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マゾヒズム

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1部分:第一章


第一章

                           マゾヒズム
 津上美也子は一見するとごく普通の、所謂セレブである。裕福な実家に安定した高い収入のある仕事を持っている夫に立派な郊外の家、それに可愛らしい娘を持っている。
 本人も気品のある落ち着いた容姿に質のいい服をいつも着ており芸術や文学を愛する淑女として知られていた。まさに比の打ちどころのない美女だった。
 だがその彼女と共にいる夫の省吾はだ。夜になるとだ。
 深い憂いの顔と共にだ。こう彼女に問うのが常だった。
「今日もか?」
「はい、お願いします」
 神秘的な笑みと共にだ。美也子は夫に答えた。
 二人は今家のリビングにいる。そこのソファーに向かい合って座っている。
 ソファーに深々と座る夫はだ。そこの場においてだ。
 溜息をつきだ。こう言ったのである。
「何故君は」
「それがいいからです」
「君自身がそうなることがか?」
「ですからその為にあの部屋を用意したのです」
 美也子は夫にこんなことも言った。
「だからこそです」
「地下室も。そうなのか」
「人にはそれぞれの嗜好がありますね」
 整ったロングスカートの部屋着姿でだ。美也子は言う。
「そして私はです」
「あれが好きなのか」
「ですから今日もお願いします」
 また言う美也子だった。
「どうかお情けを」
「わかった」
 項垂れながらもだ。省吾はだ。
 妻のその願いを受け入れて頷いた。そうしてだった。
 彼女にだ。こう告げたのだった。
「では今から地下室に入ろう」
「はい、そうして今夜も」
「楽しむのか」
「私はこの時の為に生きているのですから」
 このうえない至福を前にしてだ。期待に胸を満たしている顔あだった。
「ですから」
「だからか」
「はい、だからこそです」
「それがわからない」
 また言う省吾だった。今度は首を横に振っている。
「あんなことをされて君は」
「幸せなのかというのですね」
「そうだ、君はあんなことをされて幸せなのか」
「はい、このうえなく」
 あくまでこう言う美也子だった。
「私にとっては。では」
「わかった。それではな」
 妻の再度の申し出にだ。夫はだ。
 渋々ながら再び頷きだ。そうしてだった。
 二人で地下室に入る。そこは隠し扉から入る特別な場所だった。
 暗いコンクリートの階段を二人で降りてだ。そしてだった。
 その鉄の扉を開けて中に入る。するとだ。
 美也子はその服を脱いだ。するとだ。
 女優としても通用する様な見事な裸体が現れた。見ればその裸体のあちこちに異様な傷跡がある。そしてその裸体は黒く露出の多い下着に覆われていた。そしてその妻をだった。
 夫は部屋の中にあった奴隷を拘束する様な手錠を後ろ手にしてかけてからだ。そのうえでだった。
 部屋の中にあった鞭を取り出してだ。乱暴に冷たいコンクリートの上に転がした妻に対してだ。こう尋ねたのである。
「それでどうされたい」
「今日はですね」
「鞭か。それとも他のことか」
「まず鞭を」
 その鞭を持つ夫をだ。恍惚とした顔で見上げながら言う妻だった。
「それで私をおぶち下さい」
「それだけか?」
「いえ、それからです」
 鞭だけではなかった。さらにだった。
「私を犯して下さい」
「どういった感じで犯されたい」
「後ろから獣の様に」
 自分がそうされる姿を想像しつつだった。
 美也子は恍惚の中で目を潤ませてだ。言うのだった。
「この髪を掴んで」
 見れば黒い豊かな髪だ。セットしてあるのが余計に悩ましい。
 
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