満願成呪の奇夜
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第12夜 共闘
『樹』の呪法は、他の4つの呪法と比べて非常に特異だ。
呪獣との戦いにおいて直接的な攻撃力を持たないこの『樹』という属性は、夜の戦いでは圧倒的に強い『熱』を弱点としている。しかし、面白い事にその利用価値は昼限定で『熱』の価値と逆転するという不思議な性質を持っている。
まず、『樹』の呪法は名前の通り植物に干渉することが出来る。これは対象植物の生死に関わらない為、加工された木材にも適用される。これらは呪獣との戦いではほとんど役に立たないが、薪の精製、製造業、建築業等の人間の文化的な生活を支える機能としては非常に大きなウェイトを占めていた。
つまり、従来の固定的な物質の構造を呪いによって変異させ、自分の都合のいい道具に作り替えるのがこの『樹』という属性の真骨頂。面白い事に、攻撃力が最も低い『樹』の属性には他のどの属性より禁呪となった術が多いと言われている。
更に、『樹』は植物由来の物質だけでなく動物由来の物質にもある程度干渉が出来るため、その応用性は無限大と言ってもいい。犯罪者等を取り締まる呪法師にはこの『樹』を得意とする人間が多く、民家やロープ等を自在に変異させて相手を追い詰める様は手品のようで圧巻だ。
そして、その手品師――ガルド・ルドルクの戦い方も、それに沿うように技巧派だった。。
ドレッド達と共に境の砦へと戻る途中で5体の呪獣が同時に現れた際、彼らのチームで真っ先に前へ出たガルドは、低い声で呪言を口にする。
「奴から脚を奪え……『藁蛇(セルピエンテ・セカ)』」
異様に腰を落とした低い体勢から、地面をすくい上げるようにアンダースローで縄が投擲される。縄は彼が口にした蛇のようにうねりながら醜い呪獣の脚に絡みつき、一瞬でその機動力を奪う。直後、もう片方の手に握った拳銃が火を噴く。
放たれた銃弾は走行中で激しく動いている筈の呪獣の膝に吸い込まれるように命中し、立て続けに3体の呪獣が足をもがれて転倒する。「撃鉄(インパクト・ヒエロ)」という『鉄』の呪法の基礎中の基礎だが、それを立て続けに命中させて脚をもぎ取るには純粋な拳銃の技量が必要だ。
転倒させられた呪獣の体からは、微かに湯気のような煙が上がっている。体が光に冒されているのだ。呪獣は基本的に光を避けるが、上位種の呪獣が出現し始めてからはリスクを承知で短期決戦に挑んでくる呪獣が増加したという。
命懸けの攻撃であるが故に、自分の身体が崩壊する直前まで呪獣は死に物狂いで殺しに来る。殺してしまえば後は光の外に広がる陰鬱な空間が体を癒してくれる。故に、闇に逃さぬよう動きを封じるのは自分優位の戦いに持ち込む方法としては適切だ。
しかし、華麗な銃撃を見せる彼の頭上に影が迫る。足を縛られて転倒した呪獣の振りまわした腕が彼の進行方向から暴力の塊として接近していた。
「危ないっ!!」
反射的にトレックは叫んだ。呪獣の攻撃力は人間の骨など容易にへし折る威力がある。まともに受ければペトロ・カンテラの照射範囲外に吹き飛ばされるし、当たり所が悪ければ即死だってあり得る。だが、トレックの心配をあざ笑うようにガルドはそれを無視して突っ込む。
ぶつかる――!!そう確信して援護のために銃を構えたその時、鋭い声が飛んだ。
「下を抜けろ!!」
地面に杖を突きたてたステディの足元が濁った光を湛え、直後にガルドに迫った黒い腕が突如として隆起した石畳交じりの地面に弾き飛ばされた。『地』の呪法で地面を操ったのだ。ガルドは腕の軌道が上方に逸れたことで難なく呪獣を潜り抜けた。しかし、抜けた先に漆黒の影が揺らめいた。
『レ゛エ゛エエエエエエエエッ!!』
押し潰されて強引に吐き出されたような重低音の咆哮。未だ無力化が為されない最後の一体の呪獣が待ち伏せるようにガルドの行先に立ちはだかった。ペトロ・カンテラの光が体を蝕むのも意に返さない強烈な殺意が宿った紅い瞳がギョロリとガルドを捕え、汚らしい唾液を撒き散らしながら大口を空けて突進する。
呪獣の攻撃方法の中でも突進は最悪の技だ。獣の敏捷性を最大に活かし、しかも走行中にある程度方向転換が出来るために回避が難しい。しかし、トレックは今度は援護しようと考えなかった。彼の視界に、既に拳銃を構えて呪言を呟くドレッドの姿が映ったからだ。
「消し飛びたまえ。『炎の矢(フレッツァ・リャーマ)』――!」
瞬間、トレックが使ったそれの2倍は威力があろうかという炎が一瞬で突進する呪獣に着弾し、身体を中ほどから真っ二つに引き裂いた。攻撃の余波が周囲を照らし、熱風が頬をなぜる。
「……『炎』が得意分野か。ちぇっ、俺が使った一発と同じ術とは思えない威力だ」
「援護のために少々威力過剰になっただけだよ。ただ敵を撃つだけならば込める力はもっと節約した方がいい。無計画では後に響くからな」
そうは言うが、ここまであからさまに技量の差を見せつけられると内心では面白くない。トレックはいつも他人より多い呪法を扱えるが、そのどれもが特定属性を得意とする呪法師には敵わなかった。教導師からは「5大属性全てを操れる癖に贅沢をいうな」と不思議な人間を見る目で言われたが、器用貧乏よりは一部の能力に特化していた方が結果的に勝率は高いとトレックは考える。
見れば、ドレッドの放った『炎の矢』が撒き散らした炎をガルドの持つ縄が吸収し、炎の鞭となって転倒していた呪獣たちに巻き付けられる。全身を劫火で焼き尽くされ、呪獣は黒い滓となってぼろぼろと地面に崩れ去り、やがて消滅していった。
かなりの高熱を纏いながらも燃え尽きない縄は、最後に縄で縛った呪獣を焼き尽くしてから纏う炎を解除した。どうして縄が燃えないのか、その答えにトレックは心当たりがあった。
「あれは……まさか灯薪と同じ成分で作られているのか?」
「そうさ。燃焼が長時間続く灯薪は強度の問題から武器に使われることは少ないが、縄や鞭のような形状にすればああやった使い方も出来る。もっとも、『樹』の術を得意とする呪法師は総じて『熱』の呪法を苦手としているし、『熱』の術を得意とする場合は縄の精製や修理がまるで出来ない。好んで使う呪法師は少ないだろうね」
「………敵を縛り、縄で殺す、か」
結局、ガルドはステディとドレッドのそれぞれ一回ずつの援護だけで5体の呪獣を殲滅して見せた。夜の戦いでは使えないと思われていた『樹』の呪法の可能性に関心した俺は、自分でも出来ないだろうかと考える。
メインで使えなくとも、いざという時の引き出しは多くて困ることはない筈だ。
「ええと、縄を作るには………」
ガルドにいきなり予備の縄をくれなどと厚かましいことは言えない。法衣の上着の洒落だけで必要性がない生地を触り、呪法対象として設定。昔に講義で習ったことのある灯薪生成の基礎理論を思い出しながらうろ覚えの呪法式を頭の中で組む。
「『編』」
「むっ………何をする気だ?」
装飾が濁った光で生地が分解されるように解けてゆき、掌に1m程度の長さの細い紐が出来上がった。ガルドのものと比べると材料が少なかったせいで遙かに細い。今度は必要ない『鉄』の装飾を呪法で紐の先端につけ、重りの代わりとする。編み込みに問題がないかと張ってみると、ビィン、と音を立てた。
最後に組み込んだうろ覚えの『灯薪』の呪法式と材質変化の合成が上手くいっているかを確かめるため、ペトロ・カンテラを目の前に降ろして紐に火をつけてみる。縄は小さく燃えながらも不完全燃焼の煙を出さず、紐の強度を保っている。しかし暫く見つめていると紐が段々くすみ始めた。
理論は出来たが洗練されてはいないようだ。それに、これを使った戦闘方法のノウハウがない今、紐が役に立つことはそうそうないだろう。単純に使い慣れていない上にガルドの武器の劣化品だ。トレックは紐を軽く丸めてポケットに放り込んだ。
3属性を操るだけでなく、相性の悪い『熱』と『樹』の両方を扱って簡易呪法具を作成し、コントロールする――その行為がどれだけ出鱈目な真似なのかを、トレックは理解していない。
ガルドの武器が、ガルドとドレッドのアイデアを基に呪法具製造を最も得意とする学徒に伝え、形になるまで1か月を要したことも。そもそも大半の『欠落』持ちは呪法の才覚と呪法具の才覚が分離している場合が多く、その学徒も数人の友人に手伝ってもらってそれを作りだしたことも。
彼は、知らない。
彼の為した所業を見ていたのは、興味深そうに薄く笑うドレッドと、トレックの後ろに無表情で立っていたギルティーネだけだった。
= =
時折、ふと世迷言のような疑問を抱く。
呪獣に恐怖という感情――いや、感情はなくともそれに類似した感覚はあるのだろうか。
呪獣は自然の摂理から外れた存在だ。
連中は食事として食らうことはしないが、獲物の殺害手段として人間を喰らうことはある。もしもその特性が無ければ、今頃この大陸の牛や馬などの家畜から野生生物まで、動物は当の昔に絶滅しているだろう。
なのに、連中は何故か人間だけを積極的に狙い、殺しに来る。
それは、まるでこの大陸を支配するかのように自然の一部を支配していた我々に真の支配者を思い知らせるかのようでもあり、そして目障りな羽虫を無機質に潰すようでもある。高い知能も言語も持たない呪獣にその真意を問ても、答えは唸り声か咆哮が関の山だろう。
そもそも、あれは本当に生物なのか。
殺しても死なず、呪法で止めを刺せば全身が闇に融けて肉片の一つも残さない。
寿命はあるのか、生殖行動を行って増えているのか、どうして生物には必要なはずの光を浴びると衰弱するのか。文明を発展させてきた大陸の民の学者でさえ、その問いに明確に回答できる人間はいない。
大陸の民が呪われてから2000年、呪法教会が呪獣を撃滅する術を得てから1000年、これほどの時が流れたにもかかわらず、答えは一向に闇の中に沈んで見えてこない。
いや、あるいは答えなど無いのかもしれない。
闇から出でて闇に消える奴等は、夜というどこか我々にとって遠く曖昧な世界にいる存在の影でしかなく、大陸の民はそんな幻影と踊り続けているのかもしれない。実体がなければ真実もなく、ただ光と相容れないという事実だけで構成された『敵』。
しかし、もしも呪獣に恐怖という感覚があるのだとすれば、それは大陸の民にとってもまた恐ろしいことではなかろうか。
恐怖とは耐えがたいものだ。人にとって夜の闇がそうであるように、呪獣にとっても光が恐ろしく耐えがたいものであるなら――連中は、人類と同じようにその恐怖を克服するための行動を模索し始めるかもしれない。
嘗て僅かな光にも怯えて身を引いた呪獣たちも、今では短期間ながら光の中に侵入して攻撃を加えるのが当たり前になりつつある。もしそれが、呪獣が数百年の間にそのように恐怖を克服する術を模索した結果なのだとしたら。もし、上位種がその試行錯誤の結果の一つだったとしたら。
対抗手段が、必要だ。
「経過は如何様かな?」
『………老人の余計な茶々が入り、予定に少々狂いが出ております。上位種との戦闘のリスクは、計画の現段階では性急に過ぎる。こちらとしても失敗すれば有限な時間が更に無駄に浪費される結果となる為、愉快な事ではありませんな』
「困った老人だ。しかし彼もまたそれなりには今後の事を考えているから、無碍にも出来なくはある。なに、もとよりこのような事態を見据えてあの若人を繋いでおいたのだ。少々計画の段階を早めても問題は無かろう」
『そうあってもらいたいものですが、それは具体的根拠と確実性に欠ける発言です。第一あれは自分がどれほど重要な計画を担っているのかまるで自覚がない』
「だとして、どうする。まさか君が単独で援護に向かってみるのかね?心配するな、若人の心理的部分も考慮した」
『………計画が頓挫したら貴方様の席を私にお譲り下さい。憶測で物事を判断する学者にこの計画の主導は任せられない』
「人を欠陥呪法具のように扱わないで貰いたいものだ……では、切るぞ」
今宵、世界のどこかの何者かが、呪獣の跋扈する奇夜に願いを託した。
後書き
ミニ補足:
『欠落』持ちは一芸に特化していたり出来る出来ないの差が激しい人が多いです。なので一属性は天才的だけど他は平凡以下なんてパターンはザラで、2,3属性使える人は器用貧乏の類が多数派です。
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