ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
列車の行方は誰も知らない
階下で何か音がしたような気がして、少女は眼を醒ます。
抱き枕と化している人形をお供に連れ、彼女はベッドを降りた。まだ幽霊という子供にとっての天敵をよく知らない少女にとって、夜は一風変わった世界というだけであった。
長い廊下。一定間隔で、母が丁寧に行けた花瓶があった。
窓から差し込む月光に照らされた回廊を少女は歩いて行く。階下からの物音は相変わらず響いている。
ふと少女は、こんなに大きな音なのに両親が何もしないのはどうしてなんだろうか、と考えたが、幼い脳みそで答えなどわかるはずもなく、仕方なく歩き続ける。
その答え如何によっては、その後の自分の人生が大きく変わっていたかもしれないのに。
暗転
世界が燃えていた。
悲鳴や怒号、そして銃声が耳朶を打つ。
住んでいた家。屋敷というほど大仰ではないが、そこそこ広かった庭に植えられていた立派な木々達は悲鳴のような音を撒き散らしながら炎に包まれている。
窓という窓のガラスは無残に割れ、内部から火炎放射器のように火の手が上がっていた。二階の窓の一つから腕のようなものが見えた気がしたが、崩れる屋根の一部が視界を遮った一瞬後には見えなくなっていた。
力のなくなった手のひらから、誕生日に買ってもらったウサギの人形が滑り落ちた。
人形はシャーベット状に薄く降り積もった雪の上にべしゃっと落下し、ピンク色の表面をドス黒く濁していく。
投げ出された短い手足が、つぶらな瞳が不気味に、そして暗に今の自分を指しているようで必死に少女は落ちたウサギを視界から外そうとした。
その、前に。
「Эй、найденный!!」
荒々しい男の声。
その正体を誰何する前に、少女の手首が乱暴に掴まれる。
幼い彼女に反抗など許されるはずない。どころか、反抗心が燃え上がる時間すら与えられなかった。
半ば引きずられるようにして連れられたのは、街の噴水広場。隣のおばさんや若いカップルの溜まり場だった広場のトレードマークである女神像の噴水は、非情にも割り砕かれていた。周囲に散らばった石の欠片が痛々しい。
そして、そんな砕けた噴水の周囲には、複数の子供達がいた。
少女と同じように、この街で生まれ、この街で育った子供達。
年が離れ、見たことない顔もチラホラいるが、大半は顔見知りだ。恐らくは自身と同じく連れて来られた少女を見、理由のない安堵半分、心配半分という表情を一様に浮かべる。
ぞんざいに放り出された少女は痛みに呻く。涙が出ないのは、状況があまりにも現実離れしているせいだろう。
呆然と己らを囲む男達――――正確にはその手に持つ無骨な銃器を見上げる。
真っ暗な夜空に真っ黒な男達の服。だが、こちらに向けられた銃口の黒々とした穴は、そのどれよりも深い洞のように感じられた。
恐い。
初めてそこで、少女は痺れる脳からその感情を拾った。
震えという名の身体の条件反射で固まる彼女をほったらかし、男達は更なるアクションを起こす。
声が聞こえた。
同時、複数の人影が目の前に投げ出される。
それは、大人達だった。周囲の子供達と同じく、見たこともない顔が多いが、チラホラとご近所の顔見知りのおじさんやおばさんの顔が見える。
よく挨拶を交わす顔を――――何より見知った大人を見たという安堵が少女の涙を一瞬にせよ拭い去り、笑顔を思い出させる。
高度を上げても、落下した時のダメージが大きくなるだけだろうに。
そんな彼女をさらに笑顔にさせる因子もあった。
両親だ。
後ろ手で縛られ、口には布を噛ませられているが、その人相は誰よりも早く分かる。
思わず駆け寄りたい衝動に駆られるが、その前に男達の銃で牽制される。
男達は互いに聞いたこともない言語でぼそぼそと喋っていた。
幼い少女には、それが遥か南方――――中東の辺りの言語だとは分からない。
その中の一人、恐らくは通訳か、もしくは単に喋れるのか、自分達の言語で直近にいた少女に向かって口を開く。
「Это - Ваши родители?」
野太い粗野な声。
男の声など父親ので聞き慣れているはずなのに、その声は凶暴なまでの威力で少女の耳朶を揺さぶった。
ちっぽけな肩を哀れなほどに跳ね上げて、彼女は震えながらも首を縦に振る。
声のないその返事に男は何も返さない。街灯が逆光になり、男の顔に濃い影を落としているので表情も分かりずらい。それも相まって、少女の心が不安で掻き毟られる。
二、三言仲間と言葉を交わした男は、少女に向かっておざなりに何かを突き出した。
ナトリウム灯のオレンジ色の光に照らされたのは、武骨な黒鋼色の鉄塊。
紛れもない――――拳銃だった。
なに、を……?
そう言おうとしても、ノドが干上がったように何も言えない。そんな少女の手に、男は突き出した拳銃をしっかりと強引に握らせた。
途端に手のひらを通して伝わってくる、異質な冷たさ。
雪や氷、そういうものに冷やされた鉄の冷たさとは一線を画すもの。
人を殺す武器特有の、とでもいうのだろうか。得体の知れない圧力が少女の双肩に重く圧し掛かった。
固まる少女の耳元に、悪魔の囁きがもたらされる。
「убить」
「………………………………………ぇ」
震える顔を。
震える首を。
ゆっくりと巡らし、男の顔を見た少女は――――悟る。
冗談ではない。嗜虐趣味のようなものでもない。
これが、目的。
これは過程であり、手順であり、工程の中の一つなだけであり、そしてその計画書の中に失敗という文字はない、ということを。
無言で、少女は力なく首を振る。
だが男はその行動をまるっきり無視し、少女の腕を掴み、無理矢理照準を合わせていく。
そして、そこここに至ってやっと状況を理解したのだろう。
両親の顔が引き攣る。
必死に首を振り、口に噛ませられ、手足を縛る布越しに抵抗を表す。だがそれも、思いっきり振りかぶられた蹴り一発で消沈した。
呼吸が荒かった。
夜空全てが、自分を見つめている気がした。
己を囲む黒々とした銃口を実の親に向けていると考えると、吐き気がした。
カタカタ、カタカタ、と。
引き金にかけた指が鳴る。
視界が狭窄し、瞳孔が窄まる。
直後。
甲高い音とともに、薬莢が排出された。
びくり、と体を震わせ、駅のベンチで女は眼を醒ました。
駅のホーム。
近代的なデザインと徹底された清掃振り、さらには完璧な温度管理で常に適温に保たれたここを見て、中東だと連想する人はあまりいないかもしれない。
だが石油産油国が名を連ねる中東は、世界の中でもかなり潤っている部類だ。こういう国の衛生面に気を配らせられる程度には懐が広いのだろう。
―――平和だねぇ、数年前までおもッくそ内部紛争繰り返してたのにさ~ぁ。
『今年度の予算案が可決されました。政府はテロ防止のために来年度からの軍事費を二割増。野党はこれにコメントで――――』
駅に併設されたカフェ。そこに設置されている大型テレビから漏れるニュースキャスターの生真面目な声をおざなりに聞きながら、女性は立ち上がる。
ついでに身の回りを確かめるが、別段盗られたモノなどない。観光名所では往々にしてスリや置き引きが多発するものだが、しかし百戦錬磨の彼らでさえグースカ寝ている彼女には近付きがたいナニカを感じたのかもしれない。
もっとも、昔に比べて圧倒的に改善の道を辿っている治安の良さに通じるかもしれないが。
平和だにゃー、と再度、今度は口の中で呟きながら、女は胸ポケットから携帯端末を取り出し、いじりながらその中に入っているメモアプリを起動させ、記入していたオリジナル暗号をもとにこれからのスケジュールを脳裏に展開する。
ドラ猫一ミリグラム、手羽先五リットル、ミネラルウォーター八光年などなど。画面に出ているものはふざけた内容ばかりだ。
だが彼女はあらかじめ決めておいたそれらに独自の意味を持たせ、そこから具体性を削り出していく。
ふんふんと頷きながら再び端末をポケットに捻じ込む。
ちょうどいいタイミングでホームの空気が動き、列車が来ることを知らせた。女と同じようにベンチに座っていた人々が三々五々に立ち上がり、列車が来るのを待ち始める。
中東とはいえ、全員が全員頭にターバンをぐるぐる巻いているという訳ではない。治安の回復に伴って観光業が上向きになり、行きかう人の国際色は豊かだ。無論、今から乗る列車が長距離寝台列車で、利用客がほぼ観光客なのも一因だろうが。
地底からのプレゼントで稼いだ大金をつぎ込んだ列車は滑らかにホームへ入り込む。
別に早い者勝ちという訳でもあるまいに、待っていた人々は我先に雪崩れ込んだ。女はその様子を機嫌良さそうに眺めながら、落ち着いた頃を見計らって悠々と乗り込む。
夜行列車を引き合いに出さなくとも、長距離を移動する列車には基本、安いチップを払わない限り一定の人数に対してコンパートメントという『部屋』をプレゼントされるものだ。
そんな訳で女はチケットと睨めっこしながら廊下のように長い通路を移動して、指定のコンパートメントのドアを開けた。
すると――――
「…………おりょ?」
向かい合わせの四人席。
その中央に置かれたテーブルの上に、ノートパソコンがポツンと置かれていた。
眉丘を寄せる女は、しかし躊躇いなくコンパートメントの中に入ってドアをきちんと閉める。その後、やっぱり躊躇いなくシートに身を投げ出し、一瞬の躊躇もなくノートパソコンを開けた。
操作は開けるだけだった。
開けただけで勝手に電源が入り、画面に普通の操作をしていれば絶対に見かけないような文字列が何百行もスクロールされていく。冷却ファンが放出する異様な熱が、通常の動作ではないのを言外に伝えてきた。
そして。
『よ』
唐突に、画面いっぱいの男の顔が映し出される。
女はその顔を知っていた。
今や《世界の闇》の象徴とも言える者。人類技術の壁を破るもの。
青年のように見えて少年にも見える、不思議な雰囲気を纏う男。
小日向相馬。
冗談抜きでその手に世界を握る男の顔が、そこにはあった。
「おやぁお珍しい。こんな端っぱ仕事には興味もないんじゃ?」
微妙にチクチク刺す台詞だったが、画面内の男は苦笑するだけでとくに咎めはしなかった。
『こっちも色々と忙しンだよ。《計画》の細かい調整もしなきゃだし……あっちこっちの国を飛び回ってんだぜ?』
「はいはいはーい、んじゃそーゆーコトにしておこっかにゃー。あんまりネチネチ責めんのはあたしのシュミじゃないしィ☆」
『……お前、日本語きちんと学び直したほうがいいと思うぞ』
「ブッ!?ちょ、ちょっとー、それどういう意味よー?」
ぶーたれる女にひとしきりニヤニヤ笑いを向ける男はしかし、軽く肩をすくめると真剣な口調に転じた。
『ま、今回こうしてお前に連絡したのは、やってもらいたいことがあんだよ』
「そんなこったろーと思ったですよ。でもでも、それなら史羽っちに任せたらよくなーい?ってか、だいたいいっつもそーしてんじゃん」
女の口調に遠慮や配慮、ましてや敬語の精神など一切ない。
想ったことを素直に言葉に乗せている。
『……そーもいかねぇことになったからな』
「…………ほう」
この男にしては珍しく言葉尻を濁す様子に女は思わず黙り込む。
その一挙一動になぜか鋭く目を細める小日向相馬を放って置き、しかるのちに女は狭いコンパートメントの中で立ち上がって高らかに叫んだ。
「デレ期が来たああああああああああああっっっッッ!!」
ずこっ。
画面が激しくブレ、男の顔がフレームアウトしそうになる。
『……いったいぜんたい、何をトチ狂ったことを言い出すんだお前は……』
「え~?だってこれまでずっと史羽っちと二人っきりでコソコソしてたのに、ここにきてあたしに頼るとかぁ。おねーさん、ちょっと嬉しいゾ☆」
『別に頼るとか……はぁ、聞いちゃいねぇ』
きゃっほーい!と転げまわる女に頭痛を覚えたかのように額に手を当てる小日向相馬。
当然のように隣のコンパートメントから非難の壁ドンが聞こえてきたが、その返事として発砲音と鉛玉を適当に振る舞い、女は満面の笑みで画面に向き直る。
「さぁて、次は誰を殺せばいいのかな?」
『お前のそこんトコは素直に評価してるよ』
頼むぞ、と男は言う。
小日向相馬は言う。
『頼むぞ、リーリャ=A=カラシニコフ』
「了解♪」
後書き
レン「ほい始まりました、そーどあーとがき☆おんらいん!」
なべさん「GGOの起点を放すと言ったな、あれは嘘だ(震え声」
レン「どーせストックしてた話を書いたのが前すぎて、この話が間に入ってたの忘れてただけだろ」
なべさん「にゃ、なぜわかる……!?」
レン「うん、そんなこったろうと思ったわ。で、いつ書いたのこの話」
なべさん「作成日は去年の6月」
レン「死んでしまえ」
なべさん「はい……はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいな」
――To be continued――
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