宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第三部
名誉と誇り
にじゅうきゅう
――ヴァルクムントを釣る。
無謀なように見えて、実はそう難しいことではないだろうと私は踏んでいた。
理由は至って単純明快。
あの手合いは好敵手に飢えている。
本人が望む望まずとも、彼のようにある意味で孤高となってしまった存在は、常に隣に並び立つ存在に飢えているのだ。
認めてしまうのは、自分のハートを抉るようで非常に情けない話なのだが、意外と私もそうであったりする。
と言っても、ヴァルクムントとは異なり好敵手が欲しいということではない。むしろ、できることなら命を削るようなことは避けたいのが本音なので、まあ、言ってしまえば理解者が私の欲する、隣に並ぶ者といったところか。
種族として私の考えや行動が異端であると言うのは、自分自身一番よく分かっており、それが露呈しないよう、それなりに取り繕ってきたつもりだ。
大勢の影に隠れて、細々と生きていければ私はそれで良かった。
まあ、種族特性的に全く狩りをしないというのは不可能なので、不自然にならない程度にライフワークを行えれば良かったのだが……。
しかし、そんな想いとは裏腹に、私の進む道は逆方向へと進んでしまったのだ。
もちろん、同族に悪気があったわけではないことは私がよく分かってはいるが、いつの間にか『勇者』として祭り上げられ、時期氏族長との呼び声も上がっていた。
むしろ、成人の儀式が終わってすぐにその話が出てきたものだから、目も当てられない。
実は、私の経歴に一番博を付けたのは、成人の儀式である。
「硬い肉の女王の単独撃破」
私は、種族史上最年少でこの偉業を達成してしまっていた。
種族史上最年少で成人の儀式をクリアしたのは、バーサーカー族の『ミスター・ブラック』であるが、私がやってしまった行為は、どうやらそれよりも凄いことらしい。
そこからはあれよあれよ言う間に、様々な狩りや任務に駆り出され、その度に功績を上げていっている。
するとどうだろう。
上からの期待と重圧、同世代や下からは羨望と尊敬、嫉妬と敵意を向けられるようになったのだ。
自然、私は独りになった。
理解者も隣に並ぶ仲間もいなくなったのである。
だからだろう。私はヴァルクムントにベクトルは違えど、妙なシンパシーを感じてしまったのだ。
ガルドとの会話から、それなりに気を許せる相手ではあることは分かったが、しかしそれは、隣に並び立つ男に向けられるモノとは違って見えていた。
だから私はエリステインに、ヴァルクムントとガルドとの関係を詳しく聞こうと思った次第であった。
結論としては、その関係性を明白にすることは叶わなかったが、それでも結果的にヴァルクムントはこうして釣れた。
更に有り難いことに、『エリステインの捕縛』という、任務を請け負っていることも判明した。
いまこの段階を以て、人族に対する私の目的の8割は遂行できたこととなる。
では、残りの2割であるが、それは……。
「よぉ、お嬢ちゃん。大人しく捕まってくれれば、その辺で覗き見してやがる悪趣味なヤツのこたぁ、この場では聞かねぇよ」
さあ、どうする? と、肩に担いだ偃月刀を弾ませながら顎をしゃくる。
エリステインは、事も無しに言って退けるヴァルクムントに一瞬目を見開くが、予想はしていたのだろう。すぐに平静を保った顔へと戻した。
「その前に、1つだけお聞きしたいことがあります」
「あん? 俺に答えられることか?」
「……それは、わかりません」
ヴァルクムントは、自身の顎を撫でながら一度考え込む素振りを見せた後、顎をしゃくって先を促す。
「スタイン総隊長とその取り巻きの騎士に、私は命を狙われました。その所為で私の部下が1人……、命を落としました」
「……なんだと?」
流石のヴァルクムントも眉を寄せて訝しむ。
「本当なんだな?」
「剣に誓って」
そう言ったエリステインの言葉に、一層眉を寄せて難しい顔を作るヴァルクムント。
小山のような厳つい大男がそんな顔をすれば、例え自身に非がなくともビクついてしまうのは仕方がないことだ。現に、エリステインは額に玉のような汗をかいていた。
「……にしてもお嬢ちゃん。国王から下贈された、その肝心の剣がねぇようだが?」
にやにやとからかうように言って退けるヴァルクムントの言葉に、エリステインは自身の左腰に目を落とし、わたわたと狼狽し始める。
「ここここれはですね、森でっ! 森で遭遇した混沌獣と交戦した際にですね……っ!」
私は思わずヘルメットの上から額を手で覆い、首を振る。
「分かった分かった。冗談だ、そんなに慌てるこたぁねぇよ」
くつくつと笑いを抑えながら、ヴァルクムントはひらひろと手を振ってエリステインの言葉を遮る。
ヴァルクムントは一度大きく息を吐き、エリステインを真っ直ぐにみる。その表情は先程までエリステインをからかっていた嬉々とした色は消え、真剣そのものだ。
「その森で遭遇した混沌獣だが、スタインの餓鬼んちょが報告に上げていたヤツだな?」
「はい……。間違いないかと思います」
「よく生き残れたな。俺ぁ、そこにいた部隊は全滅したと聞いていたもんでな」
その言葉に、エリステインはビクリと肩を震わせて口ごもると、どうしたものかと視線をさ迷わせる。
こっち見んな。
まあ、私の存在はヴァルクムントにバレているわけだし、変に隠し立てする必要もないとは言え、あれでは何かあると宣言しているようなものだ。
軽く、「とある人物に助けて貰いました」くらい、サラッと言えてしまえばいいのだ。
あれでは交渉事において主導権を得ることは難しい。まだヴァルクムントがこちらに対して好意的な視点で見てくれているからいいものの、そうでなかったら足元を見られ、最悪なんの条件も提示できないまま終わってしまう。
つくづく腹芸ができないというか……。いや、ヴァルクムントが相手だから舞い上がっていると言った方が正しいかもしれない。
間違いなく、エリステインはヴァルクムントに尊敬の念を抱いているし、特別な目線で彼を見ているのは間違いない。
だからと言って、アドリブが利かなすぎるだろう……。
流石のヴァルクムントもこれには苦笑いするしかないようで、チラリとエリステインの視線を追って、私の居場所に検討をつけたようだ。
「さて、そろそろ出てきちゃあどうだ。お嬢ちゃんも困ってるみてぇだしなぁ」
私は2人の視点が固定されているのを認め、やれやれと頭を振って茂みの中から出つつ、光学迷彩機能を切る。
「そっちにいたんですか!?」
「こりゃあ、やられたな……」
敵を騙すにはまず味方から。
私は2人が向けていた視線から全く別の場所、彼女のすぐ後方から姿を現した。
というかエリステイン。テメェこのやろう。予想通りの展開じゃねぇか。
「なんで騙すんですか! 信用して下さい!」
私は無言で振り向いた彼女の顔面を鷲掴み、そのまま持ち上げる。
「……鈍器このやろう。この口か? えぇ? この口が言っているのか?」
「ア゛ァ゛ァ゛! ゴベンババイ、ゴベンババイィィ!」
いつからこの女騎士は、こんなに残念になってしまったんだろう。
一抹の物悲しさを感じつつ、私は徐々に手に力を込めていく。
エリステインは「オォォォォ……」と、女性にあるまじき濁った呻き声を上げながら、もがき苦しんでいるようだ。
ふむ……。
弾けろ!
「おいおい。そんくらいにしてやっちゃあ、くれねぇか」
そう声を掛けてきたヴァルクムントに視線を送ると、なんだか引き攣った微妙な笑みを張り付けていた。
ふむ……。
私は再度エリステインに視線を送って、痙攣し始めていることを確認し、ヴァルクムントへと向き直る。
やっぱり弾けろ!
私は手に力を込めた。
―
「いや、おめぇさん。そこは俺の顔を立てるところだろ」
私の足元で泡を吹いて痙攣しているエリステインを見下ろし、大男はそう宣う。
「にしても……。デケェな、おい」
そんな対して変わらないくせに、私の頭から足先まで、何度も視線を往復させるヴァルクムント。それなりに自覚があるだけに、何とも言えないが。
「貴様が言うことでもないだろう」
「まあよ、俺ぁ巨人の血をひいてるからな。おめぇさんのお仲間は皆そんなにデカイのかい?」
「平均は私の頭一つ分は低いな」
そう言うと、ヴァルクムントは一瞬目を見開いた後、嬉しそうに「そうかいそうかい!」と、高揚に頷く。
まあ、気持ちは分からないでもない。周りよりも体格が良いと、言葉通りに頭一つ分他よりも良くも悪くも目立つのだ。
ヴァルクムントの場合、私よりも、それこそ体一つ分近く違うのだから、その思いもひとしおであったろう。
こう見えて、意外と繊細な心の持ち主だったのだろう。むしろ、幼少期にそういった出来事を経て、いまのヴァルクムントに落ち着いたと言った方が正しいか。
「さて、取り合えずはまぁ、お嬢ちゃんの反応を見れば予想はつくがよ、助けたのはおめぇさんだな?」
取り立てて隠す必要もないので、私は首を縦に振る。
「洞窟の件や、ガミュジュをぶっ倒したってぇのも、おめぇさんで間違いねぇか?」
私は再度、肯定の意を示す。
「んでまぁ、お嬢ちゃんとスタインの餓鬼んちょのとこの騎士隊が遭遇したってぇ混沌獣に関してだが」
「その番は私が狩った」
「番!? こりゃあおでれぇた」
そう言って何が楽しいのか、ヴァルクムントは大きな笑い声を上げる。
「ぅううう……」
その声に当てられたのか、エリステインが両手で顔を挟みながら、頭を振って起き上がってきた。
お寝坊さんめ。
「おうおう、お嬢ちゃん。お目覚めかい」
「あうぅ……。ヴァルクムント様? えっと……はっ!?」
何かを思い出したように振り向いたエリステインは、私を上目使いで睨んでくる。
「なんだ?」
「その反応はおかしくないですか?!」
「ぐはははははは!」
もう一度顔面を鷲掴もうとした私は、今度こそ腹を抱えて笑い出したヴァルクムントに釘付けになる。その一瞬の隙をついて、エリステインは私の手の届かない範囲へと逃れてしまった。
「いやぁ、すまねぇすまねぇ。中々に良いコンビじゃねぇか」
鎧の上か自身の腹を叩きながら、ヴァルクムントは宣った。
「……どうでも良い。それより、私も聞きたいことがある」
「どうでもいい?!」
「あん? なんでぇ?」
「ヴァルクムント様?!」
鈍器は黙ってろ。
「私と同じような者を知っているのか?」
ヴァルクムントは顎を撫でながら、中空へと視線をさ迷わせる。
2人に無視される形となって涙目のエリステインはこの際、徹底的に無視だ。
すると、さ迷わせていた視線を私へと合わせてくる。その喜色を浮かべた子供のような瞳は私を捉えて離さない。
「さて、なぁ……」
にやにやと、悪巧みを思い付いたようなイヤらしい笑みを浮かべながら宣う大男に、私は嫌な予感をびんびんに感じ、これ見よがしに溜息を溢す。
「どうだい。俺と一戦やって勝ったら、教えてやるってぇのは」
これだから戦闘狂は嫌なんだよ……。
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