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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三話 同じ道

帝国暦 487年7月29日  オーディン 宇宙艦隊司令部 オイゲン・リヒター


「ブラッケ、どうかなこの案は?」
「女性についての参政権は地方自治体に止め、国政への参加は男性のみに限定するか……。納得するかな?」

ブラッケが小首を傾げながら呟いた。確かに彼の言うとおりだ。しかし理想と現実はなかなか一致しない。何処かで折り合いをつけなければならない。

惑星単位で総督を置き、それは帝国政府が任命権を持つ。但し、予算編成、決算報告、惑星内部の行政官の人事に関しては住民の代表者たちの承認を必要とする。今私達が話し合っているのはこの代表者の定義だ。

「確かに同盟の人間は納得しないかもしれん。しかし帝国で参政権の全面開放などしたら反って大混乱になる。段階を踏んで広げていくしかないだろう。違うか、ブラッケ」

「確かにそうだな。とりあえず女性には直接生活に関わる地方自治体への参政権を与える。そこで政治への参加を学んでもらう。リヒター、卿の狙いはそんな所か」
「うむ。二十年後、三十年後には全面開放だ」

私の言葉に頷いていたブラッケが呟くように言葉を発した。
「フィッツシモンズ少佐が居ればな、意見を訊けるのだが……」

残念だが彼の願いはかなえられない。三日前、ヴァレンシュタイン司令長官は五個艦隊、ケンプ、レンネンカンプ、ビッテンフェルト、ファーレンハイトの四提督を引き連れカストロプの反乱鎮圧に向かった。

当然だが副官のフィッツシモンズ少佐もヴァレンシュタイン司令長官に従いカストロプの反乱の鎮圧に向かっている。
「リューネブルク中将に訊いてみるか?」

「そうだな。しかし中将は結構皮肉がきついからな」
皮肉がきつい。ブラッケの言葉に思わず私達は顔を見合わせ苦笑した。つまりそれ程私達の作成する改革案は穴だらけということだ。

リューネブルク中将だけではない。フィッツシモンズ少佐からも手厳しい意見を貰う事がある。二人とも同盟では特に政治に関わっていたわけではない。

それだけに二人の意見は一般的な同盟人の意見として重要だと言える。彼らと出会って気付いたのは帝国では平民達の権利が恐ろしいほどに剥奪されているという事だ。私達はまだまだ認識が甘かったらしい。

私は今宇宙艦隊司令部に一室を貰っている。部屋は“新領土占領統治研究室”と呼ばれており、私とブラッケの他にブルックドルフ、シルヴァーベルヒ、オスマイヤー、マインホフ、グルック、エルスハイマーがいる。

“新領土占領統治研究室”、私達の間では密かに“社会経済再建研究室”と呼ばれているが、此処では占領した自由惑星同盟をどのような社会経済体制で治めるかべきかを研究している。

そして密かに新領土を統治する帝国本土はどのような社会経済体制であるべきかも研究している。そう、これは帝国内の社会経済改革の研究なのだ。



今でも覚えている。六月の下旬、私とブラッケはヴァレンシュタイン司令長官に呼ばれた。


「新領土の統治体制がどうあるべきか研究せよ、ですか」
「そうです」
「失礼ですが新領土とは一体何です?」

私の質問に司令長官は少し眼を見開いた後、可笑しそうに笑いながら
「そうでした。肝心な事を説明していませんでした。新領土とは反乱軍、いや自由惑星同盟の事です。帝国が同盟を占領した時、帝国は新たな領土をどう統治すべきかの研究をお願いしたいのです」
と言った。

自由惑星同盟? 何故私が自由惑星同盟の統治体制を研究しなければならない? 今大事なのは帝国の改革をすることだ。大体イゼルローン要塞を失った今、同盟の占領などできるはずがない。実現するかどうかも分らない事の研究など出来るか!

私の感じた怒りをブラッケはそのまま口に出した。
「閣下、今大事なのは帝国の社会を改革することです。そんな何時実現するかも分らない事になど協力は出来ませんな」

ブラッケの憤懣交じりの言葉にもヴァレンシュタイン司令長官は少しも不機嫌な表情を見せなかった。穏やかな微笑みを浮かべながら聞いている。少し拍子抜けした。ブラッケも同様だったろう。

「もし同盟を占領したとして、今の帝国の統治体制をそのまま当てはめる事が出来ると思いますか?」
「?」

妙な男だ。協力できないと言っているのに……。仕方ない、少し付き合うか。私はブラッケと顔を見合わせてから答えた。
「いや、出来ないでしょう。政治体制が余りにも違いすぎます」

「そうですね。おそらく百三十億の人間が暴動、内乱を起す事になる。今度こそ本当に反乱軍になるでしょう」
「……」

「反乱を起させないためには帝国と違った統治体制をとらざるを得ない。それは帝国本土よりもかなり開明的なものになるでしょうね」
「……」

この男は一体何が言いたいのだ? 彼の顔には相変わらず微笑が浮かんでいて少しも読めない。
「そうなった場合、帝国本土の人間はどう思うでしょう?」

どう思う? どう思うのだ……不公平感は持つだろう、何故占領地のほうが恵まれているのかと……。恵まれている? まさか、そうなのか? そんな事を考えているのか?

私は目の前の男を呆然と見つめた。彼は優しげな微笑を浮かべたままだ。そして私が達した結論を口にした。
「同じ権利を自分たちにも寄越せと言うでしょうね。勝ったのに何故自分たちのほうが酷い扱いを受けるのかと。拒絶すれば今度は帝国本土で暴動が起きる」

つまり新領土の統治体制の研究とはそのまま帝国の社会改革に繋がると言う事か。同じコインの表と裏だ。帝国内から変えるのではなく帝国の外から変える。そんな発想が有ったのか……。

「し、しかし、同盟を占領など出来るのでしょうか。イゼルローン要塞を失った今、不可能としか思えませんが」
ブラッケの言うとおりだ。占領できなければ何の意味も無い。

「間も無く彼らはイゼルローン要塞を経由して帝国領に攻め込んでくるでしょう。兵力は三千万を超えるそうです」
三千万……。それが攻め込んでくる。思わずヴァレンシュタイン司令長官の顔を見詰める。

「それを撃滅します。彼らに致命的な一撃を与えるのです」
「しかし、イゼルローン要塞が有ります。あれはそう簡単には落とせないはずです」

ブラッケがなおも抗議するかのように疑問を呈した。何処かで彼のいうことに反発したいのかもしれない。私にも同じ思いがある。同盟を征服すれば確かに帝国の改革が出来る。軍人の彼が気付いた。何故自分は気付かなかった?

「イゼルローン回廊にこだわる必要は無いでしょう。フェザーン回廊を使えば良い」
「!」

フェザーン回廊を使う? それは、それでは……。
「フェザーンを征服し、自由惑星同盟を占領します。新銀河帝国の成立です。宇宙を統一する唯一の星間国家ですね」

新銀河帝国……、宇宙を統一する唯一の星間国家……。私は呆然と目の前で微笑む司令長官を見ていた。隣でブラッケが唾を飲み込む。その音が私を我に返らせた。

「しかし、門閥貴族たちが改革に協力するでしょうか。同盟の占領に成功しても改革が出来なければ、司令長官が仰ったように内乱が発生しますぞ」
そうだ、占領しても改革が出来なければ意味が無い。ヴァレンシュタイン、私の疑問にどう答える?

「もし、陛下が崩御されると帝国では後継者戦争が起こるでしょう。そこで門閥貴族達を叩きます。完膚なきまでに。そして帝国内での改革を実施する」
「……」

後継者戦争……。ブラウンシュバイク、リッテンハイムを潰すと言う事か。と言う事は、司令長官はリヒテンラーデ侯と組みエルウィン・ヨーゼフを推戴する事を考えている。

「リヒテンラーデ侯も閣下と同じお考えなのでしょうか?」
私は疑問に思ったことを訊いた。目の前の人物はリヒテンラーデ侯の信頼が厚いと聞いている。しかし本当にそこまで両者の間に合意があるのか?

「それは、後継者の事ですか、それとも新領土?」
「両方です」
「両方とも私個人の考えです。ただ侯を説得する自信はありますよ」

リヒテンラーデ侯を説得する自信……。しかし説得できるのか? エルウィン・ヨーゼフを推戴するのは良い。だが社会改革に賛成するだろうか?
「どのように説得するのです。ぜひお教え願いたい」

「次の戦いで勝てば良いのです。帝国が同盟を支配する、これまでは夢でした。誰も信じてはいなかったでしょう。だから改革を必要としなかった。しかし今度勝てば夢ではなくなります。後は侯にそれを認めさせれば良い」

認めさせれば良い……。認めれば否応無く改革を受け入れざるを得ない、そう言う事か。問題は同盟に勝てるかだ。私はヴァレンシュタイン司令長官を見た。勝てるのだろうか?

「勝てますよ。そのために努力しています」
思わず、彼の顔をまじまじと見てしまった。私の心の内を読んだのだろうか?

「如何です。私に協力してもらえますか? 決して楽な道ではないでしょう。しかし夢を夢で終わらせたくないと思っているなら私と同じ道を歩いてください」

同じ道……。これまでは改革を唱えても誰も振り向いてくれなかった。何のために改革を唱えるのか分らなかった。受け入れられない改革案に何の意味がある? しかし目の前の男がそれを終わらせようとしている。

私はブラッケを見た。ブラッケも私を見返してくる。言葉は要らなかった。私達の夢が実現するかもしれない。彼が次の戦争に勝てるかどうかは分らない。だが夢が実現する可能性がある。それだけで十分だった。





「勝てるかな」
呟くようなブラッケの言葉が私を回想から現実へ引き戻した。
「大丈夫だ。ヴァレンシュタイン司令長官は勝つさ」

そう、彼は勝つ。そして私達の夢を現実に変え新しい世界を見せてくれるに違いない。新銀河帝国、宇宙を統一する唯一の星間国家……。



 
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