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憑依貴族の抗運記

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第6話、礼儀正しく見える男

 
前書き
活動報告にも書きましたが予約投稿のミスでご迷惑をおかけしました。
削除した内容は特に変わっていません。 

 
 心地よい風がテラスのテーブル席に薔薇(バラ)の香りを運んできた。

 青年貴族からゴシップを聞く仕事を勝手に打ち切り、テラスの眼下に広がる庭園を眺めた。

 ブラウンシュヴァイク家の別邸の庭園は美しく咲き誇る薔薇達で埋まっている。オットーはここにブラウンシュヴァイク家の領地で進化したモダンローズ・・・通称ブラウンシュヴァイク・ローズばかりを集めた。

 特に永遠なるブラウンシュヴァイクという名の薔薇は、オットーに捧げられたわりに清楚で可憐な美しい花だ。

 素晴らしい景色と気品有る薔薇の香りに包まれ、俺は大貴族御用達の希少な紅茶と専属パティシエ作のケーキを堪能する。

 嫌なこともすぐに忘れてしまいそうなマリアージュだが、流石に現在進行系の嫌がらせには通用しないようだ・・・

 俺は目の前に立つ貴族の青年に視線を戻した。先程まで見つけてきたスキャンダルをいやらしい笑顔を浮かべて報告していたが、今は怒りと不満を露わにして、いつものラインハルト批判に移っている。

「伯父上。このままでは金髪の孺子(こぞう)に宇宙艦隊を乗っ取られてしまいますぞ。それを黙って見ているつもりですか」

 緑色の服を着た青年貴族が怒りで震える手を突き上げた。

 俺と同じように中世の貴族や狩人のような格好だ。おかけでお城みたいな別邸にうまく溶け込んでいる。

 彼は銀河帝国軍予備役中将のフレーゲル男爵。俺の肉体と血縁関係にある親戚で、ゴシップ好きのおしゃべりだ。

 しかも気に入らない下級貴族の誰々をリンチしてやった、みたいなことを得意げに自慢する感性の持ち主でもある。

 個人的に好きか嫌いか問われれば嫌いだが、今の俺は贅沢を言える立場ではない。フレーゲル男爵の手も借りたい状況なのである。

 それにこう見えてフレーゲル男爵は俺に役立つ人脈と才能の両方を持っている。 特に貴族社会の奥深く隠された醜聞を嗅ぎつける才能は非常に頼りになる。

 数日前に聞いた恋バナ・・・リッテンハイム候の遠い親戚にあたる帝国軍大将の息子とリッテンハイム候の甥の嫁との許されない恋愛物語は、情報部も掴んでいなかった。

 この恋バナを聞いた俺の側近達は、今後の帝国の政局を左右する貴重な情報と判断して驚喜したほどだ。となれば、俺としても仲の良い親戚ごっこを当面続ける必要性を強く感じてしまう。

 しかもフレーゲル男爵の悪いお友達には相当な数の暴漢や手下・・・私兵を動員できる貴族も居る。彼を通じてうまく未来の貴族軍の戦力強化を図りたいという欲もある。

 それに何より生き延びるために悪事に手を染める覚悟の俺としては、近くである程度汚名を引き受けてくれそうな生け贄が必要だ。

 そういう事情で俺は頻繁に訪れるフレーゲルをなるべく歓待している。でもまあ今日は紅茶と椅子を勧めないけどな・・・

「・・・伯父上?」

「なんだ?」

「いえ、金髪の孺子のことです。このまま好きにさせておく、おつもりですか?」

 俺は近くで置物になっているアンスバッハと次席執事をチラッと見た。フレーゲルが何の話をしていたのか分からない。

 アンスバッハはピクリとも動かないが、次席執事のカーソンは如才なく首を小さくふった。どうやら特に目新しい話はなかったようだ。

「馬鹿を言うな。わしが金髪の孺子の増長を見過ごすなどあり得ん」

 これは本音だ。ラインハルトを放置したらこっちの命まで危ない。少なくともフレーゲルと俺はある程度同じ立場だ。

 とはいえそれは一心同体というより呉越同舟という話であり、生贄としての条件と切り捨てる機会が揃えば、容赦なく船から蹴落とせる関係である。

「さすが伯父上。このフレーゲル何でもする覚悟があります。いつでもお申し付け下さい」

 本当に何でもするなら「ラインハルトを侮るな」、 「黙っていろ」と言ってやる。だが、明らかおべんちゃらを兼ねたフレーゲル男爵のいつもの決意表明なので、適当に話を合わせておく。

「今は軽挙妄動を慎む時だが、いずれフレーゲルの力を借りる時が来るであろう。その時には頼む」

「はっ、お任せ下さい」

 フレーゲルは真面目な表情で頷いた。彼は偉大な伯父上(俺)の言い付けを覚えていれば従おうとする美点もある。

 それも怒り狂ったら自制心を失うこと、特定の分野で怒りの沸点が異常に低いことで相殺だが・・・

「ところで、青年貴族達の私兵を艦観式と訓練に参加させる件はどうなっている」

 俺は若干期待しつつフレーゲル男爵に尋ねた。

 無駄な努力という心の奥から湧き出る気持ちを振り払いながら、俺は門閥貴族達の私兵を鍛える作業を始めていた。

 まあ、肝心要のブラウンシュヴァイク一門の私兵ですら、まだ端緒についたばかりであり、側近や側近の部下達の大半は一門の説得にかかりきりになっている。

 ただ、やはり対ラインハルトで共闘出来そうな若手暴走貴族の私兵の強化は早ければ早いほど良い。

 そこで一門外の青年貴族と徒党を組んでいるフレーゲル男爵にも仕事を手伝わせることにした。

 とはいえ今のところ成果は零に近い状況だ。

「ヒルデスハイムを始め何人かに声をかけたところ、艦観式は喜んで参加するとの回答を得ました。ですが訓練への参加には消極的です」

「なるほど、やはり全滅か」

「いえ、グラバック男爵は参加を約束しました」

「グラバック男爵?」

 聞いたことない名前の貴族だな。

「先日、ミュンツァー伯爵邸で数時間ご一緒したフレーゲル男爵の従兄弟でございます」

 カーソンが通信器をいじりながら、緊急の案件という体裁を取って俺にそっと耳打ちしてくれる。三長官への嫌がらせで手柄を挙げたあのグラバック男爵か。

 自慢気に報告するフレーゲル男爵にわざわざ指摘しないが、グラバック男爵が我が一門なら説得を頼んだ相手ではない。まあ、ボアテング伯爵達が説得する手間を省けたなら良しとしよう。


「おー、先日、会ったばかりだな。男爵は息災か」

「はっ、ブラウンシュヴァイク公と同席する栄誉を得たとあの後ずっとはしゃいでおります」

「そうか。それで男爵は何隻ほど出せるのか」


「二百隻です」

「二百隻か・・・男爵に礼を言っておけ。それから他の者を引き続き説得せよ」

 ちょっと少ない気がする。いくらコツコツ戦力を増強する計画とはいえ、もうちょっと景気の良い数字が欲しいところだ。何と言っても相手は百万隻一億人体制になっても油断出来ない相手だしな。

「伯父上、もう少し時間をいただきたいのです。皆、名門ブラウンシュヴァイク家の軍監を受け入れ訓練に参加するならば、万全の体制で受け入れたいと考えています。なに、一年もあれば十分です」

 フレーゲル男爵の説明を聞き、俺はどう説得して良いのかわからなくなった。だいたい一年後では貴族階級が潰滅している可能性もある・・・

「何を悠長な。金髪の孺子との戦いは何時起こるかわからなのだぞ」

「ははは。ご冗談を。あの成り上がりを打ち破ることくらい造作もないこと。この私にお申し付け下されば、いつでもやり遂げてご覧にいれます」

 フレーゲル男爵は自信満々だ。元帥という不相応な地位は姉の七光りで得ただけと、本気で信じているのだろう。

 まあ確かにラインハルは皇帝の寵姫の弟という七光り要素満載の立場だ。俺も原作を全く知らなかったら、フレーゲル男爵の見解を信じていたかもしれない。

「頼もしいことだ。それはそれとして一度直接彼等と話をしたい。皆の都合の良い日に晩餐会を開いて招待するとしよう」

「ブラウンシュヴァイク家の正式な招待ならば彼等も喜ぶでしょうが、近々ヒルデスハイム伯爵のパーティーがあります。そちらに参加してはいかがでしょう」

「カーソン?」

 俺は執事に予定を尋ねた。

「ヒルデスハイム伯爵のパーティーでしたら参加することは可能です」

「では参加しよう」

 説得という面倒な仕事をフレーゲル男爵に任せたつもりが、結局何一つ解決しないまま仕事が戻ってきた。本当に頼りになる奴だ。

「ところで伯父上。今日は掘り出し物のワインをお持ちしました。シャトーヴェスターの四百三十年物の逸品です。どうぞお納め下さい」

 フレーゲル男爵が合図を出すと、カーソンの部下の若手執事がテラスに出てきた。ワイン一本とグラスの入った駕籠を抱えた使用人を連れている。

 すぐに俺の前のテーブルにワイングラスが置かれ、カーソンがシャトーなんちゃらとかいうワインを注ぐ。

 辺りにかぐわしいワインの香りが広がった。どうやら特にテイスティングとかは無いようだ。

 俺はたしなみで香りを楽しんでから一口飲む。

 いやはやフレーゲル男爵は貴重な人材だ。酒の味がよくわかっている。しかも高そうな美味い酒のプレゼントだ。

 お小遣いを集られると思っていたが、なかなかどうして出来た奴だ。俺はちょっと誤解していたのかもしれない。

「これは美味い」

 俺は素直にワインの味の感想を伝える。俺の喜びはフレーゲルの喜び。彼も嬉しそうだ。

 いや、こんな美味しいワインを持ってきていたなら、椅子くらい勧めてやるか・・・
 
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