恋姫†袁紹♂伝
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第43話
前書き
~今話の文字数~
本来、前話とあわせて一つの話になる予定だったので短いです。
お兄さん許して
あの敗戦。董卓軍と連合軍の戦いからずっと、董卓は後悔していた。
洛陽内の政治、人間関係や面倒を賈駆に押し付けてしまった事を。
豪族の娘として董卓には確かな教養がある。しかし箱入り娘同然に育ってきた。
世間知らずとまでは言えないものの、周りの人とはズレた考えがあるのも否めない。
そんな彼女に政戦は無謀だとして賈駆が担い、董卓は流されるままそれを任せた。
恥る事かもしれない。だがむしろ彼女が面倒事を請け負ってくれるおかげで、民達の為に色々できると感謝していた。
そして―――連合軍が攻め込んで来る。
民衆だけで無く、董卓にとっても晴天の霹靂だった。
彼女は知らなかったのだ、自分達がそこまで追い詰められていたと言うことを。
無論、賈駆に問い詰めた。何故こんな事になったのか、何故自分に教えてくれなかったのか。
彼女は小さく『ごめん』と答え顔を伏せ、董卓は全てを察した。
彼女は力の無い自分に代わり働き続け、心労をかけないように黙っていた事を―――……。
賈駆の立場で考えれば理解出来る。確かに董卓に教えたところでどうにもならない。
仮にも帝の認可を得て相国になったのだ、此方の一存で無下に出来るわけが無い。
張譲から推挙された事も考えれば、周りと余計な軋轢を生むだけだ。
董卓が政治に長けた、いや、積極的に問題に取り組む人間だったら何かが変わっていたかもしれない。賈駆と二人、目の前の難題を話し合い。良識ある者達を味方に取り込み。
不満を持つであろう諸侯に、一時的でも下手にでていれば――……。
だが、当時の董卓は政治に無関心。彼女の目は、現実逃避するように民にしか向けられていなかった。 もしも賈駆が事前に知らせていたらどうだっただろうか、何も変わらない。
董卓は己の無力さに涙するだけで精一杯だったはずだ。
それが分かっていたからこそ、賈駆は一人で戦い続けたのだろう。
董卓は―――後悔した。
だからこそ彼女は、もう二度と後悔しないように行動することを誓ったのだ。
反射的に目の前の短刀を拾う。鞘に豪華な宝飾が施され、高価な物だと分かる。
そのまま袁紹に目線を移すと―――彼は右手を差した出した格好で制止していた。
状況を顧みるに、この短刀は彼が投擲したのだろう。
「っ!?」
息を呑む。この状況は想定していなかった。
董卓が袁紹に投げ掛けた言葉、その真意は彼の徳に確信を持つためもの。
袁紹が徳のある人物だという事は、先程彼が語った方針と思想で理解出来る。
だが、確信が持てないのだ。
今思えば、董卓達を利用したあの張譲も好感の持てる老人だった。
民を案じる董卓に賛同し、何かと助けてくれたものだ。
人を見る目には自信のある董卓でさえ彼の企みがわからなかった。
ましてや袁紹は袁家の当主にして、今や大陸最大の強国“陽”の君主だ。
本心を隠す術を心得ていても不思議では無い。
だからこそあの言葉を投げ掛けた。臆する事無く了承したらそれで良し。
言い淀んだり、目を逸らすような事があれば……。
以前の董卓なら、このような大胆発言をしなかっただろう。
彼女を突き動かしたのは、直ぐ後ろに控えている二人の存在だ。
あの洛陽の地では、流れに身を委ね事で大事になった。此処でもそれをくり返すのか?
嫌だ。
もしも袁紹が張譲のように私欲を隠し、綺麗ごとで大陸を荒らすようなら……。
自分はまだ良い、それに巻き込む二人が哀れでならない。
この人に確信を持ちたい。どこまでも付いて行けると、後悔する事はないと。
例え、不敬罪で死罪になろうとも――……。
「その短刀が我が答えである」
「自害せよ……と?」
「違う、それは暗愚と化した我の命を絶つための刃だ」
「麗覇様なにを……!?」
慌てて駆け寄ろうとする桂花を手で制する。これだけは譲れない。
「董卓の懸念は、我にも思う所がある」
袁紹の懸念、それは今以上の力を手にして自分が変わるのではないかと言う物。
ありえない話だ、彼を知る者ならば鼻で笑うだろう。袁紹にもその気はさらさら無い。
しかし、手放しで自分を信じるには、袁紹は人の闇を見すぎた。
名族袁家の次期当主として、幼い頃から各地の名士と顔を合わせる機会が多い彼は、出世、金、肉欲で人格を変えていく人々を見続けてきた。
先日まで好青年だった者が、数年後には醜い肥満体で女を侍らしている。
そんな光景などざらだった。だからこそ――
「だからこそ、私にこの短刀を授ける……と?」
必死に言葉を紡ぐ董卓に向かって、袁紹が頷く。
彼女はあの洛陽で、絶望的な戦力差にも関わらず民を奮い立たせた徳の人だ。
董卓が短刀を抜く事があれば、その時こそ袁紹が暗愚になった証。
胸に刺さった短刀を見ながら暗愚として醜く朽ち果て。
理想を抱いていた頃の自分は、納得して死んでいけるだろう。
「皆に告げる! 董卓がこの短刀で我を害した場合。
それがいかなる時、状況であっても罪に咎める事は許さん!」
我慢出来ず、桂花と風の二人が足早に近づいてくる。
斗詩や猪々子達は静観して事の成り行きを見守っているが、顔は険しい。
「こ れ は 王 命 で あ る ! !」
大地を震わせるような声量が響き渡り、袁紹に伸びかけていた手が止まる。
拡声器を使っていないにも関わらず凄い声量だ。
その場にいた全員は、心の奥を身体ごと震わされた。
ありえない事が起きている。
どこの国に、始めての王命が生殺与奪の譲渡である王が居るのだろうか。
それも古株ではない、新参者に短刀を託した。
大陸広し、いや、世界広しと言えど袁本初ただ一人だろう。
「董 仲穎、真名は月です。今この時より袁紹様に帰順致します」
確信を得た。これ以上の問答など無意味だ。
量るには彼の器は大きすぎる。自分とは比較にならないほどの王者だ。
「賈 文和、真名は詠よ。主である董卓と共に忠誠を誓うわ」
「ただの華雄だ、真名は無い。私の戦斧で袁陽の障害を退けて見せよう」
勝鬨のような歓声が起きた。
新たな国、新たな王、新たな同士、骨を折るには十分な目標。
歴史的な瞬間だ。この場に居る全員が忘れることは無いだろう。
「我が背に続け! その道こそが理想に近づく一番の近道である!!」
皆の興奮は最高潮に達した。新参者である董卓達も高揚している。
しかし、袁紹が次に放った一言で――
「手始めに幽州を獲る」
何度目かわからない閑寂が訪れた。
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