他ならない。
それほどの高い立場の者となると当然ながら、ヴァリアゾードからの連絡が通っている可能性がより高くなるのだ。これ以上、スィーラに人から裏切られるような事態を招き入れることは出来ない。それだけは、なんとしてでも避けなければならない。
「……お嬢さんや。なんでそんなに警戒されてるかは分かんないけども、肩の力抜かないかい?疲れるだろう、それ」
――この男は、妙な所で鋭い。というよりは、人の感情をよく知っている……と言えば良いのか。
抜けているように見えて、的確にこちらの思惑を見抜いてくる。何も考えていない道化を演じていながら、頭では常に相手の行動の先を想定している。それでいてそういった心配の言葉は本気で言っているようなのでタチが悪い。敵対するだけ無駄なように思えてくるし、実際そうなのかもしれないが、やはり警戒を緩める事は出来なかった。
しつこいようではあるが、数少ない彼女の友人として、彼女を貶めた種族である人間の一人として。二度と、彼女の悲しむ姿は見たくないのだ。
「……そういや、ヴァリアゾードの方でなんかデカい事件があったんだとさ。どっかの変な死徒が魔族を大量に呼び寄せて、町一個潰しかけたって話だ。魔族は現地に駆けつけた『対魔傭兵』達が討伐したって事なんだが、町の住人達が力を合わせてその死徒を追い払ったんだってよ。全く、ひっでぇ話だな」
ピクッ、と。
スィーラの肩が震え、バツが悪そうに顔に影を落として俯いてしまう。彼女からすればアレがとんでもなく辛い一件だったのはメイリアとて理解しているし、それ故にこのタイミングでその話題を振ってきた男に、多少なりとも怒りが湧き出す。
それが理不尽なものだという事は分かっていても、どうしても思ってしまうものは仕方ない。彼からすれば当の本人である死徒が目の前にいるなど予測も出来なかっただろうし、知る由もないのだが、それでも無意識に拳を握り込んでしまう。
――酷いのはどっちだ。
そう、言い返したくなった。けれど、それはなんとか耐えねばならない。この村においても彼女の居場所を奪うなど、出来ようはずもない。その為にも、今は耐えなければならないのだ。彼女を擁護することすら、彼女の立場を悪くしてしまうことに繋がる。
「その死徒は町人を守ったって話なんだが、それもマッチポンプ。町の信頼を受けることで、町に取り入って好き放題しようとしてたって聞いたな。全く、とんだ阿呆共だよ」
ギリッ、と。
無意識に歯を食い縛る音を自分の口から感じ取って、即座に中断する。硬く、硬く握り込まれた手の甲には僅かに血管が浮き出ている。耐え難い怒りを抑える為に、バレない程度に僅かに唇を噛んだ。
何も知らないくせに。
真っ先に浮かんだその声を心に押し留め、冷静になろうと努力をする。頭を冷やして、客観的に言葉を聞き流す。そうして頭を整理していくうちに、ようやくその違和感に気が付いた。
「……阿呆共?」
「あぁ、とんだ馬鹿共だよ『町の連中』は。自分達の命の恩人に罪を全部擦りつけて、あまつさえ『町に取り入ろうとしてた』だぁ?ふざけんじゃねぇってんだ」
──至極当然のように。
僅かにその額に青筋を浮かばせたクーラルが、愚痴を吐き散らすように明後日の方向を睨む。その言葉にスィーラが僅かに目を見開き、メイリアもまた驚愕に口をポカンと開いた。その言葉の意味を呑み込み、理解しようとして更に驚愕する。
『この男は今、魔族を肯定したのか?』、と。
「うん?何を驚いた顔してんだよ、おかしな事言ったつもりはなかったんだが……おっと、俺のハンサムに改めて驚いたとかかい?それなら存分に見てくれてかまわねぇぜ?──っと、ありゃ?」
「いや、違っ、そうじゃなくて……!」
慌てて言葉を探すメイリアを尻目に男はいきなり立ち上がり、懐の布袋から一枚の銀貨を取り出す。それを二人の前に置くと、男は「急用だ。悪いな」などと言って立ち去ろうとする。明らかにその動作は不自然極まりなかったが、今はそれを気にしてはいられなかった。
「ちょっ、待って!今のどういう……!」
「そのままの意味さ。相手が誰であれ、最低限の礼儀は尽さなきゃいけないのが世の常ってもんだろうよ。あぁ、釣りは取っときな」
言い残した男はそのまま勢い良くテラスに足を掛け、外に身を乗り出そうとする。が、思い留まったように足を下ろして一旦テーブルに戻ってくると、未だ面食らった表情の二人に駆け寄り、頭を近づけて囁くように告げた。
「──また機会があったら会おうぜ、『円環』の魔法使いに、『不変』の死徒のお嬢さん」
その言葉の意味を問い質す間も無く、クーラルはテラスから躍り出てしまう。メイリアがすぐさま追おうとテラスに身を乗り出しても、その姿は捉えられなかった。
その影を何処にも見つける事ができず困惑するメイリアの瞳に、見覚えのある蒼が映り込む。ガチャガチャとした喧しい金属音が耳に届き、陽光を跳ね返す鈍色の鎧がいやに目障りだった。
見慣れた黒に小さく白と赤が混じったようなメッシュの髪は、知り得る限りでは一人しか持たない。けれど、メイリアが覚えている彼は一人で行動していた筈なのだが――えらく、大所帯ではないだろうか。
「……何してんだ?メイリー」
「いや、それはこっちの台詞なんだけど」
約数十人は居るであろう武装集団を引き連れたジークが、テラスの下に立っていた。
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