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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十四話 謀略戦(その2)

■ 帝国暦487年5月15日    オーディン 宇宙艦隊司令部  アントン・フェルナー


「ギュンター、シャフト技術大将は私の指示でフェザーンと接触する。彼への監視はそれを踏まえた上で行なって欲しい」
「分ったよ、エーリッヒ」

シャフト技術大将が汗を拭きながら逃げるように帰ると俺たち三人はソファーにゆったりと寛ぎながら話し始めた。

「本当にイゼルローンにガイエスブルク要塞を送るのか?」
「いや、そのつもりは無いよ」
訝しげなギュンターの問いにエーリッヒが答える。やはりそうか……。

「フェザーンにも攻め込むつもりは無い、そういうことだな?」
「今のところはね」
「いずれは攻め込むと?」
ギュンターの立て続けの問いにエーリッヒは柔らかく微笑みながら頷いた。

「エーリッヒ、フェザーンに要塞の情報を流すのは何故だ? 何を考えている?」
「フェザーンの眼をこちらに引き付けたいんだ、アントン」
「……」

なるほど、今のフェザーンならイゼルローン回廊を塞げば、自分たちを攻めるつもりかと思うだろう。宇宙艦隊を始め軍内部のフェザーン討つべしの声は大きい。まさかな……。

「軍内部のフェザーン討つべしの声だが、あれは卿か?」
「鋭いね、アントン」
エーリッヒはにこやかに微笑みながら答える。その答えを聞いたギュンターが驚いた眼でエーリッヒを見詰めた。甘いぞ、ギュンター。

「フェザーンに攻め込むつもりは無い、卿がそう言ってもフェザーンは疑心暗鬼になるだろうな。それで、フェザーンの眼をこちらに向けさせて何をやる気だ」
「アントン、フェザーンに行ってくれないか」

「フェザーン? しかし俺はブラウンシュバイク公の……」
「先ず話を聞いてくれないか」
「そうだな、先ずは話を聞こうか」

俺は横に居るギュンターを見た。奴は気の毒そうな目で俺を見ている。大分エーリッヒに振り回されたらしい。今度は俺が振り回される番か。どう振り回されるやら、そう考えると可笑しくなった。思わず笑いが零れる。

「楽しそうだね、アントン」
「ああ、卿がどんな悪辣なことを考えているのかと思うとね」
「私は卿程酷い人間じゃないよ」
「卿ら二人はどっちもどっちだ」

俺とエーリッヒが笑いながら言い合っているとギュンターが憮然として吐いた。思わず三人で顔を見合わせ、一瞬後には皆で笑い出していた。悪くない、こんな感じは久しぶりだ。

「フェザーンに行ったら、反乱軍の弁務官事務所に接触して欲しい。そしてガイエスブルク要塞の事を話してして欲しいんだ」
「……卿は反乱軍の誘引を狙っているのか? イゼルローンが塞がれる前に帝国領に攻め込めと?」

「そう、大兵力で早急に攻め込めと言って欲しいんだ。私は彼らを年内に撃滅するつもりだ」
エーリッヒは頷くと悪戯を思いついたような表情で続けて話してきた。

「卿の役割は、門閥貴族ブラウンシュバイク公の部下で私やローエングラム伯に反感を持つ士官、そんな所だ。私やローエングラム伯の悪口を好きなだけ言って欲しい」

そう言うとエーリッヒは悪口の内容を話し始めた。
・新司令長官はミュッケンベルガーに取り入って出世した小僧、虚弱で前線に出られない、艦隊指揮の経験も無い、周囲の艦隊司令官もあきれて馬鹿にしている

・副司令長官は姉のおかげで司令長官になったが、イゼルローンで大敗を喫した、本来なら死罪でも可笑しくないが姉とヴァレンシュタインの口添えで副司令長官になった。ヴァレンシュタインが副司令長官にローエングラム伯を望んだのは自分より年下で扱い易いからだ、能力など欠片も無い阿呆だ……

・宇宙艦隊は無能な司令長官と副司令長官のせいでまとまりがつかず、滅茶苦茶になっている。ミュラー中将は司令長官と士官学校で同期だが陰で司令長官を小僧と呼んで馬鹿にしている。

・軍の衆望はメルカッツ大将に集まっているが、司令長官も副司令長官もメルカッツ大将を煙たがって会おうとしない。メルカッツ大将も不満を持っている。

・反乱軍が攻め込めば、神聖不可侵の帝国領土に攻め込まれた事で二人を罷免し、ブラウンシュバイク公が宇宙艦隊司令長官になる。実戦はメルカッツ大将に任せるだろう。

・ヴァレンシュタインとローエングラム伯はそれを恐れて要塞をイゼルローン回廊へ運ぼうとしている。

余りの酷さに俺もギュンターも笑い出してしまった。
「エーリッヒ・ヴァレンシュタインという人物は随分と酷い人間らしいな」
「全くだ、同姓同名で恥ずかしいよ」

ギュンターの皮肉にエーリッヒはすまして答えた。そのことでまた笑い出してしまう。
「卿の考えは判った。しかし問題が三つある。先ずブラウンシュバイク公の部下の俺がどうやってフェザーンに行くか? 第二に反乱軍に攻め込むだけの余力があるか? 第三にこれだけで反乱軍が本当に攻め込むか? 」


「ブラウンシュバイク公には正直に話して構わない。内乱の最中に反乱軍に攻め込まれるのは公にとっても不本意だろう。内乱が起きる前に反乱軍を再起不能なまでに叩いておく、それで納得するはずだ」

「……」
「それから反乱軍に攻め込む余力があるかだが、これも問題ない。反乱軍には各星系の警備隊や星間警備隊がある。これまでは帝国軍が攻めてくるために必要とされていたが、イゼルローン要塞が手に入った以上それほど必要ないはずだ。正規艦隊の再編に使えばいい。ざっと二個艦隊ほどは出来るだろう」
「……」

「それから、反乱軍に対する謀略はこれだけじゃない。他にも手を打つ事になっている。こちらはシュタインホフ元帥が協力してくれる。必ず攻め込ませるよ」
「シュタインホフ元帥が? 情報部を使うのか?」

俺の問いにエーリッヒは頷いた。シュタインホフはエーリッヒを嫌っていたはずだ。それが協力する? つまり反乱軍の誘引、これはエーリッヒ個人の考えではなく帝国軍、いや帝国の決定方針と言う事か。ここでブラウンシュバイク公が反対すれば……。

「分った、やらせてもらう。楽しくなりそうだ」
「卿ならそう言ってくれると思っていた。それとフェザーンでは帝国の弁務官事務所には接触しないで欲しい」
「!」

やれやれ、とんでもない任務になりそうだ。目の前で穏やかに微笑むエーリッヒを見ながら俺は思った。
「シャフト技術大将から設計資料が届いたら卿に送る。それも反乱軍に流して構わない。彼らも信じるだろう」

エーリッヒは積極的に動こうとしている。早急に攻め込ませ年内に撃滅する? 皇帝フリードリヒ四世の寿命は短いと見ているのか? だとすればかなり危険が大きい、それをあえて行なおうとしている……。

危険だが勝算が有る、危険を犯すだけの価値がある、エーリッヒはそう見ている。急に体の中が熱くなるような感覚に囚われた。興奮しているのか、俺は? 興奮しているのだ、俺は!

帝国、フェザーン、反乱軍を相手に自分の能力を試せる事に興奮している。危険の中で踊れる事に興奮している。感謝するぞ、エーリッヒ。今だから分る、俺はこんな風に熱くなれる自分を待っていたのだ。


■ 帝国暦487年5月15日    オーディン 宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


フェルナーとキスリングが帰った後、俺は一人応接室でソファーに座っていた。なんとなく今は執務に戻りたくなかった。いや、誰にも会いたくなかった。

同盟軍は攻め込むだろう。同盟市民の中には帝国領に攻め込みたいと言う願望がある。これまでずっと帝国軍に攻め込まれてきた、今度はこちらが攻め込む番だ、同盟市民はそう思っている。

原作ではフォークの行動が帝国領への侵攻を決定したように見えるが、それを支持したのは間違いなく同盟市民だった。そうでなければあそこまで大兵力の出兵が出来るわけが無い。

イゼルローン回廊を塞ぐ、それを知れば同盟市民は今すぐ帝国領に出兵しろと騒ぐだろう。国力回復はイゼルローン回廊が塞がれた後でいい、そう言うはずだ。いや、そう言わせる。

そして政治家たちは議席を失ってまでもそれに逆らう事は出来ない。同盟市民が望む以上、政治家が反対する事は政治生命を失うことを意味する。其処まで覚悟して逆らえるのはジョアン・レベロ、ホアン・ルイぐらいのものだ

そしてドーソンも攻めたがっているはずだ。今回のイゼルローン要塞攻略戦ではドーソンの出番は何処にも無かった。ティアマトで負けたドーソンは今回勝利を収めたビュコック、ウランフ、ボロディン、ヤンを憎悪しているだろう。

ヤン・ウェンリーは間違った。ドーソンを無理にでも連れて行くべきだった。そうすればイゼルローン要塞攻略は宇宙艦隊の功績となったのだ。だが彼を連れて行かなかったため、宇宙艦隊司令部は面目を潰されたと感じているはずだ。

そしてドーソンは恐れている。自分が宇宙艦隊司令長官の座を追われるのではないかと。地位を守るためには帝国領に出兵し勝利を収めるしかない。そう思うはずだ。それは宇宙艦隊司令部の幕僚達も同様だろう。

同盟による帝国領出兵は避けられない。同盟市民、政治家、軍、その全てが出兵を望むのだ。間違いなく攻め込むだろう。つまり同盟の崩壊は避けられない。今後の政戦両略にはそれを頭に入れておく必要がある。

後はシュタインホフの情報部がどれだけ上手く彼らを煽れるかだろう。フェザーンの自由独立商人を使うからフェザーン回廊からハイネセンに向かって噂は流れるだろう。

フェザーン、ルビンスキーも焦っているだろう。同盟の三個艦隊の増援は予想外だったはずだ。ヤンに気を取られ見落としたのだろうが、今となっては言い訳は出来ない。イゼルローン要塞だけではない、三万五千隻、三百万の兵が失われたのだ。

これまでフェザーンが自由に動けたのは曲りなりにも中立を守ったからだ。だがその中立は失われた。そして帝国はイゼルローン回廊を何時でも塞ぐ事が出来る。ルビンスキーは理解するだろう。今後はフェザーン回廊が宇宙の火薬庫になることを。

帝国が今すぐフェザーンに攻め込むことは不可能だ。フェザーンの影響力は帝国の門閥貴族の間に浸透している。惑星開発、経済協力などでつながりは深いのだ。それでもルビンスキーにとっては帝国の動きは不気味だろう。

フェザーンは同盟と帝国の間で難しい舵取りを選択させられる。軍事力の無さがそれを更に厳しいものにするだろう。ルビンスキーに出来るのは、帝国の眼をフェザーンから同盟に逸らす事しかない。つまり帝国領出兵だ。

帝国領出兵を機に同盟軍に致命的な打撃を与える。その後は門閥貴族との内乱になる。そこで門閥貴族を潰せばフェザーンには後が無い。ルビンスキーには原作のようなつまらない小細工はさせない。問題は地球教だ、こいつの扱いをどうするかだな。

そろそろ内乱に備えてオイゲン・リヒター、カール・ブラッケ達をこちらに取り込む必要がある。名目がいるな。同盟領征服後の統治方法を研究させる、そんな所でリヒテンラーデ侯を説得するか。

そろそろ執務室に戻ろう。ヴァレリーが不審に思うに違いない。ココアを飲みながら書類の決裁をするか……。いや、もう少し此処にいよう、なんとなく今日は仕事をしたくない気分だ……。



 
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