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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  語り語られ

カ、コォン……と。

鹿威しの音が軽やかに、そして涼やかに響き渡る。

三度目の黒峰邸。三度通された馬鹿デカい和室の中で、老若極端な二人の男が三度目の遭遇を果たしていた。

血管が浮き出て枯れ枝のようになった手に握る煙管から吸った紫煙をゆるゆると吐き出した老人は、年長者特有のゆっくりとした動作でこちらの眼を覗き込んだ。

鋭いどころか、どこか優しげでさえある光をたたえる双眸は、気付かずポーカーフェイスに徹しようとしている少年の心を見透かしているようでもあった。

「とりあえず、と言っていいのか分からんが、それでも言っておこうか、蓮君」

真っ白に染まったヒゲに隠れた口許を笑みの形に歪めて、黒峰重國は言った。

「おかえり」

「ただいま」










ぐちゃぐちゃなのであった。

何がどうと言われようとも、もうどうしようもないくらいぐっちゃぐちゃだったのだった。

第三回バレット・オブ・バレッツ。その本大会。

一人の少女を発端として、もはやゲームの様相を成り立たせなくなったその大会は、当然元凶を倒したくらいで全部が全部丸く収まってめでたしめでたし、とはならなかった。

結論から言えば、レン達は多いに舐めていたのだ。いや、主にあの《爆弾魔》リラが、である。

何をと聞かれれば、ただ一つ。

奥の手とばかりに彼女が隠し持っていた最終兵器。

反物質。

かつてイベントステージ丸ごとすっ飛ばした、紛れもない超物質の威力は、当然のごとく《災禍の鎧マークⅡ》の装甲内部で萎み消える程度のシロモノでもなかった。

真っ赤な単眼レンズから飛び込んだソレは寸分の狂いなく作動、周囲の空気を含むあらゆる物質を喰らい、爆圧という名のエネルギーをやたらめったらにまき散らした。

その結果、あれだけブ厚い壁としてそびえ立っていた真っ白な装甲は、それを上回る白い爆発によって紙のように内部から引き裂かれ、直近にいたレンはおろか少し離れた位置にいたユウキやキリト、シノン、リラミナも簡単に飲み込んだ。

そして一同のいたステージ南部、山岳エリア一帯を丸ごと消失させるという、前代未聞も裸足で逃げ出すような幕引きで第三回バレット・オブ・バレッツは終了したのである。

老人はこれまでと同じく一段高い段位にゆったりと座りながら、純粋な笑みか苦笑なのか分かりにくい吐息を吐き出した。

「相変わらず豪快な話だのぅ。君の行くところは瓦礫しか残らんのか?」

どうやらALOでレン(とキリト)が破壊しつくした央都アルンのことを言っているのだろう。

これには苦笑しか浮かばせられない少年に面映ゆそうに笑いかけた後、重國は手元のコントローラを操作し、背後の空間に幾つかの情報を浮かび上がらせる。

「儂等、外からの観客は、最後辺りは画面が途切れ途切れでよく分からんかったからの。憶測という名の妄想が垂れ流されている中で、当事者からの情報は信頼性に足るわい」

映し出されたのは、有名なネット掲示板やコミュニティサイトだ。

その大半がGGO関連。盛んに議論されているのが飛び交う情報量で一目瞭然だが、そのどれもが事実からは程遠い予想やこじつけで複雑な気分になった。

そんな蓮を見、くくく、とノドの奥で笑う老人に少年は口を開く。

「それでシゲさん。頼んでた件は……?」

「おぉ、滞りなく済んでおるよ」

ほれ、という言葉がキーワードだったように、画面上に新たなウインドウが出現し、数枚の写真が映し出される。

そのどれもが何の捻りもない一般人。キョトンとした顔でカメラに写り込んでいた。

()()()()()()()()()()手に入れたアドレスを辿って見つけた、先の本大会に出場し、フェイバルめに操られておった者達じゃ。死亡者はゼロ。精神に異常をきたしている者もおらん。後遺症らしきものも確認できんかったの」

「……そっか」

「…………………………」

「?どうしたの?シゲさん」

突然黙り込んでこちらを見つめる老人に、蓮は小首を傾げた。

重國はなおも数秒こちらを見つめた後、軽く頭を横に振る。

「いや、何でもないよ。……良かったのぅ、蓮君」

「うん、ホントに良かったよ。これでユウキねーちゃんを安心させられる」

「…………………………」

やっぱり全部話したのはマズかったかなー、とのんびり回想する少年をさらに数秒見つめた老人は、しかし何かを諦めたかのように再度首を振り、口調を切り替える。

「だが問題は二つ目じゃ」

「二つ目?フェイバルのSAOでのこと?でもあれは、あくまでついでみたいなもので――――」

「そのついででおかしなことが出てきたんじゃ」

おかしなこと?と再度首を傾ける蓮に、重國は重々しく頷き、言葉を続けた。

「回りくどいのは性に合わないからの。結論から言おう。我々がフェイバルと呼び、此度の騒動の中心でもあった――――君が会ったという初代《災禍の鎧》が『フラン』と呼んでいた存在」

老人はそこで一拍を置く。

もったいぶっている訳ではない。

ただ、あの魔城の最前線を生き残っていたこの古豪をも躊躇わせるほどのナニカを、その情報は秘めているというだけだ。

自然、じわりと汗がにじんだ手のひらを握った。

束の間の静寂。窓の外に溢れる古式豊かな日本庭園。そこに広がる全てさえ、固唾を呑んだように葉のさざめきを潜める。一定の間隔で鳴るはずの鹿威しも、中々その首を落とさない。

陽の光さえも数段落ちたような錯覚をする中、老人は言う。

「そんな存在は――――いなかった」










一瞬、何を言われたのか分からなかった。

理解が遅れている、という訳ではない。脳そのものが理解することを拒んでいる。

「いな、かった……ってどういうこと、なの?シゲさん」

どうにか絞り出した言葉も、どこか現実味がないようにふわふわしている。

重國自身もまだ完全に分かっていないように、厳しい顔を崩さない。《六王》の頭脳(ブレイン)とまで呼ばれたこの老人が、だ。

「いなかったというと若干語弊があるかもしれないのぅ。より正確に言えば、フェイバルはSAOから帰還していない、少なくとも現在政府が確認できている範囲では」

「帰還していない……?」

老人は重々しく頷く。そして、その判断に至った経緯を話し始めた。

「まず儂は、『フェイバル』のアバターネームでSAO生還者(サバイバー)の検索を始めた。だがそんな名前のアバターを使っていた者は、そもそも最初からいなかったのじゃ。GGOから帰還した君の話がすぐに思い浮かんだよ。偽名じゃよ。何のためにそれを使いこなしていたかは定かではない……が、まぁ彼奴のことじゃ。どうせロクでもない理由に決まっておろう」

そこでいったん言葉を切り、老人は傍らに置いてある湯呑みに手を伸ばす。

「そして次に、『フラン』というアバターネーム。こっちは引っかかったのが一件。サフランというアバターネーム。2022年11月6日――――あの悪夢の日に儂等と同じくSAOの中に閉じ込められておる」

ずず、とお茶を飲む重國は、もう一方の手で手元にあった紙の束を放ってきた。

蓮がそれを見ると、どうやら最初にこの屋敷に来た時に渡されたのと同じ、履歴書をコピーしたようなものだ。だが直後、少年が硬直したのはそれがあまりにも最初に手渡されたものと同じだったからだった。

死亡診断書。

だが、真に問題なのはそこではない。

問題は日付。

小さな写真に写る小さな少女は――――



三年も前に死亡していた。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぁ?」

間抜けな音を吐き出す少年を尻目に、老人は地味な色の羽織を揺らす。

「……まだSAOが開始して、本当に間もない頃じゃ。時期的には一層が攻略され、二層へと乗り出した辺りじゃろうな。詳しい死亡状況が知れたらいいのじゃが、なにぶん時期が時期じゃ。現実世界での混乱に、内部で死んだ二千人の中に埋もれて、踏み込んだことは分からんかった」

「じゃ、じゃあ、ファル……初代は?」

「そちらもだいたい当たりは付けておる。死亡した地点はアインクラッド第六層の南東――――」

「夕陽……峠……」

呆然と呟く蓮に、重國は重々しく頷く。

「死亡時間も、死亡した時近くにいたアバター名も合致しておる。……間違いなく、初代《災禍の鎧》が散った時刻じゃ」

「………………」

とっさに二の句が継げなくなり、小日向蓮は押し黙った。

何か得体の知れないものが、背筋を這いまわる。

根本から間違っていたのではないか。自分はとんでもない勘違いをしているのではないか。そんな疑問が鎌首をもたげる。

「……シゲさんは、僕が見たフェイバルが幽霊だったとでも言うの?」

「幽霊……幽霊、か。そうだのぉ」

老人はしばし、高そうな煙管から立ち昇る紫煙を燻らせていたが、唐突に口を開いた。

「おそらく、SAOに入る前の儂だったならば、その質問は鼻で嗤って否定していたじゃろう。幽霊などいる訳がない。あんなものは人が都合良く言い訳を押し付けるためだけに生み出した虚像だ、とな」

だが、とそこで重國は言葉を挟む。

「今は違う。あの世界で目の当たりにした《心意》の力。人の持つ意思という見えないが大きな力を見、そして使った今ならば、同じ人の意思から生まれた幽霊も信じられるかもしれん」

「………………」

「気持ちは分かる。儂もずっとヤツの正体について考えていた。じゃが、いくら考えても妄想レベルの陳腐な推測しか出ずに、最後まで見通せなかった」

「……………そっか」

この老人は、たぶん嘘はついていない。

あの城で頭脳(ブレイン)とまで呼ばれた者がこうまで言うからには、おそらく自分には欠片ほども分かるまい。

だから。

「終わった、んだね……」

沢山の人が傷ついた。

幾つもの涙が流された。

どうしても救えなかったものもある。

まだ完全に理解しきれていないことだってたくさんある。

だけど。

とりあえず。

そんな曖昧で、なあなあで、誤魔化し誤魔化しで。

余韻なんて、欠片も湧いてこないけれど。

それでもとりあえず。

今回の一件は――――終わった。

少しだけ張っていた肩をなで下ろし、車椅子の背もたれに体重を預けた少年に苦笑のような笑みを投げかけた老人は、枯れ木の間を風が通り抜けるように軽く笑い声を上げた。

「くく、まだ終わっとらんぞ?蓮君や」

「……あぁ、そうだね」

スッ、と。

明るかった部屋が暗くなる。

老人が手元の操作で閉めたカーテンのせいだった。

向かい合う二人の男の顔に影が差す。変化したのは光量だけのはずなのに、両者の間ではそれに倍するような何かが蠢いたように感じられた。

そう。

ここまでが前座。

ここからが本番。

辛かった、苦しかった、悲しかった。

失ったものだってある。

だが、それら全てをチュートリアルとのたまう暴挙を圧し通す老人は、微笑んだままだった。

だが、目は笑っていなかった。

そして、口が刻む言葉は短い。

「聞いたら戻れんぞ」

そして、少年の返答も早かった。

「何をいまさら」

ニッ、と不敵に笑い合う老若激しい二人の男は、暗い部屋の中で向かい合う。

「では語ろう。小日向相馬――――君の兄について、儂が知っている全てを」

全ての原点。

あれほど駆けずり回ったGGOでの出来事。それと引き換えにできるほどの情報を、黒峰重國は静かに、しかし絶対的に後戻りできないようにしっかりと。

語り出した。 
 

 
後書き
なべさん「はい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「やっとこの回か」
なべさん「えぇえぇ、前回の忘れ――――げふんげふん、影が薄すぎて記憶から抜け落ちていた回を通って、やっと原点に帰ってきた感じですな」
レン「意味同じだからね、それ。原点というより減点だろう」
なべさん「うまいことを言うんじゃない。さてさて、いよいよ次回から長らくチョロチョロ出てきては謎多く立ち去って行ったお兄様の動向に関して紐解いていきましょう」
レン「どーでもいいけど、謎は絶対減らないよ。むしろ増えると思うよ」
なべさん「作者サイドがネタバレするんじゃない」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued―― 
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