艦隊これくしょん【幻の特務艦】
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第七話 偵察任務。その1
執務室にて、提督のモノローグ――。
いよいよ反抗作戦の始まりだ。今までは各鎮守府が近海を防衛するだけだったが、新生艦娘の配属と練度向上により、軍令部は反抗作戦の始動に踏み切った。まぁ、その先鋒はこの呉鎮守府と佐世保鎮守府なんだけれどな。
手始めの目標は南西諸島だ。この海域には敵の強力な艦隊が前線基地を敷いていると思われ、ヤマトの海上輸送路が脅かされている。これをなんとかしないと、こっちは日干しになってしまうってわけだ。御大層なことに軍令部第一局長がわざわざお見えになって俺に発破をかけていった。そんなことをされようがされまいが、実際に動くのは艦娘たちなんで、俺は表面上かしこまって聞いているふりだけしておいた。まったく、組織っていうものは疲れるよな。
今埠頭から偵察部隊とそれを護衛する艦隊が出立したところだ。こういう時俺は見送りはしない。何故なら見送りってやつは今生の別れを連想させるからだ。俺はそんなのは嫌いだ。きれいごとだと思うが、一応は俺のゲン担ぎである。それがいいんだか悪いんだかわからないが、これまで誰一人として轟沈した奴はいない。
艦隊は佐世保鎮守府から進発した偵察部隊といったん海上で合流し、各々の任務海域に向かうわけだが、俺には心配事が一つある。
最近どうも敵の動きが不活発すぎるのが気になる。依然として海上輸送路は襲撃され脅かされているのだが、艦隊が出動すると敵はすっと後方に下がっていなくなってしまうのだ。どうもきな臭い。それにだ、佐世保鎮守府と呉鎮守府との共同作戦は今回初めてだ。頼むから変な縄張り意識は持たずに全員無事に作戦を完遂してほしいっていうのが俺の願いだ。さて、どうなることやらな。
艦隊は佐多岬沖を通過し、坊の岬沖に差し掛かった。ここまで深海棲艦駆逐艦一隻にすら出会わなかったことに紀伊はほっとしたが同時に何か違和感のようなものも持ち合わせていた。鳳翔たち別働空母部隊は万が一に備え、偵察部隊と護衛艦隊の後から進発し、後方を進んできていた。鳳翔はこの後南西諸島に東から迂回して接近し、偵察部隊に万が一のことがあれば直ちに救援できるよう体制を整えるつもりだと話していた。
「0700か。偵察部隊のみんな、そろそろ佐世保鎮守府と合流できた頃かしらね?」
足柄が腕時計を見ながらつぶやいた。作戦開始に先立ってすべての艦娘は自分の時計の時刻を統一しなおしている。
「順調にいっていればな。」
と、日向。
「呉鎮守府護衛艦隊は偵察部隊の後方北東に待機して万が一があれば救援に駆けつけるように体制を整えています。佐世保鎮守府護衛艦隊は偵察部隊北方の地点に待機する予定です。」
鳳翔が説明した。
「そして、私たちは南西諸島東北東微沖合に待機して偵察部隊および周辺の警戒に備えます。」
「何事もなければいいのですが・・・・。」
紀伊がつぶやいた。
「誰もが思うことだ。だが、万が一のことがあれば私とお前の主砲が頼りになる。そのことを忘れるなよ。」
紀伊は意外に思った。日向は自分のことを嫌い、敬遠していると思っていたが、今の言葉には身震いするような冷たさは感じられなかった。むろん、いつもながらの多少の冷淡、冷徹さはあったが。
「はっ、はいっ!」
紀伊が上ずった声で返答した時、そっと鳳翔が近寄ってきてささやいた。
「日向さんはあなたの試合を見ていたんですよ。それだけではありません。以前からずっとあなたの練習ぶりを見ていたのだといっていました。」
「えっ!?」
「あの後私のところにきて考えを改めたと率直に言っていました。でも、さすがに本人の前で言うのは照れ臭いのかもしれませんね。そっとしておいてください。」
「はい。」
紀伊はうなずいた。じんわりと胸の奥が暖かかった。
「日向さんだけではありません。私もあなたに期待しています。」
鳳翔が言い、紀伊は黙って頭を下げた。あの試合の後鳳翔はそっと紀伊のもとを訪ねて来て短く労い、黙って手を握ってくれた。紀伊にはそれだけで十分だった。鳳翔は試合前も試合後もずっと変わらない態度だったし、紀伊に何か求めるようなこともしなかった。動き出した向上心を制約するようなことをしたくなかったのかもしれないし、言葉をかければ自分の中の感情が吐露してしまいそうだったのでやめたのかもしれない。どう思っていたのか、それは鳳翔自身だけが知っていることだった。
一方、いったん佐世保鎮守府偵察部隊と合流した呉鎮守府偵察部隊は一路南西諸島目指して海上を走っていた。
「ふ~~~気持ちいいわね!!」
雷が胸いっぱい大気を吸い込みながら言った。白い雲がそこかしこに流れているが、全体としては穏やかな青空が広がっている。暖かな日差しはまさに春日和と言っていい。
「雷ちゃん駄目なのです。まだまだ油断はできないのです。」
「平気よ、だってここまで深海棲艦の駆逐艦一隻だって見かけなかったもの。あ~あ、なんだか張り合いがないわね~。」
「油断は禁物ですよ。」
筑摩がたしなめた。
「は~い。わかってます。」
雷は素直に返事し、またあたりを警戒し始めた。
「長良さん、そろそろ偵察区域に入りますが、水上偵察機を飛ばしますか?」
筑摩が先頭を行く軽巡洋艦娘長良に声をかけた。長良は足を止めて、振り向いた。
「はい!お願いしてよろしいですか?」
「わかりました。姉さん!」
「おう!出番じゃの。任せておけ。」
利根と筑摩はカタパルトを構えると、大空に向けて偵察機を次々に打ち出した。
「頑張ってね!!」
「いってらっしゃい!」
「気を付けてなのです。」
「Желаю удачи。」
えっ!?と第6駆逐隊の3人は響を見た。
「今なんて言ったの?」
「頑張って、と言ったが。」
響は無表情に三人を見た。
「なんか知らない国の言葉が聞こえたんだけれど?気のせい?」
雷が暁を見た。
「私も聞こえたわよ。」
「私もなのです。」
「おかしいな。」
響は首をかしげる。本人は日本語を言ったつもりだったらしい。
「こら、4人ともまだ任務は終わったわけじゃないのじゃぞ!」
利根が注意した。
「あ、はい!」
慌てた4人がそれぞれの位置に着いたとき、長良が上を見上げた。
「いったんあの雲の下に退避しませんか?ここだと敵の偵察機が来たらすぐに発見されちゃいます。」
「そうですね、なんだか少し不安です。何もないところにいるのはどうも落ち着きません。」
確かに、ここは敵の制海権の中だった。こちらが偵察機を飛ばすのと同様、いやそれ以上に敵も哨戒網を形成しているとみていいだろう。何もしないで一点にとどまっていればそれだけ発見されやすくなる。特に、この一帯には身を寄せられる環礁や岩礁などもなかったから尚更だ。
「そうじゃの。よし、行くか。」
第6駆逐隊の4人もうなずき、艦隊はやや北東にある分厚いどんよりとした雲を目指して走った。そのとき、筑摩が耳をそばだてた。
「偵察機から入電。オオスミ地区には敵影なし。」
「こっちもきたぞ。アマミ地区にも敵影なし。港湾などの施設らしきものもなし。おかしいの?」
「となると、南西諸島の西方を担当する佐世保鎮守府の方に・・・いいえ待ってください!!」
筑摩がはっと顔を上げた。
「・・・・・敵艦隊ミユ。南西諸島東北トガラ泊地ニ空母3、戦艦4、重巡5、軽巡及び駆逐艦多数ヲ確認ス!!」
「やった!!」
暁が叫んだ。だが筑摩の顔色はずっと引き締まってきた。
「まだです・・・・別敵艦隊ヲ認ム。南西方面ヨリ北東上シツツアリ。陣容空母2、戦艦2、重巡1、軽巡1、駆逐艦4。」
「発見されたのか!?」
「いいえ姉さん。偵察機の報告では敵艦隊の速度は13ノット。戦闘速度ではありません。平常時よりもむしろ遅いくらいです。おそらく規模からして大規模な威力偵察あるいは通商破壊に乗り出すところでしょう。」
「なるほどの。長良、どうする?」
「敵の根拠地は突き止めました。撤退しましょう!」
「おう。」
艦隊は陣形を組みなおすと、長良を先頭に全速力で撤退を開始した。だが、利根が顔色を変えた。
「まずいぞ!!」
「どうしましたか?」
皆の足が止まった。利根がいつにない真剣な顔で耳を傾け続けている。何か電波をとらえたらしかった。
「偵察機からの報告じゃ。佐世保鎮守府の偵察部隊が敵艦隊に発見され、交戦中じゃ!」
「ええっ!?」
雷が声を上げた。
「敵の陣容は戦艦3隻を中心とした水上部隊じゃ。まずかったの。敵の根拠地はどうやらトガラだけではなかったようじゃ。しかもトガラは前線基地の一つに過ぎなかったということじゃな。」
「佐世保鎮守府の偵察艦隊は、大丈夫なんですか!?」
暁がもどかしげに尋ねた。
「北方に待機している佐世保鎮守府護衛艦隊が間に合うかどうかじゃの。」
利根はそう言ったきり腕を組んだ。
「おそらく距離からして一番近いのは私たちです。でも・・・・。」
利根と筑摩が逡巡している意味は充分ほかの艦娘も理解していた。敵は戦艦である。同じ戦艦同士ならともかく、まともにその主砲弾をくらえば、航空巡洋艦や軽巡、駆逐艦なら一発で大破してしまう可能性が高かった。
「ですが、同じ仲間を見殺しには出来ないです。」
長良はきっぱりと言った。その途端偵察部隊の面々は先ほどあった川内をはじめとする艦娘たちのことを思いだした。大なり小なり癖のある面々だったが、どの艦娘もとても気さくでいい子たちだった。
「私たちも加勢に行きましょう。待機している護衛艦隊にも連絡して、急行してもらいましょう!」
長良の言葉に6人は一斉にうなずいた。
「まずいな。」
日向が顔を曇らせた。
「今利根から連絡があった。佐世保鎮守府の偵察部隊が敵艦隊に発見され、交戦中とのことだ。長良たちは救援に向かった。こちらにも掩護の要請が来ている。」
「あの子たち!!」
鳳翔が一瞬顔をしかめたが、すぐにうなずいた。
「行きましょう。すぐに急行しないと、間に合いません!!」
4人はうなずき合い、すぐに水面をけって全速力で走り始めた。ほどなくして日向が再び報告してきた。
「・・・ビスマルクたちからも連絡があった。救援要請を聞きつけて戦闘海域に向かっているとのことだ。そしておそらく佐世保鎮守府護衛艦隊も向かっているだろう。だが・・・・。」
日向は3人を見た。
「南西諸島本島北方だと思われる戦闘区域には3艦隊いずれも遠い。ここからは少なくとも1時間はかかるとみていいだろう。発見されるのが早すぎたな。」
「それまで、皆が持ちこたえられるかどうかね・・・・。くそっ。」
足柄が歯を食いしばった。その前で冷静に考えていた鳳翔が紀伊を振り返った。
「紀伊さん!」
「はい!」
「艦載機を先発して出撃させましょう。私たちの速度では間に合いません。」
「わかりました。それから一つ提案があります。」
「なんですか?」
「艦載機を戦場に急行させるのはもちろんですが、この上空にも直掩機と偵察機を放って警戒に当たらせたいと思います。」
「なぜだ?」
「わかりません・・・。」
紀伊は周りを見まわした。あたりは穏やかな青空だった。多少波は高かったが、それ以外はいつもの海。だが、紀伊はその水平線の彼方から何かどす黒いものが広がり、自分たちを覆いつくそうとする感覚に囚われ始めていた。
「でも、なんとなく嫌な予感がするんです・・・・・。」
「予感だけでこの上空に直掩機を割くのか。そうなれば戦場に到着する艦載機は少なくなる。それでいいのか?」
「いいえ、紀伊さんのおっしゃるとおりです。そこで、日向さん。あなたは偵察機を散開させ、私と紀伊さんの部隊から何機か直掩機を上げましょう。それでいいですか?」
折衷案だったが、紀伊はすぐにうなずいた。ためらっている時間はない。行動が肝心だった。
「いいだろう。」
「わかりました。」
日向はカタパルトから次々と、偵察機を発艦させ、鳳翔と紀伊はいったん艦列から右翼と左翼に広がり、空に向けて次々と艦載機を放った。
(お願い・・・・!どうか間に合って・・・・!)
紀伊は祈るような思いで見守っていた。
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