銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第八十七話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その3)
■ 帝国暦487年4月24日 08:30 イゼルローン回廊 ハンス・ディートリヒ・フォン・ゼークト
「まだ、見つからんか」
「はっ」
思わず、部下を急かした事に自己嫌悪を覚えた。
既にイゼルローン要塞を発して六時間以上経つ。しかし遠征軍は見つからない。いや敵の気配さえ無い。妨害電波の発生装置が所々においてある事を見れば敵が、おそらく工作艦、敷設艦だろうが、ここまで来たことは確かだろう。
そのおかげで通信状況が酷く遠征軍と連絡が取れない。あるいは謀略に引っかかったか? 不安が心を苛む。引き返すべきだろうか? もしこれが敵の謀略なら要塞が危ない……。
「先行している哨戒部隊から連絡が入りました!」
「どうした」
「遠征軍と接触したそうです」
接触した? 戦闘中なのか? それとも……。
「敵は、敵はどうした!」
「居ません」
「……やはりそうか、全艦回頭せよ!最大戦速でイゼルローンへ向かえ!」
やられた……。どうやら引きずり出されたらしい。
「総旗艦ブリュンヒルトから通信が入っています。スクリーンに投影します」
映像が投影される。妨害電波の所為か、映像に所々ノイズが走る。
「どういうことか、ゼークト提督。何故卿が此処にいる?」
宇宙艦隊司令長官ローエングラム上級大将がスクリーンに映る。映りの悪い状況からでも不審に思っていることが分かる。
「閣下、イゼルローン要塞に敵が迫っております、先ずはお急ぎください」
「どういうことだ? まさか卿……」
「後々説明させていただきます。お叱りも受けますゆえ先ずはお急ぎください」
急がなければならん。間に合ってくれ……。シュトックハウゼン無事で居てくれ。
■ 帝国暦487年4月24日 10:30 帝国軍メルカッツ艦隊旗艦 ネルトリンゲン ベルンハルト・フォン・シュナイダー
先行するミッターマイヤー提督、ロイエンタール提督より通信が入った。二人の姿をスクリーンで見ながら思いのほかにノイズが酷いことに気付く。
「メルカッツ提督、我等いささか気になる事が有るのですが」
ロイエンタール提督がメルカッツ提督に話しかける。
ヴァレンシュタイン副司令長官が、メルカッツ提督の着任時の挨拶のとき、頭を下げた事はその日のうちに宇宙艦隊司令部に広まった。それ以来、各提督たちはメルカッツ提督に丁重な態度を取っている。メルカッツ提督もそれに対して誠実に応えている。
「何かな、ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督」
「いささかノイズが酷いと思うのですが」
「ふむ、確かに言われてみれば酷いようだが……まさかな」
ロイエンタール提督の言葉にメルカッツ提督は何か思い当たる節があるようだ。
「両名とも最大戦速でイゼルローン要塞に向かってくれるか、私も後を追う」
「了解しました」
ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督の両名は敬礼をするとスクリーンから姿が消えた。メルカッツ提督は最大戦速を命じた。
「どういうことでしょう。最大戦速ではいずれ、司令長官に追い着いてしまいますが?」
「このノイズ、もしかすると反乱軍が来ているのかもしれん」
「まさか」
「要塞攻防戦となれば、敵の兵力は最低でも三個艦隊は有るだろう。司令長官が心配だ。滅多な事で敗れるとは思わんが不意を突かれればどうなるか分からん」
メルカッツ提督はそう言うと提督席で静かに考え始めた。
■ 帝国暦487年4月24日 11:30 帝国軍総旗艦 ブリュンヒルト ジークフリード・キルヒアイス
とんでもない事になった。謀略により駐留艦隊がイゼルローンより引きずり出された。ラインハルト様はゼークト提督を叱責されたが、シュタインメッツ参謀長が今はイゼルローン要塞に急ぐべきだとラインハルト様を止めてくれた。
それにしても反乱軍はどうやってラインハルト様の艦隊が近づいていると知ったのか、私もラインハルト様も不思議に思っているとフェザーンが積極的に反乱軍に情報を流した可能性が有るとオーベルシュタイン大佐が指摘してくれた。
「これ以上の反乱軍の敗北はフェザーンにとって容認できないと言う事でしょう」
その指摘を聞いたときのラインハルト様は、改めて出征前にヴァレンシュタイン副司令長官の言った言葉の意味に気付いたようだ。 “フェザーンが情報を遮断している。” 遮断することが出来れば積極的に流す事も出来る……。
オーベルシュタイン大佐が幕僚に入った事はラインハルト様にとって大きいと思う。あまり人付き合いの良くない人物だが、冷徹で政略面での補佐をしてくれそうだ。後は優秀な分艦隊司令官が居てくれれば問題ないのだが……。
「イゼルローン要塞より入電」
オペレータの声に艦橋が緊張した。
「反乱軍はイゼルローン要塞に大軍をもって来襲せり。先程の遠征軍からの救援要請は謀略なり。至急来援を請う!」
ラインハルト様もシュタインメッツ参謀長も皆顔を見合わせる。微動だにしないのはオーベルシュタイン大佐だけだ。
「どう思うか、オーベルシュタイン」
「ゼークト提督がイゼルローン要塞を出てから九時間以上が経っています。反乱軍の来襲が遅すぎるように思いますが……」
オーベルシュタイン大佐の言う事は尤もだ。認めたくないことだが要塞が落ちている可能性は高い。
「では既に要塞は落ちていて、これは謀略と言うことか、オーベルシュタイン大佐」
「いえ、通信状況が悪いですからこれが最初の通信とは断言できません。……行って見なければ分からないと思います」
行って見なければ分からない……。この速度なら要塞まであと二時間程度だろう。しかしその二時間がとてつもなく長く感じる。できる事なら無事で居てほしい。攻防戦の最中なら二個艦隊の救援は決定的な役割を果たすはずだ……。
■ 帝国暦487年4月24日 12:30 イゼルローン要塞 特設任務部隊旗艦 ヒューベリオン ヤン・ウェンリー
「閣下、各艦隊配置に付きました」
「そうか、ではもう一度救援要請を出してくれないか」
私はグリーンヒル中尉にゼークト提督への救援要請を出すように命じた。
スクリーンには第五艦隊、第十艦隊が映っている。両艦隊とも、「D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)」を踊っている。
この状況を見ればローエングラム伯は要塞が未だ落ちていないと思うだろう。いや、落ちていない可能性があると思うはずだ。必ず第五、第十両艦隊に攻撃を加える。それが起きればこちらの勝ちだ。何もせずに後退されるのが困る。
ビュコック提督たちがイゼルローン要塞攻略戦に加わるのをフェザーンの目からどう隠すかが問題だった。こちらの情報を帝国に流されては困る。結局、訓練と称して三月初めにイゼルローン回廊方面に移動させ待機させるしかなかった。
彼らは既に二月近く作戦行動中だ。その一方で私の特設任務部隊がイゼルローン要塞を攻略するとさり気無く情報を流した。うまく騙されてくれたようだ。
本当なら敵の戦力を集結させるのは邪道だ。敵は分断して倒す。しかし今回はその邪道を行なう必要がある。ゼークト提督にはローエングラム伯を連れて来て貰わなければならないのだ。二個艦隊あれば要塞を救える、そう思わせることがこの作戦の要だ。
ヴァレンシュタイン大将、彼の弱点はローエングラム伯だ。彼は気付いていないのだろう。あるいはローエングラム伯を信頼しているのか。だから一個艦隊で遠征に出した。千載一遇の機会だ、この機にローエングラム伯を倒す。後方に居て前線に出てこないヴァレンシュタイン大将を倒すにはそれしか方法は無い……。
■ 帝国暦487年4月24日 13:40 帝国軍総旗艦 プリュンヒルト ジークフリード・キルヒアイス
イゼルローン要塞が見えてきた。要塞の前面で反乱軍の艦隊が展開している。主砲射程距離ぎりぎりのところで「D線上のワルツ・ダンス」を踊っている。要塞は落ちていないのか? 一時間程前の救援要請は本物なのだろうか。
要塞に傷付いた様子は無い。付近の宙域にも艦船の残骸は無い。要塞は生きている? オペレータの声が艦橋に響く。
「敵戦力、二個艦隊です」
二個艦隊、約三万隻か、ほぼこちらと同数だ。
「敵艦隊、要塞主砲射程圏外へ後退します」
敵は要塞から離れつつある。 要塞は味方なのか? 罠か?
「直ちに敵に対し攻撃を加える」
「閣下、お待ちください。要塞が落ちている可能性があります」
「分かっている、オーベルシュタイン大佐。敵を要塞方面に押し込むようにして攻める。要塞が反乱軍に対して主砲を撃てば味方、撃たなければ敵だ」
ラインハルト様はゼークト提督に時計とは逆周りに外側から敵艦隊を要塞方面に押し込むように攻めるように指示を出した。ラインハルト様は更にその外側から敵を押し込むつもりだ。
「ファイエル」
ラインハルト様の命令と共に主砲が斉射される。閃光が煌めき、スクリーンが一瞬白光に包まれた。眩しいほどだ。反乱軍の中性子ビーム砲が発射されたのだ。
「エルラッハ少将に命令、攻撃せよ」
「敵ミサイル群、接近」
「囮ミサイル、発射します」
「主砲斉射」
命令と報告が慌ただしく交錯する。エルラッハ少将率いる分艦隊が敵に喰らいついた。ゼークト提督も敵を押し込み始めた。敵は少しずつ後退し始める。もう直ぐ主砲射程圏内に入る。もう直ぐ分かるはずだ、どちらだ。
主砲射程圏内に入った。誰もが要塞主砲に釘付けになった。オペレータの声が響く。
「主砲発射準備に入りました!」
「要塞は生きています。味方です!」
艦橋内に歓声が上がる。ラインハルト様も顔を紅潮させている。
「勝ったぞ、キルヒアイス」
「はい」
喜んだそのときだった。緊張したオペレータの声が上がる。
「新たな敵発見!味方後方を遮断しようとしています!」
瞬時に艦橋が凍りついた。確かに一個艦隊ほどの敵が要塞の陰から現れ後方を遮断しようとしている。馬鹿な要塞は味方ではないのか。それになぜ要塞は主砲を撃たない? 何故だ?
「キルヒアイス、してやられた……。要塞は落ちている」
ラインハルト様の顔が苦しそうに歪む。
「閣下ゼークト提督から通信です」
オペレータの声にラインハルト様は気を取り直してスクリーンを見る。
「閣下、あの敵は小官が一隊をもって止めます。閣下は前面の敵を何とか振り切り後退してください」
ゼークト提督は死ぬ気だ。この状態で前面の敵と新たな敵に対処しようなどと不可能だ……。
「ゼークト提督。それは許可できぬ」
「しかし」
「今あの敵に向かえば要塞主砲を浴びる事になる。主砲を避ければ間に合わぬ。それに要塞を良く見よ」
「!」
要塞内から新たな敵が出てきた。
「分ったか、要塞内にも敵がいるのだ。このまま撤退戦を行なう。それしか手が無い……」
凍りついた艦橋にラインハルト様の声が流れる。酷い戦いになるだろう。生きて帰れるかどうか。絶望が胸を押しつぶす。アンネローゼ様、私に力をください。ラインハルト様を守る力を……。
■ 帝国暦487年4月24日 15:00 イゼルローン要塞 特設任務部隊旗艦 ヒューベリオン ヤン・ウェンリー
勝った。要塞の陰に居た第十二艦隊が敵の後方を遮断し、私が敵の側面を突く。これでローエングラム伯を倒せる……。私は貴官に勝ったよ、ヴァレンシュタイン大将。
ローエングラム伯が死ねば彼の姉、グリューネワルト伯爵夫人がどう思うか。
自分が宇宙艦隊司令長官になるために、弟をわずか一個艦隊で同盟領に送り込んだ、そして弟を戦死させた。そう思ったとき彼女は貴官を憎むだろう。皇帝の権力を利用し貴官を排斥しようとするに違いない。
あるいはこちらがそう仕向けてもいい。彼女の心に猜疑心を植えつければいいのだ。やりようは有るだろう。前線に出てこない貴官を葬るためには帝国人の手で貴官を倒す。私が考え付いた唯一の策だ。
貴官が失脚すれば帝国軍はその支柱を失う。そして内乱を防ぐ人材を失うことになる。帝国との和平が結ばれるかどうか分らない。しかし結ばれなくても、帝国が混乱してくれれば十分に同盟が回復する時間が取れるだろう。
だからローエングラム伯、貴方には死んでもらう……。ヴァレンシュタイン大将、貴官には防ぐ事は出来ない。私の勝ちだ。
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