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バーチスティラントの人間達

作者:書架
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同い年

 
前書き
略称対応表

ティレイア(Tireia)→ティー(Tie、Tea)
エイネリス(Eineris)→ネリス(Neris)

 

 
 キィン、と心地よい金属音が響く。

「っはは!ほらもっと来なよ副隊長サマぁ?」

 快活な笑い声と、それに反してねっとりとした口調。刃を構え直す僕を見て、彼女の妖艶な赤い唇が吊り上がる。

 瞬間、赤の一線が僕の視界を横切った。



「あー……。」「だめかー……。」
「……どこ見てんだよお前ら。」
 模擬戦闘が終わり休んでいたところに、あの騒がしい双子が駆け寄ってきた。僕の額を確認すると、ため息と落胆するような声が聞こえた。
「まだまだ未熟だねぇストラト。あたしに副隊長の座をぶんどられてもいいのかい?」
「奪う気はないんだろ、元隊長様。」
「まァね。かわいいかわいい子達が奮闘する姿を見てるのが楽しいからね!」
「かわいいってー!」「やったねー!」
「ちっとも嬉しくねぇよ!揶揄いやがってこの……。」

 にたにたと貼りつくような笑顔を浮かべる女性――エイネリスは、義勇団に所属している者としては珍しく軍学校に通っていた。普通はそのままエレベーター式で正規軍入隊なのだが、何がどうなったのか義勇団の方に来てしまったらしい。名目上は「戦力状況のための配属」らしいが、そんな配慮を上層部が義勇団にするわけがない。

 だが、元々正規軍に配属されるべく教育を受けてきただけはある。彼女の実力は、おそらく第二中隊トップだ。

「いーじゃん訓練相手になったげてるんだからさぁ。ちょーっとくらいおねーさんと」
「悪いちょっとティーに用が」
「ほんっとつれないねぇ……。いいよ、その間あたしはアルマを食すから。」
「ほぇー!?」「にげろー!!」
 双子の悲鳴を聞きつつ、その場から僕は逃げ去り別のコテージへ向かった。



「……ふむ。」
「ほーう……。」
「せめて単語を発しろよ、悪いな負け続きで!」
 目的のコテージにはティレイア、通称ティー以外に隊長のへイルスがいた。額の絆創膏を薄く笑って見つめる二人に、僕は思わず毒を吐く。
「誰も何も言っていません。ただ、まだ読まれるような腕なのだなと。」
「正々堂々戦うのはいいんだけどなぁ……分かりやすいんだよなお前の目線……。」
「……直接前線に赴かないお前らには言われたくない。」
 反射的に反発したが、自分の癖は自分が一番分かっている。

 昔からそう。どうも、見切られやすい。確実に仕留めたいと思ってしまう故。

「ティーはまあ、とんでもない観察眼だからネリスの攻撃もアルマとラーマの連携攻撃も躱せるけどよ。俺でもわかるぜ、お前の剣筋は。」
「……そうでもなきゃ隊長になんてなってねーだろ。」
「あんまり褒めるなよ、照れるぜ。」
「褒めてねーよばか!!!」
「罵倒のレベルも上がっていないようで。」
「う……。」
 返す言葉も見つからない。僕はただティーを睨みつけ悔しそうな顔をして見せた。
「さて……遊んでいる暇はないので本題を。」
「お前ほぼいつも遊んでるだろ?」
「ゲームを馬鹿にしないでもらいたいです。あなたこそ訓練をさぼっていますよね。……真面目になりなさい。」
 へイルスに視線と釘を刺し、ティーは僕の方を見た。
「昔、それこそ何十年も前。国と呼ばれるものはひとつであったことは知っていますね?」
「……最初に破壊された国だろ。」
「はい。そして、その『国だったもの』は現在我々軍の本拠地となっています。」
「荒れ地にされたわけじゃねーからなぁ。瓦礫と死体を取り除いてちょっと建物直しただけらしいし。」
「『司書』の存在が確認されていますので、彼女の仕業とされています。単なる気まぐれという説が一般ですね」
 気まぐれで一国を破壊した、誑惑の魔導師。さらに単独犯であるとされており、初等教育の時点で『司書に会ったら必ず逃げろ』と刷り込まれている。だが、実際に会わなければ分からないだろう、逃げる余裕すら失う彼女の風格は。
「……それで?」
「私は、『司書』が気まぐれで一国を破壊するような性格ではないと思うのです」
「なんだ、やけに変な指摘だな。お前会話したことあったか?」
「いえ、写真でしか姿も見たことがありません」
 ちょうど昨日『司書』が現れた時、ティーは誰にも端末を持ち出してもらえず結局彼女の姿を見ることはなかった。そこそこ悔しがっていたようだが、元から表情のない彼女の悔しそうな様子など想像はつかない。
「そういう理由はなんだ、ティー。お前のことだ、なんの根拠もなしに言ってるわけじゃないだろ」
 結論を急ぐように少し睨むと、彼女はこくりと頷いて一冊の本を取り出した。
「……それ、歴史書じゃねーか。年代的には…………、一回めの大戦の時代だな?」
「はい。……少し見ていただきたいものが」
 ティーが地図の書かれているページを開き、机の上に広げる。国や村の区分も大戦の時代のまま書かれており、彼女はそのうちの一箇所を指差した。
「ここが初めて魔導師が攻撃した場所です。襲撃されたのは小さな村。あまり被害はなかったそうですが……」
 言葉を切り、ティーは壁に貼られている現在の地図を今度は指差した。
「襲撃された村があったのは今でいうこの場所。……『司書』の意図は、汲み取っていただけたでしょうか」
 ティーの目線には気づかなかったが、彼女の言葉に僕達はただ一回縦に頷いた。

 聡明で残虐と噂される『司書』は、やはりその通り聡明で、残虐なのだ。
 一度目の大戦と全く同じ場所を、二度目の大戦では完膚なきまで破壊したのだから。

「大変だよ!」「スクランブルだよ!」
 唖然とする僕達と相変わらず仏頂面のティーの間に流れる冷たい空気を、元気な双子が吹き飛ばした。
「「周りの森からいーーーっぱい、おっきな獣が出てきちゃった!!!」」
 それを聞いて僕は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
 ーー明日、覚悟なさい。
『司書』の昨日の言葉を、思い出したからである。



「……悪りぃな、こっちもこっちでレリーのご機嫌取りが大変なんだよ」
 眼下に広がるは、軍の最前線基地。不良のような見た目の青年は森から狼や熊がおもむろに出てくるのを見ながら、少し悲しそうな目をした。
「せめてこのくらいは耐えろよ、総帥殿。まだこれはプロローグに過ぎねーんだ。くたばるんじゃねーぞ」
 決して誰に聞こえるはずもない、誰かへ向けた言葉を呟きながら。



 
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