バレンタイン爆弾

第四章

　その日が来た。遂にだ。
　朝起きてだ。彼はまずこう家族に漏らした。
「早く一日が終わって欲しいよ」
「あんた何言ってるのよ」
「運命の日じゃない」
　彼の母と妹がすぐに突っ込みを入れてきた。
「バレンタインじゃない、今日は」
「お兄ちゃん紗江さんにチョコレート貰えるじゃない」
「じゃあ何でそんなこと言うのよ」
「凄く楽しい日なのに」
「普通だったらな」
　二人にこう言われてもこう漏らすばかりだった。そしてだ。
　彼はだ。とっくに出勤した父の席を見てだ。それで言ったのだった。
「親父はお袋みたいな普通の料理作る人と結婚できてよかったよ」
「あのね、お母さんチョコレート作れないけれど」
「それでもだよ。けれどな」
「早く学校に行きなさい」
「ああ、わかったよ」
　こうしてだ。彼は重い足取りで学校に行った。そうしてだ。
　学校に着くとだ。もう校門にだ。
　紗江がだ。とても可愛らしい服で待っていた。そしてだ。
　宇大にあるものを差し出して来た。それはだ。
　紅い紙に包まれてピンクのリボンで飾られている。それが何かは明らかだった。
　その箱を差し出してだ。紗江は彼に言ってきた。
「はい、これ」
「持って来てくれたんだ」
「そうなの。これね」
「バレンタインのチョコレート」
「よかったら食べてね」
　宇大を見上げてだ。それで言ってきたのだ。
「私の作ったチョコレート」
「うん、それじゃあ」
　内心覚悟を決めながら受け取りだ。そうしてだった。
　一旦紗江と別れてだ。そのうえでだ。　
　医学部の校舎の屋上、二月なので寒いがそこに赴きだ。ベンチに座って。
　そのうええリボンを外し包装紙を取るとだ。中から白い箱が出て来た。
　ダンボールのそれを開ける。何が出て来てもいい、そう覚悟を決めてだ。
　それで中を見るとだ。そこにあったのは。
　ごく普通のだ。四角い多くのチョコレートだった。ゴディバのそれに似た形のだ。
　だがその一つ一つにだ。丁寧にだ。
　抹茶がかけられている。これには彼も我が目を疑った。
　それで何度も目をこすってからだ。その目を確めてだ。
　あらためて見る。やはり普通の抹茶をかけたチョコレートだった。
　その形に驚きながらだ。そのうえでだ。
　食べてみる。その味は。
「普通だったんだな」
「普通に美味かったんだな」
「その味は」
「ああ、よかったよ」
　笑顔で友人達に言えた。満足している顔でだ。
　今は学校の食堂でだ。彼は友人達と話していた。そこできし麺を食べながら言うのだった。
「本当にな」
「また何で普通の形だったんだ？」
「味はともかくとしてな」
「急に普通の形のチョコレートになったけれどな」
「またどうしてなんだろうな」
「それは俺もわからないけれどな」
　だがそれでもだと。宇大は言った。
「嬉しいよ。本当にな」
「そうした普通のチョコレートならか」
「もう何の憂いもない」
「そうなんだな」
「ああ、嘘みたいだけれどな」
　普通のチョコレートでだ。驚く彼だった。
　それでだ。また言うのだった。
「これで何かやっとな」
「普通のバレンタインを迎えられた」
「そうなんだな」
「ああ、本当だよ」
　また言う彼だった。昼食は幸せな気持ちで食べられた。
　そしてその昼食の後でだ。彼は紗江と一緒になった。校庭を二人並んで歩きながらだ。そのうえで尋ねたのである。
「あの、今年のチョコレートだけれど」
「あのチョコレートね」
「何であの形だったのかな」
　何気にこれまでの異様なデザインのチョコレートのことを尋ねる。