ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
僕だけがいない家
黒。
ランプの自動点灯システムも手動で切られた人工的な闇が、ドアの開閉音とともに切り裂かれる。
扉の上部に取り付けられた鈴が来客を記す軽やかな音を響かせるが、それを塗り潰すような勢いでふざけた口調の《声》が割って入った。
「はろーはろー、今日もサイッコーにサイコに、アンタの望みから遥かに遠いトコで世界は腐ってやがるねー、ホントまいっちゃうぜ☆」
「用件は」
それに応えたのは、ドアの外からの灯りさえ照らし出せない部屋の奥の奥。閉じられたカーテンに向かい、椅子に座って瞑想でもしているかのように眼を閉じていた人影だ。
淡白というか、いっそそっけないまでの単語対応に、しかし気を悪くした様子もない来客はまくしたてる。
「ぐふ♪そんなショボくれたアンタにグッドニュースだぜぃ!!オレのかわいいかわいい小耳に挟んだトコ、我らがブチ殺したいほど愛しいアンチクショーが今、猫妖精領を離れてるんだと!!どうだ?グッドグデスグッデェースト!だろ!!?」
その言葉に、部屋の主はすぐには返答しなかった。
ただ数度、息を絞るように吐き出し
「……なるほど」
「おや?おやおやぁ???おいおいここまで来てチキんなよチェリーボーイ☆チミのまたぐらにブラ下がってるそいつは食品サンプルか何かかよオイ。行くよな?行くしかないよなァ、こんなビッグチャンスをよォ!アンタが掲げる革命ってヤツよ!!誇りだ栄華だ、英雄だ!!アンタの手に持つのは白旗なんかじゃないはずだろォ!!?」
「分かっている。分かってるに決まっている……!」
「言葉じゃなく行動で示せよ偽善者。首を斜めに振るのはみっともない政治屋の仕事だぜぃ?」
ここまで言われると逆に気持ちがいい。
流暢、というか壊れたレコードみたいにギャーギャー喚くその《声》に思わず部屋の主は笑った。
「はッ、酷い言い様だな」
「事実だろう?法を変えるのは確かに政治屋だ。だが法は変えても世界は変えられない。世界を変えるのはいつだって一握りの英雄のみだ。英雄は剣を手に、民衆を従えて世界を変える。アンタは世界を変えたいんだろ?」
「……あぁ」
頷く。
それにどれだけの意味があるのか。他ならない当人が一番分かっている。
それでも『彼』は、頷いた。
立ち上がる。
別に勢いよく、という訳でもなかったのだが、その圧力に、その覚悟に圧されたように椅子はシックなデザインの絨毯の上に転がった。大した音でもなかったのに、静かな部屋の中にけたたましく鳴り響く。
だが『彼』はそれを直そうとは思わなかった。
賽は投げられた。
幕は開かれた。
「なら持つべきモノは分かってるはずだ。さぁ行けよカス野郎。世界をブン殴れ」
「…………言われなくても」
レンがいない。
そのことにマイが気付くのはすぐだった。
とは言え、決してそれはシステム上のフレンドリストからレンホウの名前が消えたことを確認したから、という訳ではない。
マイは小日向相馬が組んだ謎のプログラム、《ブレインバースト・システム》の鍵――――いや、コントロールプログラムを持つ。他人の魂に関わるそのシステムを掌っているためか、あの少女は深部接触したプレイヤー全てのフラクトライトの状態を常時視ている。
そこに彼我の距離は関係ない。マイはレンがコンバートを完了し、この世界を去ったその瞬間からそのことを知覚できるのだ。
だがいなくなったからと言って、別に死んだわけではない。
再コンバートを果たせばレンホウのアバターはまたALOに現れる。
だからと言うと変な言い方になるかもしれないが、そういう意味ではマイが取り乱す――――ことはなく。
能力値以外の全てのアイテムや装備品が消失するコンバートシステムの性質上、このホームの所有権の譲渡や彼の使い魔クーを預けたりと、結局最後までマイに為されなかった詳しい説明に拗ねる――――のでもなく。
代わりに。
「ねー外行きたい外行きたいんだよー!!」
本当に忌々しいほどのアウトドア精神を爆発させていた。
木工職人が造ったレア素材の家具も、駄々っ子の八つ当たりの道具にされては浮かばれまい、と巫女服の女性――――カグラは感じたことのない頭痛を持ったかのように額に手を当てていた。
二〇二五年十二月十三日。
飛行型VRMMO《アルヴヘイム・オンライン》内に存在する広大なフィールド。環状山脈内部に広がるアルン高原の上空に、レン保有のホームは今日も今日とて平和に浮かんでいた。
年末も迫ってきた師走のALOの空は運営体のサービス精神の発露なのか、季節にあった細かな雪がちらついている。窓から見える外庭の景色もすっかり銀世界に変わっていた。
ワールド中央付近のアルン高原――――しかも南東気味でこれなのだから、大陸中心にそびえ立つ《世界樹》以北では考えるのも恐ろしいことになっているだろう。アスナらに誘われ、一回極北の土妖精領へ足を運んだことがあるが、季節がまだ秋だったのにもかかわらずフィールドでの体感温度は零下十数度を軽く下回っていて、用意してきた防寒着ごと凍り付きそうになった。
だが、小川の流れが滞りそうなその寒気も、いざ仕事と張り切って赤々と燃え盛る暖炉に守られた部屋の中までは届かない。
カコン、とうず高く積まれた薪が崩れるのを視界の端に留めながら、カグラは溜め息をつきそうになるのを必死に堪えた。
「この天気のなか外に行く、と?言っときますけど絶対十数秒で青い顔してカムバックするのがオチですよ」
この雪より真っ白な髪を持つ少女が何の脈絡もないことを唐突に叫ぶのはいつものことだとして、今日は抑え役がいない分止めるのに一苦労になる予感がする。
まさかそれすら計算の内ではあるまいな、と手足をばたばたさせるマイを見下ろしながら、カグラはドアを開けて入ってきたメイドNPCから二人分のマグカップを受け取った。
品のいいダージリン特有の香りに鼻をひくつかせながら、片方を振り回される拳の射程外にあるテーブルの端っこに置いた。
もう片方のカップをソーサーから取り上げ、香りの入った湯気を燻らせる。
「だいたい、いつもは大人しく本を読んでるじゃないですか。なんで今日に限って……」
言外に何でブレーキがいない今なんだ、ということだったのだが、そんな情報戦に気付いた様子もなく少女はうつ伏せでソファに寝っ転がったまま、よくぞ聞いてくれましたとばかりにキラキラした顔だけを上げた。
「中央のほうで美味しいアイスが売ってるんだって!しかも期間限定なんだよ期間限定!この響きからしてきっと味覚パラメータの起こした奇跡のような味がするかも!」
「事前ハードルが高すぎる!それ絶対食べたら首捻るパターンですよ!しかも雪の中でアイス!?ブルジョア思考が一周半回ってマイナス値になってますよ!」
この期待感。
どうせ情報屋が定期的に出し、ウチでも購読している新聞に挟まっていたチラシに宣伝でも入っていたのだろう。
あの手のものは情報をプレイヤー間で共有するのが主目的だが、新人プレイヤーが出店なりする場合に大手に呑み込まれないよう支援する一面も持っている。多少の誇大表現はやむを得ないが、この食いつき振りを見るからに相当デタラメなことを書いていたのかもしれない。いやまぁ、鵜呑みにするマイもマイだし、まだ少女の言うように本当に美味である可能性もあるのかもしれないが。
しかし何せ季節が季節、ものがアイスだ。
もう少し時期を考えてほしい、と思いながらカグラは軽くため息をついた。
「む、じゃあカグラは気にならないっていうの?」
「気になるか気にならないかで言えば気になりますが、わざわざそれ食べるために雪の中飛んでいくほどじゃないです」
「ちっちっちぃー。分かってないなー、雪の中でアイスを食べるっていうのがオツってヤツなんだよ!」
「……………」
やはりコタツでアイスと間違っていないだろうか。
しかし指摘したところでこの少女がそう簡単に自分の意見を覆すとも思えない。かといってこの天気の中、顔面に雪のパックを張り付けながら飛んでいく気分にはとてもならない。というか普通に嫌だ。
という訳で歯には歯を、食べ物には食べ物で対抗することにした。
「残念ですね。せっかくアスナから良いパンケーキの作り方を習ったのに」
「う」
「割と簡単に揺らぎますね」
そこまで言うからにはもう少し頑張ってほしかった期間限定アイス。
しかし、アスナ考案ハチミツ&マーガリンたっぷり悩殺パンケーキ(仮名)の誘惑にざっぱんざっぱん目を泳がせる少女は、それでも辛うじて言い返す。
「ま、まだだ!」
そんな追い詰められた主人公みたいな台詞を吐かなくても。
「チラシにはイチゴ特盛りウルトラジャンボパフェがあるって書いてあったんだよ!名前からしてゴージャス!」
「アイスを食べるという第一目標はどこに……」
「きっと土鍋くらいおっきな器に山になったイチゴが摘まれてるんだよ!」
「土鍋に入ったパフェはもうパフェとして定義できるものなんでしょうか」
まぁ、そんなパフェなら食べるかどうかはさておいて見てみたいものだが。
「というか、アイスなんて地雷じみたものじゃなくて、普通にそれ食べたらいいじゃないですか」
「あ、アイスのついでにパフェ食べるもん!」
どんだけ食べるつもりなんだ、と胃もたれしそうなラインナップにカグラはうんざりした表情を浮かべる。
ちっさい子は無邪気に生クリームの海で泳いでみたいとか言うけどそれ絶対胸やけするよね、と思うのは冷たい現実を知った大人の悲しい面なのだろう、と御年三年かそこらの巫女装束の女性は適当に思う。
「とりあえずこの天気です。アイスうんぬんは置いておいて、普通に外出したくないので今日のところはパンケーキで手を打ってください。そのお店にはまた後日――――レンが帰ってきた後にでも三人で行きましょう」
むー、と唸り続けている少女に言い重ねながら、カグラはキッチンへと向かうためドアを開けた。
レンの所有する家―――コンバートの際に譲渡され、現在のシステム的な保有者はカグラだが―――は、大陸上空に浮かぶ浮島の上に建築された城だ。小規模なイベントマップのごとき広さは、当然ながら隅々まで手が加えられるほど主の懐は広くない。普段使っている部屋以外の内装はほとんどないと言ってもいいだろう。
そんな中でキッチンは、イグシティにあるアスナとキリトの借家備え付けキッチンに負けずとも劣らずという自負がある。
ALOでの料理というのは、当然素材の良さも出来には関わるのだが、調理器具のレア度などもかなり露骨に反映される。加えてオーブンなどの大きな機材は作れる料理の幅を広めてくれるのだ。
パンケーキと言えば腹も満たせて何だか品の良さそうな名前でありながら、実はそんなに作るのに手間はかからなかったりする。
最高クラスのオーブンや個人的に収集しているレア調理器具なども駆使し、手早く香ばしい湯気の立つ五重の塔を完成させたカグラは、ホイップクリームの入ったボウルとハチミツのビンも携えてもと来た道を戻る。
そして。
「………………………………」
部屋は、もぬけの空になっていた。
ドアを開けた格好のまま五秒ほど固まっていたカグラは、ひとまずきちんとパンケーキの乗った皿と付属のハチミツやらをテーブルに置く。
わざわざ他の部屋を探すまでもない。何となくわかる。
だからこそ巫女装束の女性は叫んだ。
「やりやがったなあのクソガキ!管理責任で怒られるのは私なんですよ!!」
そんなこんなで迷子の捜索が始まる。
後書き
はいな、始まりました新編。
新章、といえないのが苦しいところですが、まあ置いておいてw
えー、たまに出てくるマジメあとがきモドキです。
今編は、GGO編最後で語った通り、GGO編の裏話のような、原作で言うALO待機組のようなそんな視点の話でございます。
なんで原作みたいに幕間としてGGO本編の中に挟まないの?という意見があるかもですが――――すいません、ボリュームが、ね……?(汗
色々妄想させていた他の短編で言いたかったことを集約させたような形になっちゃったんで、かなり長めです(短編とは…ウゴゴ
そして、この編は完全にGGOとは無関係という訳でもなく、本編で語られなかった……解決しなくてモヤッとした状態のまま放置された答えを開示するような、いわば某ひぐらしでいうところの解のような編でもあります。お楽しみに。
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