トスカ
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5部分:第一幕その五
第一幕その五
トスカ 「今回は信じてあげるわ。そのかわり」
カヴァラドゥッシ「何だい?」
トスカ 「マリア様の髪は茶色に、瞳はブラウンにして。いいわね」
カヴァラドゥッシ「(苦笑いを浮かべて)わかったよ、じゃあそうしたふうにね」
トスカ 「御願いね。それじゃあ」
カヴァラドゥッシ「うん。それじゃあ別邸で夕食とワインを用意しておくよ」
トスカ 「わかったわ。私は宮殿でパイジェッロ先生と打ち合わせをして」
カヴァラドゥッシ「ああ、あの人が来ているんだ」
トスカ 「そうなの。御祝いにね」
カヴァラドゥッシ「御祝い!?またどうして」
トスカ 「オーストリア軍がフランス軍に勝った御祝いよ。だからなのよ」
カヴァラドゥッシ「そう、遂にね」
顔を暗くさせる。
カヴァラドゥッシ「それで君はカンタータを」
トスカ 「どうかしたの?」
カヴァラドゥッシ「いや、何でもないよ。それじゃあまた夜にね」
トスカ 「ええ、楽しみにしているわ」
トスカは教会を後にする。彼女がいなくなってからアンジェロッティが礼拝堂から出て来る。不安げな顔でカヴァラドゥッシにその顔を向けている。彼は扉に鍵をした後でアンジェロッティのところに向かう。二人は顔を見合わせて話に入る。
カヴァラドゥッシ「フランスは敗れたよ。残念だけれど」
アンジェロッティ「ああ、そうだな」
残念な顔でそれに頷く。
アンジェロッティ「これでな。望みは絶たれた」
カヴァラドゥッシ「こうなったらすぐに逃げた方がいい。いいね」
アンジェロッティ「わかっている。すぐにローマを出よう」
カヴァラドゥッシ「服はあるかい?」
アンジェロッティ「妹が礼拝堂の中に隠してくれている」
そう言って礼拝堂の中を指差す。
アンジェロッティ「あそこにね」
カヴァラドゥッシ「そうか、あそこにか」
アンジェロッティ「すぐに逃げようと思う。いいか」
カヴァラドゥッシ「待て、今のローマを一人で歩くのは危険だ。捕まれば命はないぞ」
アンジェロッティ「しかし」
ここで大砲が鳴る。二人はその大きな音に思わず身体をすくめさせる。
アンジェロッティ「また大砲の音が」
カヴァラドゥッシ「まずいぞ、警察だけじゃないようだ」
アンジェロッティに対して深刻な顔で述べる。
カヴァラドゥッシ「スカルピアまで出て来た。一国の猶予もないぞ」
アンジェロッティ「そうだな、それじゃあ」
カヴァラドゥッシ「だから一人では危険だ」
行こうとする彼の手を掴んで引き寄せる。
カヴァラドゥッシ「僕に考えがある。ここは任せてくれ」
アンジェロッティ「助けてくれるのかい?僕を」
カヴァラドゥッシ「当然だ。友達じゃないか」
真剣な顔で述べる。
カヴァラドゥッシ「見捨てたりはしないよ。だから」
アンジェロッティ「済まない、それじゃあ」
カヴァラドゥッシ「うん、まずは服を着てくれ」
アンジェロッティ「わかった」
それに従い素早く服を着る。白いヴェールの服である。その時扇も一緒だがそれは慌てるあまり忘れてしまう。アンジェロッティもカヴァラドゥッシもそれに気付かない。
服を着終える。するとカヴァラドゥッシは彼に声をかける。
カヴァラドゥッシ「この教会を出ると囲いの少ない菜園、藤の茂みが続いている。そこを通って僕の家にまで続いている。そこから別邸に行こう」
アンジェロッティ「君の家は他にも別邸があったのか」
カヴァラドゥッシ「そうだ、だから安心してくれ」
アンジェロッティ「そこに逃げ込んでか」
カヴァラドゥッシ「用心にこしたことはない。僕も一緒に行こう」
アンジェロッティ「済まない、それじゃあ」
ここで誰かの声が扉の方から聞こえてくる。
アンジェロッティ「(蒼白になって)スカルピアの!?」
カヴァラドゥッシ「(耳を澄まし)違う、ここの堂守と僕の従者だ。暇を与えたけれど帰って来たんだな」
アンジェロッティ「そうなのか」
カヴァラドゥッシ「暫く身を隠してくれ、礼拝堂の中でも」
アンジェロッティ「わかった、それじゃあ」
カヴァラドゥッシ「頃合いを見て二人で逃げよう」
言葉を交あわせて一旦別れる。扉を開けるとエウゼッペとゼッナリーノが入って来た。
エウゼッペ 「(慌しい様子で)閣下、閣下」
カヴァラドゥッシ「どうしたんだい、騒々しい」
冷静な様子でそう返す。
エウゼッペ 「さっきの大砲の音ですけれど」
カヴァラドゥッシ「(落ち着いた顔で)ああ、あれか」
エウゼッペ 「サン=タンジェロ城から政治犯が一人逃げ出しました。引き渡した者には褒章として銅貨一千枚、匿った者は褒章として縛り首だそうです」
カヴァラドゥッシ「また随分な褒章だね、それは」
エウゼッペ 「一千枚ですからね。ただ、脱獄させた典獄は拷問で白状させられ一足先に褒章を頂いたそうです」
カヴァラドゥッシ「じゃあそれで褒章は終わりだね」
エウゼッペ 「いえ、そっちの褒章は限りないそうですから」
カヴァラドゥッシ「やれやれ。困ったことだ」
エウゼッペ 「一千枚も銅貨があれば当分遊んで暮らせますね。これは狙っていかないと」
ゼッナリーノ 「それで旦那様」
カヴァラドゥッシ「(彼に顔を向ける)ああ、何だい?」
ゼッナリーノ 「そろそろお時間ですが」
カヴァラドゥッシ「えっ、もうかい」
気付けば四方八方から子供達と市民達が入ってくる。夕刻の礼拝の時間であった。教会の中の隅々の蝋燭に火が灯されて明るくなっていく。
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