ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
語り言
ダミー・レコード。
直訳で偽物の記憶。
金や名声を得た者がほぼほぼ必ず、一度は欲しがるという不死を実現させる可能性を秘めたモノ。
この一辺十センチ程度のこの箱の中には、小日向相馬が発見した脳神経細胞内に存在する光量子――――人間の魂に最も類似するもの、フラクトライトを納めることができる。
そして、この中に収まったフラクトライトは耐圧、耐火、耐塵などの完璧な防護性能を誇る外殻部に守られる。
だが、それだけでは不死に至ることはできない。
肉体を捨て、魂だけの存在になろうとも、魂本体にも寿命というものが存在する。
それが小日向相馬が至った結論。
魂の寿命。この場合、早い話が記憶の容量ということだ。
おおよそ150年。
小日向相馬の明示した論文では、それ以上の年月を越えるとフラクトライトは劣化、形状崩壊を始めるという。だが当時はその検証方法が添付されていなかったため、机上の空論、または空想実験の類だと思われていたのだが。
ダミー・レコードは、この容量上限を引き上げる。
具体的にはダミー・レコードそのものが新型の超大容量記憶装置のようなもので、単純に記憶データを詰め込んでいくだけでも軽く500年ほどは容量が持つのだ。
しかしこの場合、その大容量さはあくまでついでという事項に過ぎない。
ダミー・レコードの真なる機能。
それは、『忘れる』という行為のデジタル化、そして徹底された効率化にある。
人間が普段行う記憶の順序付けは無意識下――――おもに睡眠時に実行される。直近の記憶の中からとくに印象の強かったものを『思い出』というタグをつけ、その他のものは記憶の海の深いところに沈ませる。
だがこの印象の強い、というのは必ずしも残したかった記憶とイコールにならないことがある。例えば子供の頃に見た夕焼けの景色や、忘れたいトラウマのような、本人的にはどうしてこんなものを今でも鮮明に思い出せるのだろう、と首を傾げたくなるような記憶だ。
つまり、記憶の順序付け――――忘れるという行為は無意識下でのことゆえ、主観的ですらないのである。
ダミー・レコードは、この記憶の順序付けを限りなく効率化したのだ。
数百種類というタグ付けで管理される記憶の海は、徹底的に無駄な部分は削ぎ落とされる。これによって、前述の容量問題は大いに薄くなり、カタログスペックでは1000年単位のフラクトライトの動作保証がされている。
まさにダミー・レコードは、小日向相馬が与えた数々のブレイクスルーの中でも最大クラスと言っていいだろう。
「――――で、その大層な代物がこれってワケ?」
「そうじゃ」
はーん、とか、ふーん、とか言いながら、小日向蓮は畳の上に転がった小さな機械にうさんくさい目を向ける。
「……この際、500年だろーと1000年だろうとどっちでもいいんだけど」
なんだか10年持つという鍋を押し売られているような気分だ。普通に一年でブッ壊れそう。
胡乱な目つきを隠そうともせず、少年は四肢を弛緩させた。
「溜めに溜めて、本題がコレなの?シゲさん」
「かははっ、一応世界の重鎮達が一斉に立ち上がったぐらいは刺激ある話題だと思うんじゃがなぁ」
「よーするに老い先短いヒト達が保身のためにーっていう秘密道具でしょ?これ」
片目を瞑り、蓮は身も蓋もないことを言う。
重鎮というか、一世代後から見れば駄々こねる老害以外の何物でもないだろう。とっとと認知症だか痴呆だかで老人ホームにブチ込んだらいいのに。
加えて
「シゲさんもこうやって実物を持ってるってことは、シゲさんも欲しいの?永遠に近い命ってヤツ」
「ご免こうむるのぅ。永遠を生きるのも面白そうじゃが、たとえ儂が死んでも揺らがん後釜を育てる方が断然面白そうじゃ。それに、コイツは本物のダミー・レコードではないよ。先行して配られたお試し版のようなもので、機能と言えばフラクトライトを抽出し、封じ込めるくらいかの」
まさしくダミーである、何製かも不明なハコを何とも楽しげな顔で弄ぶ老人。
恐らくは久しく感じえない未知というものに直に触れ、テンションが上がっているのだろうか、とテキトーに推測する少年に向け、重國は言葉を続ける。
「それに、これにはブラックボックスが多すぎる。進んで魂を差し出すのはぞっとせん話じゃよ」
「だろうねー」
「そして、これの本当の脅威は別にある。明確な確証もない、ただの噂と言ってもいいレベルなんじゃが、このダミー・レコードにはある付随情報があるんじゃ」
こと、と老人は高級な京畳の上にダミー・レコードを置き、改まった。
これが今日の話題の分水嶺であると言わんばかりに、老人の顔に濃い影が落ちる。
庭先にある鹿威しの音さえ、どこか非現実的に響いた。
「いわく、ダミー・レコードは《アカシック・レコード》への――――鍵である、と」
「アカシック……レコード……?」
聞いたこともない単語。
だがそれは、少年の心に言いようのない不安を掻き立てた。
数度、その言葉を口の中で転がした蓮は、眉根を寄せながら言葉を重ねる。
「それは、何なの……?」
「資料上では、小日向相馬が中東で完成してのけた次世代演算装置――――とだけあるの。じゃが詳しいスペックは紛争の混乱の中に消えておる」
「演算装置……スパコン、みたいな?」
「わからんな。当時の中東は混乱の極みだったからのぅ。おそらくはそれこそが彼奴の目論見だったからかもしれんが」
混乱を隠れ蓑に好き放題し、目的を達成したらさっさと撤退。いかにも兄がやりそうな行動に蓮は思わずため息をつく。
「まぁでも、ここまで引っ掻きまわしてる兄ちゃんが、普通のモノ作るワケないよね」
「そりゃあそうじゃな。しかも、ただでさえ規格外な代物の《ダミー・レコード》をして、ただの鍵と言わしめるモノじゃ。並大抵の代物ではあるまいて」
「う~ん、演算装置って言葉を真正面から信じれば、ものっすごく計算できる機械……みたいな?」
ぼやっとしたにも程がある少年の推理に、老人は軽く吹きだした。
むくれる蓮に謝りながら、重國はふむ、と話に乗る。
「あくまで印象の話じゃが、それだけでは何か弱い気がするのぅ」
あの怪物が秘匿するモノ。
それがただ世界最高クラスのスパコンとかだったらどんなにいいだろう。
最高のその先。
究極の奥底。
いつだってそこを見据え、そこと向き合うあの男を掴むには、自身も同じ場所に立つしかないのだろうか。
う~ん、と頭を抱える少年を眺めながら、老人はふっと吐息を吐いた。
「……まぁ、儂から話せるのはこれくらいで打ち止めかの」
「まだ隠してるとかはナシだよ」
「かはは、君に話したこの情報だけで何人死体が出るか分からんくらいじゃぞ?」
割と冗談抜きなのだが、蓮はそれでもまだ引っかかっているように眉を寄せていたが、やがて諦めたのか小さくため息をつく。
「……ま、シゲさん相手に腹芸なんてできないしね。今日のトコは帰るよ」
「送らせよう」
ありがと、という言葉を聞きながら、重國は木瀬を呼ぼうとした口をふと少年に向ける。
「そういえば蓮君。今日は木綿季ちゃんはどうしたんじゃ?」
車椅子で繰り出そうとしていた少年は、寸前で立ち止まり、しかし振り向きはせずに言葉を紡いだ。
「今日は……外せない用事があるってさ」
「……そう、か」
少年の声のトーンに何か引っかかりを覚えたが、老人はあえて何も聞かなかった。
「ではまたのぅ、蓮君。今度は依頼など抜きで会いたいものじゃ」
「はは、まったくだね」
ひらひらと手を振って、蓮はゆっくりと退出していった。
重國はその車椅子の背を、消えてもなおいつまでも見送っていた。
高級車でも、乗るのが六度目となれば目新しさも減るというものだ。
仄暗く染まった車窓の景色をぼーっと眺めながら、小日向蓮はそう思った。白と黒に分かたれた世界の中で、景色だけが後ろへとスッ飛んでいく。
それらの動きを何となく追っていた少年は、無論何も考えていないという訳ではない。
ひりつくような感覚を味わいながら、今しがた黒峰重國に聞いた話の内容を必死にリフレインしていた。
兄――――小日向相馬は、戦争を起こそうとしている。
それも半端な規模ではない。米中露がもし本格的に絡むとしたら、冗談抜きで世界規模になるはずだ。
だが、あの天才が何の目的もなくそんなことをするはずはない。快楽主義者という訳でもなかった。いつでも無邪気に濁っていたあの瞳が見ていたものは、そんな低俗なモノでは絶対にない……はずだ。
となると、そこには必ず明確な目的があるワケで、加えてそれはあまり他者に迷惑をかけなかった(というより興味のなかった)兄の定義を曲げてまで成し遂げたいものとなる。
―――兄ちゃんが揺らぐモノ。
そして重要なのは、小日向相馬が本格的に活動しだした時期だ。
六年前。
SAO事件が発生したのが今から約三年前の二〇二二年。アインクラッドの中で相馬の後ろ暗いところに触れ、そして彼自身の行方も知れなくなったのがそこが境目なので、自然と蓮も相馬が暗躍し始めたのはそこら辺だと錯覚していた。
だが、それだと精算が会わない。
確かカグラの話によれば、SAOを初めとしたザ・シード規格全てに対応している心意システムや、マイにコントロールが一任されている、いまだに全容が分かっていないBBシステム。そして何より、マイやカーディナルの魂――――フラクトライトを生み出したのが小日向相馬だったという。
つまり相馬は、まだ蓮や木綿季がSAOに閉じ込められる前。
重國の話によれば、それよりさらに三年も前から世界の暗がりに足を踏み入れていたということになる。
――――何を、何を考えてるんだ……?兄ちゃん。
無意識に膝の上に置かれた拳に力が入る。
その時だった。
「大丈夫ですか?」
低い低音。ふと顔を前に戻すと、運転席に座った八伎がバックミラーでこちらのことを見ていた。どうやら赤信号で止まったのを見計らい、声をかけたらしい。
傍目にも分かるほど酷い顔してたのかな、と自嘲気味に自身をいさめながら、少年はひらひらと手を振った。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと色々聞かされてオーバーヒート気味なだけだから」
「…………?いえ、私が言いたいのは――――」
まだほとんど会話という会話を交わしてはいないが、このインテリヤクザな男にしては珍しく、困惑したように小首を傾げた。
そして言う。
純粋に、単純に。
心配そうに、言った。
「かなり鼻血が出ていますが、大丈夫なんですか?」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「……ぁ?」
皆目見当もつかない質問だった。
小日向蓮は震える手で自分の顔を押さえ、それから指先に絡みつくぬるりとした感触に、離した手につく鮮やかな色彩に眼を見張る。
まるで何かの副作用。
まるで何かの代償。
青信号になり、仕方なく前に視線を戻す八伎を視界の端で捉えながら、蓮はぽたぽたと滴を垂らす鼻を押さえながら動けなかった。
リムジンは往く。
全てを覆い隠しながら。
全てを覆い尽くしながら。
焦ることは何の役にも立たない。
後悔はなおさら役に立たない。
焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。
――――ゲーテ
後書き
レン「え?……ぇ?」
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「おい、待て待て」
なべさん「という訳でね!今話をもって、一応GGO編も完結という感じでね――――」
レン「オイ待てコラ!説明しろおい!最後の何だよ!!」
なべさん「えーい、うるさい!最後のは皆大好きゲーテ先生のありがたいお言葉だよ!」
レン「そっちじゃねぇよ!!」
なべさん「んー、ホントは読者さんに色々考えてもらいたかったんだけどな。そーね、唯一言えることがあれば、作中のレン君はこれまで何やってきたと思う?」
レン「色々」
なべさん「ホントに色々ね。じゃあ、その中で《代償》を払っていた場面があった?圧倒的なご都合主義の力に覚醒しつつ、その力に対価を支払ってた過去は、果たしてあったかな?」
レン「……む」
なべさん「要はそういうことだよ。溜まってたツケは支払わなきゃなんないよね、っていう。ま、目を逸らして誤魔化してた罰ってヤツかもしれないけどね」
レン「なるほどな。……てか、サラッとこれでGGO編終わりって言ったけど、次何よ」
なべさん「うーん、完結は完結なんだけど、厳密に言うとGGO編はまだ終わりじゃないんだ」
レン「禅問答かな?」
なべさん「というのも、次の編はいわばGGO編の裏側――――原作のGGOで言うところの、アスナ視点みたいな物語なんだよ」
レン「つまり、ALOってこと?時系列は同じで?」
なべさん「そうそう。主人公がいない、不在ではなく非在の物語。どうぞよろしくね」
レン「大丈夫かなぁ」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued――
ページ上へ戻る