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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百九話 シャンタウ星域の会戦 (その1)

宇宙暦796年8月18日  18:00 第十三艦隊旗艦ヒューベリオン ヤン・ウェンリー


眼前のスクリーンに巨大な敵軍が映っている。戦術コンピュータがモニターに擬似戦場モデルを映し出す。どちらも両軍が徐々に近づきつつあるのを示している。私はそれを指揮デスクの上に座りながら見ていた。

「敵との距離、百光秒」
オペレータの何処か上ずった声が艦内に流れる。おそらくそれを聞いた兵士たちは緊張の余り掌に汗をかいているだろう。掌を軍服に擦り付け汗をぬぐう者も居るはずだ。しかしもう直ぐ汗を気にする余裕もなくなる……。

彼方此方で兵士たちが顔を寄せ合って会話を交わしている。おそらく自分の緊張を少しでも緩めようというのだろう。戦い前の何時もの光景だ。視線を流して幕僚達を見た。

ムライ、パトリチェフ、ラップ、シェーンコップ、グリーンヒル。一瞬だけで直ぐに視線を戦術コンピュータのモニターに戻した。大丈夫だ、皆でハイネセンに戻る。きっと戻る。

第十艦隊が敵の偵察部隊と接触した後、間を置かず第十三艦隊も偵察部隊の接触を受けた。より正確に言えば第十三艦隊は偵察に出した部隊が敵の偵察部隊と接触したという事だが。

接触後第十、第十三艦隊は後続の艦隊、総司令部に連絡すると共に後退を実施、第五艦隊、第十二艦隊と合流し後続の艦隊を待った。全艦隊が集結するまでに約一日半かかっている。敵が攻めてこないのが不思議だった。艦隊が集結するまでにこちらからも偵察部隊を出し敵の索敵に努めた。

その結果分った事は敵は十一個艦隊、約十四万隻に近い大軍だという事だ。こちらは九個艦隊、約十三万隻。有利ではないが不利ではない、そう言えるだろう。索敵報告を聞いた総司令部の命令は敵との会戦を命じるものだった。

“別働隊が来る前に眼前の敵を撃破せよ”

おそらく我々の前に居る敵部隊にはヴァレンシュタイン司令長官は居ない。こちらを油断させるために別働隊になったはずだ。五個艦隊、六万隻以上の敵がこちらに向かっている。


「敵軍、イエロー・ゾーンにさしかかります」
幾分震えを帯びたオペレータの声が艦内に響く。ベレー帽をぬぎ髪をかき回す。ハイネセンに戻ったら床屋に行かなくてはと思いつつ、ベレー帽を被りなおす。自然と心が引き締まった。 


おそらく二十四日から二十五日には戦場に現れる。その前に前面の敵を破る。総司令部の言うように各個撃破することになるが、後一週間の間に敵を破り体勢を整えなければならない。

遠征軍の艦隊が集結した後、その事を話したが今一つ反応が鈍い。皆別働隊は反乱鎮圧の後始末、更に損害を受けた事での再編、補給等で八月末になるのではないかと言うのだ。まともに聞いてくれたのはビュコック、ボロディン、ウランフの三提督だけだった。何時もの事だ。

もっとも皆自分の陣を何処に置くかで頭が一杯だったのかもしれない。総司令部は遠方に有りながら遠征軍を指揮しようとしている。アムリッツア、ボーデン、ヴィーレンシュタインに通信を中継する艦を置き指揮するようだ。


「敵軍、イエロー・ゾーンを突破しつつあり……」
オペレータの囁くような声に軽く右手を上げる。もう少しだ……。


おかげで私達の傍には誰も寄り付きたがらない。総司令部が私達に無茶な命令を出すのは分かっている。巻き添えを食いたくない、そう言うことだ。自然、布陣は右翼から第十三、第十、第五、第十二、第四、第一、第七、第八、第二の布陣と成った。

ボロディン提督の左隣はモートン中将になる。士官学校卒業ではないため割を食ったらしい。後の世の歴史家たちがこの会戦をどう評価するのか、是非生き残って知りたいものだ。歴史上もっとも無責任に行なわれた遠征と評されるだろう。


「敵、完全に射程距離に入りました!」

悲鳴のようなオペレータの声に右手を振り下ろした。
「撃て!」

光の束が暗黒の宇宙を切り裂き、帝国軍へ襲い掛かる。帝国軍からも同じように光の束がこちらへ向かってくる。両軍で光球が炸裂し、眩しいほどの光がスクリーンを支配する。シャンタウ星域の会戦、そう呼ばれるであろう戦いが始まった。



帝国暦 487年8月18日  18:00 帝国軍 ローエングラム艦隊旗艦ブリュンヒルト  ラインハルト・フォン・ローエングラム


帝国軍、反乱軍、両軍合わせて二十万隻以上の艦船が勝利を得るために戦い始めた。帝国軍の基本方針は決まっている。敵を打ち破るのではなく受身で敵を引き付ける。

いずれヴァレンシュタイン司令長官率いる別働隊が来る。全面攻勢に出るのはそれからだ。それまでは敵をこの場に引き留めなければならない。敵の集結を許したのもその所為だ。一撃で敵を殲滅する。受身の戦いは得意ではないが、勝つためには我慢だ。

「敵ミサイル、接近!」
「囮ミサイル、射出せよ」
「主砲斉射!」

艦内を命令と報告が慌ただしく交錯する。スクリーンの入光量を調整していなければ光球の眩しさで目を開けていられないだろう。ここにいる二十万隻の艦全てで同じような状況が発生しているはずだ。

帝国軍は左からロイエンタール、ミッターマイヤー、メルカッツ、クレメンツ、ミュラー、俺、ワーレン、メックリンガー、アイゼナッハ、ケスラー、ルッツの順で陣を敷いている。

敵は第十三、第十、第五、第十二が右翼を占めている。反乱軍の精鋭部隊と言っていい。特に第十三艦隊はヴァレンシュタイン司令長官が最も危険視した男だ。ロイエンタール、ミッターマイヤーの二人掛りで対応させる。あの二人なら何とかするだろう。

シュタインメッツ、キルヒアイス、オーベルシュタインも黙って戦況を見ている。戦況は今の所こちらの思い通りだ。心配する事は何もない。あとは反乱軍を挟撃し、撃滅するだけだ。



宇宙暦796年8月18日  21:00 第五艦隊旗艦リオ・グランデ アレクサンドル・ビュコック


「閣下、総司令部から命令です」
「うむ」
ファイフェル少佐が緊張した様子で総司令部からの電文を持って来た。どうせ碌な物ではあるまい。

「前進して敵の左翼を攻撃せよ、か」
おそらく第五艦隊だけではあるまい。第十、第十二、第十三にも同様な命令が出ているじゃろう。

総司令部の意図はわしらが敵を崩す事で全面攻勢に出ると言うことか。おそらく左翼には無理はするなとでも命令が出とるじゃろう。わしらがここで戦力を枯渇しても構わん、別働隊は温存した左翼部隊で撃つ、そんなところじゃな。

随分と嫌われたものじゃ。しかし、総司令部の思うとおりに行くかどうか……。とは言っても命令は命令じゃ、動くとするか。
「全艦に命令。二時の方向に主砲斉射、艦隊を前進させよ」


帝国暦 487年8月18日  21:00 帝国軍 クレメンツ艦隊旗艦ビフレスト アルベルト・クレメンツ


敵の第五艦隊が攻勢に出てきた。いや、第五艦隊だけではない。敵右翼が攻勢を強めている。第五艦隊はこちらとメルカッツ提督の間を分断しようとしている。甘く見るなよ、ご老人。

「全艦に命令。敵の先頭部分に砲撃を集中しろ」
俺の命令に従い敵の先頭に攻撃が集中する。しかし敵は退かない! 損害を受けつつも前進してくる。戦意が高い! 流石というべきか。

感心してもいられない。敵がこちらを分断するというなら、メルカッツ提督と連携して、分断される前に第五艦隊を左右から叩くしかあるまい。メルカッツ提督に連絡を入れるか……。

突然敵の艦列が崩れた。メルカッツ提督の艦隊の一部が敵の第五艦隊に攻撃をかけている。決して大規模な攻撃ではない、しかし実に効果的だ。こちらが連絡する前に手を打たれたか、流石だ。

「今だ、全艦に命令、敵を押し返せ」
敵に対し、攻撃を集中する。だが敵は後退しつつも嫌らしいほど柔軟に陣形を変え反撃の機会を狙っている。帝国も反乱軍も老人はしぶとい。



帝国暦 487年8月19日  0:00 帝国軍 ローエングラム艦隊旗艦ブリュンヒルト  ラインハルト・フォン・ローエングラム


戦況は膠着状態になりつつある。先程まで敵右翼の攻勢が激しかった。敵の第五、第十、第十二、第十三が全面的に攻勢をかけてきた。しかも連携が良い、流石に敵の精鋭部隊と言って良いだろう。なんとも激しい攻撃だったが、なんとか凌ぎきった。

メルカッツ、クレメンツ、ミュラーの三人が実に良く連携し敵の攻勢を防ぎきった。三人とも良く周りを見ている。そして非常に柔軟だ。この男たちを打ち破るのは簡単なことではない。敵も理解しただろう。

敵の残存部隊が攻勢をかけてこないのが不思議だった。中央と左翼が攻勢をかけてくればもう少しこちらを押し込めただろう。その中で勝機も見えることが有ったかもしれない。

だが現実には攻勢をかけてこないだけでなく、どちらかと言えば戦意が無い様に見える。何を考えているのか? どうも敵の動きがちぐはぐな感じがする。

それにしても厄介なのは第十三艦隊、ヤン・ウェンリーか。ロイエンタール、ミッターマイヤーを相手にしながら一歩も退かずに戦っている。

さすがに二人を振り切る事は出来ずに居るが、こちらが勝とうとすれば何処かで裏をかかれそうな怖さがある。

日付が変わった。別働隊が戦場に到着するのも間も無くだろう。これからが勝負だ。



帝国暦 487年8月19日  0:00 帝国軍総旗艦ロキ レオポルド・シューマッハ


「閣下、戦場まであと二時間で着きます」
「そうですか」
ワルトハイム参謀長の声に司令長官は穏やかに答えた。

艦隊はカストロプ鎮圧に行くと見せかけてリヒテンラーデに赴き待機した。艦隊がリヒテンラーデを発ったのはローエングラム伯がオーディンを発った日、八月四日だ。

総旗艦ロキの艦橋内の人間たちは、これから赴く戦場の事を考え軽い興奮状態にある。帝国軍だけで二十万隻近い艦隊が集結するのだ。

反乱軍も入れれば三十万隻を越える。興奮するのも無理は無い。そんな中で司令長官だけが何時もと変わらぬ落ち着きを保っている。

総旗艦ロキの艦橋は他の戦艦とは少し違う。普通提督席の傍には会議用の机や椅子はない。参謀たちは提督の傍で立っている。

しかしこの艦は違う。提督席の傍に会議卓と椅子を置き、我々参謀たちが座っている。司令長官の言によれば、傍で立たれているのは落ち着かないらしい。

なかなか座ろうとしないフィッツシモンズ少佐には“足がむくむから座るように”と言い、きつい眼で睨まれていたが、平然としていた。

「閣下、戦場はどうなっているでしょう。味方は優勢に進めているでしょうか?」
「まあ不利ではないと思いますよ、参謀長。それに現時点で勝っている必要は有りませんから無理はしていないでしょう」

司令長官の言葉に皆が頷く。そう、現時点で帝国軍が勝っている必要は無い。大事なのは我々が戦場に着くまで敵を逃がさない事だ。もう直ぐダゴン星域の会戦を超える戦いが始まるだろう。

ダゴンでは帝国が敗れ、反乱軍は勢力を拡大した。今度勝つのは帝国だ。そして反乱軍の勢力は著しく弱まるに違いない。




 
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