トスカ
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30部分:第五幕その四
第五幕その四
カヴァラドゥッシ「それはいいよ」
下士官 「わかりました。それでは」
その言葉に頷く兵士達のところに戻ってあれこれと指示を出す。トスカはその光景を眺めながらこれからのことを思案している。
トスカ 「馬を替えていけば四時間でチヴェタヴェッキアまで行けるわね。そこからヴェネツィア行きの船に乗れればもう安心ね。私達はこれで」
自分で自分の言葉に頷く。それからカヴァラドゥッシを見る。
トスカ 「マリオ、何て凛々しいのかしら。本当に舞台にいるみたい」
その姿にうっとりとするが急に不安もよぎる。それも呟く。
トスカ 「誰かがあの男を起こしに行かなければいいけれど。若し私が殺したとわかれば」
様々な感情を込めながら見守る。そのうちに兵士達は銃に弾丸を込め終わっていた。下士官が退き士官がサーベルを抜いて命令を下そうとする。
トスカ 「いよいよね、マリオ、上手くやってね」
士官がサーベルを掲げる。兵士達が一斉に銃を構える。トスカは銃声が聞こえないように慌てて両耳を手で塞ぐ。カヴァラドゥッシに対して上手く倒れるように頭で合図をする。
カヴァラドゥッシはそれに頷く。そして口だけで言う。言葉には出さない。
サ・ヨ・ウ・ナ・ラ
トスカ 「まあ、本当に役者ね」
無邪気に笑う。遂にサーベルが振り下ろされる。
銃声が響き渡りカヴァラドゥッシは後ろにのけぞる。それから前に倒れ横に転がりつつうつ伏せになり動きを止める。
下士官が彼に近寄り注意深く見下ろす。スポレッタも来る。
下士官が腰から拳銃を取り出し止めをさそうとする。しかしスポレッタはそれを止める。
スポレッタ 「いい、無用だ」
首を横に振って述べる。
スポレッタ 「いいな」
下士官 「わかりました、それでは」
スポレッタ 「うん」
スポレッタは持っていた外套をカヴァラドゥッシにかけ離れる。歩きながら一人胸の前で十字を切る。俯いて辛い顔で。
士官が兵士達を整列させ下士官は奥にいる番兵を呼び戻す。士官とスポレッタは互いに敬礼をして士官は兵士達を連れ左手から去る。スポレッタも下士官と番兵達を連れてその場を右手から去る。ここでトスカに一礼するが目を合わせようとはせずそそくさと立ち去る。
舞台には二人だけとなる。トスカは周りを見回してからカヴァラドゥッシの方に駆け寄る。
トスカ 「マリオ!」
倒れている彼の側に腰を下ろして声をかける。
トスカ 「さあ行きましょう、早く」
外套を取りカヴァラドゥッシを揺り動かす。しかし返事はない。
トスカ 「どうしたの!?ねえ、マリオ」
次第に怖くなってくる。揺り動かしが次第に強く激しいものになっていく。
ここで手がカヴァラドゥッシの腕に触れる。そこで手に着いたものを見てトスカの顔から血の気が一斉に引いていく。
トスカ 「血・・・・・・そんな、マリオ!」
まさかと思いギョッとした顔になる。ここでカヴァラドゥッシの声がする。
カヴァラドゥッシ「フローリアかい?」
トスカ 「(その声を聞いてほっとした顔になって)よかった、生きていたのね」
起き上がるカヴァラドゥッシに抱きつく。その目から歓喜と安堵の涙が溢れ出る。
カヴァラドゥッシ「フローリア・・・・・・」
カヴァラドゥッシも身体を起こす。そうして二人は蹲ったまま抱き合う。
トスカ 「若しかしたらって思ったのよ・・・・・・怖かったわ」
カヴァラドゥッシ「フローリア、スカルピアは約束を守るつもりはなかったんだ」
そうトスカに囁く。
トスカ 「どういうこと?」
カヴァラドゥッシ「あの警部を見てわかったんだ。妙に態度がよそよしかっただろう?」
トスカ 「(言われてはじめて気付いた顔で)そういえば」
カヴァラドゥッシ「だから僕はあの時十字架を受け取って君に別れを告げたんだ。もうこれで最後だと思ったからね」
トスカ 「そうだったの」
カヴァラドゥッシ「うん、けれど君の贈り物が僕を救ってくれた」
トスカ 「貴方を?」
カヴァラドゥッシ「そうさ、ほら」
十字架を出す。見れば所々が砕けている。
トスカ 「ああ・・・・・・貴方のかわりに」
カヴァラドゥッシ「腕に一発当たって貫通したみたいだけれどね。他は全てこの十字架が守ってくれたよ。君がくれたこの十字架が」
トスカ 「いえ、それは違うわ」
その十字架を手に取って言う。
トスカ 「神の御力よ」
カヴァラドゥッシ「そうかも知れないね」
二人は微笑み合って言い合う。そうして立ち上がる。
カヴァラドゥッシ「じゃあ行こう、ローマを出て」
トスカ 「ヴェネツィアへ」
去ろうとする。しかし左手から声がする。
スポレッタ 「逃がすな!」
トスカ 「気付かれた!?」
カヴァラドゥッシ「まずいっ」
スポレッタ 「まだ上にいる!」
カヴァラドゥッシはトスカを後ろに庇う。左手からスポレッタが警官や兵士達を連れてやって来る。
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