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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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8話


 ―――『鬼』というのは今でこそあの子に賞賛もしくは畏敬を示すオンリーワンの称号なんだけど、昔はそうではなかったんだよね。昔と言っても1年ちょっと前くらいなんだけども。ちょうど国別対抗戦の予選リーグが終わったくらいだったかな。

 ―――以前はどんな時に使われたんですか? 国別対抗戦での逆転劇から本格的に国内外から『鬼』と呼ばれるようになったのは知っています。

 ―――……元々は忌名みたいなものだったんだよね。あまりの情のなさから、あまりに無慈悲に勝負を終わらせる姿から侮蔑混じりに一部から呼ばれたんだよ。あれは人じゃないってね。

 ―――忌名、ですか。

 ―――そう、大部分の人が知らないことなんだけどね。

 ―――その時、鬼一選手はどのような様子だったんでしょうか?

 ―――あの時、あの子はゲームに、e-Sportsに死に物狂いで戦っていたときだったから表にはあまり出していなかったけど、ホントに容赦なかった。格下だろうが同格だろうか格上でだろうか、容赦なく、心を折るような戦いぶりだったよ。

 ―――あの、鬼一選手がですか?

 ―――……あの予選リーグの時、私も後で知ったんだけど実はハイエナのようなものが混じっていた。ゲームを、e-Sportsを食い物にするようなロクデナシがね。

 ―――そんな人が……。

 ―――国別対抗戦で注目度も賞金周りも凄かったからね。腹ただしいことにそいつ、当時の優勝候補の1人を脅していたんだよ。しかも家族を持ち、子供もいる。その対戦相手がプロだけど子供のあの子だった。

 ―――その試合はどうなったんでしょうか?
 
 ―――そのハイエナ共に鬼一自身も脅されたし暴力も振るわれて大怪我も負った。だけど、鬼一は屈さずそのプレイヤーをねじ伏せた。

 ―――じゃあ、対戦相手の人は……?

 ―――そのあと、運営と警察にタレコミがあって家族も含めて助けられて、そのハイエナ共は軒並み捕まったよ。

 ―――そうですか……。

 ―――でも、その脅されたプレイヤーは引退して業界から姿を消したよ。しょうがないよね、命も脅されたみたいだし。

 ―――鬼一選手はなぜ、そんな状態なのに勝利出来たんでしょうか?

 ―――……鬼一にとってその人よりも、e-Sportsの方が大切だったんだよ。自分の大切な世界が食い物にされそうだったんだ。あの子にとっての救いを壊される、汚されるわけには行かなかったから、だから2度とこんなことをさせないための脅しだよ。

 ―――『ゲームはいつだって戦いであり自身にとって救い』ですか……。

 ―――……そう。その時のプレイスタイルと相まってそれから『鬼』という名が一部から呼ばれるようになった。ある意味当然だよね、下手すれば誰かが血を流していたんだし。でもそれは鬼一も私たちも一緒。

 ―――どういうことですか?

 ―――……e-Sportsの規模が大きくなった今、昔より遥かにゲームに自分の全てを賭ける人たちが増えた。

 ―――はい。

 ―――私たちは自分やこの世界の為に、そんな人たちを悉く倒してるんだよ? だからトッププレイヤーと呼ばれる人たちは、たくさんの思いを踏みにじり、傷つけ、壊してきた。時には血も流したかもしれない。大切なものを守るためにね。だからある意味、称号というのはその人の『業』を深さを表しているとも言えないかな?

      ―――とある編集者のテープから (名前は霞んで見えない) 一部抜粋
 
 すぐに意識を覚ました僕はたっちゃん先輩に小さく笑われながら、なんとも言えない気まずさと恥ずかしさの中で一夏さんとオルコットさんの試合を観戦した。
 僕の鼻にはティッシュが詰められている。

 正直一夏さんはともかく、オルコットさんのことが心配だった。
 確かに勝負を舐めていたし、散々馬鹿にもしていた。
 だけど、僕に負けた彼女は負けた以上に心が傷ついたと思う。周りの反応の冷たさに。仲間だと思っていた人たちからあんな心無い反応や視線が飛んできたのだ。試合で負けたならまだメンタルの立て直しは可能だと思う。いや、彼女は代表候補生にまで上り詰めたんだ。休憩2時間もあればそれくらいは十分可能だろう。だけど、あれだけの視線を集めたんだ。心が折れても不思議ではない。ここで一夏さんに負けて、あんな視線をもう一度受けたら

 彼女は立ち直れないんじゃないのか?

 数の暴力というのは時として回復できない、癒せない傷跡を残しかねない。
 モニターの画面がオルコットさんを映している。その顔色からは彼女がどんな心境なのか想像できない。

「……」

「セシリアちゃんのことが心配?」

 モニターを見つめていた僕を見て、たっちゃん先輩が声をかけてくる。その顔に笑顔はない。

「大丈夫よ」

 その声に僕は驚いたように顔を向ける。
 なんで、なんで、そんなことが言えるんだ。
 あの視線はそんな優しいものじゃ―――

 ばさっ、と扇子を開き強い笑顔を浮かべる
 勇猛精進、扇子にはそう書かれていた。

――――――――――――

 多分僕の顔は驚愕の表情が張り付いていたと思う。

 やはりオルコットさんは調子を、心を立て直せていなかったんだろう。『ブルーティアーズ』を展開させて戦っていたが、僕の時に比べて遥かに精彩を欠いているように見えた。
 ビットを初心者である一夏さんに切り落とされたのが良い証拠だ。

 だけど、僕はそれだけで片付けることも出来ないでもいた。確かに一夏さんの動きは荒いし初心者だと思わせる。が、ビットの弱点を解明し見せたのは僕だが、だからと言ってその弱点を簡単に付けるほどISの操縦は容易ではない。しかも一夏さんは僕と違って今日まで専用機を使わず、訓練もしていないのに。よくて篠ノ之さんと剣道をしていただけだ。それで白式の武装であるブレードを使えてる説明は出来るだろうが、だからといってそれとISの性能だけで落とせるものではない。

 ―――天性の『才能』

 確かにプロゲーマー時代にも数は限りなく少なかったが、そういう存在はいた。暴力的なまでに理不尽な存在。
 何も考えず、何も理解せず、ただ感じるだけで不可能を可能にする、人知が生み出した技術や戦略を嘲笑う理外の生き物だ。

 違う、今はそこじゃない。

 僕は安堵していた。彼女が立て直したことに。

 モニター内ではオルコットさんが滑らかな曲線で中世のアーマーを思わせるIS『白式』を纏った一夏さん相手に勝利を納めていた。
 途中、一夏さんとオルコットさんが会話していたのだが、それがきっかけなのかオルコットさんの動きと思考に冴えが戻り始めた。ビットを破壊され、奥の手のミサイルも突破され頼れるのはライフルだけの状態。そこから彼女は凄まじい力で一夏さんを封じ込めた。

 飛来してきた一夏さんをワンアクションで避け、脇をすり抜けていく一夏さんとは逆方向に急加速して一気に距離を取る。そこから先は一夏さんの動きを悉く読み切り、持ち前の圧倒的な射撃力で一方的に封殺した。

 それは一種の芸術のようだった。

 一夏さんは距離を詰めるためにスラスターを噴かすが、一夏さんの軌道を先読みし、その軌道の道中に射撃を『置いた』。その射撃に一夏さんは回避することが出来ず自分から当たりに行く形になりみるみるとシールドを削り、最後は一縷の望みをかけて突貫してきた一夏さんの一撃を舞うように避け、首筋に呼び出したナイフを突きつけて試合終了。

 これが代表候補生の本来の力。
 その力に驚きとちょっとの悲しさがあった。

 なぜ、あれほどの力を持っていてあの時全力で戦ってくれなかったのか、全力で僕を潰しに来てくれなかったのか、そうすれば互いの全力を尽くした勝負になったのに、勝負の重さも熱も痛みも感じれたのに。それだけが重りとなって、胸の中にのしかかっていた。

 隣にいるたっちゃん先輩は、予想通り、と言わんばかりに笑っていた。

「言ったでしょ鬼一くん」

 その言葉に意識を現実に戻させる。

「……なぜ、彼女は立て直せたんでしょう?」

 正直なところ、僕には分からなかった。
 なぜ、彼女はここまで早く立て直せたのか。

「彼女がキミのことや、キミにとって戦いだったe-Sportsを舐めていたように、キミは少し代表候補生を甘く見ていたね」

「え?」

 その言葉に思わず顔を先輩に向ける。

 僕が侮っていた? 代表候補生を?

「彼女もキミと戦って思い出したんだよ」

 思い出した? 何を?

「キミが全力を賭けて勝負の世界やe-Sportsを守ろうとしたように、彼女も本来、守るものがあって戦っていたことにだよ」

「……」

「代表候補生、国家代表の座を勝ち取るには激しい競争を抜けなければならない。それこそキミのいたe-Sportsにも劣らないくらいにね。
 自分の守るべきものの為に、自分が欲しいものを得るために彼女はたくさんのものを犠牲にして傷つけてその座を手に入れた」

 どんな形であれ戦わないと、戦ってたくさんの何かを傷つけたり、犠牲にしないと守れないものがある。得ることが出来ないものがある。もしかしたらそれだけやっても何も守れないかもしれない。
だけど、大切な何かを守るために、そして汚されないためにはいつだって守るもの以外の何かを犠牲にしないといけない。何も犠牲にしないで何かを守れるというのは、それはもう、人の所業ではないだろう。

 自分の左手、手袋に包まれた指先を握る。僅かに硬いそれが証明してくれた。

 それは、僕があの世界で感じた絶対にして不変の事実。

「だからこそ彼女は犠牲にしてきたものと自分の戦う理由の為に、敗北できないことを思い出したんじゃないかな」

 ISという軍事兵器でその1つの世界の頂点、もしくは頂点を狙える位置、国家代表と代表候補生。
 才能だけでも努力だけでも立ち入ることの出来ない世界。その中で、オルコットさんは何を信じ、何を失い、何を勝ち得てきたのか。
 僕は一方的な視線で彼女を見ていたのではないか? 

「確かに、観客席のあの視線は人だって壊しかねないわ。それに対して怒りを示した君の気持ちも分かる。生半可な人間だったら立て直せないと思う。それはキミの考える通りだよ。
 だけど私たち、国家代表や代表候補生はそんなものに潰される程度の存在だったらもっと昔に潰れているわ」

 現役の国家代表が、IS学園で『最強』の2文字を背負っている人の言葉はあまりにも重かった。

 舞台は違えども、僕もまったく同じ道を歩んできたのだから理解できてしまう。 

 その辛さを。その苦しさを。その悲しさを。その痛さを。

 そうした果てに得たものの価値の重さを。

 僕は知っている。

 その後、僕は生徒会の仕事があるたっちゃん先輩と別れて、自室に戻りすぐさま一夏さんとオルコットさんの動画を見始めた。机には一夏さんの動きや思考、無意識下の癖を考察するノートや用紙が散らばっている。

 1日もない時間で僕は僅かな資料の中から答えを見出そうとしていた。実質、資料が今回の試合しかない以上僕が取れる対策には限界があった。
 正直なところ僕は一夏さんを今回の試合で完全に警戒した。

 訓練を行った僕よりも滑らかな動き、360度攻撃を情報があったとはいえ回避しあまつさえビットを落としたその技術。ビットを落とした時に見せたあの読みと集中力は決して侮ってはならない。

 僕は舐めていたのではないか?

 僕は侮っていたのではないか?

 僕は勝手に弱いと決め付けていたのではないか?

 壊しかねないほどの勢いで右手を机に叩きつける。痺れるような痛みが右手に走る。

 僕は何様のつもりだ。僕だって挑戦者だろうが。

 知ろうと思えば、篠ノ之さんとの剣道などを見ていればその片鱗に触れることだって出来ただろうが!

 何が『勝負を軽くするな』だ。僕自身が愚かな真似を無意識であったとはいえ、してしまっていた。
 
 ジャイアントキリングのことばかり気にして、足元を、周りを疎かにした僕の甘さだ。あまりのヌルさに過去の自分を殺したくなる。

 熱を持った理性と心を静めるように、深く、ため息をつく。

 それなら今、僕にできることはこれからの勝負、戦いの場をこれ以上汚さないために全力を尽くし、これ以上汚さないようにすることしか出来ない。1週間前に啖呵を威勢良く切った自分に殴りかかりたい。

 故に僕の頭からは今日の勝利のことは無くなり、明日のことに思考を埋没させた。

――――――――――――

『試合終了。勝者、月夜 鬼一』

 敗北を告げるアナウンスは、あの時の私を茫然とさせるには十分なものだった。

 信じられなかった。

 受け入れられなかった。

 年下の男の子だと舐めてかかり、ISのことを何も知らない初心者だとバカにした。
 あの模擬戦は私にとってはタダのショーでした。セシリア・オルコットの実力を、ブルーティアーズを見せつけるだけのものであり、そして男の弱さを実感して優越感に浸るものでしかなかった。

 ですが試合が終わり、冷静に振り返ってみれば自分の愚かしさを痛感させるものでしかなかった。

 一方的に攻めているからといって自分の展開だと考え、回避や防御されている事実から目を背け、挙げ句の果てには切り札の1つであるビット『ブルーティアーズ』のエネルギーを無意味に削るだけの意味のない行動。削るだけならいざ知らず、エネルギー残量の確認を怠ってそこにつけ込まれ、わたくしにとっての切り札である弾道型の『ブルーティアーズ』を使ってしまい、最後にはそれさえも突破され一方的に攻撃されてしまった。

 彼の戦いは弱いはずの年下の男の子のものではなく、わたくしにとって感嘆を隠せないほどの努力と知恵の結晶でした。そこには才能というものとは無縁の戦いで強い力を感じさせる意思があった。

 ブルーティアーズ最大の特徴である全方位攻撃の優位性を理解し解析し、理性的に自分と相手の力の差を踏まえた上で最善の方法を生み出し実行する能力の高さ。

 しかも高いレベルで実行するために何度も練習したことが今回の試合で感じた。お世辞にも彼の技術は高くない。それは通常の軌道やイグニッションブーストの拙さ、射撃武装の使い方を見ればそれが理解できる。

 全方位攻撃に制限をかける発想を思いついても、制限がかけられている状態であってもその攻撃に対応が出来なければ何も意味はない。彼は回避できないと思ったらブレードで防御し、回避も防御も出来ないなら貴重なパススロットを消費してまで防御弾頭を積み込み、徹底してブルーティアーズの対策を組み上げた。

 これは分かりにくいのですが非常に凄いことだ。通常のIS操縦者ならプライドが高い分どうしても自分の技術だけで、自分が信じた武装だけで対応しようとする。だけど彼はフィールドを利用して相手の優位性を減らし、それで回避も出来ないなら本来攻撃武装であるブレードで防ぐ、その2つでも足りないと見るや別のところから使えるものを持ってきた。

 私は彼のISである鬼神のカタログスペックにも目を通した。高起動と高火力を実現させたが防御面に難のあるIS。そこには防御弾頭の文字はなかった。だから彼は武装の補充に使われる弾薬などを一部削ってでも搭載したのだろう。

 結果、それは正解でわたくしの射撃の無力化に大きな力を発揮した。
 
 そしてブルーティアーズのビット射撃のエネルギー関係や、切り札である弾道型をどうやって知り得たのか? 技術のアキレス腱であるエネルギー関係や奥の手の弾道型は公には公開されていない。

 だけど、彼は時間を見極めた上で攻め込み、しかも奥の手である弾道型の対策まで行っていた。

 そこでわたくしは気づいてしまった。

 俄かには信じ難いことだが、彼は世界に公表されているブルーティアーズの演習動画、そこから答えを導き出したのだと。

 だけど、それはあまりにも難しい。

 なぜなら、今公開されている動画には『一度たりともエネルギーを切らしてブルーティアーズを回収したシーン』など映っていなかったのだから。
 彼もそれはもちろん知っていたはず……。そんな不確定情報から答えを導き出してもかなりのリスクが伴うから。

 もしエネルギーが切れなかったら?

 もしあのまま射撃に晒されていたら?

 もしこちらのエネルギーが切れる前に先に自分のエネルギーが切れてしまったら?

 少し考えただけでもこれだけのリスクが出てきます。にも関わらず、あの様子だと少しの躊躇いなんてなかったことが分かる。

 つまり、彼はリスク承知で、敗北も覚悟の上でわたくしに挑んできたことになる。

 そして彼は弾道型の正体も完全には把握していなかったはず。これもまた信じ難いことですが、ブルーティアーズの特徴や弱点を見極めた上でそこから1番可能性の高い答えを弾き出した。

 もしミサイルではなかったら?

 もし裏をかかれてミサイルのような実弾ではなく同じレーザー武装だったら?

 もしそれ以外の武装だったら?

 そんな恐怖を彼は考えなかったのだろうか? いや、間違いなく考えていた。あそこまで対策を考え抜く人が恐怖を抱かないはずがない。正解が用意されていない以上必ずどこかで迷いが生まれるのに、だけど彼はなんの迷いもなく飛び込んできた。

 どうしたらそんな強さを得ることができたのか?S

 カチリ、と手元のマウスをクリックする。

 ……誰よりも自分を信じ、戦い抜いてきた強い人がそこにいた。

 ―――月夜 鬼一 現在 14歳 アークキャッツ所属 元プロゲーマー 2人目の男性操縦者。

 ―――第3回 ワールドリーグの優勝者であり最年少世界王者。そしてe-Sportsの申し子、勝負の『鬼』として尊敬を集めている。

 ―――国別対抗戦では選ばれた5人の内の1人であり、日本の尖兵として日本の準優勝に多大な貢献をした。

 ―――圧倒的劣勢の中から、鬼のような執念と他のプロゲーマーから一目置かれるほどの抜群の集中力で数多くの逆転劇を生み出し続けてきた。

 ―――今の月夜 鬼一からは到底想像できないが、12歳の頃はプロゲーマーの中でも最弱と言われるほどだった。

 ―――元々将来性を重視され獲得された選手だったが、プロゲーマーになった直後に両親が他界。そのせいか最初の半年は成績が振るわなかった。

 そこで私はスクロールさせていた指を止めた。

 ……両親が他界?

 あの方もわたくしと同じく両親を亡くしていた……?
 
 わたくしの両親ももういない。自己で他界した。
 母は強く、気高い人だった。今の女尊男卑社会よりも以前から女の身でいくつもの会社を経営し、たくさんの人から尊敬を集めるほど成功を収めた人だった。
そして憧れの人だった。

 母が亡くなり、手元には莫大な財産だけが残された。それにたかろうとする金の亡者どもを無くすために、守ろうとするために自分は強くなった。
その一環で受けたIS適正テストで高判定が出た。イギリス政府から国籍保持のために様々な有利な条件が出された。そして、それを受け入れた。 
 私は『オルコット』の名を守るために、自分の誇りを守るために自分を削り、他人を蹴落とし、戦い続けてきた。寝食を忘れてただひたすらに自分を磨き上げることに全てを注いできた。
 遂には第3世代ISのブルーティアーズの第1次運用試験者に選ばれた。稼働データと経験値を得るためにこの国にやってきた。

 母親とは逆に父は、母の顔色ばっかりをうかがう人であった。あまりに、弱い人だった。それが今の男なんだと思った。

 だけど、彼は、父とは全く違う人種の人だった。

 再度、画面をスクロールさせる。

 ―――だが、月夜 鬼一は2度に渡る進化した。

 ―――死に物狂いでゲーム、競技人口2億人を誇るe-Sportsの世界に没頭し自身を磨き上げた。時には暴力事件に巻き込まれ大怪我をしても彼はe-Sportsの戦いに身を投じた。

 ―――12歳後半から13歳の前半、約半年で彼は第1集団まで上り詰め進化した。その頃からすでに一部では『鬼』と囁かれていた。

 ―――あまりにも情のないプレイスタイルからそう呼ばれたらしい。が、当時の動画や様子が分かるものはほとんど存在しない。今ほど注目されていなかったことが原因か。

 ―――彼なりに全力で戦い、全力でゲームに応えようとした。

 ―――そしてゲームもそれに応えてくれた。

 ―――気がつけば、彼はたくさんの人を惹きつけるほどの魅力的なプレイヤーにもう一度進化していた。彼とその周りにはいつもたくさんの仲間と笑顔があった。

 ―――『ゲームはいつだって戦いであり自身にとって救い』。ワールドリーグ決勝後に彼はそういった。

 そこでわたくしは自分の行いを恨んだ。

 彼にとってわたくしの言葉がどう響いたのか、今は分かる。
 
 彼の痛みが。

 彼の絶望が。
 
 彼の怒りが。

 わたくしの言葉は彼にとってただ無神経でトゲのある冒涜でしかなかったのだ。
 あれだけの強さと集中力でないとトップを取れなかったのだ。僅か14歳でそれだけの力を身につけなければならないほど過酷な世界。

 わたくしと似ているとも思った。
 彼は誰よりも『救い』をゲームに求めていた。
 両親の死を受け入れて進むのはのはとても苦しい。だから彼は誰よりも、それこそ想像も出来ないような痛みを伴う道を歩んだのだろう。

 たくさんのものを踏みにじり、犠牲にし、彼には傷ついても欲しいものがあった。
 
 痛みを伴う戦いだったからこそ、あれだけ勝負の世界に拘っているのが理解できた。

 戦いの果てに栄誉と名誉、何者にも変えられないたくさんの仲間、それは両親を亡くした彼にとって救いになったのではないか?

 彼にとっての戦いを、彼にとっての救いを、わたくしは傷つけてしまったことに、今はただ謝りたかった。

 だからわたくしは―――。

――――――――――――

 PCの電源を落としてため息をつく。
 そこでようやく鬼一はどれだけ長い時間没頭していたことに気づいた。

「……もう7時になるんだ」

 ちらりと机に置いてある時計には、短針が数字の7を超えそうであった。
 2試合目が終わりを告げたのは確か午後に入ってすぐであったため、かれこれ6時間前後の時間が過ぎていたことになる。

 対策をまとめたノートや散らばっている用紙をまとめて整理する鬼一。鬼一は過去、対策に没頭し過ぎて片付けることを忘れて眠ることがあった。その後、あまりの惨状に怒った楯無が鬼一に物理による説教が始まった。

「流石にあんな格好で苛められるのはもうゴメンだな……」

 鬼一の脳内に蘇るのは数日前の悪夢。裸エプロン(水着着用)+猫耳という進化した新たなスタイルによる襲撃は、今思い出しても悪寒が背筋に走る。イタズラっ子特有の笑みに不気味に蠢いていた両手の指を見て、神はいないと思った。
 楯無の柔らかさといい匂いを思い出して顔を真っ赤に染める鬼一。
 それを忘れるかのように何度も自分の頬を両手で叩く。パァンっ、と小気味よい音。

 もう一度ため息をつく鬼一。
 トントン、と用紙とノートをまとめる。
 自室には鬼一しかおらず、楯無はまだ部屋に帰ってきていなかった。

「時間もないし急いでご飯を食べてこないと」

 椅子から立ち上がり、シャツの上にパーカーを羽織る。
 食堂の利用時間は6時から7時までなので、やや急ぎ目で部屋から出た。
 
 食堂に向かう道中でキョロキョロと視線を彷徨わせるセシリアを鬼一は見つけた。

 入学してから既に1週間も経っているのだ。鬼一はセシリアがただ単に道に迷ったわけではなさそうだと考える。

 ―――どうしよう。

 鬼一自身、今セシリアに対して複雑な感情を抱いていた。
 
 勝負を軽くし、e-Sportsの馬鹿にした人間。だがそれはきっと無知から来ていたんだと考えられるし、そもそも一夏に対して鬼一は無意識下とはいえ、侮って対策を怠っていたのだから、自分も大口は叩けなくなっている。
そして楯無から様々な話を聞きISに関する認識を改めた今、鬼一はどのようにして彼女とコミュニケーションを取ればいいのか分からなくなっていた。  

 視線を彷徨わせていたセシリアだったが、鬼一のことを見つけると慌てたように今来ているIS学園の制服を正す。正し終えたセシリアはゆっくりと落ち着いた動きで鬼一に近づく。
 足を止めた鬼一。そんな鬼一にセシリアは鬼一の前で足を止める。

「月夜さん、只今お時間よろしいでしょうか?」

 その言葉に鬼一は驚いた。言葉の内容ではなく、1週間前のような高圧的な雰囲気がなくなり、柔らかく気品さえも感じさせた。
 そんなセシリアに困惑を隠せなかったが、別段断る理由もなかった。

「ええ、構いませんよ。どこかに場所を変えますか?」

 流石に立ち話する雰囲気でもないと思ったのか、場所替えを提案する鬼一。

「そうですわね。出来ることなら今時分、人がいない方がよろしいですね」

「それなら、今の時間帯なら、人のいないところを知っていますのでそちらに行きましょう」

 そうして歩き始めた鬼一の右後ろについていくような形でセシリアも歩き始める。
 目的の場所に到着するまで、両者無言でセシリアは特に気にした風もなないのだが、1人で気まずさを味わっていた鬼一は神経を削るハメになった。

 今の時間帯なら1年生生徒の大多数が食堂にいるだろうと考えた鬼一は、IS学園の共用休憩スペースにまでセシリアを連れてきた。共用休憩スペースは1年生教員問わず使えるためかかなり大きく作られており、100人以上は座っても
問題ないように作られている。
 が、鬼一の考え通り今の時間帯1年生のほとんどは食堂にいるためか、スペースにはほとんど人はいなかった。そのスペースの1番奥、窓際の席を鬼一は座っていた。

「どうぞ」
 
 鬼一にジュースを渡すセシリア。セシリアにとっては自分から話があるといって鬼一の時間を割いてもらっているのだから、そのお詫びにジュースを渡したのだ。セシリアの片方の手には缶の紅茶が握られている。
それに対して鬼一は一瞬迷うが、せっかく年上の好意なのだからありがたく受け取る。

「ありがとうございます」

 カシュ、と音を立てて一口ジュースを飲む。
 ジュースを飲みながら鬼一は、自身の正面に座った美少女をおそるおそる見る。

 縦ロールのある長い金色の髪。金髪と聞くと鬼一はカラー剤や美容院で染めた人工的な色を思い出すが、それらとは違い滑らかで煌びやかな輝きを放っている。
その美しい金髪と一緒に鬼一の目に入ってくるのが、透き通って吸い込まれそうな碧眼。本人の顔の造形が整っているのとスタイルが良いせいかモデルのようだ、と鬼一はぼんやりと思う。
だが、モデルとは一線を画しているのはその雰囲気。鬼一の言葉では上手く説明できない、柔らかな包み込むような気品がそこにはあった。

 一瞬、猫被ってんじゃないかなどと失礼なことを考え、それを否定する。
 
 この雰囲気は一朝一夕で出せるものではないと、そう思った。

「申し訳ありませんでした」

 真摯な声でセシリアは鬼一に頭を下げ、謝罪をした。

 その突然の行動に慌てながら鬼一は止めようとする。

「ま、待ってください! 突然どうしたんですか?」

 思わず立ち上がってまでセシリアの謝罪を止めようとし、その真意を聞き出そうとする。
 鬼一の言葉を聞いても、少しの間頭を下げていたセシリアだったがゆっくりと顔を上げた。

「わたくしは貴方のことを、貴方のいた世界を何も知りませんでした」

 それは鬼一の予想しない言葉だった。

「無作法と分かっておりましたが、貴方のことを調べさせてもらいました」

 怒りなど湧いてこない。むしろ、

「家族を亡くしても、競技人口2億人を超える競争の世界でナンバーワンを勝ち取った世界王者。わたくしも僅かしかない専用機を競争し、勝ち得て、そして今の代表候補生の座を得たので少しはイメージできます。
 擦り切れるほど敗北し、そのご年齢では考えられないほどの努力をなさられたのでしょう。数え切れないほどの強敵たちを倒して、名誉や栄誉を勝ち取り言葉にできないたくさんのものを手に入れました」

 その言葉を、e-Sportsを少しでも、あの世界を、馬鹿に出来るものではないと、理解してくれたことが、

「貴方にとっての『戦いであり救い』を馬鹿にしてしまい、本当に、申し訳ありませんでした」

 鬼一にとってはなによりも嬉しかった。

 その胸から湧き上がる喜びを表さないように押し殺しながら、セシリアに声をかける。

「……そう言っていただけてありがとうございます。僕も随分失礼なことをたくさん言って、すいませんでした」

 2人揃って頭を下げる。

 少しして一緒に頭を上げると目線が合い、どちらともなく笑い始める。

 それからは時間も忘れて、お互いのことを話し合った。

 お互いの両親のことや、お互い生きてきた世界について。

 形は違えど、同じような道を歩んできた2人なのだ。

 誰かに、人には話せないような複雑なものがたくさんあった。

 話せば話すほど、楽しく、嬉しく、時には悲しくなった。

 自分の信じるものや、自分の守りたいもの、たくさんのものを得るためにこの2人は戦いに身を委ねた。

 その裏でたくさんのものを犠牲にしながらも、決して挫けるわけにはいかず走ってきたからこそ、自分たちにとって『仲間』がいてくれたことが嬉しかった。

 世界も戦いの舞台も違っても、最初は食い違っても、こんな風に語り合える人がいてくれたことに、どこまでも感謝できた。

 悲鳴を押し殺してきた心がちょっとだけ癒されたような気がした。

   
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