呪いの指輪
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6部分:第六章
第六章
「けれどこのままじゃ」
「とにかく。あんたが言ってもどうしようもないわよ」
「じゃあ大統領は」
「あのインタヴューのことはお母さんも聞いたわ」
母もだ。そうだというのだ。
「それでお母さんもわかったわ」
「あの指輪で間違いないわよね」
「ええ、絶対にね」
こう娘にも言う。
「だとすると大統領は」
「危ないわよね」
「あの指輪は破滅の指輪だから」
言い伝えにある。だからこそだった。
「そうなるわ」
「どうしたらいいのかしら」
メール等を送っても信じてもらえない。ヒルダにしてもジンツァーを失うことはどういうことかわかるものだった。それは欧州にとって致命的なことだ。
だからこそ何とかしたい。しかしだった。
「誰も信じてくれないし」
「御伽噺だからよ」
「けれどその御伽噺が本当だから」
「どうしたら」
二人はどうしようかと考える。しかしだった。
その答えは出ずにだ。そして言ったのだった。
「私達じゃとてもね」
「そうね。何かをしても」
誰も信じない。それではどうしようもなかった。それでそのままジンツァーを見るしかできなかった。
そのジンツァーはある日ライン河のところに来た。そしてそこでだ。
このところ順調に進んでいるライン河流域の工業地帯、即ちルール工業地帯の発展を高らかに謳い上げる演説をしようとしていた。しかしだ。
ジンツァーがライン河を背に壇上に立ちそこで演説をしようとしたところでだ。不意にだ。
誰かが壇上に突き進みだ。そのうえでだ。
「死ね!独裁者!」
こう言って鋭利な、鉈の様な大きなナイフを出してきた。それでジンツァーを刺そうというのだ。
だが男は冷静さを失っていた。その為。
右手に持っているナイフを乱暴に振り回していた。そのうえでジンツァーから見て左手から襲い掛かっていた。ジンツァーはその攻撃を左手で防ごうとした。
だがここでだ。ジンツァーのその左手の指を。
男はナイフで上から下にばっさりと切り落とした。そしてだった。
そのままジンツアーと揉み合いになる。そしてだった。
二人はライン河に落ちた。護衛の者達が慌てて二人を追う。場は騒然となった。
護衛の者達も群衆も大騒ぎになった。その中でだ。
ジンツァーの左手の指、親指以外は全て切り落とされたその四本の指は行方知れずとなった。だがジンツァーは重傷を負いながらも助かった。
しかしこの時の傷、指もなくなったそれでだ。彼は動けなくなりだ。引退を余儀なくされた。彼は一命はとり止めたものの英雄ではなくなってしまった。
その一連の経緯を見てだ。ヒルダは母に言った。
「あの指輪の呪いよね」
「ええ、絶対にね」
「けれど大統領は助かったけれど」
「どうしてなのかしら」
母は首を捻ってヒルダに話した。
「あれは」
「大統領の指はなくなったわよね」
「ええ、左手の指はね」
突如襲い掛かってきたテロリスト、ジンツァーを独裁者と認識する反EU主義者の手によるものだった。こうした考えはEECの頃から存在している。
その彼のテロでだ。ジンツァーは指を失った。その時にだった。
「指輪をしていた指がなくなったから」
「それでなのね」
「ええ、そうだと思うわ」
そのせいでだというのだ。
「指輪が。その時に大統領から離れたから」
「だからあの人は助かったのね」
「そう思うわ。ただね」
指輪による破滅は免れた。だがそれでもだというのだ。
「指輪を失ったから」
「それで英雄でもなくなった」
「EUを導くこともできなくなったのよ」
破滅は免れた、だが彼は権力の座にもいられなくなったというのだ。
「そうだと思うわ」
「そういうことなのね。つまりは」
「ええ。望むものを与えると共に破滅ももたらす指輪」
そしてそれがなくなるとだというのだ。
「それがなくなったから」
「大統領は助かったけれど大統領でもなくなった」
「ええ、そうだと思うわ」
こう話すヒルダだった。母も娘のその言葉に頷く。
そしてそれから暫く後でだ。ヒルダは。
あの指輪をライン河の岸辺で見つけた。しかしだ。
その指輪は指で抓んで河の中に投げ入れた。するとそこから白い女の手が出て来てだ。
今河の中に入ろうとしている指輪を掴んで消えた。彼女はその指輪を受け取らなかった。破滅も望みもあえて避けたのである。
呪いの指輪 完
2012・2・4
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