ダンディズム
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2部分:第二章
第二章
「君はこれから別人になるぞ」
「別人にですか」
「私も変わったんだ」
課長は言う。端整な、軍人の如き整った身なりでだ。
「君も変わるぞ」
「別人にまで、ですか」
「英美里ちゃんは特に凄いからな」
「妻はですか」
「部長の家は女系の家系でね」
少なくとも妹がいて娘が三人もいる。女系というのも道理だった。
「女性陣の発言力が強くてね」
「それでその中でもですか」
「あの娘は一番凄いからね」
自分の姪であり孝宏の妻である彼女のことをだ。笑いながら話すのだった。
「まあ君もこれから別人になるぞ」
「どういった別人にですか?」
「すぐにわかるさ」
「妻は特に」
とりあえず見合いをして結婚して同居をはじめたばかりだ。新婚旅行もした。だがこれといって凄まじさ、暴れた様なものは感じてこなかった。
それでだ。彼はこう言うのだった。
「そんな。暴れたり乱れたりとかはないですけれど」
「ああ、そういう凄さじゃない」
「じゃあどういう凄さなんですか?」
「だからそれはもうすぐわかる」
楽しそうに笑って答える課長だった。
「まあ楽しみにしているよ。そうだ」
「はい、何か」
「今度のコーヒーだけれどね」
課長はコーヒー好きでもある。それでよくその話をするのだ。
「マジックのブレンド。あれがまた一段とよくなってね」
「ああ、あのイギリス風のお店ですね」
「うん。やっぱりあのマスターはいいよ。服のセンスもいいしね」
「そうですか。じゃあ私も今度また」
「行ってみるといいよ」94
そんな話もしたのだった。しかしだ。
孝宏は課長の言葉の意味がどうしてもわからなかった。英美里の何処にそうしたものがあるかとだ。
仕事が終わって二人で住んでいる社宅に帰った。するとすぐにだ。
小柄でだ。大きくはっきりとした目で茶色で癖のある髪を上でまとめた可愛らしい感じのエプロン、小柄なのでどうしても大きく見えるそれを着た孝宏と同じ年代の女が出て来てだ。女の子らしい声でこう言ってきた。
「御帰りなさい」
「うん、只今」
「御飯とお風呂どっちにするの?」
そしてだ。こう孝宏に尋ねてきた。
孝宏は玄関で靴を脱いでだ。ネクタイを緩めながら彼女に応えた。
「それじゃあ先にね」
「うん、先に?」
「御飯にするよ」
何気なく応えたのだった。
「そっちにね」
「そう。じゃあお風呂は後ね」
「そうするよ」
「わかったわ。ところでね」
英美里は孝宏が外したネクタイを受け取っていた。そのネクタイを見ながら夫に言うのである。
「このネクタイだけれど」
「ネクタイが?」
「もうかなり古くなってるわね」
「就職活動の頃から使ってるから。まだ四年だけれど」
「そうなの。それでもね」
どうかとだ。英美里は孝宏に後ろから話していく。
「古くなってるから」
「どうだっていうのかな、それじゃあ」
「新しいネクタイ買っておいていいかしら」
こう彼に言ってきたのである。
「そうしていいかしら」
「ええと。僕にネクタイを?」
「そうよ。買っておいていいかしら」
「うん、別にいいけれど」
特に深く思うことなくだ。こう妻に答えたのだった。
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