宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第三部
名誉と誇り
さんじゅう
前書き
三人称もはいりまーす
「お断りします」
一も二もなく私は即答する。
にべもなく断られることとなった当の本人は、堪えた様子もなく、不敵な笑みを浮かべたまま私を見つめる。肩で弾ませている偃月刀を見れば、諦めていないというのは明白だ。
「いいのかぁ? そこのお嬢ちゃんをとっ捕まえて、俺ぁ本陣に戻りゃあいいだけだ。おめぇさん、俺とやり合わずにそれを阻止できるのかい?」
本当にこの手の輩には手を焼かされる。
あの手この手を使って、なんとしても自分の欲求を遂行しようとするのだ。しかも、そのために手段を選ばないときており、そういったときには頭の回転が妙に早い。
厄介だ。厄介過ぎる。
まさに自己中。
いったいそのバイタリティはどこから溢れてくるというのか。
エリステインに至っては、もう何がなんだかといったように、驚愕に張り付いた顔を私とヴァルクムントの間で行ったり来たり往復させている。
そして私は再度溜息を溢す。
もう、既にこの時点で詰んでいるのだ。主導権はヴァルクムントにあり、私が何を言おうが、奴は実直にこちらへ向かってくればいい。
ただそれだけで、奴は王手を掛けることができる。だから私は、諦めの意味を込めた三度目の溜息を溢す。
「……できると思っているのか?」
もう、この茶番劇に乗らなければならない状況が恥ずかしすぎる。お陰さまで、私の言葉も棒読みだ。
「なんで! なんでですか!? どうしてお2人が戦わないといけないのですかっ?!」
テメェこのやろう。変なところで空気読んでんじゃねぇよ。
「男にゃ、戦わなくちゃならねぇときがあんのよ。……なぁ?」
ふざけんな。こっちに振るんじゃないよ。
「そんなっ!」
ノリノリか。
「……貴様は下がっていろ」
面倒なので、エリステインを押し退けて物理的に黙らせる方向へシフトチェンジする。
私だって、我慢の限界というものがあるんだ。
――それに……。
私は偃月刀を振り回して凝りを解したあと、それを正眼に構える大男を見やる。
――少しは楽しめそうだしな。
私は背中に差したツインブレードを手に持ち、大袈裟に腕を振ってそれを伸ばした。
―
ヴァルクムントへと伝令を飛ばしたガルドは、国軍の兵士達を本陣へと戻したあと、自身の傭兵団と共にいまだ森の中で散策を続けていた。
「ったく。まだまだこの辺りだと、そうそう骨のあるやつぁいねぇもんだなぁ!」
ガルドの足元、そこには不自然に歪んだ顔面の豚面鬼が、穴という穴から血を吹き出して事切れていた。
「仕方ないだろう。深部に近付いているとはいえ、まだまだ中間部だ。こんなものさ」
ツヴァイハンダーを振って血糊を落としているのは、フォウと呼ばれていた女傭兵である。
その側らには、上下に体を両断された豚面鬼が転がっており、はみ出た臓物から生々しく湯気が立ち上っていた。
他にも、ところどこでいまだ戦いの音は鳴り響いており、仲間である傭兵団員がいまだ生きている4匹の豚面鬼を相手取っていた。
「アイツら、まーだ相手してんのか……。ったく」
いくら傭兵団が数で豚面鬼を圧倒しているとはいえ、全員が全員で一斉に攻撃を打ち込める訳もない。
むしろ、豚面鬼1匹に対して、騎士3名で取り組むような相手を、たった1人で、それも歯牙のも掛けずに討伐するガルドとフォウが異常なのだ。
それを分かっているのか分かっていないのか、そんなことを言い放つガルドに、フォウは嗜めようと口を開きかけ、結局苦笑いをするだけで発することはなかった。
何故ならば、「おらぁ、テメェら! 俺が殺るからどいてろぉ!」と、スキンヘッドの大男が大槌を頭上に掲げて駆け足で豚面鬼へ突っ走って行ったからに他ならない。
「まったく、うちの団長は面倒見が良すぎるな」
「いやぁ、ありゃ溜まったもんを豚面鬼相手に発散してるだけでさぁ」
ひょいと、木から音もなくピピンが降り立つ。
声を掛けられるまで物音どころか、気配すら感じさせずに現れた小男に対し、フォウは内心改めて戦慄を覚える。
彼女自身、『餓狼団』の一員として多くの修羅場を潜ってきた。女伊達ら、ツヴァイハンダーの重さを物ともしない剣捌きと、その技量にはそれなりの自負もある。事実、客観的に見ても誇れるものであると言えた。
更に言えば、実力者がひしめき合う中、団員数200人を要する規模の『餓狼団』内において、幹部としてその籍を置いているとすれば、その実力は折り紙つきと言える。
その彼女の実力を持ってしても、このピピンという男の視野の広さと身の軽さにはほとほと舌を巻く。
そのピピンはと言えば、大槌を豪快に振り回しながら、残り1匹となった豚面鬼へと駆けていくガルドを見やって「災難でさぁ」と、並びの悪い歯を見せて微笑いを漏らしていた。
「にしてフォウの姐御」
「だからその姐御はやめろ」
フォウの顔には何度目だといったような、辟易としながらも半ば諦めも混じった表情で訂正をピピンへと求める。
「……旦那?」
「縦か? 横か? 感謝しろ、選ばせてやる」
もちろんそれは縦に真っ二つか、横に真っ二つかである。
ちなみに左右の袈裟斬り、および突きはない。
「おぉ、こえぇこえぇ」
そう言いながらも、ピピンは並びの悪い歯を見せてカラカラと笑う。
これもよくある光景のひとつであり、2人にとっては通過儀礼のようなものだ。
「まぁ、冗談はさておき。姐御はなんか感じませんかね?」
――ほら、変わらない。
フォウは溜息を付きながらも、「何がだ?」とピピンへと問う。
「いやぁ、オレッちの勘違いならいいんですがねぇ……」
「だから何だ……。言わなければ分かるもんも分からん」
前置きが長いんだと、暗に含めた言い方でフォウは先を促す。
「うーん。質はまあ言わずもがな、ってな具合なんですがねぇ……。ちょろっと、急に魔物共と遭遇する確率が増えた気がするんでさぁ」
「……こんなもんじゃないか?」
「いや、ならいいんですがね。オレッちのただの勘違いで」
言っている意味、その奥にあるものが分からず、フォウは眉を寄せて首を傾げる。
「気になるなら、団長に相談した方がいいだろう。……ちょうど終わったみたいだしな」
そう言って向けた視線の先。
あの豚面鬼の巨体を、雄叫びを挙げながら自慢の大槌で横殴りに吹き飛ばすガルドの姿があった。
―
「あん? 急に魔物との遭遇率が上がったって?」
豚面鬼との一戦を終え、水筒で喉を潤しながらガルドはピピンの言葉に耳を傾ける。
「いや、オレッちの勘違いならそれでいいんでさぁ。ただオレッち達の人数が多いのと、ほとんどが小鬼やら大猪やらで速攻で片付けられる、大したことねぇモンばっかだったもんで気付きづらかったんですが……」
ガルドを見上げながら推論を口にするピピンは、どこか自信がなさげながらも、確かな口調でそれを伝えきる。
そのガルドは、頭髪のない自身の頭をごつごつとした岩のような手のひらで撫でながら、唸る。
「フォウ。オメェは気付いたか?」
「いや、全くだな。だが、ピピンが言うのだから間違いないはずだ」
「だな。俺ら団の『目と耳』が言うことだ。それに、警戒するに越したこたぁねぇ」
そう言って男臭い笑みを浮かべて、岩のような手で小男の頭を乱暴に撫ぜる。
「おうオメェら! しっかり得物の状態確認しとけ! 豚共の討伐部位を取ったら陣に戻るぞ!」
ピピンは『餓狼団』の中では中堅どころに位置し、当然のことながら幹部ではない。
そして、傭兵としてはそれなりには戦えるが、実は武器を用いての戦いは不得意としており、本当に『それなり』なのだ。はっきり言って単純な戦闘能力だけを見れば、傭兵団の中でも下から数えた方が早い。
しかし、団長であるガルド、幹部であるフォウはもちろんのこと、古参の団員、その他幹部からの信頼は厚い。
それは、傭兵としては低すぎる戦闘能力を補って余りあるほどの観察眼、視野の広さ、敏捷性に危機察知能力、そして勘の鋭さを、彼ら『餓狼団』の中核陣営が認め、重宝しているからに他ならない。
故に、ピピンと呼ばれる小男の言葉を、団長であるガルドは疑うことなく聞き入れる。
「おう、ピピン。取り合えずこんなもんでいいか?」
ニッと、歯を剥き出しにして口角を上げる男に、ピピンは照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら「へい」と、短く返した。
誰が悪い訳でもない。
誰に責任がある訳でもない。
誰の所為でもないのだ。
敢えて言うならば、そう……。
間が悪かった。
それだけのことだ。
――刹那、森林の空気が淀む。
ズンッと、まるで押し潰すような重圧が森林を覆う。
ガルドの、フォウの、ピピンの。
この場にいる、生きとし生けるもの全ての。
その本能が警笛を上げる。
「っ……! まさかっ」
押し潰される感覚に、フォウは自然と空を睨めつける。
「ちょ、ちょっ! 遅かったってぇことですかいっ!」
顔面を蒼白にしたピピンが。
「くっかかかか! おいおいおいおいおいぃぃぃ! このタイミングたぁ……なぁ!」
冷や汗を流しながらも、不敵に笑うガルドが。
地震と同じである。
洪水と同じである。
噴火と同じである。
日照りによる飢饉と同じである。
これは、一種の災害だ。
人々は言う。
――大渦災
と。
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