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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十五話 和平への道 (その1)

■ 宇宙暦796年 5月30日 ハイネセン ホテルシャングリラ ジョアン・レベロ


人目を避けるようにホテルに入り、階段で五階に向かう。エレベータでは誰に会うか分らない。階段の方が安全だ、知られたくない人にあっても他の階まで行ってから戻ってくればいい。エレベータでは出来ない芸当だ。

五百十三号室の前に立ち軽くドアをノックする。
「誰だ?」
「レベロ」
ドアが開き、私は部屋に急いで入った。

「全く不便なことだな」
「レベロ、それは仕方が無いだろう。私たちが友人だなんて知られたら困った事になる、違うかな」
「お前さんとは友人じゃない。仕事仲間だ」

私が言い捨てると彼、ヨブ・トリューニヒトは苦笑して椅子を勧めてきた。
「それで、和平は可能か?」
私が問うと彼は端正な顔を歪めて答えた。
「難しいな。和平どころか出兵したいと訴えてくる始末だ」

「大丈夫か? この上出兵など財政が耐えられんぞ」
「今は国力回復の機会だということは私もわかっている。彼らにもそう言ったよ」

彼らとは軍の主戦派の事だ。軍には主戦派と良識派が存在する。主戦派は主に宇宙艦隊に多い。良識派は統合作戦本部だ。言ってみれば実戦部隊と参謀部隊と言えるかもしれない。

私とトリューニヒトは全てにおいて違う。彼は人当たりがいいが、私は頑固だ。得意分野は彼が国防で私が財政。彼は派手好きだが、私は地味。

だが、一つだけ一致している事がある。その事が私たちを協力させている。この国の民主主義を守る、その事だ。長い戦争で国が荒んできている。徐々に軍部の力が強くなり、その分だけ政府の力が弱まりつつある。

トリューニヒトは軍内部に影響力を強める事で主戦派をコントロールし、私は良識派といわれる男たちと接触して彼らの動向を調べている。私たち二人で軍を暴発させないようにしているのだ。

私達の今現在の目的は和平の締結。これ以上の戦争継続は国力の疲弊だけではなく、政府による軍部のコントロールさえ不可能になる可能性が有ると見ている。

「和平は難しいか、シトレ達は問題ないんだが」
私が言うと、トリューニヒトが首を振りながら答えた。
「イゼルローンで鮮やかに勝ちすぎた。二個艦隊くらい壊滅すれば和平案も出たかもしれない」

「馬鹿な事を言うな! トリューニヒト」
「しかし、二個艦隊の犠牲で和平が結べるなら安いもんじゃないか、レベロ。帝国だって二個艦隊失っているんだ」

「……」
確かにその通りだ。トリューニヒトの眼は真剣だ。いい加減な気持ちで言っているわけではない。

「それにドーソンがかなり焦っている。司令長官をウランフやボロディンに奪われると思っているようだ。そんな事は無いと言ったが何処まで信じたか……」
トリューニヒトの表情が曇る。

「ドーソンか、だからあの男を司令長官にするのは止めろと言ったんだ」
私とトリューニヒトの間でドーソンを宇宙艦隊司令長官にすることはかなり揉めた。

「そう言うな。あの時は帝国が攻勢を強めるとは思わなかったんだ。それならドーソンの方が扱い易い。彼を中心に宇宙艦隊司令部の主戦派が集結するなんて事は無いからな。君だって最後は納得したじゃないか」

その通りだ。前任者のロボスはどうにも戦争好きだった。能力が有る所為でやたらと出兵したがった。シトレに対する競争意識もあったのだろう。それに宇宙艦隊司令部の主戦派が同調した。あれに比べれば戦争に自信の無いドーソンの方が扱い易いと判断したのは事実だ。

シトレを宇宙艦隊司令長官にと言う話もあったが、これも問題だった。シトレは実力がありすぎる。彼が実戦部隊を握った場合、彼がクーデターを起す可能性を考えざるを得なかった。

馬鹿げた考えだとは分っている。シトレの性格は分っている、そんな人間ではないという事も。だが、今の同盟政府の状況は酷すぎる。収賄、汚職、政治家たちの質の劣化。彼がそれに義憤を生じてクーデターを起したら?

多くの人間が彼に従うだろう。その事を考えると彼を司令長官には出来なかった。しかし今になって見れば彼を宇宙艦隊司令長官にすべきだったのだろうか? 彼なら主戦派である宇宙艦隊司令部を和平にまとめる事が出来たかもしれない。

「レベロ、イゼルローンが落ちたばかりだ。みな興奮している、少し冷却期間を置くべきだと思う」
「冷却期間か。確かにそうかもしれんが……」

「少なくともこちらから積極的に出なければ、かなり国力を回復できるんじゃないか」
「それはそうだが、それで満足してもらっては困る」

「分っている。イゼルローン要塞がこちらの手に入ったんだ。軍を縮小して民間に人を戻してもいい。何か良い理由はないか?」
「そうだな、ホアンに相談してみよう」

「レベロ、和平を結ぶなら軍部だけじゃ駄目だ」
「サンフォード議長か」
「ああ、議長を替える必要が有る。少なくとも君か、私か、ホアンが議長になるべきだ」

「しかし、今すぐ替えられるか」
「今は難しいだろう。しかし百五十年続いた戦争を終わらせるんだ。国民だって簡単に賛成するかどうか……、余程の覚悟が要るはずだ。トップがふらついては無理だ」

確かに彼の言うとおりだ。あの議長を何とかしないといけないだろう。トリューニヒトがやると目立ちすぎる。私が裏で動くべきだな。それも早急にだ……。


■ 宇宙暦796年6月20日   自由惑星同盟統合作戦本部 ヤン・ウェンリー

「ヤン少将、少しは落ち着いたかね」
「ええ、なんとか」
「そうか、それは良かった」

シトレ本部長が上機嫌で応対してくれた。イゼルローン要塞攻略後、同盟市民の狂乱は止まる所を知らなかった。無理も無いだろう。ここ最近帝国に負け続けてきた同盟軍が、イゼルローン要塞奪取、帝国軍二個艦隊を壊滅にまで追い込んだのだ。特に宇宙艦隊司令長官を捕虜とする寸前まで追い込んだ事は同盟市民の溜飲を下げた。

私たちがハイネセンに帰還したのは五月下旬のことだったが、しばらくは式典と祝宴、インタビューで振り回された。“魔術師”とか“ミラクル”とか言われているがうんざりする。随分と凄い人物のようだが本当に自分のことなのだろうか。

「本部長、今日はお願いがあって参上しました」
「何かな」
「これを受け取っていただきたいのです」

私は出来るだけにこやかに退職願を出した。本部長はしばらく黙って退職願を見るとおもむろに切り出した。
「辞めたいと言うのかね」

「はい」
「しかし君は未だ三十歳だろう」
「二十九歳です」

まだ三十じゃない、間違わないでくれ。
「とにかく、医学上の平均寿命の三分の一も来ていないわけだ、人生を降りるのは早すぎるだろう」
早すぎない。私は本道に回帰するのだ。

「君の艦隊をどうする」
「特設任務部隊ですか?」
「そうだ、特設任務部隊は今度正式に第十三艦隊として編制される事になった。君が辞めたら彼らはどうなる?」

艦隊司令官になりたい人間なんていくらでもいる、そう言いたかったが堪えた。無責任な事を言うなと怒られそうだ。それにしても一旦絡みついたしがらみは容易に解けるもんじゃないな。

「それに帝国の新人事体制を聞いただろう、君も」
「……」
「ヴァレンシュタイン提督が宇宙艦隊司令長官になった。平民出身の司令長官は初めてのことだ」

辞表を出すにあたって唯一気がかりだったのはそのことだった。彼が宇宙艦隊司令長官に就く。一体何を考え、何をしてくるのか? 同盟としては和平を結ぶのが一番なのだが帝国が、彼が受け入れるのか。

やはりローエングラム伯を討てなかった事が悔やまれる。一個人の死を願うのは忸怩たる物があるが、それでも残念だ。

シトレ元帥の表情に沈痛な色がある。何が有った?
「ヤン少将、ヴァレンシュタイン司令長官はもう動き始めている」
「?」
「イゼルローンに要塞を持って来る」
「?」

要塞を持ってくる? どういうことだ?
「ガイエスブルクという要塞が帝国に有るらしい。それにワープ・エンジンを搭載しイゼルローンに運ぶそうだ」

「本当ですか?」
「フェザーン経由で届いた情報だ。確度は高いらしい」
「イゼルローンに要塞を……」

途方も無い男だ。要塞を造るのではなく運んでくるのか。
「宇宙艦隊司令部の一部ではイゼルローンを塞がれる前に帝国領に出兵すべきだという意見がある」
「!」

「ヤン少将、貴官は来週には中将に昇進する。同盟は君の用兵家としての器量と才幹に期待している。私もだ、これからも助けてくれ」
「……」

辞表は受け入れてもらえなかった。いやそれどころか中将に昇進し、正規艦隊を指揮する事になった……。宇宙艦隊司令部の一部に出兵論が有る。これが彼の狙いか? 要塞を持ってくると見せかけて帝国領に同盟軍を誘引し、撃滅する?

恐ろしい男だ、イゼルローン要塞陥落、司令長官になってまだ一ヶ月しか経っていない。それなのに、もう同盟に仕掛けてきている。躊躇っている時間は無い。艦隊を練成しながら彼の考えを読まなければならない。私に彼の考えが読めるだろうか……。


 
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