魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第2章『あたたかな手は』
第11話『死徒×戦士×魔法使い』
──時は流れて数日後。晴天の日差しが降り注ぎ、それとは反して少しばかり涼しい風が吹く。
「……ごめんね、散々……聞こえのいい事言っといて悪いんだけど……もう、ダメ……みたい」
「……ぇ、……ぃぁ……!」
ドサリと、黄金の髪を垂らした少女が倒れ込む。その息は荒く、両足はガタガタと震えていた。
握り込んでいた杖すらその手から滑り落ち、明らかに満身創痍である体は今も息を吹き返す様子はない。
込み上げる吐き気を必死に押しとどめ、顔を蒼白にしたメイリアを心配そうに見下ろす銀髪の少女――スィーラの頬を撫で、メイリアはふっと息を吐く。
もう両足は動かしてはならない。動けば間違いなく、今度こそメイリアは終わってしまうだろう。
目蓋をゆっくりと閉じていく。目尻に溢れた小粒の涙を頬に伝せ、喉から声を絞り出す。目の前の大切な友人に、せめて最後の言葉を伝えようと、息を吸い込んで──
「ごめ……んね、スィー、ら……」
「馬車に酔って足痺れただけで、今まさに死に掛けてるみたいな顔してんじゃないっての」
パチンっ
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!?足がーーっ!足がぁーーーーーーーッ!?」
足に絶えず襲い掛かる長時間の正座の代償をジークのデコピンでさらに刺激され、メイリアが無駄に絶叫しながらごろんごろんと悶え苦しむ。その地味に高速な回転で馬車により散々揺らされた結果の乗り物酔いが更に酷くなり、頭痛と吐き気がその勢いを増して一斉に襲来した。
転がりながら頭と足を器用に抑えてプルプルと震えるメイリアをスィーラがあわあわと狼狽え、ジークがジト目でその様子を眺めつつ、手に持ったカップに注がれたポタージュをすする。
雨の夜の洞窟での出来事が終わった次の日の昼になってようやく目を覚ました三人は、すぐに森を出て行動を開始した。
まずは、ジークのルーン魔術の一種でスィーラの外見に幻影を被せ、あたかもただの人間であるかのように偽装する。喋れない事に関しては、元より首に巻いていた包帯もあるので、怪我で押し通せるだろう。
次に、足を確保する。それに関してはヴァリアゾードは大きめの街である為、復旧の為の資材運搬馬車に紛れていた不法商団と交渉して幾らかの金と引き換えに乗せてもらった。正規の馬車ではまず確実に先日の一件が響いて、乗せてもらえないどころか通報されてたちまち動きを掴まれる。それは避けねばならない。
幸い、以前の依頼で金銭の問題はない。その大元がスィーラの存在である為にマッチポンプ感は否めないが、それでも利用できるものは利用しよう。
――少々手狭だった為、慣れない正座になったせいかメイリアが重症になったのが誤算ではあったが、それはまあいいだろう。
その果てに辿り着いたのが、ヴァリアゾードからは遠く離れたこの小さな村。穏やかで、美しくて、居心地の良い、名すら無いような本当に小さな村。
その中に構えられた一軒の店で、小さな旅を終えた三人も休息へと浸っていた。
「メイリー、そろとろ落ち着いたかー?」
「ぐぅ……ぅ、あ、甘く見てんじゃないわよ……っ」
「よしよし大丈夫なのか。それはよかった」
パチンっ
「みぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!??」
二発目のデコピンがメイリアの投げ出された足裏に炸裂し、再度絶叫をあげてメイリアがごろんごろんと転がり回る。
メイリアの履いてきた靴はブーツであったため、足を痺れさせた現状を改善したいメイリアは座り込むと同時に脱いでしまったのだが、この点に関しては逆に仇となった。
「ジィィィィィーーーーークッ!!」
「うがっ!?痛っ、わ、わかったわかった!謝るから杖で殴るのはやめろっ!地味に硬いんだよソレっ!」
膝立ちして涙目で殴り掛かってくるメイリアを必死に宥めて落ち着かせ、ジークもまたテーブルの反対側に回って椅子に深く腰掛ける。メイリア程ではないものの多少不調な足を前に投げ出して、再度ポタージュに口を付け、ある程度冷めたソレを一息に喉奥へと流し込む。冷めたとはいってもまだ暖かさの残った、黄色っぽいとろみのある液体が舌を潤していく。幾つか含まれていたクルトンを軽く咀嚼して、それも喉を鳴らして飲み込んだ。
ポタージュが注がれていたカップをテーブルに置いて、改めて視線を上げる。
メイリアはジト目でジークを睨みつつ、ジョッキに注がれた酒をごくごくと飲んでいた。飲酒は16歳から許されているため、今年の初めに16歳となったメイリアは一応違法ではない。が、許されてすぐからこのハイペースで飲んでいては、いつか体を壊しそうでジークとしては少し心配な節もある。
一方スィーラは、ジークと同じコーンポタージュを注いだカップを両手に、中を覗き込んでいた。
ポタージュは初めて見たのか、中に浮いているクルトンや薄黄色の液体を見つめて鼻をすんすんと鳴らし、興味深そうに匂いを嗅いでは、ちびちびと猫のように少しずつ飲んでいく。
メイリアがおそるおそる足を地面に付けて割と大丈夫そうにしている所を見ると、足の痺れも取れてきたのだろう。顔色も大分と良くなってきているようで、そろそろここも出発出来るだろう。
「……ちょいと村を回ってこようか。メイリー、金は三人分置いとくから払っといてくれ」
「はいはーい、いってらっしゃい」
椅子から立ち上がって懐のベルトポーチから袋を取り出し、二枚ほどヴェリオ銅貨を取り出してメイリアに手渡す。メイリアの顔が少し赤くなり、火照っていたような気がしないでもないが気にしない。
ヴァリアゾードやこの村を含む大国ヴァリアでは、主にヴェリオ通貨と呼ばれる通貨が使用される。
価値の低い順に相場で言うならば、鉄貨が十ヴェリオ、大鉄貨百ヴェリオ、銅貨五百ヴェリオ、大銅貨千ヴェリオ、銀貨二千五百ヴェリオ、大銀貨五千ヴェリオ、金貨一万ヴェリオ、大金貨五万ヴェリオ、聖金貨十万ヴェリオとなる。
銅貨が二枚もあれば、三人分の飲み物程度なら足りるだろう。
軽く料金を渡してある事を店員に話して、店を出る。元よりテラスのような屋外の席に座っていたので常に外なのは変わらないが、なんとなしに小さく伸びをする。
「……さて、っと」
背に掛けた剣の感触を確かめる。全身の魔力の巡りも良好。肉体も特に不調はない。
あそこまで大々的に反逆行為をしてしまった以上、もう『対魔傭兵』の名も名乗れないだろう。資金はあるとはいえ、ある程度稼ぎ場所は確保しなければならない。
しかし一箇所に留まることも出来ず、ジークはこれといって商売が出来るわけでもない。となると、まあその先は限られている。
「……仕方ない、行くか」
『対魔傭兵』とは別個の超大規模傭兵軍団。
個人依頼解決冒険者育成機関『ギルド』、その支部となる施設へと、ジークは歩みを進める事にした。
◇ ◇ ◇
「……ぇ、ぃぁ……」
「ん、どしたのスィーラ?」
スィーラの呼び声と思わしき掠れ声に振り返ったメイリアが、その紅い瞳を彼女へと向ける。視線を受けたスィーラはその真っ白な手を上げて、先ほどからずっと視界の先に映っていたソレを指差す。
村の端に位置するその水田の向こうには数台の馬車が荷台を繋いだまま停められており、数人の男達が見張りをしている。恐らくは馬を休ませているのだろうが、全員が御者にしては数が多い。普通に考えれば荷台に乗り込んでいるだけだろうが、全員が腰に鞭らしきモノを付けている様子から見るとどうやらそうでもないらしいと把握する。
『だとすれば、アレは何か』という疑問が、スィーラの思考には生じていた。
「……あぁ、アレね。関わらない方がいいわ、奴隷商よ」
「……ぉ、……ぇぃ?」
メイリアの放った言葉の意味を知らないのか、スィーラが首を傾げて言葉を繰り返す。メイリアもその掠れ切った声の意味を汲み取ったのか、人差し指でこめかみを掻いて困ったように吐息を漏らした。その後に何かを迷うかのように考え込むと、多少声のボリュームを落として呟く。
「そ、奴隷。人としての権利も認めてもらえない、ただ働かされるだけ働かされて、酷い扱いを受けて、要らなくなったら捨てられる……身寄りのない子とかを攫ったり買い取ったりして、他の買い手に『そういう存在』として売りつける人達。……それが奴隷商」
「…………ぇ」
「はいストップ」
咄嗟に足を踏み出しかけたスィーラの手を、メイリアが即座に掴んだ。
それでも足を止めようとしないスィーラを、力で振り切られる前に振り向かせる。両腕で肩をしっかりと押さえて、真正面からスィーラの瞳を覗き込む。スィーラはチラチラと奴隷商の方を向きつつも、何かあるのかとメイリアの両眼を見つめ返した。
メイリアはホッとしたように溜息を吐き、スィーラの肩を掴む手を緩める。
苦虫を噛み潰したような表情で馬車の方に視線を移し、しかしそのまま目を逸らしてスィーラの手を引く。スィーラの足は今も内側に力を保持していたが、一応はメイリアの誘導に従って足を動かした。
人通りの少ない路地裏に入り、周囲に人がいない事を注意深く確認する。確認が済むとメイリアは改めてスィーラに向き直り、言葉を吐き出していく。
「本当に人間大好きなのね。――スィーラのそういう所は、とっても良い所だと思うわ。けど、とっても辛いことを言うけれど、後先は考えた方が身のためよ、スィーラ」
「――ぇ、……?」
ぽかんと、スィーラが面食らったようにメイリアを見つめる。その言葉の意味が分からないと言いたげにメイリアを見つめるスィーラに、しかしメイリアは予測していたように答える。
「別に、『私達には関係ない』だとか『面倒事に首を突っ込むな』だとか、そんな薄情な事を言いたい訳じゃないの。そこは分かっておいて。……けどね、スィーラ。私達が仮にあの馬車の中に捕まってる奴隷の人達を助けたとして、その後はどうするつもり?」
助けた、その後。
それは確かに考えていなかったけれど、家族を捜すなり国に預けるなり、色々とあるのではないのか。そんな思考を浮かべたスィーラを見透かしたように、メイリアが首を横に振る。赤い瞳を下に落とし、『どうにもならない』と告げるように。
その意味が、スィーラには分からなかった。記憶も無ければ知識もない今では頭も悪いが、しかしその足りない頭を絞り出して考えるだけでも幾つか案は出てくる。
賢いメイリアにこの程度の考えが浮かばない筈がないと、スィーラは困惑を含んだ眼をメイリアへと向けた。
「……あの馬車……ざっと数えて四台って所かな。大きさから考えて、一台に十人以上は乗ってるでしょうね。単純計算で四十人、更に数は前後。……それだけの人の家族を、いろんな所を旅して探す?あの馬車がどれだけの街を巡ったかも分からないし、それじゃ時間がかかり過ぎる。加えてあれだけ堂々と奴隷を連れて行けるってことはね、ここを含むこの国では奴隷商売が認可──いえ、寧ろ"推奨"されてるのよ。それを襲ったとなったら、まず間違いなくこっちが罪人扱いでしょうね」
「……っ」
それが、少なくともこの国でのルール。
全てが正論であり、考えなしに皆に迷惑を掛けようとしていたスィーラへの戒めの言葉は、きっとメイリアにとっても苦しいものだったのだろうという事は、その顔を見れば分かる。けれど、やっぱり心の底から納得は出来ない。
だからといって、彼らを助けたとしてその身寄りを探すことも出来ない。
「……これが私達にとってのデメリット。そして次がその奴隷の人達にとってのデメリット。いい?もし私達が今言った事を承知の上で助けたとして、あの人達はどうやって生きていくの?きっとジークだって、流石に四十人分を養うだけのお金は――」
「──お嬢さん方お嬢さん方、何かお困りかい?」
不意に、頭上から声が掛かった。
反射的に上空を仰ぎ見て、その声の主を探す。すると探すまでもなく、その声の主と思わしき人物のシルエットを建物の壁に認識する。――そう、壁に。
その男は、壁に座り込んでいた。
二人の視線を一身に受けた男は、ニカッという音が相応しそうな笑みを浮かべて立ち上がってズボンに付着した埃を二人に掛からないように軽く払い、そのまま跳躍して2人の側に着地する。まるで重力を無視しているかのような光景に二人して目を丸くし、男はそれに気分を良くしたらしく、また愉快そうに笑った。
「おう、驚かせちまって悪いな。生憎とさっきまで寝てたもんで、お嬢さん方が来たことには今気づいたのさ」
「ね、寝てたって……あんな所で!?」
「ああ」
平然と肯定する男にメイリアが愕然とし、その様子を見た男が再び笑う。
燃えるような赤髪が印象に残るその男は、その片側だけが長い奇妙な白い外套を靡かせながら右腕を伸ばして見せる。壁に触れた右腕に意識を集中して男が軽く力を込めると、突如男の体が壁へと落ちた。
すぐさま体勢を立て直した男は綺麗に着地し、壁に立ってみせる。
「こんな具合に、俺は随分と特殊体質らしくてね。これでもちょこっと有名なもんで、人目に付かない所でゆっくり休暇を取ってたワケだ。で、さっきの事だよ。何かお困りかい?多少は力になれると思うぜ」
男は自身の胸に手を当てて快活に笑う。おどおどと混乱していたスィーラもやっと落ち着きを取り戻し、少し遠慮しつつもゆっくりとその白い指を裏路地を抜けた先に見える馬車に向ける。
男はその指先を追って馬車を見つけると、顎に手を当てて目を細めた。
「んー、奴隷商か。……ああ成る程、察したぜ。お嬢さん方の様子から見るに、あの奴隷達を助けたい……と」
「……この子がそうしたいとは言うんですけどね。私達ではどうしようも無いですし、説得してた所なんです――」
「ん、いいぜ。引き受けた」
「へ?」
男は一つ頷くと凄まじい跳躍力で路地を飛び出し、そのまま一息に水田を飛び越えて馬車の隣に着地する。すぐさま馬車の取り巻きの男達が立ち上がり警戒するが、何事かを話すとそれも直ぐに解かれた。
声は聞こえないが、奴隷達の男達が何やら驚愕しているのだけは見て取れる。それを尻目に男は馬車の後ろに回り、布で覆われたその荷台に首を突っ込んだ。
そのまま荷台へと入り、数分待つと男が荷台から出てくる。その手には遠目ではよく分からないが黒い何かが握られており、男はそれを奴隷商達に預けると同じように他の荷台に入っていった。
最後の荷台から出てきた男は、やはりまた持っていた黒いソレを奴隷商達に預けると、そのまま懐から取り出した布袋を奴隷商に渡すと、再度跳躍してこちらへと戻ってくる。
呆気に取られるメイリアとスィーラの横に着地した男はパンパンと手を払うと、二人に向き直って堂々と宣言した。
「――よし、全員買い取ってきた。ウチの家の奴らが来るから、後は家族が居る奴は家族を探して、身寄りの無い奴はウチで育てて、自立出来る程度には育ててやれるだろう。拘束も解いてきたし、一件落着だな!そんな訳でお二人さん、そこの店でお茶でもどうかな?」
「な──」
──そんな馬鹿な!?
愕然とした二人に、男は実に楽しそうに笑って見せた。
後書き
マタセタナ!2章開幕!
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