恋姫†袁紹♂伝
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第44話
前書き
~前回までのあらすじ~
袁紹「暗愚と化したらこの短刀使ってプスーで」
董卓「かしこまり」
袁紹「この辺にぃ、幽州あるらしいっすよ」
公孫賛「止めてくれよ(白目)」
―遼西郡 幽州領主公孫賛の屋敷―
大事が起こると、それに対する行動を決める為の話し合いが一室で行われる。
白蓮の家臣は基本的に温厚な者達が多いのが――……。
現在、会議の部屋では怒号が飛び交い、机を叩く音が響いていた。
彼等を白熱させているのは、袁陽から届いた文の内容が原因だ。
つい先日白蓮宛に届いたそれには“陽”の建国と、大陸統一の手始めに幽州を獲る旨が書かれていた。それを受けて幽州の重鎮達は、陽の提案通り降伏する事が最善とした者達と、徹底抗戦すべきだとする二つに別れた。
「武威を示す事無く降伏などすれば、我等は一生奴等の傀儡となるぞ!」
「だからと言って、少なく見積もっても三十万の兵力に立ち向かえるものか」
「兵だけでは在りません。陽国には無双の将も居ります」
「何よりあの呂奉先が居る。かの者が洛陽で見せた力を忘れたわけではあるまい」
「では何もせず降伏すると言うのか!」
意見自体は二つに別れているが、人数の差が明らかに違う。
保守派な意見を持つ者達が全体の九割居るのに対し、抗戦を説く者は一割しか居ない。
その人数差が袁紹と自分達の戦力を表している様で、白蓮は思わず苦笑した。
「公孫賛様、袁陽と同盟を結ぶのは如何でしょうか?」
保守派の一人が挙げた提案に、他の者達が賛同するように主を見やる。
皆が神妙な顔つきだが、袁紹と公孫賛が知己の間柄であることは知っている。
それだけに、同盟を打診する事に対する期待も大きかった。しかし―――
「無理だろうな」
捲くし立てようした重鎮を手で制し、白蓮は理由を説明する。
「基本的に同盟は対等、互いに利益があって結ぶものだ」
「……我等と袁陽で対等は無理と?」
「国力が違いすぎる。それに、同盟を結べば私たちに利はあるだろうが、袁陽には利益が無い」
「後方の安全は大きいはずです!」
「それなら併合した方が、いつまで続くかわからない同盟よりも確実だ」
「で、では、それ以外にも利を作れば……」
白蓮が静かに首を振る。
「他国に与える程の財は無い。食料も寧ろ融通してもらう立場にある。物資も同様だ。
となると兵力くらいしかないけど……。異民族の来襲に備えるため大軍は動かせない。
指揮系統の違う寡兵を貸し出した所で邪魔なだけさ、私達が陽に与えられる利が無いんだ」
『……』
「では、戦う他ありませんな」
ここぞとばかりに抗戦を唱える男に、皆が白目を向けた。
それを受けて彼は鼻を鳴らす。何も考えなしに言っている訳ではないのだ。
「儂とて勝てるとは思っていない。しかしある程度武威を示さねば……」
「どうなると言うのだ?」
「我らが陽の傀儡になる以上、幽州の兵が異民族に舐められるでしょう。
今まで消極的だった彼奴等が攻勢に出るかもしれん」
「袁陽に併合されれば、異民族の侵攻に対して兵を出してくれるのではないか」
「公孫賛様から聞いた袁紹の理想、満たされる世を実現させるためには大陸の統一が必要だ。
苛烈する乱世の戦いに兵を割くことは、袁陽としても避けたいだろう。
仮に兵を配備してもらえたとしても、それは精鋭では無く予備軍だろうな。
結局の所、異民族共に対処するのは我々幽州人だ。此処で舐められる訳にはいかん。
併合に甘んじるにしても武威を示さねば」
抗戦派の理を聞いて、興奮から立ち上がっていた者達が席に座る。
袁陽が大国であるがために、どこか異民族の侵攻を楽観視していた。
異民族との戦いに長けているのは幽州人だ。併合される事になったとしても迎撃は自分達がする事になるだろう。
その時、何もせず大国に頭を垂れたなどと思われたら――……。
幽州に力無しとして攻めて来る可能性が高い。今までに無い大軍でだ。
とはいえ、占領された所で袁陽がだまっているわけが無い。
彼らも大軍を持って異民族を撃破し退けるはず。問題は其処に至るまでの被害だ。
略奪の限りを尽くされ、幽州は見るも無残な姿に成り果てるだろう。
そんな事は幽州人として許せない。その為にも武威を示し、“白馬将軍”健在と恐れさせなければ――……。
「武威を示す……か。それが一番難しいなぁ」
袁陽の兵力は解っているだけでも三十万。勿論、全軍を動員してくるとは思えない。
しかしそれでも最低五万、万全を期すなら十万で侵攻してくるだろう。
それに対して白蓮の軍はどう見積もっても二万が限度。それ以上は鼻血も出ない。
加えて将兵の質も陽が上だ。顔良、文醜と言った二枚看板に始まり、人中の呂布。
攻守優れる趙雲。新加入した猛将、華雄。荀彧、程立、陳宮、賈駆と言った軍師達。
兵はあの大炎を始め精鋭揃い。乱世に備えて黄巾前から鍛練が施され錬度が高い。
対して白蓮達は――……。お世辞にも袁陽の将に匹敵する英傑は居ない。
軍師を兼任する白蓮が唯一対抗出来る人物だが……。彼女一人には荷が重いだろう。
劉備達が居れば話が違ったが、彼女達とは洛陽以降、別行動をとっている。
兵の錬度で言えば幽州兵も遅れを取っている訳ではないが、それだけに人数差が重く圧し掛かる。自軍の利を挙げるとしたら地の利くらいだろう。
しかしその利点も、圧倒的な戦力差を前に押し潰される。
「申し訳ありません公孫賛様。我らが不甲斐無いばかりに……」
「馬鹿を言うな!」
無力さに苛まされ、顔を俯かせる重鎮達に白蓮の叱咤が飛ぶ。
私塾から戻ってきて太守となり、不慣れで右往左往していた白蓮を助けてくれたのは彼らだ。
異民族の襲来、黄巾の乱、反董卓連合軍の時だって常に力を尽くしてくれた。
袁陽の人材に比べ劣っているなどと思ったことは―――一度も無い!
「何か皆、難しく考えすぎじゃな~い?」
「睡蓮……?」
重苦しい空気の中。沈黙していた公孫越、真名を睡蓮と呼ぶ白蓮の従妹が声を上げた。
「利が無いなら作ればいいじゃ~ん。お姉ちゃんの頭でっかち!」
「誰か頭でっか――……。ちょっと待て、作れるのか!?」
白蓮の言及に従妹は微笑む。普段はやる気が無く、居眠りの常習犯である彼女がやる気を出すとは……。
従姉としてその能力を見出し、教育してきた甲斐があった――などと感激している白蓮に、特大の爆弾が落とされた。
「お姉ちゃんの嫁入りで万事解決! 婚姻同盟だよ!!」
『おおおおーーーっっ!?』
「…………………………へ?」
嫁入り? 誰が? 誰と? 何時何秒何刻御輿が何回大陸を周った頃?
「袁紹殿は未だお一人。今なら間に合いますな!」
「公孫賛様とも仲が良い。試す価値は十分あるかと」
「美男美……女同士ですしな!」
「左様。大陸中が羨む、おしどり夫婦となろう」
目を丸くしている白蓮を他所に、話が進められていく。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待て! 待ってくれ!」
「何よも~。今大事な話中だよお姉ちゃん」
「本人を無視して進めるなぁッッ!」
「大丈夫だって、こっちは任せて袁紹様との夫婦生活でも想像しててよ」
「ふ、夫婦生活?」
不服だが、睡蓮の思惑通り思い描いてしまう。
大国の君主、袁紹と婚姻となれば住居を移す必要があるだろう。
南皮での自分は政務を手伝う事になる筈。袁紹の補佐として腕を奮い。
時には私塾居た頃のように彼の暴走を止める。平時であれば食事や茶を楽しみ。
稀に猪々子や斗詩達と鍛練に励む。
なんだ、私塾居た頃とそんなに――……と、どこか安堵した所で場面が夜に変わる。
寝室に二つの影、言うまでも無く袁紹と白蓮だ。
夫婦になったからには子作りは大事な役目となる。言わば義務だ。
では袁紹は義務的に白蓮を抱くだろうか? ありえない。
初夜の緊張で震える白蓮を、彼はどこか手馴れた手つきで優しく―――……。
「うわあああああああああああ!!」
思わず大声を上げながら立ち上がり、頭を掻き毟る。
恥ずかしいやら嬉しいやら、今すぐ想像したものを消さなければ倒れてしまいそうだ。
「じゃ、膳は急げってことで使者を送るよ~」
『おおーーっっ』
「待て待て、私が直接行く!」
これ以上、話をややこしくされてたまるか!
「まさか白蓮自ら使者として来るとはな。仮想敵国だというのに大胆な事だ」
「ははは……」
数週間後、袁紹の下に白蓮が使者として訪れた。
余程疲れたのだろう。昨日はよく眠れなかったのか目に隈ができている。
「さて、こうして訪れたと言う事は返事を聞かせてくれるのだろう?」
「……ああ」
謁見の間には弛緩した空気が流れていた。それもそのはず。
宣戦布告する国に太守自ら訪れるはずが無い。公孫賛が現れたのは併合を受け入れる為。
こうして誠意を見せることで少しでも待遇を良くしたいのだろう……と、袁陽の皆は考えていた。
「私は同盟を結びに来た」
故に、彼女の口から出だ言葉に呆気に取られた、
しばらく唖然としていたが、いち早く意識を取り戻した袁紹が目を細める。
「それで、同盟に対して我が国に何の利がある?」
「ただの同盟じゃない。~~~だ」
「?」
「婚姻同盟だ!」
半ばやけくそ気味に叫ばれ激震が走る。特に、袁紹の周りに居た女性陣の受けた衝撃は――
「なるほど、考えたな。それなら確かに我が国に利がある」
この婚姻同盟が成功すれば、両者の間に出来た子を幽州の太守に据え、自然と併合出来る。
無血で幽州が手に入るばかりか、両陣営の間に蟠りも生まれない。
袁紹としても独り身のままなのは体裁が悪く、ここらで身を固めるのも良い。
そして何より――
「相手は白蓮か。我が伴侶としても申し分ない」
「ななな、何言ってんだよ!」
勢いでここまできた白蓮であったが、ここまで好感触に捕らえられるとは思ってもおらず、目を白黒させていた。
「―――と、言いたいところだか困ったな」
「な、何だよ……やっぱり―――」
私じゃ駄目なのか?
「我は白蓮を武将として登用したかったのだ」
「へ? 私をか??」
「うむ、新設する部隊の指揮を任せたくてな」
妻となれば戦場に連れて行くわけには行かない。前線に出すなど夢のまた夢である。
袁紹が難儀していると、白蓮の中に天啓がひらめいた。
「だったらさ、婚約って形でどうだ? 保留なら私も武将として動けるし、同盟にも支障は無いはずだ」
「我としても助かる提案だが……良いのか?」
「ああ、私としても心が決まっていたわけじゃないし。なにより――」
不安そうに静観している女性陣に目を向ける。
「こんな形で、横から奪うような真似はしたくないからな!」
伴侶となるなら正式に、周りの者達にも認められる形で結ばれたい。
……睡蓮は甘いとか言いそうだけど。
白い歯を見せ、爽やかな笑顔で口にする。
その余りにも邪気の無い、純粋な笑みに女性陣はハッとさせられた。
ずるいと思った。こんな形で伴侶の座を取られるのは嫌だと……。
だが彼女、白蓮は目先の私欲から目を背け、周りを見渡して心を汲んでくれた。
女性として負けたと思う。だがこれで終わりじゃない。白蓮の婚姻保留は宣戦布告でもある。
誰が伴侶として袁紹に求められ、周りからも認められる存在になれるか。
どこか側室で満足していた彼女達が、本気で袁紹の隣を目指しだした瞬間だった。
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