ソードアート・オンライン~隻腕の大剣使い~
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第65話コンビニ強盗未遂事件
直葉side
2025年6月6日
梅雨の季節で蒸し暑くなってきた学校の剣道部の帰り、偶然会ったキャンディちゃんーーーかんなさんとコンビニに寄っていた。かんなさんは現実でもALOでも明るくて賑やかで、一緒にいたら楽しい人だ。たまにALOで胸をまさぐられるのは困るけれど、それ以上はしてこないので嫌いにはならない。あたしはかんなさんと一緒にアイスを買おうと冷凍庫を開けようと手を伸ばしてーーー本棚の本を立ち読みしてる、知ってる男の子を見つける。
「竜くん?」
「ホンマや!竜も寄り道かいな?」
「かんな。直葉ちゃんもいるのか」
あたしの従兄で、和人お兄ちゃんの双子のお兄ちゃん、神鳴竜くんだった。最近幼い頃から習っていた武道をまた始めて、学校の夏用の半袖ワイシャツから少しガッシリした腕の筋肉が見える。細いけど筋肉質な手に持っているのはーーー子育ての本。
「え!?竜くん、ウソ!?」
「誰や!?誰と作った子や!?」
「兄貴と義姉さんの子だよ!今月末に姪が産まれるから、家族みんなでお世話すんだよ!」
『あっ、そっか・・・』
SAO事件の最中に会った神鳴龍星さんと奥さんの雪乃さん、もうすぐ子供が産まれるんだっけ。家族みんなでお世話を手伝うから竜くんは子育ての本なんて読んでたんだ。でも高校生男子が外でそんな本を読むと変な勘違いするからやめてほしいなーーー
「そういえば、名前は決まったんですか?」
「ああ、みんなで色々考えて一昨日やっと決まったよ。『星乃』・・・オレが考えたんだぜ」
「へぇ~、よかったやん!叔父さんで名付け親かいな!」
星乃ちゃん、かーーー可愛い名前。お父さんが『龍星』でお母さんが『雪乃』だから、二人の名前を一文字ずつもらったんだ。そんな可愛い名前をもらったら姪っ子の星乃ちゃん喜ぶだろうなーーー姪っ子っていえばーーー
「そういえばユイちゃん・・・」
「ハハハ・・・そういえば直葉ちゃん、知らない間に叔母さんになってたんだよな。オレもだけど・・・」
「ホンマや!あんた既に伯父さんになっとったやん!」
そう。SAOの中でお兄ちゃんとアスナさんが出会って、ALOでは《ナビゲーション・ピクシー》のユイちゃん。あの子はSAOでお兄ちゃんとアスナさんに出会い、養子として保護されたーーー《MHCP》というプレイヤーの精神的ケアを役目としていたAIだと聞いた。ユイちゃんは人間に造られた存在なのかもしれないけれど、あの子は人間に勝るとも劣らない本物の心をーーー本物の感情を持っている。偽物だって言う人がいたらお兄ちゃんやアスナさんは当然、あたしも許さない。
ここで確認しよう。ユイちゃんがお兄ちゃんの娘という事は、結果的に従妹とはいえ妹であるあたしは叔母さんという事になる。一応ユイちゃんは『リーファさん』って呼んでるから、あたしもどちらかというと妹のように接してるけれどーーー
「じゃあオレもコレとアイス買って帰るか」
竜くんはさっきまで立ち読みしていた本を片手に冷凍庫に入っているカップアイスを取り、会計に向かってーーー
「金だぁっ!!金を出せ!!妙なマネするなよ!?全員殺すぞぉっ!!」
『えぇーーーーーーっ!!?』
拳銃持ったコンビニ強盗に遭遇!?何でこんな真っ昼間から強盗なんてしてるの!?そもそも何でコンビニ!?こういうのって銀行とかじゃないの!?一人だけだから!?どうにか止めたいけど、下手に動いたらあたしたち以外の他のお客さんもーーー
「なあ、おっさん。コンビニ強盗なら他所でやってくんない?そこどけよ、アイス溶けるから」
「あぁ!?何だテメェ!?テメェから殺るぞ!!」
『何でそこにいるのォーーーーーー!!?』
何で竜くん前に出てるの!?相手は強盗だよ!?拳銃持ってるんだよ!?いくら何でも無理だよ!早くその向けられた銃口から逃げて!
「どうせモデルガンだろ?塗装剥げてるし」
ーーー遠目だからよく見えないけど、確かに黒い塗装が剥がれて下に銅が見える。あの拳銃が偽物だったら本当に銃弾は出ないーーーと思ったけど、その希望は鳴り響いた銃声と、竜くんの左頬から垂れた血で完全に消えた。
「ガキが!こいつは改造してっからマジで撃てんだよ!!下がってねぇと次は脳ミソぶち抜くぞ!!」
逃げてーーー今すぐそこから逃げて。でないと死んじゃう。お兄ちゃんがやっと出会えた双子のあなたがーーー
「・・・死んだぞ?」
「はあ?何言ってやがんだ!?テメェ!!」
左頬を掠められた竜くんは未だに動かずに、一言それだけ言う。強盗が苛立ちながら聞き返した時、竜くんは顔を上げたーーー
「今の銃声で・・・お前、社会的に死んだぞ?」
汚物を見るような、冷たい表情で。その顔を見た強盗を一瞬怯み、慌てて拳銃を向けるけどーーー竜くんが右手に持った竹刀で天井に弾き飛ばす。というかいつの間に竹刀なんてーーー
「直葉、あんた竹刀どうしたん!?」
「あれ!?ない!?まさか・・・」
あの竹刀、あたしのだ!いつの間にか部活で持ってた竹刀、竜くんが持っていってた!真竹で造られてて結構重いからなかったらすぐに分かるはずなのにーーー全然気付かなかった。
あたしの考えてる事なんて竜くんは分かるはずもなく、依然として竹刀を振るっている。その形は剣道とは全く異なっていて、まるでーーーALOのように身の丈越える大剣を振り回すかの感覚で、片手で竹刀を振り回している。彼のALOでの愛剣よりも遥かに軽い故か、その速度は相手に反撃の隙を与えない。左脇腹、右首筋、頭の順に竹刀を当て、最後は左肩を突き強盗を転ばせる。さらに追撃として、転ばせて床に仰向けになった強盗にのし掛かり両腕を足で押さえつけて、顔面を突き刺そうとーーーして寸前で止めた。
「これが本物の剣だったら・・・お前、完全に死んでたぜ」
竜くんはそれだけ言って、強盗は恐怖のあまりに失神してしまった。今の一瞬で終わった強盗未遂事件、恐かったけど、竜くんーーー
「カッコイイ・・・」
素直にそう思えてしまう。あたしが呟いた言葉を筆頭にしたかのように、店員さんや他のお客さんが竜くんに拍手や歓声を浴びせ始めた。それに対し竜くんは照れながら頭を掻き、竹刀を血を振り払うかのように小さく速く振りーーー竹刀を背中に運ぶ。
「・・・あ。ヤベッ、またクセが・・・」
あたしはその光景に既視感を覚えた。お兄ちゃんがSAOから帰ってきて数日後、剣道の試合をした直後にお兄ちゃんが取った行動と全く同じだった。VR世界の癖は現実世界にも影響が出る。SAOでずっと剣を振り回していたお兄ちゃんはその動作が完全に癖になってしまって、その影響を現実世界にまで及んでいた。今の竜くんのようにーーー
「ありがとうございますお客様!助かりました!大丈夫ですか?その傷・・・」
「大丈夫です。それより早く警察に通報してください。それと・・・溶けたアイスの代金はこの強盗に」
「警察ならウチが呼んだで。全く、無茶しすぎやであんた!寿命が何年か縮んだで」
「悪かったって・・・」
通報はかんなさんがやってくれたし、これでもう安心だね。かんなさんの言う通り、寿命が何年か縮まった気がするーーー
「直葉ちゃん。ごめんな、勝手に竹刀使っちまって。どこか壊れてたら・・・弁償するよ」
気付いたら竜くんがこっちに歩いてきて、竹刀を返してくれた。確かに勝手に使って、もし壊れてたら弁償してもらおうと思ったけどーーーうん、どこも壊れてないかな。とりあえず部活には何の問題もーーーいや、ここはあえてーーー
「・・・芯が折れてる」
「えぇっ!!?」
竜くんには悪いけど、ここは嘘を吐かせてもらおう。
「じゃあ、弁償するよ・・・」
「いえ、別にお財布を薄くしなくても大丈夫です。その代わりに・・・」
「?」
弁償なんかより、ずっといいこと思い付いちゃった。それはーーー
「弁償する代わりに・・・今度の日曜、どこか遊びに連れてってください」
今度の日曜は部活が休み、その日に彼に遊びに連れてってもらう。ちょっと強引すぎる気もするけど、あたしとしてはいい機会だ。
「・・・分かった。それで気が済むなら、存分に付き合うよ」
「はい!ありがとうございます!」
どこが良いかなーーーなんて真面目に考えてくれてる竜くんを見ると、何となく申し訳ないように思えてしまう。でもいい機会なのは確かだもん、存分に楽しませてもらおうーーー正直、前から考えていた事がある。それは、あたしと竜くんの関係である。あたしと和人お兄ちゃんの関係は、血が繋がっていなくても今も昔も変わらず兄妹。でもあたしは友達であって、従兄でもある彼とのーーー神鳴竜くんとの関係がどんな形で完成するのかが、どうしても気になって仕方がない。
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