K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K24 キミを救い出したい
「え、え? うえええええ!? 何でヨハンさんが? てかどうやって!?」
「ひ、響、落ち着いてっ」
横から未来が響を宥める間に、弦十郎が自身に通信を繋いでいる。
「二課司令の風鳴弦十郎だ。話は俺を通してくれ」
《了解です、サー・カザナリ》
「ヨハン・K・オスティナ、で間違いなかったかな」
《はい》
「君は確か、米国はじめ全ての国家を敵に回した組織の一員ではなかったか?」
《脱退したというか……事実上、僕らは脱走兵です。今回の内部衝突で完全に、国家はもちろん組織にも属さない立場になりました》
「僕ら」。複数形の一人称に響は指を顎にやって首を傾げる。モニターにはヨハンしか映っていない。
《おそらく今頃、僕らの元・仲間たちは、フロンティアの心臓部に上陸しています。浮上したフロンティアを制御するためのキーはすでに持っています。いつアレを動かしてもおかしくありません》
「キー?」
《ネフィリムの心臓。ロストしたデュランダルと同じ完全聖遺物で、自律稼動するエネルギー増殖炉。アレをエンジンにフロンティアは動くんです。QoMステージジャックも、本来はフォニックゲインを高めてネフィリムを覚醒させるためでした》
響はようやく納得した。だから宣戦布告や国土の要求をしてからも彼らは動かなかったのか。
《ですから今からお話しすることは、国や利権を絡めない、僕らからの純粋な『お願い』です》
「――聞こう」
《前の僕らは、月の落下から一つでも多くの命を救うことをポリシーにしていました。でも今は……みんな目的を見失って、ただ暴走してる。僕らは止めに行きたい。みんなの暴走が誰かを傷つける前に止めるのが、仲間の責任だと思っています。ですから、彼らの始末を僕らに任せてほしいんです》
――調たちは、F.I.S.のエアキャリアをどうにか発見し、すでにマリアたちが艦内にいないことを確かめてから、エアキャリアに忍び込んだ。そして、ヨハンがエアキャリアから日本側の装者の潜水艦基地に通信を繋いで、現状と要望を訴えた。
調は少し離れて、通信するヨハンを見守った。
自分もヨハンに並ばなかった理由はコドモじみていて、ただ、立花響に姿を見せたくなかったのだ。小日向未来との死闘で響に感じたものを胸に抱えたまま響の前に立つことに、照れくささにも似た抵抗があったのだ。
《君たちだけに全て任せる事はできん》
あちらの責任者である風鳴弦十郎は、きっぱりと返答した。
《――が、こちらからの手助けを君たちが受け入れるなら、共に戦おう》
「え……?」
驚きに声を零してしまった。
《今の声、調ちゃんっ? そこにいるの!?》
画面の中。弦十郎の横から立花響が顔を出した。しまった、と口を押さえても遅い。
「いますよ。こういう交渉は僕が担当していますので、僕が代表して話しているだけで」
《調ちゃんも、仲間を――切歌ちゃんたちを止めたいって思ってくれてるんですか?》
「はい」
通信席に座るヨハンが調を見上げた。調にどうするかを無言で問うている。
調は溜息をついてヨハンの隣に立った。
《調ちゃんっ》
「……勘違いしないでね。わたしはただみんなを止めたいだけ。そんな時にあなたたちまで敵に回したんじゃ厄介だから。正義感なんかで戦うんじゃない」
画面の中の響がぱちぱちと目を瞬いてから、相好を崩した。
《わたし、自分のやってることが正しいだなんて思ってないよ》
「――は?」
《前も大きな怪我をした時、家族が喜んでくれると思ってリハビリを頑張ったんだけどね。みんなが言ったよ。『本当はケガなんてしてなかったんだろ』、『税金ドロボー』、『人殺しといてよく生きてられるよね』……って。わたしが家に帰ってから、お母さんもおばあちゃんも暗い顔ばかりしてた。本当のありのままを語っても、誰も信じてくれなかった》
立花響はふにゃふにゃと笑う――笑っている。
響にとって過去は過去、現在に影を落とすものではないのだ。
痛みを知りながら、立花響はそれを克服したのだ。
《偽れば傷つかずにすむんだとしても、わたしは自分の気持ちだけは偽りたくない。偽ってしまったら誰とも手を繋げなくなる》
響がディスプレイに向けてパーを出した。調ちゃんもっ、と元気に言われた。
調は何が何だか分からない内に、ディスプレイに手の平を向け――置いた。
画面越しに、調と響の手が、繋がった。
気づいて、調はぱっと画面から手を離した。
「……だけど、信じるの? 敵だったのよ」
《敵とか味方とか言う前に、子供のやりたいことを支えてやれない大人なんて、カッコ悪くて敵わないんだよ》
《師匠~♪》
「相変わらずなのね」
《甘いのは分かっている。性分だ。――ん?》
調は答えなかった。今のは月読調の言葉ではなかったが、進んで明かすほど自分はいい子ではないから。
ヨハンはクッション素材のアタッシュケースに入るだけのLiNKERと、応急処置に使えそうな物を入れた。
体がAnti_LiNKERに慣れているヨハンはともかく、Anti_LiNKERを打たれた調はもう一度LiNKERを摂取し直さなければギアを纏えない。
「何してるの?」
背後から調が、ヨハンの肩を支えに身を乗り出し、手元を覗き込んできた。
「戦支度。補給が断たれた時にみんなの物資的フォローをするのも僕の役目だったからね。こんな形で使いたくは、なかったんだけど」
調はケースの中身を見て、納得を肯きで示した。
「よし。準備ができた。行こう、調」
「うん。――きりちゃんも、マリアも、マムも、すぐに助けに行く」
調はヨハンが差し出した携帯注射器を受け取った。そして一片の迷いもなく、自らの首に今日2本目のLiNKERを注射した。
「 ――Various shul-shagana tron―― 」
女神ザババの片刃、シュルシャガナのシンフォギアが解き放たれ、調の体を覆っていく。
武骨な自分と違い、彼女たちが戦姫へと変貌する様はいつ見ても美しく――もどかしい。
(僕がもっと強ければ、彼女たちを戦場に立たせなくていいのに)
だが己の無力をヨハン・K・オスティナは不満に思わない。
知っているからだ。優しさや勇気から始まっても、力を求めすぎればそれは脅威だ。大きな力はそれだけで争いの火種になる。
それは悲しいもの、と。もう死んだ人は言った。
だからヨハンは悔しさもプライドも脇に置いて、ただ彼女たちと共に戦場に立つ。
シュルシャガナの“禁月輪非常Σ式”が荒野を走る。
ヨハンは調の両肩に掴まり、禁月輪の後ろに乗っていた。一直線に目指すは、フロンティアの制御室がある遺跡。
「 ――Zeios Igalima rizen tron―― 」
――それは不毛の大地さえも緑茂らす、潤しい音色。
「調!」
「うん!」
禁月輪がジグザグに走る。
通り過ぎた場所の土を、濃緑色のエッジが抉っていた。間違いない。イガリマのエッジパージ式遠距離攻撃、“切・呪リeッTぉ”だ。
エッジを全て躱してから、調は禁月輪を停止させた。アームドギアを解除したことで調のギアもデフォルトスタイルに戻った。
ヨハンと調は身構えつつ、切歌を探した。
「! ヨハン、上っ」
ヨハンは調が見上げる方向を見上げた。――いた。イガリマのギアを纏った切歌だ。
「調ッ、ヨハン! どうしてもデスかッ!」
どうしても戦わなければならないのか。叶うならNOと言いたい。だが。
「ドクターのやり方では、何も残らないっ。それどころか、神獣鏡の装者みたいな新しい弱者まで生み出してしまった。争いを望まない優しい人の意思を奪い去り、争いを強いる世界なんて、どうしたってダメ!」
だが、切歌は頑なに首を横に振る。
「そうじゃない…どんな世界が待ってるんだとしても、フロンティアの力じゃないと世界そのものを助けられない…調だって助けられないんデスッ!」
「こんな状況になってもまだウェルを信じるのか!? 切歌!」
「ヨハンには分からないデス! 調を遺してく、あたしの気持ちなんて…分かるわけない!」
前も言っていた。LiNKER装者でも“フィーネ”でもないヨハンは、ずっと調と生きていける――駄々っ子のように。世界の不幸を一身に負わされたとでも訴えるように。
「きりちゃんが、わたしを遺してくって、どういうこと?」
「…………あたしの中に、“フィーネ”の魂が覚醒しそうなんデス」
今までの違和感が現状と繋がった。
情緒不安定。らしくもない騙し討ち。全てが“フィーネ”に塗り潰されていく中での、暁切歌の抗いだった。
(マリアじゃないと分かってホッとした矢先にこれだ! 僕らは確かにフィーネの子孫だろうと言われてる人間の集まりだけど。どうして。どうしてよりによって切歌に!)
「何度だって言うデスよ! 『これから』があるヨハンとないあたしじゃ、どうしたって分かり合えない!」
噛みしめた奥歯が割れる直前に、温かいものがヨハンの手を握った。
手袋越しの、小さく細い、愛しい調の手。
「大丈夫」
調はヨハンの前、ちょうど切歌の真正面に立った。
「だとしたらわたしはなおのこと、きりちゃんを止めてみせる。これ以上塗り潰されないように。大好きなきりちゃんを、守るために」
「守るとか言うなッ! あたしが! 大好きな人たちがいる世界を守るんデスッ」
「どうしても?」
「どうしても、デス!」
説得できるならそのほうがよかった。だが、切歌が戦いを選んだ場合の覚悟も、ヨハンも調も決めてきた。
理解し合うための衝突を恐れてはならない。それは立花響と小日向未来の戦いを観て学んだ、大きな真理。
調を見やる。マゼンタの双眸に宿る想いは同じ。
肯き合い、二人はすうっ、と息を吸った。
キミを救い出したい この星空を 永久の彼方へ焼いてでも
ヨハンは調と声を重ね、歌った。
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