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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第二十八話 敵の懐に飛び込みます。

帝国歴484年5月12日――。


自由惑星同盟領内 エル・ファシル星域付近宙域――。
第三哨戒艦隊――

 第三哨戒艦隊はエル・ファシル星域一隊を哨戒担当する3,000隻程度の巡航艦を中心とした艦艇で構成されている。戦闘任務ならともかく、普段の哨戒任務であれば、航続距離の適した巡航艦の方がよほど経済的なのだ。搭乗する人員も戦艦よりずっと少ない。
 その哨戒艦隊を指揮するのは、自由惑星同盟でもまだ珍しい女性将官だった。原作では中将以上の艦隊司令官がすべて男性であったように、自由惑星同盟ではまだまだ女性将官への登用の道は狭かったのであった。
 だが、シャロンが改革の骨子として、女性将官登用の道を切り開いたので、帝国と同様女性将官の登用が積極的に行われていたのである。
 ティファニー・アーセルノもその一人だった。21歳という若さで少将であるが、さすがに女性将官の登用枠を広げるためとはいえ、それだけの理由ではあまりにも若すぎる。これは彼女が次期国防委員長有力者のヨブ・トリューニヒトら政界の有力者とパイプがあるから、そして彼女が先々代宇宙艦隊司令長官の孫娘であること、かつ軍の様々な要職者とつながりがあるからこそ、できたことだった。


 「この世で最も利用できるものはコネクションであり、それを利用することを恥とも思わない人間こそが成功するのだ」というのは、ある自由惑星同盟において成功した企業家の言葉である。

 また、彼女自身の資質も一役買っていた。当初は若い女性だからと侮りを受けていたが、彼女自身の他を寄せ付けない優れた格闘技術に加え、やや感情的ながらも優れた洞察力と指揮ぶりは他の哨戒艦隊幹部には見いだせないものだったから。

 ティファニー・アーセルノは鼻の頭付近にそばかすの散った、だが、整った顔立ちをしている。よく手入れされたダークシーグリーンの髪をポニーテールにしていた。顔立ちにはちょっと険があるし、感情が激してくると刺すような言葉で相手を責めるが、それでも美人だったし、普段の彼女は人付き合いもよく、部下からの相談をよく親身になって聞いていたから哨戒艦隊内部では人気があった。

 その彼女が護衛艦936隻と共に、哨戒任務に就くべくエル・ファシル本星を出立したのは帝国歴484年5月10日の事であった。3000隻の艦艇とは言っても、その全軍はエル・ファシル星域に散っており、直ちに招集できる艦艇はその程度なのであった。

「帝国軍の艦艇の一部が同盟領内に潜入したとの情報が情報部からもたらされたわ。総数は10席程度。けれど、潜入してきたということは他に何か重要な目的があるのだと情報部は睨んでいるわ。全軍、総力を挙げてこれを捜索するように!上手く帝国軍艦艇を拿捕でき、その目的を聞き出せれば、全員1階級昇進は間違いなしよ!」

 そう発破をかけたティファニーに、旗艦艦橋要員も、他の艦の総員も「おおっ!」と高らかに応え返した。
 だが、当のティファニー自身はそう発破をかけたにもかかわらず、どこか暗い顔をしていたのである。それに気が付いた人間がいたかどうか・・・。
 だが、彼女はやるべきことはやってのけていた。哨戒艦隊を互いに連携しあうように無数のグループに再編し、それを宙域に一つ一つ、もっとも索敵効果と効率性を高めるようにおいていったのである。
 そして彼女自身は194隻の直属艦隊を手元に残し、何かあった時に主力を率いていつでも駆けつけられるように準備を進めていたのである。


一方――。

 シャルンホルスト、ザイドリッツ・ドライ、ビスマルク・ツヴァイはイゼルローン要塞回廊を両軍艦隊の戦闘の合間を縫って突破し、同盟領への侵入を果たしていた。
途中同盟軍警備艦隊と何度か遭遇しかけたが、その都度迂回したり、付近の小惑星帯に紛れてやり過ごし、エル・ファシル星域まであと2日というところまでこぎつけてきた。

「ここまでは無事に来れましたね」

 と、レイン・フェリル。

「問題はここからだ。エル・ファシル星域には敵の警備艦隊が駐留している。一個艦隊までとはいかなくても、数千隻の分艦隊がいることは確実だ。それを縫って、進むとなると――」

 ラインハルトはキルヒアイスに現在地点と目標地点の確認を指令した。

「現在、我々はエル・ファシル星域から約2日の距離にいます。目的地である秘密工場は、エル・ファシル本星から銀河基準面で+16度、4時の方向、小惑星帯中のBG-!“47地点に存在します」

 ちょうどここから、2時方向の地点ですが、とキルヒアイスが補足する。

「ただ、この直線上はイゼルローン回廊方面警備艦隊への補給物資を運搬する運送船が航行する地域だとの情報がフェザーン航路図に記載されております」

 出立に当たって、ラインハルトたちはフェザーン駐留武官に依頼して、エル・ファシル星域限定との条件で最新の航路図を入手していたのだ。航路図については、フェザーンはなんだかんだと理由をつけて渡さないのだが、駐留武官はどういうコネクションを持っているのか、あっさりと入手して送ってきたのである。
 ミュラーではない。彼は麻薬捜査の後、駐在武官の任を解かれ、帝都オーディンの軍務省に赴任していったそうである。

「いかがされますか?ちょうど銀河基準面マイナス12度、2時方向には小惑星帯があります。ここを縫うようにして航行すれば、正面の航行地域を迂回できることになります。ただし、時間が1日ほど余計にかかりますが」

 レイン・フェリルの問いかけに、ラインハルトは、

「航行地域に飛び込むのは愚だ。いつ発見されて通報されてもおかしくはない。同行各艦に伝達。本艦はこれより進路を変更し、小惑星帯を突っ切り、目的地に接近することとする」

 各艦とも異存はなく、すぐに了解の返答が来た。
 シャルンホルスト、ザイドリッツ・ドライ、ビスマルク・ツヴァイの順に単縦陣形を組んで、小惑星帯に突入していく。その時だ。

「艦長。レーダーに反応有!識別番号グリーン!!」

 通信主任が叫んだ。

「友軍艦か?」
「・・・いえ、レッドアラートも交じっています!!」

 たちまち艦内に緊張が走る。

「状況をスクリーンに出せるか?」

 すぐに索敵・通信手が動き出し、広いメインスクリーンに投影された地図には、味方をしめすグリーンの三角形と、それを追うように動く赤い三角形が配置されていた。

「味方、敵の数は?」
「味方はわずか2隻、対するに敵は12隻です!巡航艦3、駆逐艦8、そして空母が1!!」
「空母だと?厄介だな・・・・」

 ラインハルトが考え込む。その間も刻々と味方、そして敵はちょうど輸送船団の航行地域を左から右に突っ切るようにして移動している。

 つまりラインハルトたちの頭上を通過することになりそうなのだ。

「やむをえん。このままでは我々も発見される。戦闘態勢に移行し、僚艦を掩護するぞ。ただし、正面からは攻撃しない。また、僚艦にはこちらの存在は一切告げない。これを徹底せよ」

 奇妙な指令に戸惑った全員だったが、これまでのラインハルトの手腕を見てきているだけに、すぐに承知した。同行する2艦も同じだ。

『ラインハルト』

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが通信してきた。

『どうするつもり?』
「機雷とゼッフル粒子を使用します。今敵は一定方向に進路を保ったまま味方を追尾中です。この広い航行地域であるにもかかわらず、です。したがって、我々の進路を通過する際にも同様の隊形を保ったまま進むと思われます。それを予測して罠を仕掛けるのは、たやすいと思いますが」

 ゼッフル粒子については、普段は工作艦に搭載されるのだが、ラインハルトたちは事前にこれらの機器を借り受けていた。何があるかわからないし、少数で多数の艦隊を撃破できるのは、今のところこのゼッフル粒子だけだったからだ。

『わかったわ。では、3艦がそれぞれ・・・A~C<D~F<G~I地点に放出、機雷は特に側面に濃密に展開。着火のタイミングはあなたに任せる。これでいい?』
「むろんです」

 的確な指示に内心舌を巻きながらラインハルトがうなずく。

「全艦放出終わり次第、速力増速。小惑星帯と言えども多少の損傷は気にするな。砲雷長!」
「はっ!」
「誘導ミサイルの発射準備、かかれ」
「了解です!」

 ほどなくして、3艦から機雷とゼッフル粒子が放出された。艦隊の進路をふさがない程度に、かといって側面に回り込まれ、逃げられないように機雷を入念にまいたのである。

「味方艦、通過します!来ます!」

 味方艦隊の姿がスクリーンに映された。砲撃によって損傷しているが、航行不能というわけではない。だが、両艦とも焦っているのか、必死に後尾砲を撃ちながら、狂ったように回避し続けながら逃げていく。それを見たラインハルトが憮然としたようにと息を吐いた。

「あれでは先が思いやられる・・・」

 キルヒアイスとレイン・フェリルがちらっと艦長を見た。それだけだった。

「味方艦、通過!!損害なし!!」
「よし、各艦増速!!・・・誘導ミサイルの発射準備にかかれ!!」
「発射、完了!!」
「撃て!!」

 ラインハルトの号令で、一発の誘導ミサイルが放たれた。ほどなくして敵軍が歓声のように主砲を発射しながら接近してきた。ゼッフル粒子は主砲が命中すればあっという間に燃え上がるが、そこはラインハルトとイルーナだった。敵艦の進路を的確に予想してその進路上にはゼッフル粒子は放出せず、ナノマシンを遠隔操作して敵艦隊の接近と同時にこれを包み込み、一気に発火させる体制をとっていたのである。
 ついでながら、ゼッフル粒子の正式使用は、原作ではアムリッツア星域会戦、もしくは非公式にはカストロプ動乱の時なのであるが、この時においては、既にゼッフル粒子の実用化は数段早まって配備されているのであった。

「砲雷長、敵艦隊がゼッフル粒子地点に到達すると同時に誘導ミサイルを自爆させろ!」
「はっ!」

 砲雷長の手が小刻みに震えているが、眼はじっとタイミングを計るように注がれている。

「着火5秒前!!・・・3・・・2・・・1・・・点火!!!」

 その言葉と同時に遥か彼方で火球が出現した。ゼッフル粒子のみならず機雷も一斉に爆発して、点火。そこに次々と突入した12隻の同盟艦はあっという間に全滅して、宇宙の塵に帰った。艦内に歓声が響いたが、すぐに静まった。ラインハルトがそう言った浮ついた空気を、ことに任務中に嫌うことは皆が知っていることだったし、なにより一寸先は闇状態の居間のこの任務は、喜びなど一瞬で皆の心から吹き飛んでしまうほど、重苦しいものだったからである。

「味方艦隊はどうか?」

 ラインハルトが索敵手に確認する。

「・・・撃沈なし、2艦とも無事です」
「よし、こちらの存在に気が付いているか?」
「いえ、その様子はありません」

 通信手が応える。

「なら、連絡は不要だ。このまま直進する」
「艦長!し、しかしそれは――」
「任務優先だ!」

 通信手の言葉をラインハルトが遮る。

「今回の作戦は少数潜航で行かなくてはならない。敵に発見されるリスクが高まる。それに、あのように敵に見つかってしまう程度の力量の艦では、同行を許可すればこちらまで被害を受ける。これは普段の任務とは違うのだ」
「ですが・・・」
「それに、向こうは航行不能になったわけではない。当方が手を差し伸べてもかえって意固地になって受け付けない可能性もある。繰り返す、連絡は不要だ」
「は、はい・・・」

 味方を捨てる、という発言をしたわけではないが、敵地にいる僚艦を放置するというのはどんなものだろうという疑問符は多少の下士官や兵たちの中にあったかもしれない。
 だが、レイン・フェリルもキルヒアイスも、そしてイルーナもベルトラムもこの判断を良しとして支持した。一人アデナウアー艦長だけは少し憂鬱そうだったのだが。


ザイドリッツ・ドライ艦橋――。
■ アデナウアー艦長
 味方を捨てる、とはいかないものの、敵中に放置しておくのは、同じことのような気がする。後味の悪いものだ・・・・。
 だが、もしもあの2隻を救出して、行動を共にした結果、こちらが敵に発見されれば、3隻に乗り組んでいる将兵たちは危険にさらされるだろう。2隻の将兵をすくうために、こちらの将兵を犠牲にすることになる。2隻の将兵の命がこちらの将兵の命よりも重いということになる。
 そんなことはない。自己の生命を全うする権利はみな平等であるべきなのだ。
 であるならば、彼のとった行動は正しい。正しいのだが、どこか胸につかえてしまうものがある。
 一艦を指揮しているうちは良かったが、やはり他の艦と協同するような状態になれば、このような悩み事は続くのだろう。
 私も軍人だ。与えられた任務は最後まで尽くす。だが、そろそろ潮時なのかもしれない。既に副長もかつてのハーメルン・ツヴァイの時のようではない。立派に成長して兵たちのことを考え、先頭に立って指揮を執っている。あれなら大丈夫だろう。思い残すことはない。


第三哨戒艦隊 旗艦 巡洋戦艦 アルフリード艦橋――。
 第三哨戒艦隊は苛立った空気の中にいた。勇躍エル・ファシル星域を出てきて当初の数日は、敵艦船の気配すら探知することはできなかった。
 だが、哨戒艦隊の一部が、帝国軍の巡航艦2隻を発見したといち早く知らせてきたため、ティファニーは直ちに周辺部隊を向かわせた。相手は2隻である。10隻以上の部隊であれば、よほどのことがない限りしくじることはない。

だが――。

 そのよほどのことが起こったと見え「巡航艦2隻発見!!現在追尾中!!」の通信を最後に、ぱったりと哨戒部隊からの通信は途絶してしまったのである。

「一体どういうこと!?」

 声を荒らげたティファニーは頭を振って冷静さを保とうとした。感情的になるのは悪い癖だ。部下は何も悪くはない。それよりも通信が途絶した地点を入念に洗ってみなくてはならない。

「現場には哨戒部隊は到着している?」
「はっ!既に巡航艦3隻が到着し捜査に当たっております。」
「その3隻に伝達。熱感知装置及びエネルギー反応感知装置を作動。数時間前~数日前の痕跡をチェックし、報告するように、と。他の艦はその付近~エル・ファシル本星までの航路を重点的に捜索しなさい」

 テキパキと指示を下し終わったティファニーは司令席に座った。背もたれにもたれたいが、今はそんなことをしている場合ではない。

「司令!」

 部下の一人が声を上げる。例の3隻からの通信を担当している一人だ。

「現場から報告です。エネルギー反応装置に反応有。艦船の爆発と思われる反応です。さらに付近には艦船の破片が散らばっております」

 やはり撃沈されたのか、とティファニーは臍をかみかけて、おやっと思った。

「敵の主砲の反応は?」
「ありません。いえ、あることにはあるのですが、わが方の艦船の残骸の損傷分析の結果、どうも主砲によるものではなさそうなので」
「というと?」
「機雷が付近にばらまかれていたとのことです。おそらくこれに接触して爆発四散したものと」
「機雷、か・・・・」

 逃げる2隻がばらまいて去ったのだろう。それに追手が引っかかったのか。まったく何をしていたのだ。哨戒行動は焦りは禁物だとあれほど言っていたのに!!!

「エネルギー反応装置をフル稼働させて、艦の航行の痕跡をたどれるかどうか試してみて」

 ティファニーはさらに指令を下した。自由惑星同盟の開発したエネルギー反応装置では、艦の高校の痕跡がたどれるのである。それは艦尾から噴出する推進材とエネルギーとの融合物質を感知できるものだった。

 つまりは、同盟のエネルギー反応装置により、帝国軍艦船は航行するにつれ、その足跡をはっきりと残していく結果になっているのだ。海上を移動する艦船が、その後ろから真っ白な航跡を残すような塩梅である。
 むろん帝国にもそのような技術はあることにはあるのだが、これに関しては同盟が一歩先んじていると言った格好だった。

「2隻はエル・ファシル星域に向かう途上、哨戒部隊と接触したと思われる時刻・場所を境目に、まっすぐに反転しております。イゼルローン要塞方面に引き返して言った模様です」

 湧き上がってくる怒りを抑えきれなくて自然と司令席の肘掛の部分を握ってしまう。

 ピシリという嫌な音がした。セラミック制の頑丈な椅子の肘掛にひびが入っている。

「なんということなの!?みすみす取り逃がすとは!!!」

 地団太踏みたくなったが、それでは意味がない。だが、もうティファニーの頭には冷静さが失われつつあった。一見怒りだけが支配しているようだったが、実は他にも要因がある。恐怖という要因が。

「司令!!」

 不意に部下の一人が叫んだ。

「どうしたの!?」
「別反応です!!3隻ほどの帝国軍艦船の反応が、エル・ファシル星域に向けて航行しております!!」
「それか!!」

 ティファニーは思わず椅子から立ち上がっていた。まだチャンスはある!!先ほどの2隻は囮かもしれないし、そうではないかもしれない。だが、いずれにしても引っ返した2隻には用はない。問題は「今!!」なのだ。

「ただちに追尾を開始!!今度こそはしくじらないように!!!連絡を密にとって、相手の行先を突き止めるの!!そして、場所を発見次第、主力艦隊をもって、包囲する!!私が直接指揮を執るわ!!」

 今度こそはしくじらない!!そう硬く誓ったティファニーの眼は必死な光を帯びていた。






* * * * *
 1日後、3艦は無事に秘密基地に到着した。既にここの要員は全員脱出して内部には誰もいなかったが、かつてここに勤務していた技術士官や下士官、兵たちを連れてきていたので、彼らはすぐにロックを解除して内部に入った。内部は放置された時のままであり、ところどころ半開きになったドアから部屋の中を見てたりすると、散らかったままの書類、開かれたままのファイル、放り捨てられたパソコンなど、いかに慌てて撤退したかがうかがえるありさまだった。

「ひどいものだな」

 ベルトラム少佐がつぶやく。

「相当慌てて撤退したようね」

 と、イルーナ。

「何か重要な資料があるかもしれない。最新鋭艦も気になるところだが、できれば資料も回収しておくべきだろう。資料室などはあるのか?」

 ラインハルトは案内役の士官に尋ねた。

「あります。一応データは消去したつもりですが、念のため当たってみますか?」

 ラインハルトが視線を皆に向けると、異存がないというようなうなずきが帰ってきた。おそらくこの基地に立ち入ることは最後だ。何か取り忘れたデータがあれば可能な限りそれを回収して持って帰るべきだろう。

「あぁ。あまり時間がないことは承知しているが、少しだけ見せてもらおうか」

 ラインハルトの言葉にうなずいた士官が、一行が立っている十字通路のすぐそばにある部屋に案内した。中は意外にこじんまりとしていてデスクの上に数台のPCがあるだけだった。

「こちらが資料室です。基本データはすべてプログラミングされておりますので、ファイルがなければ消去されたことになります」

 士官がすべてのPCを起動させると、PWとIDをすべてのPCに入力した。

「どうぞ」

 うなずいたラインハルトたちが一斉にPC内部を素早く調べていく。と、ラインハルトの指の動きが止まった。

「どうかしたの?」

 イルーナがラインハルトの肩越しにのぞき込む。

「ワープ航法・・・今更こんなものが残っているの?」
「いや、これは少々違う。時計の針のように正確に、誤差ゼロで正確な座標地点にワープできる新たな航法の試験研究資料だ」

 ラインハルトは興味深そうにデータを見つめて考え込んでいる。当然この時代はワープ航法は確立されているが、少々の誤差は出る。コンピューター上では0,000000001という誤差でも、距離にして数十キロの誤差になってしまう。障害物回避装置、重力場感知装置等、回避プログラムがなかったら、下手をすれば隕石群に衝突したり、衛星に突っ込んだり、あるいは航行中の艦の目の前にワープアウトしたりすることになる。
 そういうわけで「ピンポイントワープ」というのは未だ全人類の夢の象徴として研究対象となっていたのだ。

「これを持って帰ろう。技術士官、回収用の端末はあるか?」

 ラインハルトは小さな端末を技術士官から受け取ると、コピーしだした。膨大なデータだったが、PCと端末の性能がいいので、わずか数秒で終わってしまう。

「他にはめぼしいものはないか?」

 ラインハルトの問いかけにベルトラムもイルーナも、技術士官も首を振った。

「何もないな。消去されたようだ。消去記録にはファイル名前が残っているが、記号暗号での表示になっていて俺では何のことかわからない」

 ベルトラムが残念そうに言った。

「私も見ましたが、残念ながらファイルの特定はできません。機密事項の重要性上、ファイルは消去と同時に意味のない記号の羅列に変換されてしまいますので」
「そうか・・・」

 ラインハルトはすぐに立ち上がった。これ以上ここにいても何もない以上、ぐずぐずして時間を浪費するわけにはいかない。

「よし、最新鋭艦のドックに案内してくれ」
「こちらです」

 技術士官の案内で、ラインハルトたちは部屋を出て薄暗いグリーンの照明のついた廊下を歩いていた。殺風景と言えるほど何もない廊下に無機質な靴音だけが響く。数十メートルも進んだだろうか、士官が突当りで立ち止まって、脇のコンソールを操作した。
 その時だった。基地内に突如赤い警報音が鳴り響いた。

「どうした?!」

 その時、ラインハルトの端末に基地通信室にいたキルヒアイスが連絡してきた。

『ラインハルト様、敵が接近してきます!』
「見つかったのか?」
『まだ距離はありますが、まっすぐにこの小惑星を目指して侵入してきます。到達まであと30分足らずです』
「わかった。手の空いている者は直ちに艦に戻り、戦闘態勢を整えて待機せよ。キルヒアイスは艦隊の指揮を執ってくれ。俺たちはこのまま新鋭艦のドッグに向かう」
『了解!』

 通信は切れた。その間にも士官はせわしなくコンソールを操作している。レッドアラートの光が一同を赤く染め、その表情は心なしか凄惨さを帯びてきているように見える。

「お待たせしました。・・・・開きます」

 士官が捜査し終わると、扉が重苦しい音を立てて開き、同時に光が流れ込んできた。

『おぉ・・・・』

 かたずをのむ一同。それもそのはず、扉の向こうには広大な空間が広がっており、その中に一隻の艦が置かれていたのである。

(これは・・・・アースグリム級・・・・!?)

 イルーナが内心息をのんだ。アースグリム級とは、原作でファーレンハイトが座乗していた戦艦で、その最大の特徴は、当たれば数百隻は消し飛ぶという艦首に備え付けられた波動砲である。

「動かせるか?」

 ラインハルトは傍らの技術士官に尋ねた。ゼッペル・フレーグナーという大尉士官はまだ20代の青い髪をした青年である。その髪の性なのか、照明の性なのか、やけに顔が青い。

「は、はい!艦のシステムは休止状態になっているだけですので、操艦は可能です。ただ―」
「ただ、なんだ?」
「あ、いえ!なんでもありません」
「大尉、今回の任務においてはいかなる事態にも想定しなくてはならない。隠し立ては許さん。知っていることがあれば、すぐに話してもらおうか」

 ラインハルトの鋭い眼光に侵されたように、大尉は後ずさったが、やがて観念したように、

「実は、艦の回収に失敗するような不測の事態が生じた場合には、この基地ごと艦を爆破せよとのシャフト技術大将から言われております・・・・」
『何!?』

 一同が驚いているなか、ラインハルトとイルーナだけは冷静だった。

「そいつは、どういうことだ?俺たちごと吹き飛ばそうというのか?つまりは自爆をするということか!?」

 ベルトラム少佐が詰め寄る。彼にしてみれば、以前ハーメルン・ツヴァイで艦ごと自沈しようとして激しくラインハルトたちと争い、その結果取り返しのつかない事態を招きそうになったことがある。彼ほどあの時のことを後悔し、早急かつ軽率な判断を嫌う者はいないだろう。

「そ、それは――。しかし、敵に技術を渡すわけにはいかないのでありまして――」
「その通りだ」

 一同が振り向くと、ラインハルトは腕を組んで正面から二人を見ている。だが、その顔は不敵な笑みで満ちていた。

「新鋭艦の技術、敵に渡すわけにはいかない」
「お、おい!」
「だが!!自爆などもってのほかだ!!!この艦は我々が責任をもって、イゼルローン要塞まで持ち帰る!!!」

 その時、轟音と共に基地が震動した。

『ラインハルト様!!敵軍が遠距離からこの基地に砲撃を仕掛けてきております!!』
「わかった。キルヒアイスは艦隊をまとめて脱出しろ。俺たちは最新鋭艦に搭乗し、ここを離脱する!」
『わかりました!ご無事で!』

 よし、みんな乗れ!!とラインハルトの号令一下、士官、下士官、兵たち一同は転がり込むようにしてドッグに飛び込み、一散に最新鋭艦に走り出した。
 と、アデナウアー艦長がもつれるようにして転んだ。一同が振り返り、艦長のもとに駆け寄る。

「危ない!!」

 とっさにラインハルトがベルトラム艦長を抱きかかえるようにして飛び、床をローリングして転がった。ついさっきまで艦長がいたところに天井から落下した破片が突き刺さっている。

「すまない・・・」

 アデナウアー艦長が息も絶え絶えに言った。「やはり艦長は体が――」とラインハルトは衝撃を受けていた。
 と、その時、一同の行く手をふさぐように立ちはだかった物体がある。丸々とした球体のような胴にガトリングガンを左手に装備し、右手には巨大な拳をもつロボットだ。

「こいつ!?」

 帝国軍には一部に全自動警備ロボットのような物が普及していると言ったうわさがあったが、実際に見るのは初めてだった。一同はブラスターを引き抜き、ラインハルトはアデナウアー艦長の肩に手を貨して立たせた。

「チ・・・警備ロボットか・・・面倒な!!」

 ラインハルトが舌打ちする中、イルーナが数歩進み出た。

「私が相手をするわ。そのすきに搭乗して」
「無茶だ!たった一人で――」
「いいから!!・・・早くいきなさい」

 イルーナの一喝にひるんだ一同は、すぐに走り出していく。ベルトラムとラインハルトがアデナウアー艦長に肩を貸し、必死に艦に走っていく。それを見届けた彼女は手を宙で一振りさせると、剣を出現させた。

「さて、久しぶりの実戦ね。腕がなまってなければ、いいのだけれど」

 ロボットはドスドスと巨大な足を動かしながらイルーナに迫ってきた。ガトリングマシンガンが炸裂する。その下をかいくぐるようにすり抜けたイルーナが、剣を擦り上げるようにして振るった。

 一閃!!!

どこをどう切られたかわからないほど、瞬息の速さでロボットは両断されて、地面に地響き立てて倒れこんだ。それを見届けずに、イルーナは疾走し、動き始めた新鋭艦のデッキに飛び乗った。背後で音を立ててハッチが閉まり、イルーナは剣を宙で一振りする。と、剣は手のひらよりも小さくなっておさまってしまった。

「まだ勘はにぶってはいない・・・かといって従前のようにはいかない、か」

 そうつぶやきながらイルーナは艦橋に向かった。

イルーナの戦闘を見届けている者はいなかった。何しろ発艦や戦闘配置やらで忙しかったのだから。

「艦長、大丈夫ですか?!」

 ラインハルトとベルトラムが毛布を敷いた上に艦長の体を横たえる。

「わ、私は大丈夫だ、今は私の事よりも艦の指揮を――!!」

 アデナウアー艦長が懸命に二人に声をかける。うなずき合った二人はすぐに艦の状況把握に努めた。

「ミューゼル大佐、指示を!!」

 ベルトラムが促す。

「ベルトラム少佐は射撃管制装置を、フロイレイン・レインは操舵を、レーダー索敵については・・・・」

 見まわしたラインハルトに艦橋に入ってきたイルーナの姿が移った。

「イルーナ・・・大佐に」

 いつもの癖で姉上と言いかけようとするのを自制したラインハルトはぎこちなくそういった。

「わかったわ」
 
 そういうと、イルーナは手短にゼッペルからシステムの概要を聞くと、席に着いた。

「よし、ハッチを開けろ!」

 ゼッペルがコンソールを操作すると、ドッグのハッチが開いた。むき出しの宇宙に時折照射されるのが、主砲の中性子ビーム砲。敵はすぐそこまで迫ってきているらしい。

「だ、大丈夫か!?」

 誰ともなしに叫んだ。この状況では出たとたんにハチの巣にされかねない。

「シールド展開。エネルギーバイパスをシールドに接続。ロック解放、上昇します」

 レイン・フェリルが片手でシールドを展開し、片手で操舵するという器用さを見せる。それでいて冷静さを失わない。イルーナはそれを見て、さすがは前世帝国軍随一の才媛だと思った。

『ラインハルト様』

 キルヒアイスが通信してきた。

『敵は巡航艦2、駆逐艦6、そして巡洋戦艦が2隻です。現在我々は小惑星帯に入り、小惑星を盾にして応戦中ですが・・・・。戦況は不利です』
「よし、そちらと敵の位置を送ってほしい」

 ラインハルトの言葉が終わらないうちに、早くも戦況図が送られてきた。

「上昇と同時に艦隊に合流、4艦で体制を整えて、迎撃に移る。・・・いや、待て」

 システムをいじっていたラインハルトがあるものに気が付いたらしい。

「超波動砲・・・・?ほう、戦艦主砲の数百倍もの出力での波動砲か。イゼルローン要塞のトールハンマーのようではあるが」

 それを聞きつけたゼッペルが声を上げて、ラインハルトのそばに来た。

「駄目です!それはまだシステムとしては未完成です!システムの制御ができず、下手をすれば艦ごと吹き飛ぶ可能性も――」
「テストはしたのか?」

 ラインハルトが尋ねる。ゼッペルの顔に汗が流れ落ちた。

「あ・・・・・・」
「したのか、と聞いている!」
「は、はいっ!しました!試験結果はあくまシミュレーションではありますが、発射成功率72%、緊急システムダウンによる失敗が10パーセント、そして・・・システム制御できず、自爆に至ったのが18パーセントという・・・・」

 おぉ、という声にならないどよめきが起こった。

「いいだろう!72%、この状況下においては充分すぎるほどの成功率だ」
「と、というとまさか、ここで使用するというのですか――」

 フレーグナー大尉の声をラインハルトは受けて、

「そのとおりだ。数で劣る我々がここを突破するためには、この超波動砲とやらを使用するほかない」

 艦はドッグを上昇していく。一歩出ればそれこそ敵の砲火にさらされるだろう。4艦が助かるには、超波動砲に賭けるしかないと全員が悟った。

「フレーグナー大尉!」
「は、はい!」
「発射シークエンスにかかれ。発射は私が行う」
「わ、わかりました・・・。ですが・・・」
「なんだ?」
「今の開発段階では、超波動砲発射には艦の全エネルギーを波動砲口に注ぎ込む必要があります。・・・シールドエネルギーも・・・・」
「敵は本艦の前方に展開している。操艦もシールドも不要!ドッグ上昇し、外に出たと同時に超波動砲を発射する!」

 ゼッペル大尉はすぐに席に着くと、すぐに装置を動かし始めた。

「艦内の全システム、一時的にダウンします!」

 その言葉と共に、艦内の電気が消えて、真っ暗になった。

「補助電源始動」

 レイン・フェリルが補助動力を始動させ、すぐに明るくなった。

「エネルギー充填率、78%・・・発射シークエンスに移行します。カウントダウン、開始!発射装置を艦長に渡します!」

 その言葉と共にラインハルトの司令席に発射トリガーのようなものがせりあがった。

「総員衝撃に備えろ、前方のスクリーンを対閃光用にシャット!」

 前面のスクリーンが対閃光用の灰色に切り替わる。

「衝撃に備えろ!!撃つぞ!!」

 ラインハルトがトリガーに指をかける。皆がラインハルトの手元と、前方のスクリーンを交互に見つめている。

「え、エネルギー充填率、108%!!限界です!爆発します!」

 フレーグナー大尉が焦ったように叫ぶ。

「まだだ!!慌てるな!!」

 ラインハルトはトリガーの照準を絞り、引き金に手をかけた。

「総員、衝撃に備えろ!7・・6・・・5・・・4・・3・・2・・・・1・・・発射!!」

 ドックが上昇し、艦が浮き上がったのと同時にラインハルトが引き金を引いた。すさまじい衝撃が艦を襲う。強烈な閃光が前方に走り、あっという間に小惑星ごと敵艦隊を閃光で包み込んだ。





 
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