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憑依貴族の抗運記

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第2話、愚痴パーティー

 俺を乗せた地上車は前後の随伴車と一緒に片道三車線の幹線道路を走っていた。沿道に等間隔複数列に植えられた木が夕日で赤く染まっている。

 側近のアンスバッハ准将の話によれば、街路樹に遮られて地上車からの視界に入らないが、この付近には有力貴族の大邸宅がひしめているらしい。

 しかもその一つがなんとブラウンシュヴァイク家の別邸と言うから、持ち主の俺もびっくりの情報だ。

 もし上空で遊覧飛行を楽しめれば、ヨーロッパの田舎にある古城地帯のような景色を楽しめそうだ。飛行禁止区域のようだが、一度試してみたいという誘惑に駆られている。


「渋滞のようです」

 片道三車線計六車線の道路の内、四車線が貴族を乗せた高級車と護衛を乗せた随伴車で埋まっている。彼らの目的地はおそらく俺と同じミュンツァー伯爵邸だろう。

 ミュンツァー伯爵の芸術鑑賞パーティーは今日この辺りで開かれている唯一の社交場だ。

 ラインハルトの元帥昇進直後ということもあり、生意気過ぎる金髪の孺子(こぞう)に対する不満や愚痴を語りあうべく、門閥貴族がミュンツァー邸に集まってもおかしくない。

 もっとも政治に影響力も興味も無いミュンツァー伯爵は、そんな連中を集めるために返信不要の招待状をばらまいたわけではないらしい。

 もちろん俺は門閥貴族みたいに憂さ晴らしにラインハルトの悪口を言いにきたわけではない。あくまでも諸事情で三長官の悪口を広めにきただけだ・・・

 いずれにせよミュンツァー伯爵はあくまでも自分で描いた絵画を見て貰うための芸術鑑賞パーティーを企画して、招待状をアスターテ星域会戦の前に出したようだ。

 伯爵にとっては、ある意味一生に一度の大波乱になるのかもしれない。

 直後、俺の車列は渋滞の最後尾を守るように配置された銀河帝国軍の憲兵隊に止められた。

 助手席に乗っている護衛に一瞬緊張が走ったが、すぐに前の護衛車から問題無しとの連絡を受けた。どうやら伯爵邸周辺の混乱を治めるため、政府の誰かが急遽出動させた部隊らしい。

 横暴な貴族と大渋滞の組み合わせに対応する交通整理と警備の仕事。絶対に押し付けられたくない仕事の一つだな。

 案の定、俺の護衛と話をしていた憲兵隊少佐が血相を変えて姿を消すと、疲れきった表情の憲兵隊大佐を連れて戻ってきた。

「私が話してまいります」

「アンスバッハ。大佐に警備ご苦労といたわってやれ」

「承知しました」

 アンスバッハ准将が車外に出て大佐と短く会話すると、俺の車列に憲兵隊の先導車がついた。

 空いている二本の道路に誘導され、渋滞に苛立っているだろう貴族を後目に、最優先でミュンツァー伯爵邸の正面エントランスまで通される。

 まあブラウンシュヴァイクだから割り込みくらい当然か。俺はアンスバッハ准将とオットーの伯父さんとかいう爺さん貴族を連れて、伯爵邸の玄関に向かった。

 そこで招待客を受け付けている、ミュンツァー伯爵家の執事と私設警備隊隊長から歓迎の挨拶を受ける。

「リッテンハイム侯が既にいらしているようです」

 アンスバッハは伯爵の使用人二人と短く会話をして情報を仕入れ、俺と伯父爺さん貴族に耳打ちした。

 リッテンハイム候を含めて既に千人以上の貴族がミュンツァー伯爵の絵画鑑賞パーティーに参加しているらしい。さながら新無憂宮の中心がそっくりとミュンツァー伯爵邸に移ったような様相である。

 外の警備を担当する銀河帝国軍の憲兵隊大佐があれほど疲れた表情をするわけだ。我が儘な連中が連隊規模で押し寄せている。

 ミュンツァー伯爵も相当困惑しているだろう。客のほとんどは伯爵の絵などそっちのけでラインハルトへの悪口に興じて騒いでいるのたがら。

 とはいえ同情する気にはなれない。伯爵の挨拶を直接受ける予定の俺は全く興味の無い絵画の鑑賞を避けられない。むしろ俺が同情して欲しい立場だ。

「素晴らしい絵だ」

 アンスバッハと途中で別れた俺とはミュンツァー伯爵の案内で彼の描いた絵を次々と鑑賞していく。

 これが意外と下手くそな絵で驚いた。芸術にうるさいブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに招待を出している以上、てっきり上手慣れくらいはしていると思っていた。

「お褒めに預かり光栄です。よもやブラウンシュヴァイク公に来て頂けるとは思いもよりませんでした。とても公をおもてなしできる場所ではありませんが、どうぞごゆるりとお過ごし下さい」

「そうさせて貰おう」

 義務を果たして中庭に出ると、一仕事を終えたアンスバッハが合流してきた。

「ブラウンシュヴァイク公。所望の人物を五人ほど見つけました」

 俺が伯爵のそこそこ上手な絵を見ている間、側近のアンスバッハはパーティー会場を巡って貴族達の話を聞いていた。

「ほう。誰から声をかけるべきかな」

「グラバック男爵はフレーゲル男爵の従兄弟になります。つまりブラウンシュヴァイク公爵の親戚でありますから、これからずっと側に置いても不思議ではないでしょう。それからハノール子爵です。公爵が反逆者クロプシュタットを討伐して元帥に昇進した栄光の戦いで負傷をしています」。

 アンスバッハに名指しされた二人の貴族は、ラインハルト個人への怒りで一杯の絵画鑑賞パーティー会場において、三長官に強い怒りをあらす少数派だ。

 そんな人物を俺の近くに置き続けて好きに喋らせたら、それなりの貴族達に三長官への怒りが伝播していく、と期待している。

 そして、それから数時間にわたって俺は貴族達のラインハルトと三長官に対する暴言演説を聞き続けた。

 興奮した貴族の喚き声をずっと聞いていると、選挙演説という名で政党名と候補者名を連呼する騒音集団のことを思い出す。

 決して耳に心地よい物ではないし社会に迷惑な習慣と思っていたが、今はほんの少し懐かしい気もする。

 まあ、街宣活動とはちょっと違うか。

 そもそも門閥貴族はスピーカーを使って大衆を扇動する必要などないしな。ましてわざわざブラウンシュヴァイク邸に響くような騒音を撒き散らして、俺の怒りを買うような筋金入りの馬鹿もいない。

 結局、門閥貴族のラインハルトへの誹謗中傷はあくまでも内輪で盛り上がるためのもの。どちらかといえば取引先の下劣な嫌われ者への接待か・・・

 そう考えてから再び首を振る。貴族達は自分の不満をぶちまけていると同時に、俺のご機嫌を取るためにラインハルトの悪口を言っていることになる。

 ってそんな馬鹿な結論は納得いかんな。却下して忘れよう。

 いずれにせよそろそろストレスと披露で愛想笑いを浮かべるのも困難になってきている。

 会場を偵察したアンスバッハの報告では三長官攻撃の方の成果も上々のようだし、そろそろ帰っても良い頃合いだ。

 しかし、一つだけ障害が残っている。

 俺は少し離れたところで同じように取り巻きに囲まれている、リッテンハイム侯爵を見た。

 側近達との事前調整ではリッテンハイム侯の帰りを見届けてから俺も帰ることになっている。こういう時は後から来て先に帰った方の勝ちというルールにして欲しい。

 まさか、徹夜する気ではないよな。俺が主催者のミュンツァー伯爵ならそろそろ迷惑に思って追い出しにかかる頃だぞ。

 かなりの酒を飲んでいるはずなのだが、リッテンハイム候爵は一向に潰れる気配がない。

 こうなったら俺もとことん付き合うか。 地球時代に取引先の小うるさい爺様やおっさん達を接待した時に比べれば、酒とつまみが一級品で接待を受ける側になっている分、こちらの方が何倍も好待遇だ。

「リッテンハイム侯のお帰りです」

 どうやら俺の気合に気圧されたようだな。俺は勝ち誇ってリッテンハイム候の方を見た。ちょうど目線を交わすことになったので、俺は反射的に軽く手を上げて挨拶をしてしまった。

 向こうもそれに気づき満面の笑みを浮かべて、俺より若干低い高さまで手を上げた。

 何となく腹立たしくなり思わず手を下げたくなったが、ここでリッテンハイムを挑発して居残られでもしたら、自宅でゲームをする時間が少なくなる。

 俺は気づかないふりして、取り巻きとの不毛な会話に戻った。
 
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